Ⅴ 飛影ルート
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✴︎96✴︎未来
一年ぶりの再会だ。
聞きたいこと。話したいこと。確かめたいこと。
たくさんある。
でもいまはいい。
互いの体温と、好きの言葉があればいい。
ふたりきりの室内で、会えなかった時間を埋めるように何度もキスを交わす飛影と未来。
未来はもう、飛影のことだけしか考えられなくなる。
飛影のことだけ。
飛影の……
……ん!?
そこで重大なことに気づいた未来が、飛影の両肩を掴み唇を離した。
「未来?」
キスを中断され、ちょっと…いやかなり不満げな飛影である。
「飛影!試合!」
唐突に未来に告げられ、きょとんとする飛影。しばらくして「あ」という顔になる。
「飛影の試合って、Dブロック四試合目だったよね!?」
未来と軀の試合は、Dブロック二試合目だった。
あれからどれくらい時間が経ってしまったのか……恐ろしくて考えたくもない。
「早く会場行かないと!」
「もう今から行っても間に合わん」
急かす未来だが、既に飛影は諦めているようだ。
「もしかしたら三試合目がすごく長引いてるかもしれないし、とにかく会場へ行こうよ!」
「未来、この部屋から出る気か?」
瘴気が充満している場所への外出など、飛影は到底許すことができない。
倒れた未来を目にして、どれだけ肝を冷やされたことか。
「ちょっとくらいなら大丈夫だから~!」
「駄目だ」
お互い譲らず攻防を続けていた二人だったが、最終的には未来の熱意に飛影が折れたのだった。
***
会場へ戻ってきた飛影と未来は、参加者の群れにストレッチ中の幽助を発見した。
「未来!軀から聞いたぜ!もうすっかり良くなったんだってな!」
小兎からマイクを借りた軀は、未来の治療は成功したと会場中にアナウンスしたのだという。
鈴駒や鈴木など泣いて喜んでいたらしい。
「おかげさまで!ところで幽助、飛影の試合は…!?」
「飛影の試合?もうとっくに過ぎちまったぜ」
三試合目が長引いているかも。
いちるの望みにかけて会場へと向かった未来だったが、幽助から告げられたのはそんな無情な一言だった。
「オレらも運営に飛影の試合の延期頼んだけどよ、認められないの一点張りだったわ」
「そんな!嘘でしょ!?飛影が不戦敗だなんて…!」
がっくりとうなだれる未来は、あまりのショックにへなへなと座り込んで宙を仰ぐ。
「未来の奴、どこ見てんだ?」
「呆けてやがるな」
茫然自失とはこのことだ。
「おーい、未来?」
眼前で幽助が手を振り、ハッと我に返った未来が立ち上がる。
「ごめんね飛影、私のせいで…」
深々と飛影に頭を下げた未来。
「もういい。次の大会で優勝すればいいだけの話だ」
「でも…でもさあ、私、悔しいし申し訳なさすぎるよ!飛影が試合に出られなかったなんて…」
飛影は割り切っているが、彼のチャンスを奪ってしまい未来は何回謝っても心が晴れなかった。
「まさか飛影が一回戦敗退とはな…」
「うう……」
幽助に追い討ちをかけられた未来が、ますます肩を落としていく。
「つーか未来、脅かしやがって!軀と対戦したかと思ったらいきなりぶっ倒れてよー」
「ごめんなさい…」
瘴気の毒について失念していたのは完全な自分のミスだと、未来は気落ちする。
「幽助と蔵馬、助けに来てくれたよね。覚えてるよ。心配かけて本当にごめんね…」
本当に申し訳なさそうに、しょぼんとしてしまった未来を見て、責めていた幽助の心も痛む。
「ま、未来が助かったからいーんだけどよ。気にすんな!」
まさか偽名を使って大会にエントリーするとは。
たまに未来のしでかす突飛な行動に、幽助は驚かされるのは勿論だが楽しまされもしてきた。
ポンポンと優しい手つきで幽助が未来の肩を叩いて慰めてやると。
「幽助、触るな」
間髪入れず、尖った飛影の声が割って入ってきた。
「あ、ああ……」
飛影に諌められ、幽助が慌てて手を引っ込める。
(幽助に私のこと触るな、なんて…)
驚きとドキドキに、熱くなる頬を両手で抑える未来。
目を丸くし固まっていた幽助だが、徐々にニタ~と口角を上げて悪い顔になった。
「いや~、飛影、悪かった!」
「その顔やめろ」
ニヤニヤ笑みを浮かべている幽助に、苛々が募る飛影である。
「未来、飛影の試合のことは気にしなくて大丈夫だな!試合放棄しても愛しの未来を助けに行けて、飛影は全っ然後悔してねーみたいだからよ!」
「ちょっ…幽助!」
“愛しの”の部分を不自然に協調して大声で叫んだ幽助に、未来はおろおろする。
「未来と飛影がデキるとはなー!めでたいめでたい!あー、早く桑原に話してー!」
幽助が冷やかす度、照れてどんどん俯いていってしまう未来。
「ねねね、未来の治療が終わった後キミたち二人で何してたの?」
「うるさいな!」
チューしまくってました、と正直に言えるわけがなく、怒鳴るしかない飛影である。
「未来、こんなバカは放っておいてさっさと人間界へ行くぞ」
あーなんだよバカって!と憤慨する幽助を無視して、飛影が未来を誘う。
「まあ、魔界だと瘴気があるしな。飛影を心配させねーためにもさ、もう未来は帰った方がいいな」
「そうだね、そうする。また倒れちゃいけないもんね」
幽助にも促され、未来は人間界へ戻ることに決めた。
「幽助、試合応援してるよ」
「おう。蔵馬や陣たちにも、未来は元気だったって言っとくぜ」
「ありがとう!皆にも頑張ってって伝言よろしくね!」
片手を上げ未来に応えると、幽助は雑踏の中へ消えていった。
「未来、幽助の言う通りだぜ」
その背中を見送った後、ポツリと飛影が呟く。
「試合のことはお前が気にする必要はない。勝手にお前を助けに行ったオレの都合だからな」
あの時、飛影は自分の試合のことなんて頭から吹っ飛んでいて、未来に指摘される今の今まで忘れていた。
そりゃあ試合に出られなかったことが悔しくないと言ったら嘘になるが、未来の回復を見届けることができ、後悔は一切なかった。
「うん…飛影、ありがとう」
それでも、自分が瘴気の危険性を考慮していたらあの場で倒れることはなく飛影は試合に出ていただろう。
自責の念は尽きないが、飛影の口ぶり、表情が“もう謝るな”と告げていたので、未来は言及するのはやめておいた。
「言いたいことは山々あるが、今日のお前の奇行についてもオレは責めん」
「あー…はい。察しました」
危険を顧みずこんな大会に出場したことを、飛影は怒っているのだろうなと未来は悟る。
「でもさ、こんなこと言ったら飛影は怒るかもしれないけど…私、大会に出たことは後悔してないんだ」
“一生懸命特訓して力磨いて、精一杯この大会の試合に挑んだあとなら……なんだか胸張って飛影に会いに行けるような気がするんだ”
軀に語ったあの言葉通り、未来は今とてもすがすがしい気持ちでいる。
「飛影?どうしたの?」
てっきり怒るかと思いきや、困ったような表情になった飛影が不思議で未来は小首を傾げる。
「いや…」
飛影は、たまらなく嬉しかったのだ。
未来の試合を通して、彼女の覚悟、決意…そして飛影への想いを知って。両想いだと分かって。
しかし、それを伝えると未来の危険な行為までも肯定してしまうような気がして、何より照れくさく、言うのはためらわれた。
「未来。もうオレに相談なくあんな危ないマネをするなよ」
だから、絶対に守ってほしい一言だけを未来に告げる。
「うん!」
未来も大きく頷いたのだった。
「そうだ!飛影に紹介ついでに、人間界までうーちゃんに連れてってもらおっか」
「なんだそのふざけた名前の奴は」
「ひどい!私が名付け親なのに~。とっても可愛い子なんだよ!」
プンプン怒って唇を尖らせている未来より、可愛い生き物が存在するわけないだろと思いつつ、口には出さない飛影である。
「樹のペットいたじゃん?あれと同じ種族の子だよ」
「裏男か」
「そう。うーちゃんは女の子だから裏女かな。うーちゃんおいで!」
途端、ぬっと大きな影が二人を包んだ。
「ぎゃあああ!」
「なんだこの化けモンは!?」
周りの妖怪からどよめきが起きる中、未来だけはニコニコしている。
「ね?可愛いでしょ」
どこがだ、という心境の飛影であった。
***
裏女の口へ放り込まれた未来と飛影は、幻海邸までつれてきてもらった。
七月初めの人間界はちょうど夕暮れ時を迎えた頃で、空はオレンジ色に染まっている。
「うーちゃん、ありがとう!」
未来が礼を述べると裏女は微笑み、次元の狭間へ姿を消す。
未来を見つめる裏女のあの熱い視線。
相当懐かれてるな、と飛影は思った。
「ただいまー!」
100日ぶりにこちらの世界に来たのだから、師範に挨拶しておきたいという未来の要望で訪れた幻海邸。
インターホンを鳴らすと、現れたのは幻海師範だけではなかった。
「未来ちゃん!?それに…」
ちょうどたまたま、静流が幻海邸へ遊びに来ていたのだ。
未来の隣に立つ飛影の姿に静流は驚き、すぐに笑顔になる。
「そういうこと!?そういうことなのね未来ちゃん!おめでとう!」
「静流さん、ありがとうございます…!」
「おめでとう、ホントおめでとう!!」
ガシッと未来の両手を掴み、何度も繰り返す静流。
自分のことのように喜んでくれる静流に、ジーンと未来の胸は熱くなった。
「へえ、うまくいったみたいだね」
ニヤニヤ幽助と同じような類の笑みを浮かべている幻海に、飛影はちょっぴり居心地が悪い気分になる。
「今日は泊まってくのかい」
「いや、明日普通に学校なので夜には帰らなきゃなんですよね…」
残念ながら明日は月曜日。
ただでさえ出席日数がギリギリの未来には、学校を休むなんて選択肢はないのだ。
高二の三学期丸ごと休んでしまった分を、これから控えている夏休みの補習でも稼がなければならない。
「そうだ!いいものあたし持ってたんだ。貰い物だけど、これプレゼント!飛影くんと二人で行ってきなよ」
静流がごそごそとハンドバッグをあさり、取り出した二枚のチケットを未来に押し付ける。
「なんだそれは?」
「プールワールド皿屋敷?」
飛影と幻海が未来の手元をのぞき込み、チケットに印字された文字を読み上げる。
「これ、プールのチケットですか!?静流さん、ありがとうございます!」
「ああ、この前オープンしたところだね」
顔を輝かせる未来の横で、幻海も合点がいく。
(飛影とプール…!)
ダイエットしなきゃと、人知れず決意する未来である。
「飛影、これ来週一緒に行こ!絶対楽しいからさ!」
瞳をキラキラさせた未来に誘われたら、断れなんて無理な話。
こうして飛影と未来の初デートは、めでたく一週間後の日曜日に決定となる。
「ところで、トーナメントを観戦してきたんだろ?どうだったんだい?」
幽助の近況でも聞こうと、幻海が何気なく未来に訊ねる。
「ああ、実は私も大会に出場したんですけど」
「「は!?」」
魔界統一トーナメントに選手として参加したという衝撃の未来の告白に、その話もっと詳しく!と詰め寄る幻海と静流なのだった。
「未来ちゃんが大会出たとは!しかも軀と対戦!?」
「あんたも思い切ったね。怪我しなかったのかい?」
「はい、幸い怪我はなかったです」
「えー!すごい!よかったね」
玄関先で女性陣三人が盛り上がる傍ら、ポツンと立っている飛影に目をとめハッとする静流。
「あたし、そろそろ帰ろうかな。部屋から残りの荷物取ってくるよ」
唐突に述べた静流が、幻海へ目配せする。
「あたしも片づけなきゃいけない仕事があるんだった」
静流の意図に気づいた幻海もポンと手を叩き、止める間もなく二人は室内へ入っていった。
(わ、わかりやす!)
苦笑いしつつ、飛影と二人っきりにしてくれた幻海と静流の気遣いに未来は感謝する。
「縁側でもいって、ゆっくりしよっか」
幻海邸の縁側なら涼しいし落ち着けると、未来は飛影を誘う。
「飛影に聞きたいこと、話したいことたくさんあるんだ」
「オレもだ。まずお前がまたこっちに戻ってこれた理由もオレは知らんからな」
「あー、そっからかあ」
本当にまだお互いのこの一年のことを知らないのだと、改めて実感する。
縁側に来た二人は、並んで腰をおろした。
「うん、ここなら涼しいね!」
時折聴こえるひぐらしの鳴き声が、夏の訪れを感じさせる。
飛影と最後に会ったのは、ちょうど去年のまだ梅雨のあけぬ時期だった。
(あれから一年ちょっとか…)
長かったような、あっという間だったような。
(そういえば幽助とも一年ぶりだったけど、全然そんな感じしないやり取りだったな)
そんなところが自分たちらしいと、密やかに未来は微笑む。
「なんで戻ってこれたかっていうのはね、死出の羽衣のおかげなの」
未来は語った。
飛影が好きだという気持ちが抑えられなくなったこと。
衝動的にブレスレットを外して死出の羽衣を被ったこと。
思惑通り、首縊島へワープできたこと…。
「飛影、また困った顔になってるよ?」
「大会に出場したこといい、またお前は無茶なマネをしていたのか」
全く見知らぬ場所へ飛ばされる危険性だってあるのに未来が死出の羽衣を使用したと知り、呆れた飛影が溜め息をつく。
「だって飛影に会いたかったから…!我慢できなかったんだもん。それでね、死出の羽衣を作った鈴木に師匠になってもらって、闇撫の能力磨いて、魔界にいる飛影に会いに行こうって頑張って…」
未来が喋るにつれ、なんだか挙動不審になっていく飛影。
目を泳がせて、参ったように頭をかき、決して隣の未来と目を合わせようとはしない。
そこで未来は気づく。
飛影が何故、怒るのではなく困ったような表情をするのかを。
「飛影…もしかして嬉しいの?」
飛影は答えない。
立肘をついた手で口を覆い、そっぽを向いている。
薄ピンク色に染まった頬は隠せていないけれど。
(ああ、そうか…)
そんな飛影の反応から、確信する未来。
未来が大会に出場した。
未来が死出の羽衣を使った。
未来が闇撫の能力を極める特訓をした。
全部、未来が飛影を強く想うが故であることが飛影は嬉しいのだ。
照れくさく、未来の危険な行動を認めたくはないので、素直に嬉しいと飛影は伝えられないのだろう。
(……私も嬉しいな)
飛影が嬉しいと思ってくれたことが、途方もなく未来も嬉しい。
「ひーえい!こっち向いてよ」
「嫌だ」
子供っぽい言い草が可愛くて、未来がふふっと柔らかい笑みをこぼす。
「飛影の照れ屋さんー!」
「やめろ」
冗談めかしく自分の方を向かせようと伸ばした未来の手を、ぱし、と飛影がとった。
こちらを向いた飛影と目が合い、真正面から受け止めることになった大好きな彼の瞳に、未来はドキッとする。
飛影に掴まれた手があつい。
熱が伝染していくみたいで…
「どっちが照れ屋だ?」
赤くなった未来を見て、勝ち誇ったように飛影が笑う。
「だって…」
プイッと顔を横に向けようとした未来の唇を、飛影がかすめ取った。
「!」
不意打ちのキスにさらに真っ赤になった未来の顔へ、飛影の腕が伸ばされた。
「…もう二度と会わんつもりでいたんだがな」
今目の前に未来がいる現実が信じられなくて、確かめるように飛影は指通しのよい彼女の髪をすくう。
「帰ってこない方がよかった?」
「そんなわけあるか」
すぐに否定の言葉が返ってきて、分かってはいたけれど安心する未来。
未来の髪や頬に触れて遊んでいた飛影の指先が、ふいに動きを止める。
「……もう二度と会えないかと思っていた」
どこか苦しそうに絞り出された台詞には、飛影の本音が表れていた。
行くな、とあの日引き留めてくれた飛影の体温を、眼差しをまざまざと思い出して未来の胸が軋む。
「大丈夫。もう自由にこっちに来れるようになったから…」
もう絶対に離れないという意思を込め、未来が飛影の手を強く握った。
「もう絶対に会えるわけないと思ってたから、私が何しようが関係ないって言ったし、軀の言葉が信じられなくて怒っちゃった?」
「……聞いてたのか」
「ばっちりね。ショックで気づいたら逃げ帰ってた」
バレンタインデーの誤解も、今なら簡単に解くことができる。
「悪かった」
もう未来を泣かせるなと蔵馬に言われたワケが判明し、自己嫌悪に陥る飛影。
不用意な自分の発言で何よりも守りたい存在であるはずの未来を傷つけてしまっていたなんて、頭を抱えたくなる。
「飛影は悪くないよ…」
謝った飛影に、未来は首を横に振った。
(あの時、雪菜ちゃんや軀に会って気づいたこと、考えさせられたことたくさんあった)
そして、どうしようもなく自分は飛影が好きなのだと改めて実感した。
大会に出たことで、飛影にもそれは少しでも伝わっているんじゃないかと期待している。
あのすれ違いは自分にとって必要な試練だったのだと、飛影と想いが通じあった今なら受け入れることができる。
「その後に雪菜ちゃんに会いに行ってね、立ち直ったんだ」
「雪菜だと?」
一体何を話したんだと、訝しがる飛影にいたずらっぽく未来が笑う。
「女同士の秘密!ごめんね、さすがに飛影にも話せないや」
きっと雪菜は兄の正体に勘付いているなんて、飛影が夢にも思っていないだろう事実は内緒にしておこう。
「そういえば、五人で撮って飛影にあげた写真、雪菜ちゃんから私が預かってるんだよ。今度渡すね」
「別にいい。そのままお前が持っておけ」
「そう言わずにさ!」
ふと飛影の胸元の、今未来がネックレスとして下げているものと同種の、ピンク色の紐で結ばれた氷泪石が目に入る。
雪菜が作ってくれたお揃いが、改めてとても嬉しい。
(飛影、氷泪石を他にも二つ下げてる…)
気づいた未来が、諸々の疑問を解消するべく意を決して口を開く。
「それとね、飛影。……私、飛影にずっと聞きたかったことが二つあるの」
「なんだ。言え」
字面だけ見ればぶっきらぼうな言葉に反して、飛影の口調は優しい。
「一つは、軀のとこで特訓してた時、飛影、死にかけたりした?ってこと。たとえば、私のせいとかで…」
“殺した女”と軀に評されたことを思い返しながら、おずおずと訊ねた未来に飛影は片眉を吊り上げる。
「軀が何か喋ったか」
「ま、まあね…。もう一つは、飛影の過去のこと。私と会うまでの飛影の人生について聞きたいんだ」
まるで予想していなかった二つの質問に、驚きしばらく沈黙する飛影。
「……長くなるぜ」
「いくらでも付き合うよ」
飛影の口から、まずその出生と氷女の実態が明かされる。
話の内容の重さとは裏腹に、両者の間に流れる空気に暗さは一切ない。
だってこれからは、明るい未来を二人で作っていく姿しか想像できないから。
爽やかな初夏のそよ風が、夕陽に照らされた二人を包むように流れていった。
「ありがとね、話してくれて」
未来が飛影に礼を述べた頃には、既に日は沈み空には星が瞬き始めていた。
「聞けてよかった」
飛影の生い立ち。
雪菜と生き別れたわけ。
時雨との対戦で死にかけたこと。
増えた氷泪石の理由。
全てを知った未来が、噛み締めるように呟いた。
「オレも話せてよかった」
あふれる思いが、らしくない台詞を飛影に吐かせる。
聞かないのか?と訊ねたあの時、確かに飛影は未来に自分の過去を知ってほしくなった。
受け入れて、ただ受け止めて欲しかった。
未来に話すことで、自分の全部を。
当時はひどく甘く身勝手に思えた幻想をあっさりと叶えてくれた未来に、突き上げるような喜びが胸を貫く。
「今度、私も行ってみたいな。氷河の国に。もちろん飛影が嫌じゃなければ」
予想外の申し出に、飛影は信じられないモノを見るような目をして未来に顔を向けた。
「正気か?お前が好き好みそうなものは何もないぞ」
「飛影が生まれた場所だよ。行ってみたいなって思うのは自然じゃない?」
あんな暗くて陰鬱な場所に行きたがる思考が理解できなかった飛影だが、未来に問われて言葉に詰まる。
いつも未来は、こうやって飛影を喜ばせるようなことを簡単に思いつき口に出すのだ。
それは飛影のことを未来が好きだからだと、もう知ってしまっている彼は胸がくすぐったく疼いて落ち着かない。
「……そうか」
「そうだよ!あ、でもまた瘴気の毒にやられちゃうかもだから対策考えなきゃだよね。どうするべきか…」
そんな飛影の心情など露知らず、未来はう~んと頭を悩ませている。
「雪菜ちゃんにも会いに行こうよ。その氷泪石、ずっと預かってるんでしょう?」
飛影が下げている、雪菜の母の形見の氷泪石を未来が指差した。
「未来、お前が伝えてやれ。兄は見つからなかったとな」
「もしそう言うにしても、飛影がちゃんと自分で伝えなきゃだめだよ」
飛影だって了承されるとは思っていなかったが、やっぱり未来は首を縦には振らなかった。
「懐かしいな。二週間くらい、飛影と雪菜ちゃんと私と師範で、ここで一緒に暮らしたよね」
あの時、未来は家を持たない飛影に帰る場所を作ってあげたくて。
いつか飛影が自分で帰る場所を見つけるまでは、幻海師範の家がその役割を担えばいいからと、雪村食堂で蔵馬や海藤に話したことを覚えている。
そして飛影を好きになった今、未来は…
(私が飛影の帰る場所になりたい)
自分が飛影の帰る場所になりたいと望んでいる。
その思いは、飛影の過去を知ってからより強くなった。
飛影が愛しい。
もっと近くで、飛影といたい。
「未来?」
柔く腕を掴まれて、飛影が訊ねるも未来は黙りこくったままだ。
飛影とくっつきたいけれど、恥ずかしくてお願いできない…なんとも初々しい乙女心だった。
すがるような瞳で見つめられて、たまらず飛影が未来の身体を引き寄せる。
動いた理由に理屈なんてない。感覚だ。
ずっと飛影は未来に触れたくて…今、未来の目が“いいよ”と言っているような気がしたから。
縁側に並んで座り、唇を重ねるふたりを月明かりが照らす。
それはまだ、触れあうだけの口づけで。
初めて同士のふたりは、覚えたてのキスに夢中になる。
ひとしきり口づけを交わすと、未来が飛影に抱きついた。
(飛影、大好き)
ギュッと上半身を押しつけるようにして、未来は飛影の背中にまわした腕に力を込める。
飛影との間に一ミリでも距離を作りたくない。
どれだけ抱き合っても彼と一つにはなれないなんて当たり前のことに、もどかしさを感じるなんてどうかしてる。
でも、それがきっと“好き”ってことなんだ。
気づいた時、未来は何故だか泣きたくなった。
お互いが帰る場所になるような、あたたかい未来が待ってる。
だってこれからは、隣にあなたがいるのだから。
そんな幸せな確信が、抱き合う二人の心を満たしていった。