第四話.太極山へ
▽名前変換!
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「あーもう疲れた!いつになったら太一君のいる太極山に着くの…早く元の世界に戻りたいよォ…」
食事と休憩を兼ねて立ち寄った食店で美朱は深く項垂れた。太極山を目指しているのになかなか辿り着くことが出来ないのだから仕方ないことである。
「疲れ果てて食欲もわかないわ…」
「嘘つけ!こんだけ食っといて!」
「まーまー!一応病人なんだから!」
「……なぁ蘭飛、お前太一君に会ったことは?」
鬼宿の視線が食後のお茶を堪能する蘭飛へと向けられた。
「ございますよ」
「……まさか太極山でなんて言わねえよな?」
「そのまさかです」
「ええ!?そうなの?!」
「知ってるんだったらとっとと道案内してくれりゃ、こんなあちこち歩き回らなくて良かったじゃねえか!」
「そうしたい気持ちは山々なのですが…私個人の判断では出来かねますので」
至極真っ当な鬼宿の言い分に、蘭飛は苦笑を零した。
「太一君ってどんな人?天帝っていうからには、やっぱりおっかない感じ?」
「おっかない……ふふ、人によっては確かにそう感じられるかもしれませんね。でも本当にお優しい方ですよ」
「……あたし、そんな話聞いたことないんだけど?」
「ごめんね、誰にも言わないようにって言われてたから」
「…随分従順だこと」
蘭飛が初めて太極山を訪れたのは、忘れもしない七歳の誕生日を迎えた頃だった。ある夜眠りについていると不意に名を呼ばれて目を覚ました蘭飛だったが、両親とは寝室を分けていたため自室には自分以外誰もいない。ただの夢か、と布団に潜り込んだと同時に再び名を呼ぶ声がして、蘭飛は導かれるようにその声が聞こえる方へ向かった。こんな真夜中に家を抜け出したことなんて今までもちろん一度もない。しかし不思議と両親に見つかった時にどう説明しようかという不安はあれど、見知らぬ声に対する恐怖は感じなかった。元来怖がりのはずなのに、だ。
走って、走って、走って──辿り着いたのが太極山だった。そうしてまだ幼い蘭飛は、己に課せられた【守護星】の宿命を知ることになる。
「よく来てくれたのぅ、蘭飛」
───目の前にいる、この〝天帝・太一君〟によって。
「お久しぶりです、太一君」
食事を終えて星宿と合流するため美朱達と食店を出たところで、蘭飛は太一君に〝呼ばれ〟ひとり森へと入ったのであった。
「お主、朱雀の巫女とその七星士をどう思う?」
「!」
単刀直入な問に虚をつかれ一瞬目を丸くした蘭飛だったが、これを聞くために呼び出されたのかとすぐに理解する。
「とても良い関係だと思いますよ」
「それは本心か?」
「もちろん」
にこやかに答えた蘭飛と裏腹に太一君は溜め息を零す。これを見ろ、と太一君から蘭飛に渡された鏡には暴れる柳宿とそれを止める鬼宿、事態を把握していない星宿、そして困惑する美朱の姿が映っていた。この様子から察するに、また星宿絡みで一悶着あったのであろう。
「わしにはお主が言うような良好な関係にはとても見えないがのぅ」
「確かにこの場面だけを切り取って見ればそうかもしれませんが、彼らは朱雀の巫女を元の世界へ帰すためにここまで来ています。何とも思っていない者のために出来ることではないと思いますよ」
「……随分とこの者達を気に入ったようじゃな。良いか、これからこの連中を試させてもらう。何が合っても手出ししてはならん」
「…承知いたしました」
♢
「どこほっつき歩いてたのよ」
美朱を先頭とした列の最後尾に身を紛らわした蘭飛に、前を歩く柳宿が振り返って投げかけた。
「ちょっと呼び出されちゃって」
「…太一君に?」
「うん」
「ふぅん」
蘭飛は特に黙っておく必要もないだろうと判断し、素直に頷く。自分から聞いておきながらつんとした態度で返答した柳宿だったが、これもよくあることだとさして気にも留めなかった。
「…柳宿、蘭飛。少し変だとは思わぬか?」
「いいえ!私達とてもお似合いだと思いますわ!」
ふたりの前を歩いていた星宿の問いかけに柳宿が食い気味で答えたが、もちろん質問の真意はそれであるはずがない。昼間にも関わらず周囲を包むように立ち込め始めた霧に、蘭飛はいよいよかと眉を顰めた。
「星宿様!」
美朱とともに先を歩いていたはずの鬼宿が一人で引き返してきた。
「鬼宿!美朱は?」
「それが…この凄い霧で見失ってしまったんです!」
鬼宿のその言葉に動きそうになった体をぐっと堪え、蘭飛は自身を落ち着かせるため深く息を吸った。本当ならすぐにでも捜しに行きたいところだが、今はただ静観する他ない。七星士三人の動向を窺っていると、前方より声が聞こえた。
「みんな!」
霧の中から現れたの姿を眩ませていた美朱だった。
「どこ行ってたんだお前!」
「うん、ちょっとね…珍しい鏡を見つけたの」
蘭飛には美朱が肩からかけているその鏡に見覚えがあった。紛れもなく太一君の所有物である。
「でも良かった無事で!」
「うん!ごめんね、ダーリン!」
「あーーっ!みっ、みっ、美朱!あんたっ…!」
美朱が星宿に抱きつくことで柳宿は悲鳴にも似た叫び声を上げた。わなわなと体を震わせた柳宿を、美朱は冷たい目で一瞥した。
「あら柳宿、何か文句ある?あんたもさっさと星宿のことは諦めたら?── バッカみたい、〝男〟のくせに」
美朱の口から飛び出した衝撃の事実に鬼宿と星宿は唖然とし、秘密を呆気なく暴露された柳宿は固まってしまった。
「お…お…男??!」
「ま…まさか!」
「酷いわー!バラすなんてーーっ!」
次々と木々を薙ぎ倒しながら走り去っていくその背中を不憫に思う蘭飛の瞳に、美朱のほくそ笑む姿が映った。──そして理解する。目の前にいる少女が、本物の朱雀の巫女ではないことを。そしてどういった絡繰かはまだ不明だが、これが太一君のいう〝試練〟だということを。
「蘭飛どうしたの?そんなに難しい顔しちゃって」
「いえ、なんでもございません」
「ふーん?でも大変だよね~」
「…何がですか?」
「柳宿のことよ!あんな幼馴染みもつと苦労するでしょ?あたしだったら勘弁してって感じ。あっ、もしかして蘭飛も無理して一緒にいる…とか!?」
一瞬蘭飛の瞳が鋭いものに変わったことに気付かない美朱はケラケラと笑った。行き過ぎな発言と感じた鬼宿が咎めようとした、その時。
「ふふっ」
くすくすと口元を隠して笑う蘭飛に全員の視線が集まった。
「……何よ。なんか可笑しい?」
「いいえ?…ただ、やはり〝本当の美朱様〟とは随分違うんだなぁと思っただけです」
「!!」
その言葉に目を見開く美朱を、鬼宿と星宿もまた訝しげな表情で見つめる。普段であれば何をふざけたことをと聞き流すところであるが、今の美朱にどこか不審感を抱いていた彼らには蘭飛の発言がしっくりきた。
「……つまり、この美朱は偽物だと申すのだな?」
「あくまで憶測ですが、その可能性が高いかと」
「チッ!太一君に手出しするなって言われてたんじゃないの!?命令に背くつもり?」
「ああ、ごめんなさい。〝口を挟むな〟とは言われておりませんでしたので、つい」
「はぁっ??!」
青筋を立てて食いかかる美朱に対し薄ら笑いを浮かべた蘭飛を見て、星宿と鬼宿が抱く心中は同じものであった。──
「蘭飛、ここは我々が引き受けた。お主は柳宿を探してきてくれ」
「よろしいのですか?」
「ああ!お前ならすぐにあいつを見つけられるだろ?」
「! …尽力いたします」
どこか一線を引かれていると思っていた二人からの言葉に蘭飛は僅かに喜びを感じつつ、柳宿の後を追った。
♢
「………見つけた」
捜し求め辿り着いた大木の下、どんよりとした雰囲気を纏う柳宿を発見する。そう遠くに行ってなくて良かった、と安堵すると同時にその目元が赤くなっていることに気付き堪らず駆け寄った。
「康琳」
そっと寄り添う蘭飛に柳宿がゆるりと視線を向ける。
「………星宿様、軽蔑してたでしょ」
「してないよ」
「嘘」
「嘘じゃない。〝私以外にこんな綺麗な男がいるはずがない〟って仰ってたもん」
星宿が零した独り言を蘭飛が伝えた。
「…本当?」
「本当」
「本当の本当に?」
「こんなことで嘘をつくと思う?」
その言葉に柳宿の表情も次第と晴れ、瞳は爛々と輝き出した。さすが星宿様だわ!と今にも小躍りしそうな柳宿に、蘭飛は話を続ける。
「それとね、さっきの美朱様は太一君が仕掛けた偽物で」
「あら、やっぱり?なぁんか変だと思ってたのよねェ」
「え、あの…驚かないの…?」
「だってあの子が自ら星宿様に抱きつくとは思えないし、人の秘密を勝手にペラペラ喋るなんて考えられないもの」
柳宿があまりにもあっけらかんと言い放つものだから、込み上げてくる笑いを我慢することが出来ず蘭飛は思わず吹き出した。
「なによ、急に笑い出して」
「っ、ううん、やっぱり康琳は凄いなぁって思っただけ」
星宿と鬼宿と合流すべく駆け足で向かう中、蘭飛は偽物の美朱が持っていた鏡が怪しいと睨んでいることを柳宿に伝えた。たとえば…鏡の中に本物の美朱が囚われているのではないか、と。普通に考えれば有り得ないのだが、あの太一君ならやりかねない話だ。
「それを壊せば解決なんじゃない?」
「ええ…そんな不確定なこと簡単には出来ないよ」
「! …ま、それは
柳宿が指差す崖下には、偽りの姿を解き本性を現した妖魔と、その妖魔を倒そうと共闘する鬼宿と星宿の姿があった。
「蘭飛、下がってなさい」
「?! ちょっ、待って…!」
制止の声を聞かずに、柳宿は軽々と持ち上げた大岩を崖下に投げ落としてしまう。慌てて覗き込んだ蘭飛は二人の安否を確認するとほっと胸を撫で下ろした。どうやら大岩は狙い通り妖魔だけを押し潰したらしい。
「もう!いきなり投げたら危ないでしょ?」
「あたしのコントロールを舐めないでほしいわね」
「そういう問題じゃ ──!!」
刹那、目に飛び込んできた光景に蘭飛は言葉を失った。そして飛び降りるように崖を下り、一目散にその人物へ駆け寄った。
「っ、美朱様!!」
胸から血を流し呼び掛けに反応しない美朱。傍らに割れ落ちた鏡とその破片のひとつに血が付着してることから、それで胸を突いたのは一目瞭然であった。
「…これは…さっきの偽者と同じところから血を…」
「…まさか、俺達を助けようとして…!?」
「すぐに止血します。三人とも後ろを向いていてください」
傷に触れぬよう慎重に美朱の衣服を脱がした蘭飛は、あまりの傷の状態に思わず顔を顰めた。己の胸を突き刺すなんてどれだけの覚悟を要しただろうか、と守れなかった不甲斐なさから唇をきつく噛み締める。
「(血が止まらない…っ!)」
自身の衣服を包帯代わりに圧迫を試みたものの、じんわりと滲み出る血が止まることはない。どんどん血の気を失っていく美朱に、蘭飛の頬に汗が伝った。そして、その脳裏に太一君と過去に交わしたもうひとつの約束が過ぎる。
「(っ、考えるだけ時間の無駄!)」
蘭飛が美朱の傷口に両手を翳すと、衣服を裂いた際に露わになった右腿の〝守〟の文字が赤く輝きを放ち始める。その光に気付いた三人は咄嗟に振り向いた。
「それは…っ」
「!? 血が止まった…!」
証の字と常人には持ち得ない能力を目の前にし、星宿と鬼宿は蘭飛が守護星であることを信じざるを得なかった。そして、このまま美朱の傷を治してしまうのではないかと一筋の希望を見出した。────しかし。
「……っ、!」
皆の期待とは反対に、眩いほどの光は消え失せてしまう。蘭飛はまるでこうなることが分かっていたようで、息をひとつつくと改めて三人に向き合った。
「……申し訳ございません。
目を伏せる蘭飛を誰も責めることはなかった。それもそのはず、完全とは言えないが美朱の傷口は確かに塞がっているのだから。何もせずただ見ていることしか出来なかった自分達が蘭飛を咎めることなど、するはずがない。
「……いや、よくやってくれた。ありがとう」
星宿の穏やかな声色と言葉に、硬くなっていた蘭飛の表情が幾分か和らいだ。しかし依然として状況は変わらず、意識の戻らない美朱へ四人の視線は集まる。
「傷はおおかた塞がってはいますが…おそらく出血量が多かったかと。どうにかして輸血しなければ…」
「無理よ、道具がないのに!」
「私は〝移す〟ことは出来ても与えることは出来ないの。なんとか方法を考えないと…っ」
「移すとか与えるとかなんの話しよ!そもそもさっきの力だって ──っ?!」
カチャリ、と刃の鳴る音が響く。柳宿と蘭飛の瞳に自身の左腕に剣を当てる星宿と、美朱の胸に刺さっていた鏡の破片を己の左胸に当てる鬼宿の姿が映った。
「血がいるなら…身体中の全ての血をお前にやる!」
「俺の命に代えたって構わない!」
__〝お前を失うくらいなら〟。願いを込めて突き刺した二人の血が、傷口に落ち染みていく。すると思いが通じたのか、微かに美朱の指先に反応があった。
「……っ…」
「美朱!」
「…鬼、宿…?星宿、柳宿、蘭飛も…っ…あたし、…生きてる…?」
「美朱様…っ…良かった…」
蘭飛は自然と浮かんだ涙を拭った。鬼宿と星宿と会話する姿や柳宿と軽口を叩き合う様子を見るに、上手く術がかかっていて怪我の程度も深刻なものではなさそうだ。だが出来るだけ早く適切な治療を受けさせなければと考えていると、辺りが光に包まれ見る間に景色が変わった。
「ここは…!?」
突然のことに困惑する四人とは対照に、見知った〝太極山〟の風景に蘭飛は安堵した。そして試練なんて簡単に乗り越えられるとは思ってはいたものの、心のどこかで不安に感じていた自分に気付き小さく苦笑を零し、ゆらりと現れた影を見つめる。
「 ──よくおいでだね、美朱。お前とその七星士三人、そして守護星に免じて元の世界へ戻る方法を教えよう」
「……っ、す…」
「「「「砂かけばばあ!」」」」
「誰が砂かけばばあじゃ!」
もう見慣れてしまったが初めて会う人にはそう見えても可笑しくないよな、と決して口に出すことは許されない感想を抱きつつ、蘭飛は咳払いして場を仕切り直す。
「このお方が天帝・太一君であらせられます」
「あなたが本当に太一君…?」
「そう。わしがこの世界を司って……、っこら星宿!目をそらすな!」
「醜いものは見とうない…」
「陛下、もうそれ以上は…っ」
堪えきれず肩を震わせて笑う蘭飛に太一君は睨みをきかせ、一同を見回した。
「それにしても柳宿以外酷い傷じゃのう!まずわしの宮殿までおいで。話はそれからじゃ」
良かった、これで治療できる…と蘭飛が息をつくと同時に右手首を掴まれた。見上げると眉を顰めた柳宿と目が合った。
「…どうかした?」
「あんた、どこか怪我してるわけ?」
先程の太一君の言葉が引っかかっているのだろう。柳宿〝以外〟ということは、怪我人の中に蘭飛も含まれていると解釈するのが自然なのだから。
「ふふ、太一君の勘違いだよ。私は大丈夫だから心配しないで」
それで納得する柳宿ではなかったが、確かに蘭飛が怪我をしている様子はない。ただ美朱を治療する際に裂いた部分から露出している肌が目につき、鬼宿や星宿から隠すように彼女の右側にさり気なくその身をおさめた。
「蘭飛!久しぶりねっ!」
「
宮殿に到着すると太一君とともに住まう娘娘に出迎えられ、早速それぞれの治療が始まった。再会の抱擁を交わした娘娘が、蘭飛にずいと迫った。
「ほら!早く術解いて!」
「んー……なんのこと?」
「とぼけてもダメよ!」
「全部見てたっ!」
「術ってなんのことだ?」
「蘭飛怪我してるの?!」
はぐらかす蘭飛の周りに娘娘が集まれば、必然的に皆の視線は集中する。その中にはもちろん柳宿の鋭い瞳もあり、蘭飛はどうしたものかと頭を悩ませた。
「── 蘭飛」
「! …太一君」
真剣な声色の太一君に、蘭飛も背筋を正した。
「まさかお主がわしとの約束を二つも破るなんてのぅ。…まぁ、そもそも守護星の能力は巫女のために存在するのじゃ。今回は不問とする」
「……ありがとうございます」
「ただし、治療はきっちり受けるのじゃぞ」
「分かりました」
娘娘に連れられ別室に移動する際、一瞬だけ柳宿と目が合った。何か言いたそうな眼差しにどう応えればいいのか分からず、蘭飛はただ曖昧に笑みを零した。
_
