第二話.幼馴染み
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── その夜。姿が見えない美朱様を不審に思い廷内を探し回っていた。まさかとは思いつつも厨房へ赴き料理人達に聞いてみたが、やはりここには来ていないようだった。
いくら侍女と言えど主の全てを把握する必要性はないことは重々承知しているし、美朱様にもひとりになりたい時があるのも理解している。なのに、どうしてこんなにも胸騒ぎがしてならないのだろうか。
「…杞憂だといいけど…」
回廊の手摺を握りしめ呟いた言葉は、夜の闇へと吸い込まれ消えていった。もう一度美朱様が行きそうな箇所を当たってみよう、と鬼宿の部屋に歩み始めた足をピタリと止める。…どうしようもなく宮庭が気になった。引き寄せられるようにそこへと降り、暗闇を進む。
「…まさか、ね」
自然と辿り着いた先は、灯など一切ない池だった。昼間の静かで穏やかな雰囲気とは一変した、全てを飲み込んでしまいそうな漆黒に身震いする。こんな夜に、美朱様がここに来るはずがない。そう踵を返そうとした、その時。
「っ、きゃあ!」
「!!」
確かに聞こえた悲鳴と、何か小さくない物が水に落ちた音。声の主が探し人かどうかは分からないけれど、誰かが池に落ちたのは間違いない。助けに行かないわけにいかない。
水の抵抗を減らすため極力まで薄着になる。水が冷たいだとか寒いだとか、そんなこと考えている時間すら勿体無い。大きく息を吸い、漆黒の池に飛び込んだ。
水の中は想像以上に暗く、頼りになるのは微かに差し込む月明かりだけだった。早く落ちた人を見つけなければ、その人の息も私の息だってそう長くは続かない。
「(! あれは…っ)」
水草が足に絡まり自由がきかなくなっている人物 ── 美朱様を発見した。焦って逃れようとすればするほどそれは足へ絡みつき、酸素だけが口から漏れていく。一気に距離を詰めて水草を力の限り引きちぎり、美朱様を抱え水面に向かって泳いだ。
「プハッ!ゲホッ、ゲホッ…!」
「ハァッ…ハァッ…!っ、ゆっくり呼吸をして下さい…」
池から離れたところまで美朱様を支えながら歩き、先程脱ぎ捨てた衣服で震える身体を包む。激しく咳き込む背中を擦りながら声をかけ続けると荒かった呼吸もだんだんと落ち着き、何度か深呼吸をした美朱様の瞳がぼんやりと私を捉えた。
「…ありがとう…蘭飛…」
「っ、こんな夜に一体何をなさっていたのですか!?あと少し遅かったらどうなっていたと…!」
立場も弁えずに声を荒らげてしまうが、そんなことに構っていられない。どうして、なぜ。こんな時間に、こんなところに。疑問ばかりが押し寄せる。言い淀んでいた美朱様だったが、暫くするとその口を割りぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
「柳宿が…」
「!」
「…なくした耳飾りを見つければ、仲間になってくれるって……」
一瞬にして目の前が真っ暗になった。ぐらりと視界が歪んで、ひどく頭痛もする。
「でも探しに行くって言い出したのはあたしだから、って……蘭飛…?もしかして、その…怒ってる…?」
康琳が美朱様に強く当たる理由は見当がついているし、理由が理由なだけに目に余る振る舞いにも理解はしてきたつもりだ。
「…美朱様、柳宿様のところへ参りましょう」
美朱様とともに康琳の部屋へ向かうと、康琳と鬼宿が言い合いしている姿があった。
「私など後宮に入って一年近く陛下は見向きもしてくださらなかったのに、あの子は突然出てきてちやほやされて!陛下も陛下だわ…あんなちっぽけな異界の娘のどこが良いの!?」
──思っていた通り、陛下を慕っているが故に美朱様に強く当たっていたらしい。今まで一番近くで康琳のことを見てきたからその気持ちはよく知っている……が、さすがに今回のことは黙認することなど出来ない。
「── 柳宿様」
「! 蘭飛…あんた、その格好…」
少し高い位置にある幼馴染みの顔を見上げる。私や美朱様の出で立ちを見て何があったのか把握したのだろうその瞳は、動揺の色を隠しきれてはいない。耳元で揺れる耳飾りをじっと見つめれば、康琳はばつが悪そうな表情でそれを手で覆い隠した。どうやら耳飾りをなくしたというのは出鱈目だったらしい。…仮に事実であったのなら、まだ良かったのに。
「私が申し上げたいことが何か、柳宿様ならお分かりいただけますね?」
「……さぁ?一体何のことかしら」
「……左様でございますか」
ふいと顔を背けてしまった康琳を見つめ続ける。本当に危ない目に遭わせるつもりなんてなかったことだと、もちろん分かっている。からかって困らせてやろう…そんなところだろうか。それでも一歩間違えたら危険なことくらい、康琳にだって分かったはずだ。
飛び出しそうになる言葉をぐっと堪え、代わりに息をついた。ここで私が口を挟むのは間違っている。
「美朱様、湯浴みの支度をして参ります。後ほどお迎えに伺いますね」
「えっ、あ、うん!さっきは本当にありがとうね、蘭飛!」
美朱様や鬼宿、様子を伺っていた文官や侍女達の視線を感じながらその場を後にする。せめてあの角を曲がるまでは努めて平静に、一介の侍女を装わなければならない。
「っ、…はぁ…」
廊下の角を曲がり、周囲に誰もいないことを確認して壁に背を預ける。湿った髪や濡れた衣服が肌に張り付く感触が、何とも言えない不快感を助長させていった。
「………康琳の馬鹿」
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