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Ⅴ 飛影ルート

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✴︎94✴︎鏑vs軀



本選の火蓋が切られる前に、大会主催者を代表して幽助による開戦の挨拶が行われた。

『ここまで残った奴らだからもしかすっと死んでもいいぐれーの覚悟で戦うつもりの奴もいるかもしれねーけどよ』

ステージに立ち、マイクを握る幽助を見守る妖怪たちの中に鏑もいた。

(幽助、すごいなあ…)

仲間の晴れ舞台に、誇らしい気持ちになる。
トーナメントという方法で、魔界をまとめてみせた幽助。
今日、飛影に会うチャンスを得たのも彼のおかげだ。

『正直言って死人は出したくねーんだ。やっぱ後味もよくねーしな』

何度でも挑戦し、何度でも戦いたいから。
極めて幽助らしい理由だった。

『実のところオレ今回優勝する自信はねーが二年後ならかなりいけると思うし』

「戦う前から負け惜しみか幽助ー!」

飛ばされた酎のヤジに、鏑はクスリと笑ってしまう。

鏑とは、適当に妖怪らしい名前を考えあてがった偽名だ。
本名でエントリーすれば大会主催者である幽助に止められるのは目に見えていたので、偽名を使ったのだ。

未来が選手になったことは誰も知らない。
もしかすると特訓に協力してくれた裏女は、大会に出場しようという未来の思惑に勘付いていたかもしれないが。

無謀だと止められるのを危惧し、大会に参加することは誰にも告げずにここまで来たし、覆面で顔を隠し変装もしている。邪眼避けに呪符も貼った。

全部一人で決めて、一人でやり遂げたいという未来の意地だ。
これは他の誰でもなく、自分のための戦いなのだから。

今一度覚悟を決めて、未来はまた幽助を眩しそうに見つめる。

『もちろん優勝した奴が決めることだけどよ、できれば何年か毎にこうやってバカ集めて大将決められたらいいんじゃねーかと思ってる』

次戦の相手は軀。
これは運が良いのか悪いのか。
避けられない縁めいたものを感じてしまう。

『誰が勝ってもスッキリできる気がするんだ。んじゃおっ始めよーぜ!』

幽助の挨拶を皮切りに、魔界統一トーナメント本選が始まった。

早々に決着がついたDブロック一回戦第一試合は、酎が対戦相手の棗という選手をナンパして幕を閉じた。

「見損なったぜあの馬鹿たれがー!バトル野郎の風上にもおけねェ」

怒り心頭の鈴駒だったが、彼もまた対戦相手の流石ちゃんにメロメロになり敗北するという結末を迎える予定である。

「次は鏑と軀の試合だべ」

「あいつ棄権しなかったのか。相当のアホだな」

「軀と戦えるチャンスなんてそうそうないべ。棄権するのはもったいないだ!」

自分の実力を過信していると、鏑に命知らずのレッテルを貼った死々若丸。対して陣は、棄権するなんてもっての外だと言う。

「凍矢、もう闘技場の近くで待機していた方がいいんじゃないか?頑張れよ!」

Cブロック一回戦第二試合が控えている凍矢を、鈴木が声援と共に送り出す。

「あ、ああ。そうだな。行ってくる」

鏑の試合が気になる凍矢は、後ろ髪を引かれる思いでCブロックの闘技場の方へ向かう。

(鏑の正体が未来だなんて、オレの思い過ごしだといいが…)

この心配が杞憂に終わってほしいと願う凍矢なのだった。

「幽助たちだべ!」

Dブロックの試合を映すモニター前で酎の試合を観戦し駄弁っていた陣たちは、こちらへ来る幽助、蔵馬、飛影の姿を見つけ手を振った。

「酎の試合観に来たんか?もう終わっちまったぞ」

「い!?まじかよ!」

「でも次の試合も面白そうだっちゃ」

陣がモニター画面を指させば、そこには向かい合う軀と鏑が映っていた。

「軀の試合か。鏑って奴は何者だ?」

「幽助、鏑の予選試合観てなかったんか?」

「ああ。蔵馬と飛影は?」

「オレも観てません。飛影もですよね?」

「……ああ」

蔵馬に問われるも、心ここにあらずだった飛影は反応が遅れた。
一向に見つからない未来のことが気にかかり、悶々としていたのだ。
はっきり言って軀の対戦相手なんてどうでもいい。軀の圧勝に決まってると飛影は思っていた。

「聞いて驚くだよ。鏑も未来と同じ闇撫だったんだべ!」

『Dブロック一回戦第二試合。鏑vs軀。始め!』

小兎による試合開始のアナウンスが流れたのは、その時だった。
闘技場にて試合開始のブザーが鳴るも、両者は微動だにしない。

片方は、動けなかった。
軀に隙がなさすぎたから。

片方は、動かなかった。
鏑の動向を窺っていたから。

(闇撫か。珍しい妖怪がまだいたもんだ)

目の前の対戦相手の妖気は己とは比べ物にならないほど小さく弱い。
しかし、闇撫は少々戦いにくい相手だった。
油断すると足元をすくわれる危険性があり、一瞬でも気が抜けない。

軀は鏑が呪符を貼って覆面をし、頑なに顔を隠していることが嫌に気に障った。
以前の自分を連想させるからだ。

「おい。お前、その覆面を取る気はないのか?」

「え…」

想像よりも細く高い声に、幾分面食らいつつ軀は続ける。

「お互い命はってんだ。顔くらい晒すのが礼儀じゃねェか」

「……」

軀の言う分に一理あると感じたのか、鏑はおもむろに覆面と全身を覆っていたマントに手をかけた。

『おーっと鏑選手、覆面を外すようで…え!?』

「な!?」

軀も、小兎も。明らかになった鏑の素顔に、モニターで試合を観戦していた誰もが驚き絶句している。

『ワ、ワタクシあの可愛らしいお顔を覚えております!未来さんです!暗黒武術会の優勝商品で魔界にもその名を轟かせた、未来さんですー!!』

「えーーーーーーー!!!!?」

マイク越しの小兎の声に負けないほど大きな声が会場中に響いた。幽助や陣たち一行である。
鈴木など衝撃を受けすぎて一人だけ劇画調になっている。
ちなみに観客席ではコエンマとぼたんの二人が腰を抜かしていた。

未来ー!バカヤロー!何してんだー!戻ってこいこのアホンダラー!」

遠くの闘技場にいる未来に届くはずがないのだが、幽助は精一杯声を張り上げ叫んでいる。

「殺されても文句は言えねーんだぞハゲ!とっととそっから降りろバカ未来ー!」

「鏑の正体が未来…?」

開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
幽助の暴言が響き渡る中、鈴駒や陣、死々若丸は予期せぬ展開に唖然としている。

いつも守られ庇護される立場にいて、彼らにとってか弱い存在だった未来
そんな彼女があろうことかこんな大会に出場するなんて、考えもしていなかったのだ。

「大変だ!未来が殺されてしまう!いやそうでなくても大怪我を負ってしまうかも…!」

未来ちゃーん!いい子だから戻っておいでー!」

慌てふためき右往左往する鈴木。とうとう悪口のレパートリーが底をついた幽助は優しく諭す作戦に変更したようだ。
その傍らに、静かにモニターの中の未来を見つめている者が一人。

飛影だ。
恋い焦がれた相手とのまさかこんな形での再会に、目を丸くし声が出ない。

「っ…飛影」

そんな飛影の胸倉を、突然蔵馬が掴んだ。
一瞬の出来事で、抵抗の暇のなかった飛影はされるがままになる。

「飛影。君のせいだぞ。あなたがしっかりしないから未来はこんな無茶を…!」

「お、おいどうしたんだよ蔵馬!」

幽助が仲裁に入り、飛影の胸倉を掴む蔵馬の手が緩められる。

「飛影のせいって…何でそんなこと言えんだよ蔵馬。そんなのわかんねーじゃねーか」

「わかるさ」

悔し気に下げられた眉とは対照的に、吹っ切れたような声色をもって蔵馬は言う。

「この半年。未来の行動理由は飛影だった」

***

「ハ、ハロー…。久しぶり」

ところかわって、Dブロック闘技場。
覆面を剥ぎ取った未来は、驚き固まってしまっている軀にとりあえず挨拶をしておいた。

もう二度と対面することはないだろうと考えていた顔が今、対戦相手として目の前にいる状況が軀は信じられなかった。

「……ちょっと喋ろうぜ」

「え?」

「しばらく休戦だ。こんな機会がなきゃお前とゆっくり話せないだろ」

軀は、ただ純粋に未来と言葉を交わしてみたかった。
きっちり軀と話しておきたい気持ちのあった未来も素直に従う。

「その変装は。何故偽名を使った」

「…私がエントリーしたってバレたら幽助たちに阻止されると思ったから」

「だろうな」

ふ、とようやく軀が小さく笑った。

実況のアナウンスも、仲間たちの声もここには届かない。
時おり頬を撫でる風の音のみが、静かに両者の間を流れる。

「てっきり打ちひしがれて逃げ帰ったと思っていたが、元気そうだな」

「めちゃくちゃ落ち込んだよ!でも立ち直った。ある人の言葉で」

バレンタインデーの出来事を軀が持ち出せば、未来が反論する。
ある人、とはもちろん雪菜のことだ。

「へえ。じゃあそいつに感謝しねェとな」

「うん。けど、すっごく悔しくなった」

悔しいと述べた未来の真意が読めず、軀は眉を寄せる。

「その子の方が私より飛影のこと分かってるような気がしたから」

雪菜の発言は、今でも未来の耳にこびりついていた。

雪菜は言った。
飛影が未来本人に向ける態度こそが本物なのだと。
飛影を見くびるなと。

未来さん、これまで飛影さんの何を見てきたんですか?”
あの台詞は、扉越しで聞いた飛影の発言よりもある意味胸にグサッときた。

「すっごくすっごく悔しかった」

軀が初めて見る未来の顔だった。

俯いて、唇を噛んで。
子供っぽくすねているようでもあって。
覗いた飛影の記憶の中で、こんな表情を未来がしたことはない。

それもそのはずだ。
飛影に恋をして、初めて未来が抱いた感情なのだから。

「私、軀に対しても悔しかったし嫉妬したよ。飛影のこと、全部分かってるみたいな口ぶりでいるんだもん。なんか腹も立ってきちゃって」

包み隠さず述べた未来にも、彼女の表情にも、不思議と軀は嫌な気にならなかった。
どうやら自分はこうやって負の感情もハッキリ見せる、分かりやすい奴の方が好感を持てるタチらしいと改めて軀は気づく。

「で?どうしてお前みたいな非力な奴がこんな物騒な大会に出たりしたんだ」

「軀に言われたよね。お前は知らないだろうなって」

無鉄砲な行動の理由を軀が問えば、未来はバレンタインデーに彼女から告げられた一連の台詞を振り返る。
殺した女と罵られた理由もいまだ分からないし、軀は知っているらしい飛影の過去も未来は知らない。

「その通りだった。私、飛影のこと知ってるつもりで全然知らない。わからない」

軀や雪菜の方が飛影をわかっているようで、未来は悔しくなった。
だから。

「ちょっとでも飛影に近づけることは、挑戦してみたいと思ったの」

強敵と戦うこと。
少しでも飛影を理解するため、彼と同じ経験をしてみたいと未来は思った。
すると修行を重ねるにつれ、予想外に新たな感情も生まれてくる。

「私も自分を試してみたくなったの」

飛影に近づきたいという当初の目的抜きに、未来は自分の闇撫としての力を大会で試したいという欲求に駆られるようになった。

「それに…皆を守れるようになりたい、自分の身は自分で守れるようになりたいっていうのは、ずっと私が持ってた願いだったから」

仙水との戦いで、未来は役立たずなんかじゃない、大事な浦飯チームの一員なのだという皆の想いを受け取り劣等感は消えていた。
けれど、隣で戦えたらいいのになという思いは未来の根底にずっとある。

「一生懸命特訓して力磨いて、精一杯この大会の試合に挑んだあとなら……なんだか胸張って飛影に会いに行けるような気がするんだ」

ああ、そうかと軀は腑に落ちる。
これが未来の覚悟なのだ。

「ま、いわば私の自己満!これは自分のための戦いだよ」

ニッと口角をあげた未来の微笑みは、軀が飛影の記憶を通して見たどんな彼女の笑顔よりもたくましく、ぶれない強さを感じさせるものだった。

モニター越しに観戦していた面々も、未来の笑顔に目を奪われている。

「バカ野郎」

静寂の中、呆れたように呟いたのは飛影だった。
じれったくて、歯痒くて…でもなんだか少し泣きそうな顔をして、瞳には未来だけを映している。

「お前はオレに守られてればいいんだ」

けれど飛影は分かっていた。
悔しいが、ああいう女だから好きになったのだと。

***

そうか。
これがお前の覚悟なのか未来

自然と軀も未来につられ笑みを浮かべていた。

あの日あっさり帰ってしまった未来に、誰よりもガッカリして憤りを覚えたのは軀だった。
結局、矢張りその程度の想いだったのかと。

その未来が今、対戦相手として目の前にいる事実。
これが笑わずにいられるか。

「そういうことなら、オレも本気で相手してやらねェとな」

「そろそろ試合再開する?」

「ああ。今からだ!」

軀が告げれば、刻んだ空間の切れ目の中へ未来の身体は神隠しにあったように消えてしまう。

(闇撫の能力で自分自身を移動させたな)

次元の穴を開け、その中に入ることでどこかへ移動したのだろう。
妖力を探るべく神経を研ぎ澄ました軀は、ジャングルの方へ未来の気配を感じた。

(姿を隠しやすい森へ行ったか。考えたな)

本選の舞台となる円形闘技場は、草原、ジャングル、砂漠、湖といった様々な自然環境を設置しており、選手が自分の能力を生かせる場所を選びながら戦う駆け引きが可能となっている。

ジャングルに潜んだ未来は、何度もワープを繰り返すことで今いる場所を不明確にし軀を錯乱させていた。

(私なんて軀からしたら赤子みたいなものだ。でも…だからこそ全力で頑張んなきゃ!)

力の差は歴然。
しかし最初から諦めていたようでは、この大会に出場した意味はない。

軀にはまるで隙がない。
軀の動きを捉え、攻撃を仕掛けるのはかなりの困難を極めるだろう。

なら、隙を作ればいいのだ。

「そこか!」

数十メートル後ろで微かに未来の気配を感じた軀が飛び掛かる。

(捉えた!)

軀の動きを掴んだ未来は、彼女めがけて影ノ手を発動させる。

「!?」

突如現れた大きい怪物のような腕に、横から軀は殴られる。

「大したもんだ。並の妖怪なら気絶モノの腕力だぜ」

褒め称える軀だが、彼女自身は痛くも痒くもなかったらしくピンピンして立っている。

裏男の体内で樹が操っていた、次元を自由に移動できる“影ノ手”を自己流でマスターした未来だったが、三大妖怪として名を連ねた軀には通用しなかった。

「さっすが…」

感嘆していた未来を、ダン!と軀は木の幹に叩きつけた。

「きゃっ」

首筋に手をかければ、ドクドクと脈打つ温かさが伝わる。
十二分に手加減しているつもりなのに苦痛に顔を歪ませる未来に、なんと脆い存在なのだろうと軀は嘆いた。

「どうする?オレは今すぐお前の首をかっ切ることができるんだぜ。降参するか?」

意地でも未来は降参しないだろうと見越して軀は訊ねた。
ところが。

「っ…参った」

喉を押さえつけられているため発しにくい声を絞り出し、あっさり負けを認めた未来
拍子抜けした軀が首から手を離してやれば、ゴホゴホと数度未来が咳き込む。

「驚いたな。お前は絶対に降参しようとしないかと思っていた」

「試合には全力で挑むけど、勝利にはこだわらないって決めてたんだ。命大優先」

だって死んだら飛影に会えない。
大会に出場した一番の目的が達成できないではないか。
プライドより何より未来が優先したかったのは、生きて飛影に会うことだ。

「これ以上戦ってたら、ホントに殺されちゃいそうだから」

「…なるほどな」

試合に勝った軀だったが、参ったように頭をかく。
己の読みの甘さを痛感させられた気分だった。

未来。もっと強くなれよ」

告げられた台詞が意外で、また咳き込み俯いていた未来が弾けたように顔を上げる。

「そして飛影を負かしたところをオレに見せてくれ」

なんならオレも修行に付き合ってやる。一緒にあいつの鼻を明かした顔を見てやろうぜ。
なんて軀が言うから、未来はアハハと声を出して笑ってしまった。

『鏑選手改め未来選手、降参!Dブロック一回戦第二試合の勝者は軀選手です!』

高らかに軀の勝利をアナウンスした小兎。
未来が無傷で試合を終え、幽助たちは安堵の溜息をついていた。

「軀、ありがとう」

闘技場では、未来が軀にペコリと頭を下げている。
だいぶ格下の相手である自分に軀が真面目に向き合って対戦してくれたことに、感謝すべきだと未来は思った。
負けてしまったけれど今自分がこんなに清々しい気持ちでいるのは、軀との試合で精一杯頑張ったと言えるからだ。

「オレも楽しませてもらったぜ」

非力で戦闘経験皆無の未来が大会に参加するなんて、相当の勇気と意思がなければ成し遂げられなかったはずだ。
三大妖怪相手でも逃げずに立ち向かった点は高く評価すべきである。

オレはお前を信用できない。
あの言葉は撤回しなければならないなと軀が考えてると、ゲホゲホとまた未来が辛そうに咳き込み始めた。

「悪い、きつく抑えすぎたか?」

「ううん。あれは関係ないと思うんだけど、なんでだろ、咳が止まらなくて」

先ほど首を押さえつけたことが原因かと軀は心配したが、未来は違うと言い張る。

「さっきから呼吸もしにくいし…」

言ってるそばから咳が出て、未来が口元を手で押さえる。

「……え」

そうして離した両手の平が真っ赤に染まっていて、未来は驚愕した。
動揺でカタカタ震える赤い両手を、信じられない思いで見つめる。

(これ、血……?)

自分が吐血した事実に混乱し、二の句が継げない。

『な、なにやら未来さんの様子がおかしいです…!』

未来の異変に気づいた小兎は、試合が終了してもなお実況を続ける。

『もしかすると…』

『解説の妖駄さん、何か分かったんですか!?』

『瘴気に肺をやられたのかもしれませんな。未来選手はまだ完全に妖化していなかったんでしょう』

闇撫として頭角を表し着実に妖怪寄りの身体へ変化していたとはいえ、まだ完全に未来から人間の部分が消えていたわけではなかった。

普通の人間なら一呼吸するだけで仮死状態に至る魔界の空気。
長時間魔界に滞在していた妖化途中の未来の身体を、瘴気は徐々に蝕んでいたのだ。

『早く救護室へ運ばないと!』

『こんな事態、想定外じゃ。治療薬や肺を洗浄する器具なんて用意しとらんよ。可哀想じゃが諦めるしか…』

『そ、そんな!』

「うっ……」

また咳と血が喉の奥から込み上げて、苦しくなった未来はその場にしゃがみこんだ。

「おい、大丈夫か!?」

未来の背中をさする軀は、ひときわ大きな咳と共に地面へ吐き出された潜血に息をのむ。
再び血飛沫を散らすと、バタリと未来はその場に倒れこんだ。

『あっ……!』

小兎が声にならない悲鳴をあげ、モニターを見ていた妖怪たちからもどよめきが起こる。

「誰か!誰か未来を助けられる奴はいねーのか!?」

幽助が必死に大声で周りに呼びかけるも、妖怪たちは首を横に振るばかりだ。

「鈴木、未来を助ける道具はねーんか!?」

「いや、瘴気を吸った人間を治療するような物は作ったことがなくて…」

「貴様、それでも未来の師匠か!?」

未来…死んじゃやだよ……」

藁にもすがる思いで陣が訊ねるが、鈴木にも未来を助けられるような手だてはない。
理不尽だと分かっていながら、そんな鈴木を責めてしまう死々若丸。
下を向いている鈴駒は目いっぱいに涙をため、ぶるぶると肩を震わせていた。

苦しむ未来の姿を見ていられない。
皆、何も出来ない自分が不甲斐なくて仕方なかった。

「クソ!蔵馬、未来に効く薬草は!?」

「生憎持っていない」

焦る幽助が蔵馬を頼るも答えはノーだ。

「とりあえず早く未来を人間界へ連れて行こう!」

珍しく汗をかいている蔵馬も未来を救う方法はないかと頭をフル回転させ考えていたが、早急に人間界の病院へ連れて行く以外の策は思いつかなかった。
人間界での治療が魔界の瘴気に適応するかは不明だ。効果があることを願うしか術はない。

「飛影!」

闘技場へ向かうべく駆け出した己を呼び止める声に飛影が振り向いた時には、そこに南野秀一の姿はなかった。

「乗っていけ。飛んでいった方が早い」

代わりに妖狐へ変化した蔵馬が、蝶の羽のように浮葉科植物を広げている。仙水を追って魔界へ来た際に使用した植物と同じものだ。
闘技場までの道は妖怪でごった返していて、陸路より空路の方が早いと蔵馬は読んだ。

「オレも行く!頼むぞ蔵馬!」

翼状の葉に幽助と飛影が掴まったのを確認すると、妖狐蔵馬がふわりと植物を操り宙に浮く。

「オレの風にのっていくだ!」

「陣!サンキュー!」

陣が突風を巻き起こし、幽助らを乗せた浮葉植物は速度を増した。

一分一秒を争う事態だ。
急がなければ、未来は助からない。

逸る気持ちを抱える三人は、未来の回復を拙に祈り浮葉植物に運ばれるのだった。

未来、どうした!?しっかりしろ!」

闘技場では軀が倒れた未来を抱き起こし、何度も呼びかけていた。

ぐったりした未来はもう虫の息だった。
顔面は青白く、つい先ほどまで温かかった身体は恐ろしいスピードでどんどん冷たくなってゆく。

「まさか…魔界の瘴気のせいか!?」

未来が急変した原因に軀が気づいた時、ちょうど浮葉植物に乗った蔵馬、幽助、飛影の三人が到着した。

未来!」

地面に降り立つやいなや飛影が未来の元に駆け寄り、南野秀一の姿へ戻った蔵馬と幽助も続く。
三人とも仲間の危機に生きた心地がせず、ひどく青い顔をしていた。

「早く人間界へ運ばないと…!」
「待ってろ未来、今助けるからな」

「待て」

未来を連れ出そうとした蔵馬と幽助を、軀が制す。

「オレの要塞にある治療カプセルなら、肺の洗浄ができるはずだ」

「ホントか!」

幽助が顔を輝かせると、軀がこくりと頷いた。

「飛影、場所はわかるな?」

「ああ」

軀は抱き起こしていた未来の身体を、そっと飛影の腕へと授け渡した。

未来を連れて百足へ急げ!」

軀が言い終わる前に、飛影は既に走り出していた。
姫抱きにした未来の冷たさに、血の気が引く思いのする飛影。

早く、早くしなければ。
闘技場を降り、草原を駆け、会場付近に停止させている移動要塞・百足へと飛影は急ぐ。

(……飛影……?)

薄目を開けた未来は、混濁する意識の中で自分を運ぶ飛影の姿を捉える。

一年ぶりに想い人と再会できた嬉しさに、ぶわっと胸に花畑が広がっていくような、不思議な感覚に酔いしれる。

あたたかい腕の中に包まれて、ふわふわと幸せな気持ちになるのは天国へ近づいてるからだろうか。
きっとそうだ。
振動さえも心地好くて、人は死ぬ前にこんな良い気分を味わえるなんて知らなかったと未来は思う。

(最期に飛影に会えてよかったなあ……)

喜ぶ未来だったが、ある事実に気づいてすうっと多幸感が消えていった。
まだ、大事なことを飛影に伝えられていない。

「ひ、え……」

未来。喋ろうとするな」

苦し気に掠れた声を出した未来が不憫で、楽にしていろと飛影が止める。

(声、うまく出ない。でも…)

飛影の名前さえ上手に呼べない自分がもどかしい。

でも、言わなきゃ。
最後に飛影に伝えておきたいことがある。
その一心で未来は気を保っていた。

(飛影、聞いて。あのね、あのね)

ぎゅうっと力なく飛影の服の裾を掴んで、懸命に未来は声を絞り出そうとする。

「……わた、し………」



「好きだ」

今まさに自分が言わんとした言葉が耳に聴こえて、未来の瞳が灯りのように瞬く。

「だから絶対生きろ、未来


絶対に死なせない。

強い誓いを胸に、飛影は要塞へと向かう足を速めるのだった。


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