第三話.導き
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「……はぁ…」
太極山への出発の準備が滞りなく進められる中、美朱は今日何度目かも分からない溜め息をつく。皆が自分のためにと発案してくれた太極山への旅なのだから憂えている場合ではないと頭では分かっているものの、思わず想いを告げてしまったあの時鬼宿から返ってきた言葉を想起する度に胸が痛んだ。……そして、もうひとつ。
「…何してるんだろう…蘭飛…」
自分が寝込んでいる間に、いつの間にか解雇になっていた侍女。そもそも神 蘭飛という侍女は宮廷に存在していなかったらしく、何か怪しいことはされなかったかと星宿に何度も聞かれた。しかし美朱にしてみればそんな心当たりは一切なく、むしろ蘭飛には感謝しかなかった。
「……また会えるよね…?」
たった一日の付き合いであったのに、美朱の中で蘭飛の存在は確かに大きくなっていた。
「陛下、本当に共の者をつけなくてよろしいのですか?」
「なんの…巡遊を我が足で行うだけのことよ」
いよいよ出発の刻が近づいたところで何やら門の方が騒がしくなり、一人の文官が星宿の元へ馳せ参じた。耳打ちする内容に美朱が聞き耳を立てると、文官の口から飛び出たとある人物の名にすぐさま門を目指した。
「解雇された侍女が宮廷に何の用だ!」
「別に怪しい者ではありません。…と言って信じてもらえるわけないですよね」
大柄な武官に威嚇されながらも焦った様子が一切ないその姿に、美朱は目を見開いた。髪型や服装が変わりはしているが見間違えるはずがない。後ろから聞こえる星宿の制止の声も構わず、騒動の中心にいる人物に抱きついた。
「蘭飛…!!」
不意のことによろめいた蘭飛だったが、なんとか踏ん張って美朱を抱き留めた。
「いきなりいなくなっちゃうからびっくりしたよっ!」
「美朱様…お体の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫!ほら、この通り!」
美朱が両腕で力こぶを作って見せると、蘭飛は安心したように目を細めて微笑んだ。しかしそれも束の間、鋭くさせた眼光を美朱の背後へと向けた。不思議に思った美朱が振り返ると、先程の武官がこちらに槍を構えているではないか。
「巫女がおられるというのにそんな
「貴様が立ち去れば済むだけの話だろう」
すると武器を片手に他の武官も集まりだし、あっという間に二人を取り囲んだ。さすがにこれはまずいんじゃ…と美朱が声を上げようとした、その時。
「武器を下ろせ!その者の言う通り、巫女に武器を向けることは許さぬ」
星宿の一声で武官たちが渋々と引き下がり、美朱はほっと胸を撫で下ろす。
「…何をしにここへ参った。理由によっては只で済ますことは出来ないぞ」
皇帝陛下直々の訊問に、周囲の人間は固唾を飲んだ。
「陛下、そんなに警戒なさらなくても平気ですわ。危害を加えるつもりなんて、この子には一切ありませんもの。…まったく、あんたがさっさと言わないから大事になってるじゃない」
並々ならぬ緊張感の中で響く、柳宿の声。皆の視線を一身に集めた柳宿は、呆れたように溜め息をつきながら渦中の人物へと歩み寄った。
「んー…どう言えば分かってもらえるかなって考えてたら、なかなかまとまらなくて」
「そのまま言えば良いでしょ。そもそも初めっからこんな回りくどいことしなきゃ良かっただけの話なんだから」
「もう…そのお叱りは手紙で聞いたから充分」
柳宿と蘭飛の砕けたやり取りに誰もが呆気に取られ、それと同時にその場を包んでいた緊張が一気に解かれた。
「ふ、ふたりともいつの間にそんなに仲良しになってたの!?」
「仲良しも何も、あたしたち幼馴染みだもの。これくらい当然よ」
「・・・・・・・幼馴染みィィィっ??!!」
突然の暴露に驚きを隠せず大音声を上げる美朱の後ろで、星宿と鬼宿も目をぱちくりと丸くさせていた。
「幼馴染みなの?!いつからっ?!」
「あんた、幼馴染みって意味知ってる?子どもの頃からに決まってるじゃない」
「それは本当か、柳宿」
「ええ。家の者に確認でも何でも取ってもらって構いませんわ」
「なんで今の今まで黙ってたんだよ?俺たちが宮廷に七星士がいるんじゃないかって話、確か蘭飛も聞いてたよな」
鬼宿の疑問に答えたのは蘭飛だった。
「そのことに関しましては申し訳ございません。康琳に口止めしていたのも私です。しかし、こちらにも事情があったことをご理解頂きたく存じます」
「事情…??」
「これから仕える方を、どうしても自分の目で見極めたかったのです」
疑問符を飛ばす美朱に蘭飛は優しい眼差しを向ける。そして敬意を払うようにその前に片膝をつき、恭しく頭を下げた。
「この神 蘭飛、【守護星】として命に代えても朱雀召喚のその刻まで必ずや貴女をお護りすることを誓います」
静寂の中から少しずつ生まれていくざわめき。こんな素性の知れない娘が
「蘭飛が守護星って…本当なの…?」
「はい。…信じていただけないのも承知の上です」
「っ、ううん!違うよっ、ただびっくりしただけ!」
頭を振った美朱は改めて蘭飛を頭の天辺から足の爪先まで見つめる。自分とそう変わらない背丈に華奢な体つきはとてもそうは見えないが、しかし柳宿だってあんな容貌で怪力の持ち主だ。その前例を考えると、ありえない話ではないと思えた。
「ということは…そなたも身体のどこかに字を宿しているのだろう?」
「! そうだよ、〝守〟の文字!」
それを見れば本物かどうか一目瞭然じゃん!と瞳を輝かせる美朱に対し、柳宿と蘭飛は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「字をお見せすることはもちろん出来ますが、その…」
「歯切れ悪ィな。とっとと見せちまった方が良いだろ」
「あらやだ、たまちゃんのエッチ。いくらたまちゃんでも蘭飛のあられもないトコを見せるわけにはいかなくてよ」
「ハァッ?!」
「康琳!誤解を招くような言い方はやめてっ」
「ム…ほんとのことじゃない」
発言を咎められ口を尖らせる柳宿を横目に蘭飛は気を取り直すようにひとつ咳払いをし、衣服の上から自身の右腿を軽く撫でた。
「字はここに。しかし場所が場所なだけにあまり人前で出すことは憚られてしまって…」
「それってあたしは見ても平気?」
「はい。他の女官も呼んでくださって構いません」
「柳宿は蘭飛の字、見たことある?」
「もちろん」
「よっし!あたし信じるよ!」
拳を勢いよく空に向かって突き上げた美朱に、七星士たちは思わず深く息をついた。
「美朱…」
「お前なぁ…」
「あたしが言うのもアレだけど、あんた大丈夫ぅ?」
「え、なんか変だった??」
確たる証拠を見せられたわけでもないのにそう発言してしまうこの少女は純粋なのか、はたまた単純なだけなのか。これから始まる旅路の前途を想像して、三人は頭を悩ませた。
「…あの、本当によろしいのですか?正直怪しさしかないと思うのですが…」
まさかこんな簡単に信じてもらえるとは思っていなかったであろう蘭飛がおずおずと尋ねる。
「だって蘭飛や柳宿が嘘ついてるように見えないもん。ただそれだけ!」
「っ、ふふ…あはははっ」
美朱があっけらかんとそう言い切ると、蘭飛は鳩が豆鉄砲を食らったように目をパチパチとさせた後に破顔した。
「守護星の名に恥じぬよう、しっかりと務めを果たさせていただきますね」
「この間も言ったけど堅苦しいのはやめようよ!あたしは蘭飛がいてくれて心強いって思うもん!…てなわけで蘭飛も一緒に行くけど、良いよね?星宿」
「その者の、」
「〝その者〟じゃなくて蘭飛!!」
「…蘭飛の真偽は定かではないが、美朱が決めたのであれば従うとしよう。それに本物の守護星でなければ、そもそも太極山に辿り着くことも出来ないはずだからな」
「やったぁ!やったね、蘭飛!」
星宿から許諾を得たことでぴょんぴょんと飛び跳ねて喜びを全身で表す美朱。そんな彼女を尻目に、鬼宿が蘭飛に尋ねる。
「お前、格闘の経験は?」
「護身術を少々」
「なによ、藪から棒に」
「何が起こるか分からないんだぜ、大事なことだろ。…ま、
鬼宿の呟きを聞き流すわけがない柳宿が食ってかかる様子に苦笑を零す蘭飛だったが、己を覆う影の存在に気付いて顔を上げる。そこにいたのはあの大柄な武官で、先程と変わらない鋭い眼光で蘭飛を見下ろしていた。
「……ちょっと。こいつになんか恨み買うようなことでもしたわけ?」
「えー…会うのは今日が初めてのはずなんだけど」
柳宿と小声で会話したのだがどうやら聞こえていたようで、更に激昂してしまったらしい相手はわなわなと身を震わせた。
「陛下!私はこの者の旅の同行に賛成致しかねますぞ!こんな小娘、巫女や七星士様の足を引っ張るに違いない!」
「うげっ…せっかく出発ムードだったのに…!」
美朱が水を差した武官に対し不快感を顕著にさせていると、蘭飛は武官へと歩み寄った。
「では…こうしませんか?貴方に手合わせを申し込みます。もしも私が負けたなら、大人しくここから身を引きましょう」
蘭飛の突拍子もない申し出に誰もが耳を疑い、次第に嘲笑が広がった。日頃から鍛錬している武人に、格闘の経験が少しある程度の人間が勝負を挑むなんて滑稽もいいところである。
「ちょっ、ちょっと蘭飛!?そんなの無茶だよ!」
「いつまでも同じ話の繰り返しで時間を浪費するわけにいきませんから」
「でもっ」
「ハイハイ、巻き込まれる前にさっさと退散しましょ」
「柳宿っ?!」
柳宿に背を押されてしまえば抗うことは出来ない。
「蘭飛のこと止めなくていいの!?怪我しちゃうかもしれないんだよ!?」
「ああなったらもう何を言っても無駄よ。すっごく頑固者だもの、あの子。…けどね、勝ち目がない勝負を挑むほど馬鹿じゃないわ」
柳宿が見つめる先を辿ると、人々が退避したことを確認して武人に向き合う蘭飛の背中があった。自身よりも遥かに大柄な体躯の相手にも関わらず臆する様子を全く見せていない。
「さぁ、いつでもどうぞ」
まるで挑発するような口調の蘭飛に、槍を携えた武人が勢いよく襲いかかった。
♢
「もう!強いんだったら言ってくれれば良かったのに!」
宮廷を発ってしばらくして、星宿と共に馬に跨った美朱が身を乗り出して後列にいる蘭飛へ声を張り上げた。
二人の勝負は誰もが考えていなかったほどあっさりと、そして予想していなかった形で決着がついた。武人が蘭飛に槍を振るった瞬間、咄嗟に目を閉じた美朱。しかし覚悟していた悲鳴は一切なく、聞こえてきたのは群衆のざわめきだった。恐る恐る瞳を開くとそこに映ったのは、土埃が舞う中で悠然と立つ蘭飛と、そんな彼女を地に伏したまま見上げる武人の姿だった。
「さっきのアレ、護身術でおさめていい度合じゃねェだろ」
「私なんてまだまだです」
「あらぁ?通ってた道場じゃあ飽き足りず、他のところで道場破りじみたことしてたのはどこの誰だったかしらぁ?」
「っ、康琳!」
「…意外と血気盛んなのだな」
「そういえば蘭飛って侍女じゃないんだよね?本当は普段何してる人なの?」
美朱と星宿、鬼宿から注目された蘭飛が答えづらそうに視線を泳がせると、柳宿が話に割って入った。
「蘭飛もあたしと同じよ」
「柳宿と同じ?」
「そ。後宮のお妃サマ」
「「・・・・・・お妃ィっ??!!」」
いつぞやと同じく驚愕の声を上げた美朱と鬼宿。星宿にいたっては言葉を喪ってしまっている。
「えっ!?じゃあ蘭飛も星宿のことっ、?!」
「いえ、その…私は康琳が後宮入りすると聞いて心配でついていったのです。初めは侍女役のつもりで話を進めていたのですが、いつの間にか妃として扱われてしまっていて…」
「た、確かに蘭飛みたいな美人が侍女やるには勿体ない、かも……?でもいくら幼馴染みだからって、柳宿くらい逞しい子なら心配いらないんじゃ…」
「美朱ぁ?それはどういう意味かしら…?」
「ひえっ、なんでもありませぇん!」
蘭飛はそのやり取りに頬を綻ばせ、ひとりひとりの背中や横顔を見つめる。そして改めて自身の使命を胸に刻んだ。
──太極山への旅が、今始まった。
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