第六話.選択
▽名前変換!
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───〝蘭飛〟。
「!」
柳宿とともに星宿の部屋に向かっていた蘭飛だったが、突如聞こえた声に足を止めた。
「どうかした?」
柳宿の様子からして、どうやら自分にしか聞こえていないらしい。もう一度その声に名前を呼ばれ、意識を集中させる。有無を言わせぬ内容に蘭飛は小さく息をつき、不思議そうに首を傾げる柳宿に向き合った。
「ごめんね、ちょっと呼び出されちゃった」
「誰に?」
「太一君。太極山まで来いだって」
「蘭飛だけ?」
「そうみたい。用が終わったらすぐに追いかけるから、美朱様にそう伝えてくれる?」
「……分かったわ。気をつけなさいよ」
「うん、柳宿達もね」
蘭飛は手早く身支度を整え、厩舎へと急いだ。もしもの時のためにこの三ヶ月欠かさず世話をして訓練してきた愛馬に跨り、太極山を目指す。太一君に呼ばれた理由……それが美朱の友人に関することなのでは、と蘭飛は不思議な確信があった。
♢
「── 〝青龍の巫女〟 が現れた」
「……そう、ですか…」
太極山にて太一君から告げられた内容を、蘭飛は自分でも驚くほどに冷静にすんなりと受け止めていた。
「なんじゃ、驚かんのか?」
「…美朱様から聞いていました。ご友人がこちらの世界に来てしまっているのかもしれない、と」
「如何にも。三ヶ月前のあの儀式で本郷 唯は美朱と入れ違いにこの世界に召喚されたのじゃ。…青龍の巫女と申したが、正しくは巫女に成りうる少女…とでも言っておこうかの」
「…なぜ私は呼ばれたのでしょうか」
蘭飛の問いに太一君は目を細めた。それはまるで〝なぜ自分が今ここにいるのか、本当は気付いているのに知らぬ振りをする蘭飛〟を見透かしているように見えた。
「【守護星】神 蘭飛よ。朱雀の巫女と青龍の巫女が同時に現れた今、お主はどちらを優先するつもりか…その意志を聞きたい」
「!」
「聡いお主なら覚えているじゃろう?初めてお主を
蘭飛は、あの七歳の夜のことを思い起こした。
───己の右腿に宿る〝守〟の文字。感情が昂った時に現れるそれは、二十八宿のどこにも属さない存在。幼馴染みも左胸に〝柳〟の字を宿していたけれど、それは語り継がれてきた朱雀七星士の一人の象徴だっただけに、蘭飛は幼心に漠然とした不安を抱いていた。
そんな我が子に母は、〝守〟の文字は強さの証だと何度も根気強く教え続けた。しかし当の本人である蘭飛には、自分が特別であるという自覚はほんの少しも無かった。
なので、七歳のあの夜。太一君から自身が守護星の使命を持って生まれてきたということを教えられた時、蘭飛はずっと抱いていた不安にようやく名前をつけることが出来たのだった。
「……守護星は、ただ一人しか存在しない」
太一君の教えのうちのひとつを、蘭飛はぽつりと呟いた。
「その通り。朱雀七星士は朱雀の巫女を守るために、青龍七星士は青龍の巫女を守るために存在する。…しかし、守護星は違う。どちらの巫女を選択するのかはお主に委ねられているのじゃ」
「……選択…」
蘭飛は自身の声が震えていることに気付き、深く呼吸して息を整えた。
「…両者を選ぶことは出来ないのでしょうか」
「なら聞くが、お主は青龍の巫女のために美朱に刃を向けることは出来るのか?」
「っ、…」
そんなこと、蘭飛は想像すらしたくなかった。しかし逆も然りだ。青龍の巫女が美朱の友人と知ってしまっている蘭飛に、大切な巫女の大切な人に刃を向けるなんて出来るはずがない。
「今ここで答えを出せとは言わん。しかし、その刻は確実に来るのじゃ。…そのことを決して忘れんようにな」
「……はい」
太一君との話を終えた蘭飛は、美朱達と逸早く合流すべく無我夢中で馬を走らせた。…いや、早く合流するためというのは口実で、ただ先程の会話を思い出さないようにしたいだけなのかもしれない。太極山を発つ頃に傾き始めていた日は疾うに落ち、森の中を進んでいるため月明かりも少ない。早く森を抜けてどこか村を探さなければ…そう考えていた、その時。
「ッ、?!」
突如として馬が嘶いて暴れだし、制御不能なまま蘭飛は地面へと振り落とされた。掌に擦り傷は出来たものの、咄嗟に受身を取ったことで大事には至らなかった。
「いきなり、どうして……っ、!」
これまでの訓練中、こんなこと一度もなかったのに。そう愛馬へと視線を向けると、その脚に一本の矢が突き刺さっているのを見つけた。すぐに駆け寄って傷の状態を確認し、慎重に矢を引き抜く。汲んであった水で傷口を洗い流し、適当な布を包帯代わりに結んだ。生憎蘭飛の能力の対象は人間のみのため、傷薬が手に入るまではこれで堪えてもらうしかない。
「ごめんね。これくらいしか出来なくて…」
傷に障らぬよう撫でると、馬はひと鳴きしてまるで礼を伝えているかのように蘭飛に擦り寄った。
「…近くに村があるといいんだけど」
走らせることに問題なさそうに見えるが、念の為大事をとり手綱を引いて歩き出す。その手には先程の矢も握られており、誰が何の目的でこんなことを…と考えるも一向に答えは出なかった。
暫く歩いているうちにだんだんと視界が開け、森を抜けることが出来た。さらに進むと小さいながらも村に辿り着き、蘭飛から安堵の息が洩れた。ひとまず手綱を近くの木に括り、薬を分けてもらうため馬小屋のある家を探す。
「──アンタ、探し物かい?」
背後から掛けられた声に蘭飛は足を止めた。振り返ると若い男が三人、薄ら笑いで立っていた。
「この辺じゃ見ない顔だね」
「旅人かい?こんな辺鄙な村に宿なんてないさ。俺の家すぐそこなんだけど…良かったらどう?」
男達が寄ってくるとともに漂ってくる酒の匂いに蘭飛は少しだけ眉を顰めるも、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「お心遣い感謝します。ですが人と待ち合わせをしていますので、ご心配には及びません」
「へぇ…ならそこまで送っていくよ」
「ふふ、結構です」
「そんな冷たいこと言わないでさ」
足早に立ち去ろうとする蘭飛の腕を、男のひとりが掴んだ。酒が入っているのも相俟ってか、不躾な力の強さに蘭飛は顔を歪める。
「おとなしくしてりゃあ痛いことなんてなーんもないんだから」
「そうそう。その可愛い顔に傷なんて残したくねえだろ?」
「……酔ってます?」
「まだまだ飲み足りなくてね。相手を探してたんだよ」
「ごめんなさい。私、お酒飲まないので」
「え、まさか
知らないわけないでしょう、と蘭飛が心の中で悪態を吐いているなんて露知らず。男達はいいカモが出来たと仲間内で目で合図を送り合い、蘭飛の腕を掴んだまま半ば引きずるように歩き出した。さて、いい加減どうにかしなければと蘭飛が行動に出ようとした時だった。
「──ちょっと。この子になんの用?」
割って入ってきた柳宿の姿に蘭飛は目を丸くさせた。柳宿が蘭飛の腕を掴む男の手首を捻り上げると、男は情けない声を出して離すように懇願し始めた。しかし柳宿が解放する気配は全くなく、むしろ先程よりもさらに力を込めているように見える。
「柳宿、もう放してあげて」
「こいつら、あんたに絡んでたのよ。なのに庇うわけ?」
「そのままだとその人、骨折れちゃう」
「あら、あたしはそれでもいいと思ってるけど。そっちで逃げようとしてる奴らもね」
その言葉に男達の顔は一気に青ざめた。
「私は大丈夫だから。ね、お願い」
「……ほんと、甘いわね」
解放された瞬間、物凄い速さで男達は逃げるように去った。その背中をなぜか申し訳なさそうに蘭飛は見送り、改めて柳宿と向き合う。
「助けてくれてありがとう」
「まったく…ちょっとは抵抗しなさいよ」
「しようと思ったら先に柳宿が来たんだもん」
仮に絡まれたのが美朱であったらすぐに対処するくせに、自分のこととなるとのんきというか危機感がないというか。あっけらかんとする蘭飛に、柳宿は小さく溜め息をついた。
「思ったより早く合流出来て良かった」
「ついでに鬼宿もいるわよ。今は美朱と一緒にいる」
聞くと、村の西の入口に現れた輩を退治に行った鬼宿が、脚を怪我して木に繋がれた馬を連れ帰ったという。その馬が蘭飛が訓練していた馬と同一であることに気付いた柳宿が、こうして蘭飛を探しに来たというわけらしい。
早速美朱と鬼宿が身を寄せる民家へ向かうと、家の前に手当てされて餌を食べる馬の姿に蘭飛は胸を撫で下ろした。この様子なら明日も走ることに問題はなさそうだ。
「蘭飛!良かった、柳宿と会えたんだね」
家に入ると食事の真っ最中だった美朱が蘭飛に駆け寄った。僅か数時間振りの再会だが、蘭飛は主の無事を確認出来て安心した。
「美朱に聞いたぜ。お前、太一君に呼び出されたんだってな。説教でもされたんじゃねえのか?」
「まさか。鬼宿じゃあるまいし」
揶揄うような鬼宿に蘭飛がにこやかに返す。……なんだと!?と遅れて意味を理解する鬼宿を無視して、蘭飛は家主夫婦へと歩み寄った。
「夜分遅くに失礼いたします。この度は馬の怪我の手当てと餌を分けてくださり、本当にありがとうございます」
「朱雀の巫女様と七星士様が我が家に来てくださるなんて、これ以上光栄なことはございません。…失礼ですが、もしや貴女も…?」
「いえ、私は七星士では…」
「蘭飛は守護星なんです!」
誇らしげな美朱の言葉を聞いて、「守護星様にもお食事を!」と慌てて準備を始めた夫婦。遠慮する蘭飛だったがどうしてもと押し切られてしまい、言葉に甘えることになった。
食事を進める中で美朱と柳宿が鬼宿と再会した時の話を聞いた。どうやら三人もこの村近くの森で奇襲に遭い、数人の村人が犠牲になったのだという。その手口が自身のものと酷似していて動揺したが、おくびにも出さず平静を装った。
「美朱様がご無事で何よりです」
「うん…」
しかし、自分の代わりに犠牲になってしまった村人のことを考えているであろう美朱の表情は晴れない。もしもその時そばにいれば何か出来たかもしれないのに、と蘭飛は人知れず拳を強く握りしめた。
──その夜。蘭飛は美朱と柳宿が眠りについたことを確認し、鬼宿に話があると持ちかけた。
「鬼宿。さっきの話に出ていた矢って…これと同じだった?」
「!」
「どう、分かる?」
「…はっきりとは分からねえけど、多分」
「…そう」
「蘭飛、お前これをどこで…」
蘭飛は小さく息をついた後、なぜ馬が脚を負傷するに至ったのか説明した。
「…この話、美朱と柳宿にはしたのか?」
「話してない。…というより話すつもりはない、かな」
「ハァッ?!倶東国に狙われてるかもしれねえんだぞ!?」
「二人に話したら絶対心配かけさせちゃうもん。そういうのは極力避けたいから」
心配性な幼馴染みには特に、と蘭飛は心の内で付け加えた。
「…じゃあなんで俺には話したんだ?」
「確認取るには鬼宿しかいないからね。……でもこんな状況だからきっと、遅かれ早かれ話さなきゃいけなくなるだろうけど」
「……お前、なんでそんなに冷静なんだよ。怖くないのか?」
美朱が元の世界に戻っていた三ヶ月の間、宮廷で生活を共にした中で鬼宿は蘭飛に〝ああ、こいつは
「全然冷静なんかじゃないよ。でも私まで不安がってたら、美朱様も余計不安になっちゃうでしょう?」
「! ……あんま一人で抱え込むなよな」
「心配してくれるの?ありがとう」
微笑む蘭飛に、こいつと話すとなんか調子狂うんだよなと言わんばかりに鬼宿は頭を搔いた。
「鬼宿は明日実家に行くんだよね?」
「ああ。そのつもりだったけど…」
語尾を濁した鬼宿。おそらく美朱のことが心配ではっきりと言い切れないのだろう。そんな彼に蘭飛は笑顔を見せた。
「大丈夫。美朱様のことは私達に任せて」
「…なんでもお見通しってわけかよ」
「ふふ、私の方がお姉さんだからね」
「たった一歳だろ」
「年上には変わりないんだから。何かあったらお姉さんが話、聞いてあげる」
「…なんだよそれ」
視線を外しぶっきらぼうに答える鬼宿。その素直でない照れ隠しが微笑ましくなった蘭飛が手を伸ばしてその頭を二、三度撫でると、子ども扱いすんな!と更にそっぽを向かれてしまったのは、言うまでもない。
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