甘い香りに誘われて
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「蘭飛」
「星宿様」
声をかけたのは星宿だった。星宿は不思議そうに首を傾げながら蘭飛へ問う。
「随分と大荷物だが…それは?」
「桃饅頭です。よろしければいかがですか?お口に合えばいいのですが」
「そうだな…ひとつ頂くよ」
ひとつ、と蘭飛は心の内で復唱した。ひとつではこの山が減ることは、ない。
「実はこの桃饅頭、美朱様が丹精込めて作られたものなんです」
「! …美朱が?」
その名に星宿が反応を示したのを、蘭飛は見逃さなかった。
「はい。料理で成功したのは初めてだと、それはお喜びになられていました」
「そうか。では、すべて頂こう」
「えっ、すべてですか!?」
美朱の名前を出した途端に極端なことを言う星宿に、蘭飛は目を丸くした。
「ハハ、冗談だ。そうしたいのは山々だが、他の者に悪いからな。三つ頂くことにするよ」
言われた数を小皿に移し、星宿の数歩後ろに付いている文官へ渡す。すれ違いざま、ふと何やら思い出した星宿は蘭飛に声をかけた。
「先ほど張宿が書庫に入っていくのを見た。よかったら届けてやってくれ」
「かしこまりました」
情報を得た蘭飛は足早に書庫へと向かった。重厚な扉を少し開け、隙間から中を覗き込む。窓の少ないそこは昼間だというのに薄暗く、人がいる気配も感じられなかった。
「張宿、もういないのかな」
行き違いになったか、と肩を落とし扉を閉めようとしたところで、書庫内からバサバサ、と本が崩れる音と微かな声が聞こえた。
「張宿?」
探し人の名を呼びながら、棚の陰に目を配りつつ書庫内を進む。すると一番奥に、本の山に埋もれた張宿を発見した。
「大丈夫?!」
「蘭飛さん…」
慌てて腕を引いて引っ張り出すと、張宿は頭を擦りながら恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
「高いところの本を取ろうとしたら、体勢を崩してしまって」
「怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
「よかった」
ふたりは手分けして散乱した書物をかき集め、棚へと戻した。ふぅ、とひと息ついた張宿が、蘭飛に向き直る。
「手伝っていただいてありがとうございます」
「ううん、大したことないから。張宿はよくここへ来てるの?」
「はい!さすが宮廷ですね、僕が見たことない書物がたくさんあって、いくら時間があっても足りないくらいです!たとえば、この本は…」
キラキラと瞳を輝かせながら力説する張宿に、蘭飛は純粋に尊敬の念を抱いた。朱雀七星最年少でありながら、物事を追求する意欲は誰にも負けていない。この勤勉さは見習わなければ、と改めて思い知る。
「…あ、すみません…こんな話、つまらないですよね…」
「ふふ、張宿は本当に勉強が好きなんだね」
「蘭飛さんはどうして書庫に?なにか探し物ですか?」
「ああ、そうだった」
蘭飛は隅にある机に咄嗟に置いた蒸籠の存在を思い出し、蓋を開けて張宿に見せた。
「おすそ分け。頑張るのもいいけど、糖分を摂って少し休憩してね」
「わぁ…ありがとうございます!でも、ここって飲食してもいいんでしょうか」
「うーん…本当は駄目だろうけど、内緒にしてたら分からないから」
「それもそうですね」
ふたりは顔を見合わせ、互いに笑い合った。
蘭飛が次に向かったのは、廷内にある池だった。張宿から、井宿が池で釣りをしていたとの目撃情報を手に入れたからである。
「(あ、いた)」
いつもの場所で水面に釣り糸を垂らす井宿を見つけ、邪魔にならないよう音を立てずに隣の岩に腰掛けた。
「だ、蘭飛ちゃん」
「調子はどうですか?」
「ぼちぼちなのだ」
そう言いつつも釣った形跡のない井宿に、相変わらずだなぁ、と蘭飛は口元を緩めた。こう釣りを嗜む彼のそばにいると、のんびりとした気持ちになるのは何故だろうか。
「陽が気持ちいいですね…」
ぽかぽかした陽気、強すぎず弱すぎず吹く風がなんとも心地よい。うとうとと船を漕ぎ始めた蘭飛に、横目で見やる井宿が口を開いた。
「オイラになにか用なのだ?」
「…あっ、また忘れてた」
膝に置いた蒸籠から桃饅頭をひとつ取り出し、差し出す。井宿は差し出されたそれを素直に受け取った。
「ありがとう。君が作ったのだ?」
「美朱様との合作です」
「…それを食べて、問題は?」
「そんなこと言ったら怒られますよ。味見したから大丈夫です」
「冗談なのだ」
いただきます、とゆっくり咀嚼する井宿を、蘭飛はどこか緊張した面持ちで見守る。
「ん、美味しいのだ」
その言葉を聞き、ホッと胸を撫で下ろした。
「もうひとつ、どうですか?」
「だぁ…オイラには少し甘過ぎたみたいなのだ。申し訳ないが、このひとつで充分なのだ」
「そうですか…なら次はもう少し甘さ控えめなものを作りますね」
目に見えて落胆する蘭飛。おそらく大量に抱えた桃饅頭の行く末に困っているのだろう、と井宿はすぐに察した。
「…そういえば、軫宿がこれから街に行くと言っていたのだ」
「?」
「なんでも、君の両親に聞きたいことがあるとか」
「! 本当ですか?」
新たにもたらされた情報に、蘭飛は食いついた。
「今ならきっと間に合うのだ」
「ありがとうございます!」
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