想い、馳せて
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四正国の中で南に位置する紅南国は、四季を問わず温暖な気候に恵まれている。とりわけ夏は気温が上がり暑くなるのは、紅南国国民にとっては至極当然なこと、なのだが ──。
「あ"ーづーい"ー………」
文明の利器が発達した異世界から来た美朱は暑さに耐えきれず、宮廷の庭にある大木の木陰で伸びていた。その横に座る蘭飛は、そんな彼女に甲斐甲斐しく扇で風を送っている。
「美朱様、大丈夫ですか?」
「もう無理…暑い…っ!」
室内にいるよりも風の通る外の方が少しは涼しいだろう、そう考えたが、やはり暑いものは暑かった。美朱は垂れる汗を拭いながら蘭飛に問う。
「蘭飛は暑くないのぉ?」
「暑いには暑いですが…幼い頃からの慣れもあるんだと思います」
「そんなぁ…あたしもう干からびちゃう…」
「あ、こんなとこにいた」
「柳宿」
「ったく、暑い暑い言ってたら余計暑くなるでしょ」
声のした方へと振り向くと、そこに腕組みをした柳宿が立っていた。柳宿は蘭飛の隣に座り彼女の手から扇を取ると、蘭飛と美朱の二人に向かって扇いだ。
「これから先、もっと気温は高くなるんだから。このくらいで音を上げてたら夏越せないわよ」
「ええええ…!ここにはクーラーもアイスもないのにぃ…っ」
美朱の言ったものが何か分からないが、おそらく彼女の世界で涼を取るために使うものだろう、と柳宿と蘭飛は解釈した。
「…あー…気持ちいいー…」
パタパタと送られてくる風に蘭飛は目を細めた。気持ち良さそうに涼む彼女に柳宿は笑みを浮かべる。
「そういえば柳宿、なんか用でもあったの?」
「ああ、そうそう。鬼宿があんたのこと探し回ってたわよ」
「! 鬼宿と約束してたの忘れてたっ!」
飛び起き、鬼宿の名を呼びながら走っていく美朱。柳宿と蘭飛はその背中が小さくなるまで見送った。
「ホント、美朱って嵐みたいよねェ」
「夏の嵐は強いから」
「そういう問題?」
ふと、柳宿は隣に座る蘭飛を見下ろす。暑さからか普段は下ろしている髪も高い位置で結い上げており、露わとなった項にツゥ、と汗が伝った。
「柳宿?」
視線に気付いた蘭飛と目が合うと、柳宿は慌てて顔を逸らした。
「髪、上げてるのね」
「暑くてさすがに、ね」
貸して、と蘭飛は柳宿の手から再び扇を受け取ると、さっきのお礼、と笑って彼を扇いだ。
「柳宿こそ、いつもより薄着でしょ」
「そりゃそうよ。美朱じゃないけど、こんな暑けりゃ溶けちゃうわ」
「ちょっと美朱様が羨ましいな。ああ肌を出せれば、多少なりとも涼しいだろうし」
美朱の着る腕や脚を露出した異世界の服を思い出しながら、蘭飛はぽつりと呟いた。
「もしあんたがあれ着てたら、布持って追いかけ回すから」
「ふふ、なにそれ」
その光景を思い浮かべたのか、蘭飛はケタケタと笑う。柳宿はそんな彼女を横目で見ながら、本気なんだけど、と心の中でぼやいた。
「こんなに暑いと川で遊んでた時のこと思い出すわ」
「あの時呂候さん、川に嵌ったよね」
「あったあった!我が兄キながらここまでドジなのかって呆れたわよ」
「あれね、先に嵌りそうになったのは康琳だったの。それを助けようとして、代わりに嵌っちゃったんだ」
数年越しに聞かされた真実に、柳宿は言葉を失くし目を丸くした。
「…そう、だったの…」
「本当はすぐに言おうと思ったんだけど、呂候さんがあんまり言ってほしくなさそうだったから…ごめんね、黙ってて」
「蘭飛が謝ることないでしょ。兄キが見栄張りたかっただけよ、きっと」
そっか、兄キが…と繰り返し呟く柳宿の顔を、蘭飛はそっと覗き込んだ。
「…会いたくなっちゃった?」
「! そっ、そんなんじゃないわよ」
「素直じゃないんだから」
ふたりは示し合わせることなく互いに瞳を閉じ、あの夏の日に想いを馳せた。強い日射し、川まで駆ける四人分の足音、足を入れた時の川の水の冷たさ、辺り一面に響き渡る笑い声 ──。
「…懐かしいね」
蘭飛は目尻に浮かんだ涙を拭いながら、消え入りそうな声で言った。
「ね、今度みんなで行きましょうよ」
「え…?」
「川よ、川。あたしにとってあそこは楽しかった思い出でいっぱいだから、蘭飛がそれを思い出して泣くなんて嫌だわ」
「! 別に悲しくて泣いてるわけじゃ…っ」
「分かってる、」
柳宿は涙の跡が残る蘭飛の頬をひと撫でし、微笑んだ。
「いっそのこと、もっと思い出を作るのよ。思い出した時に泣くんじゃなくて、思いっきり笑っちゃうくらいのやつを、ね。ちょうどあたし達には、馬鹿なことやってくれそうなのが二人いることだし」
柳宿が言う二人 ── 鬼宿と翼宿が咄嗟に思い浮かんだ蘭飛の笑った顔からは、先ほどの涙はもう消えていた。
「だね、美朱様に涼を提供出来るし。井宿さんは釣りが出来るって言ったら、喜んで来そう」
「薬草が採れるって言ったら軫宿だって来るだろうし、張宿も部屋に籠って勉強ばっかじゃなくて陽に当たらせなきゃ。星宿様は…公務でお忙しいのになんだかんだ来ちゃいそうだけど」
容易に想像出来る光景に、柳宿と蘭飛は顔を見合わせて笑った。そうと決まれば、と柳宿は立ち上がり蘭飛へと手を差し伸べる。
「今から下見、行ってみない?久しぶりすぎてどうなってるか分からないからさ」
「うん、賛成」
差し出されたその手を、蘭飛はぎゅっと握り返す。
── こうやって手を握って歩くだけの些細なことが私にとっては大切な思い出になってるってこと、きっと柳宿は考えてもいないんだろうな 、…と蘭飛は柳宿の横顔を見つめた。
「…ほんと、ずるいなぁ」
「? なにか言った?」
『ううん、なんでもない』
この時、柳宿が自分と同じことを考えていたことを蘭飛が知るのは、まだまだ先のお話 ──。
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