第六話.選択
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美朱が元の世界に戻って、約三ヶ月が経過した。その間を宮廷で過ごす蘭飛は従者達と順調に親交を深め、従者側から声をかけられ立ち話をするまでになっている。それはもちろん鬼宿と星宿も例外ではない。星宿は執務の関係上、顔を合わせることは多くはなかったが、食事の席で一緒になった場合は和やかに会話する姿が見られた。鬼宿とは柳宿を交えて軽口を叩き合うまでになり、呼び方や話し方も気さくなものへと変わっている。──穏やかで平和な日々。しかし暗い影は着実に近付いていた。
「なぁんか最近、陛下の表情が明るくないのよねェ…憂いを帯びた姿も素敵だけど、やっぱり気になるわ」
例のごとく蘭飛の自室に入り浸っている柳宿が溜め息をついた。
「無理もないよ。文官達の話だと、倶東国が不穏な動きをしているみたいだから」
蘭飛は手元の書物から視線を上げた。…美朱がこの国を発ってから、三ヶ月。それは国同士の関係を悪化させるには充分すぎる期間だ。
「鬼宿も田舎に帰っちゃうし…暇になったわねェ」
「そう?私はこの生活、嫌いじゃないけど」
暇を持て余す柳宿とは対照に、蘭飛は宮廷での暮らしを満喫していた。書庫には見たこともない書物や文献が膨大に保管されており、一日いても飽きることがない。また武官の鍛錬も目を見張るものでもっと近くで見たいと思っているのだが、柳宿や李凪に力づくで引き止められてしまうため、離れた場所からこっそりと見学に勤しむことにしたのであった。
「書庫に行ってくるね。康琳もたまにはどう?」
「行ってらっしゃ~い、あたしは留守番してるわぁ」
「もう…少しは動かないと」
「また今度ねー」
ひらひらと手を振る柳宿に溜め息をひとつついて、蘭飛は部屋を後にした。
今日の紅南国も天気に恵まれ、心地よい風が蘭飛の髪をさらう。このまま書庫へ向かうも良いけれどせっかくだから…と庭を散策することに。鳥のさえずりに耳をすまし、庭師が丹精込めて育て上げた花の香りに癒され、暖かで眩い陽の光に目を細めた。……もしかしたら散歩なら康琳も乗り気になるかも、と部屋ですっかりだらけきっている幼馴染みを連れ出す口実を考えていた ──その時。
「!」
瞬きした一瞬の間に、それは確実に増えていた。蘭飛は微かに笑みを浮かべて導かれるまま、温かく優しい〝気〟に向かって歩を進める。回廊を進むと角の向こうから軽快な足音が聞こえた。
「あっ、蘭飛!」
「お帰りなさいませ、美朱様」
待ちに待った巫女のご帰還である。美朱なら必ず戻ってくる、そう信じていた蘭飛ではあったがやはり安堵の溜め息は隠せなかった。
「蘭飛、鬼宿がどこにいるか知ってる…!?」
──鬼宿。その名を聞き、蘭飛は美朱から視線を伏せ小さく首を横へ振った。
「数日前、田舎へ帰ると言って…」
「…そっか」
自分の帰りを待っててくれなかったのかと目に見えて落ち込んでしまった美朱に、蘭飛は続けて言った。
「鬼宿は美朱様のお戻りを一番心待ちにしていました。田舎へ帰ったのも、きっと事情があったからだと思います」
「事情、かぁ…」
美朱は何やら考えた後、意気込んだように顔を上げた。
「あたし、鬼宿に会いに行く!」
主の突然の思いつきに蘭飛は一瞬目を丸くさせたものの、すぐに微笑んでみせた。
「では僭越ながら私もお供させていただきます」
「本当に?!蘭飛がいてくれたら心強いよ!……そうだ、柳宿は!?」
「康琳なら私の自室に。こちらです」
蘭飛が美朱を自室へ案内すると二人の話し声が聞こえていたのか、柳宿がひょこりと顔を出した。
「美朱じゃない!やっと帰ってきたのね!」
「柳宿!折り入ってお願いがあるのっ」
柳宿の肩をガシリと掴んで美朱が告げたお願い──それは〝男の格好〟で鬼宿捜しに一緒についてきてくれないか、というものだった。
「はあっ!?やーよ、そんなこと!」
「美朱様、それは私も…」
柳宿が女装している理由を知る蘭飛は、いくら主の願いだからとはいえ同意出来なかった。しかし諦めない美朱は柳宿に食い下がる。
「お願い、このとおり!いくら蘭飛が頼もしいって言っても、女の子二人旅だと…ねっ?」
「……蘭飛、あんたも行くの?」
「え?うん、もちろん」
「ねっ、柳宿も蘭飛のこと心配でしょ!?」
「………分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
蘭飛はその返答に目を丸くさせ驚いたが、ここで自分が口を挟んで柳宿の気が変わっても困ると思い平静を装う。まったく…と小言を呟きながら柳宿は自室へと向かった。
「……美朱様、どうかなされましたか?」
鬼宿に会いに行くというのにどこか表情の晴れない美朱に違和感を覚え、蘭飛が問いかける。
「…あたしの友達が…」
言葉を詰まらせる美朱。蘭飛が顔を覗き込むと、その瞳に今にも零れそうな涙を浮かべていた。
「美朱様…?」
「…あたしの友達が、こっちの世界に来ちゃったかもしれなくて…」
「!」
「蘭飛は知らない?あたしと同じ格好をした、髪の短い女の子なの…!星宿に聞いても分からないって…っ」
皇帝である星宿の耳に入っていない話を、宮廷内でずっと過ごしていた蘭飛が知るはずもなく。蘭飛の反応を見て察した美朱が更に続けた。
「倶東国と戦争が起きる前に朱雀を呼び出して、唯ちゃんを見つけ出したいの!もちろん紅南国も救ってみせる!そのためにも七星士を早く見つけなきゃ…っ…蘭飛、手伝ってくれる…?」
強く握りしめて色が変わってしまった美朱の拳を、蘭飛は優しく解いた。
「
「蘭飛…っ…ありがとう!」
準備が出来たら星宿の部屋に集合ね!と駆けていく美朱の背中を見送り、蘭飛は欄干に手をついて先程の美朱の言葉を反芻する。──美朱の、友達。…そもそも美朱が朱雀の巫女となった紅南国に、またしても新たな異世界の少女が現れることはあるのだろうか。これは、すでに巫女が現れ神獣を召喚したとされている北甲国と西廊国にも言えることだ。
「……まさか…」
自ずと導かれた答えに、蘭飛の背筋に冷たいものが走った。
「なぁに辛気臭い雰囲気出してんのよ?」
「っ、?!」
背後から突然肩を叩かれ、思わず声が漏れる。咄嗟に振り返ると、化粧を落とし男物の服を身に纏った柳宿がいた。いつも綺麗に結い上げている長い髪も、今は三つ編みでひとつにまとめられている。そこに以前の
「…りゅ、───」
無意識の内に
「ねェ、蘭飛。これからは〝柳宿〟って呼ばない?一応あたし、七星士として宮廷に身を置いてるんだし」
「でも……いいの…?」
「いいも何も、このなりで康琳なんて呼ばれてもちぐはぐじゃない」
軽く笑ってみせると、蘭飛は少しだけ目を伏せて頷いた。その姿を見て、柳宿は思い出す。先程の美朱のお願いに同調せず、今みたいに呼び方ひとつでも自分の気持ちを慮ってくれる蘭飛……妹の代わりに女として生きていくと決めた自分を〝康琳〟と初めて呼んでくれたのも、やはり彼女だったことを。
「…じゃあ…改めてよろしくね、柳宿」
「ふふ、なんだか変な感じね」
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