ep.08 沈んだ心は2人で持ち上げよう
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前髪から垂れた水滴が、風呂に張ったお湯に落ちて小さな音を立てた。
今日も両親は東京で仕事があるから、名前は家にひとりぼっちだ。
だから、ひとりでいることは慣れているーーーーーーそう、自分に言い聞かせても、胸がぎゅっと苦しくなる。
今日は、朝から、仲の良かった女子生徒3人から、無視をされた。いつも通り、朝のHRが始まる直前に滑り込むように教室に入った途端、彼女たちからの冷たい視線が身体に突き刺さった。
理由なら、理解している。
彼女達のお気に入りだった上善寺高校のイケメン4人組との関係が、名前のせいで拗れてしまったからだ。
せっかく連絡先を交換したのに、名前が電話に出なかったことで怒らせてしまったのだ。
彼女達から「名前は自分のことが好き」と聞かされていた上善寺高校の彼は特に、気のあるそぶりをしたくせに、と怒り心頭だった。
その結果、怒った上善寺高校の男子生徒達がグループトークを削除してしまったことで、今度は、女友達の怒りが名前に向いた。
すぐに謝ったのだけれど、彼女達は、名前の声なんてまるで聞こえていないみたいに、背を向けてしまった。
彼女達と一緒に笑い合う空間は、時々、ひどく居心地が悪くて、苦しかった。
それでも、狭い教室の中でポツンと1人きりでいるよりはずっとマシだったのにーーーーーー。
「…っ。」
唇を噛んだ名前が下を向くと、前髪から垂れた水滴が、またお湯に落ちて小さな音を立てた。
最初から、「連絡先の交換はしたくない」と言っていれば、こんなことにはならなかったことだ。そもそも、名前に好意はないことをちゃんと伝えていれば良かったのだ。
悪いのは、曖昧な態度をとってヘラヘラと笑いながら、その場をただやり過ごそうとしていた自分だ。
分かっている。
長いため息が漏れた時、風呂の扉の向こうでスマホが着信音を鳴らした。
あの日から、黒尾からの電話を絶対に取り損ねないように、どこに行くにも持って行くようにしている。
けれど、だいたいいつも着信が入るのは、寝る直前ばかりだ。
今日は、いつもよりもだいぶ早い時間だ。
驚きつつも、慌てながら湯船から飛び出して、脱衣所に置いていたスマホを手に取った。
このまま上がってしまおうかとも思ったけれど、名前はまた湯船に戻りながら応答ボタンをタップする。
「もしもし!」
『おー、今日はやけに元気だな。』
スマホの向こうで黒尾が可笑しそうに言う。
黒尾の低い声が聞こえてくる。それだけで、落ち込んでいた心はあっという間に浮上して、喜びに満ちていく。
「私はいつだって元気だよー。」
『確かにな。』
黒尾が楽しそうに笑う。
「今日は電話してくるのいつもより早いね?」
『あー、ちょっと話したいことあって。
悪い、忙しかったか?』
「ううん、大丈夫だよ。お風呂に入ってるだけ。」
『は?風呂?』
「うん、ほら。聞こえる?」
名前はそう言いながら、スマホを持っていない方の手でお湯を掬った。
手から溢れたお湯が落ちる水音が、風呂の壁に反射して大きく響く。
『あー…聞こえたわ。』
「ん?お風呂だめだった?ちゃんとスマホは防水だから、大丈夫だよ。」
『いや、そうじゃなくて。…俺の問題。』
「俺の問題って?よくわかんないけど、せっかくだしテレビ電話でもするー?」
『…しません。健全な男子校生をからかって遊ばないでください。』
冗談めかして返ってきた黒尾のセリフが面白くて、名前は楽しそうに笑う。
明るい笑い声が風呂の壁に反射して、さっきの水滴の音よりもずっと大きく響いた。
『ったく。他の男にそんなこと言うなよ。』
呆れたように黒尾が言う。
「鉄朗ならいいの?」
『…ギリ許しましょう。』
悩んだ後のセリフも可笑しくて、名前はやっぱり楽しそうに笑った。
「それで、話したいことって何だったの?」
『あー、誰かさんのせいですっかり忘れてたわ。』
「健全な男子校生って大変だね。」
『理解してくれたなら、今後はもっと優しくしてください。』
「はーい。」
反省した様子もなくクスクスと笑う名前に、ため息を返した後、黒尾が話を続けた。
『夏休み、何か予定入ってる?』
「あー…、たぶん、ないよ。」
女友達のことを思い出して、黒尾との電話で浮かれていた心が、また萎んでいった。
夏休みには、女友達と遊ぼうと約束していた。いつでも遊べるように、とバイトも入れないように言われていたから、夏休み中はずっとフリーだ。
けれど、後3日で夏休みが始まる。
このままの状況なら、きっと、夏休みどころか2学期に入ってからも彼女達と遊ぶことはないのだろう。
それなら、バイトでも入れておけば良かったーーーー。
『暇なら、今年も夏休みの合宿やるんだけど、名前も来ないか?』
「合宿に?」
思いもよらない誘いに、聞き間違いかと思ってしまった。
音駒高校男子バレー部が、毎年、梟谷グループで集まって合宿をしていることは、もちろん名前も知っている。
だから、夏休みになるといつも、合宿や部活の時間以外しか黒尾には会えなくて、寂しかった。
それでも、名前は、試合の応援にさえたまにしか行かなかったし、黒尾もバレー関連の予定に誘おうともしてくれなかった。
『一応、顧問と猫又監督達には許可取ってるから。
そっちの学校がOK出せば、後は、名前の気持ち次第。』
「え、で、でも…っ、私、烏野高校の男子バレー部のマネージャーじゃないし。」
『知ってますー。だから、名前には、うちのマネージャーやってほしくて。』
「え!音駒の!?」
もっと意味が分からなかった。
混乱する名前に、黒尾がさも当然かのように続ける。
『うちだけマネージャーいなくて、この前の合宿の時も肩身狭かったし
山本はうるせぇし。記録取んのもマネージャーがやってくれると
レギューラー陣以外も練習に集中できるし、山本がうるせぇし。
さすがにほぼ1週間も合宿あると洗濯すんのも、大変だし、
他校は可愛いマネージャーがやってくれてんのに、とか言って、どうせ山本がうるせぇし。』
「山本くんは、賑やかなんだよ。」
名前が面白そうに笑うと、スマホの向こうからもククッと笑い声が聞こえてきた。
「行けるなら、行きたいなー。
・・・みんなに、会いたい。」
ぽつり、と本音が漏れた。
もちろん、黒尾に会いたい。スマホ越しに声を聞けば聞くほど、触れられない、見えない距離にいることを実感して、切なくなっていた。
合宿に誘ってくれたのも嬉しい。
けれど、最後に、音駒高校男子バレーボール部のみんなにさよならも言えないまま、顔も見ずに引っ越してしまったことを後悔していた。
もう一度、大好きだった彼らにも会いたい。
『おし、じゃあ、決まりだな。
俺からもまた顧問に報告しとくから。うちの顧問からもそっちに連絡入ると思うけど
一応、名前からも顧問に伝えといて。』
「うん!分かった!許可出してもらえるように、頑張る!」
名前が、気合を入れて応える。
やる気に満ちたその声が面白かったのか、黒尾が楽しそうにハハっと笑った。
萎んでいた気持ちは、もうすっかり明るくなっていた。
今日も両親は東京で仕事があるから、名前は家にひとりぼっちだ。
だから、ひとりでいることは慣れているーーーーーーそう、自分に言い聞かせても、胸がぎゅっと苦しくなる。
今日は、朝から、仲の良かった女子生徒3人から、無視をされた。いつも通り、朝のHRが始まる直前に滑り込むように教室に入った途端、彼女たちからの冷たい視線が身体に突き刺さった。
理由なら、理解している。
彼女達のお気に入りだった上善寺高校のイケメン4人組との関係が、名前のせいで拗れてしまったからだ。
せっかく連絡先を交換したのに、名前が電話に出なかったことで怒らせてしまったのだ。
彼女達から「名前は自分のことが好き」と聞かされていた上善寺高校の彼は特に、気のあるそぶりをしたくせに、と怒り心頭だった。
その結果、怒った上善寺高校の男子生徒達がグループトークを削除してしまったことで、今度は、女友達の怒りが名前に向いた。
すぐに謝ったのだけれど、彼女達は、名前の声なんてまるで聞こえていないみたいに、背を向けてしまった。
彼女達と一緒に笑い合う空間は、時々、ひどく居心地が悪くて、苦しかった。
それでも、狭い教室の中でポツンと1人きりでいるよりはずっとマシだったのにーーーーーー。
「…っ。」
唇を噛んだ名前が下を向くと、前髪から垂れた水滴が、またお湯に落ちて小さな音を立てた。
最初から、「連絡先の交換はしたくない」と言っていれば、こんなことにはならなかったことだ。そもそも、名前に好意はないことをちゃんと伝えていれば良かったのだ。
悪いのは、曖昧な態度をとってヘラヘラと笑いながら、その場をただやり過ごそうとしていた自分だ。
分かっている。
長いため息が漏れた時、風呂の扉の向こうでスマホが着信音を鳴らした。
あの日から、黒尾からの電話を絶対に取り損ねないように、どこに行くにも持って行くようにしている。
けれど、だいたいいつも着信が入るのは、寝る直前ばかりだ。
今日は、いつもよりもだいぶ早い時間だ。
驚きつつも、慌てながら湯船から飛び出して、脱衣所に置いていたスマホを手に取った。
このまま上がってしまおうかとも思ったけれど、名前はまた湯船に戻りながら応答ボタンをタップする。
「もしもし!」
『おー、今日はやけに元気だな。』
スマホの向こうで黒尾が可笑しそうに言う。
黒尾の低い声が聞こえてくる。それだけで、落ち込んでいた心はあっという間に浮上して、喜びに満ちていく。
「私はいつだって元気だよー。」
『確かにな。』
黒尾が楽しそうに笑う。
「今日は電話してくるのいつもより早いね?」
『あー、ちょっと話したいことあって。
悪い、忙しかったか?』
「ううん、大丈夫だよ。お風呂に入ってるだけ。」
『は?風呂?』
「うん、ほら。聞こえる?」
名前はそう言いながら、スマホを持っていない方の手でお湯を掬った。
手から溢れたお湯が落ちる水音が、風呂の壁に反射して大きく響く。
『あー…聞こえたわ。』
「ん?お風呂だめだった?ちゃんとスマホは防水だから、大丈夫だよ。」
『いや、そうじゃなくて。…俺の問題。』
「俺の問題って?よくわかんないけど、せっかくだしテレビ電話でもするー?」
『…しません。健全な男子校生をからかって遊ばないでください。』
冗談めかして返ってきた黒尾のセリフが面白くて、名前は楽しそうに笑う。
明るい笑い声が風呂の壁に反射して、さっきの水滴の音よりもずっと大きく響いた。
『ったく。他の男にそんなこと言うなよ。』
呆れたように黒尾が言う。
「鉄朗ならいいの?」
『…ギリ許しましょう。』
悩んだ後のセリフも可笑しくて、名前はやっぱり楽しそうに笑った。
「それで、話したいことって何だったの?」
『あー、誰かさんのせいですっかり忘れてたわ。』
「健全な男子校生って大変だね。」
『理解してくれたなら、今後はもっと優しくしてください。』
「はーい。」
反省した様子もなくクスクスと笑う名前に、ため息を返した後、黒尾が話を続けた。
『夏休み、何か予定入ってる?』
「あー…、たぶん、ないよ。」
女友達のことを思い出して、黒尾との電話で浮かれていた心が、また萎んでいった。
夏休みには、女友達と遊ぼうと約束していた。いつでも遊べるように、とバイトも入れないように言われていたから、夏休み中はずっとフリーだ。
けれど、後3日で夏休みが始まる。
このままの状況なら、きっと、夏休みどころか2学期に入ってからも彼女達と遊ぶことはないのだろう。
それなら、バイトでも入れておけば良かったーーーー。
『暇なら、今年も夏休みの合宿やるんだけど、名前も来ないか?』
「合宿に?」
思いもよらない誘いに、聞き間違いかと思ってしまった。
音駒高校男子バレー部が、毎年、梟谷グループで集まって合宿をしていることは、もちろん名前も知っている。
だから、夏休みになるといつも、合宿や部活の時間以外しか黒尾には会えなくて、寂しかった。
それでも、名前は、試合の応援にさえたまにしか行かなかったし、黒尾もバレー関連の予定に誘おうともしてくれなかった。
『一応、顧問と猫又監督達には許可取ってるから。
そっちの学校がOK出せば、後は、名前の気持ち次第。』
「え、で、でも…っ、私、烏野高校の男子バレー部のマネージャーじゃないし。」
『知ってますー。だから、名前には、うちのマネージャーやってほしくて。』
「え!音駒の!?」
もっと意味が分からなかった。
混乱する名前に、黒尾がさも当然かのように続ける。
『うちだけマネージャーいなくて、この前の合宿の時も肩身狭かったし
山本はうるせぇし。記録取んのもマネージャーがやってくれると
レギューラー陣以外も練習に集中できるし、山本がうるせぇし。
さすがにほぼ1週間も合宿あると洗濯すんのも、大変だし、
他校は可愛いマネージャーがやってくれてんのに、とか言って、どうせ山本がうるせぇし。』
「山本くんは、賑やかなんだよ。」
名前が面白そうに笑うと、スマホの向こうからもククッと笑い声が聞こえてきた。
「行けるなら、行きたいなー。
・・・みんなに、会いたい。」
ぽつり、と本音が漏れた。
もちろん、黒尾に会いたい。スマホ越しに声を聞けば聞くほど、触れられない、見えない距離にいることを実感して、切なくなっていた。
合宿に誘ってくれたのも嬉しい。
けれど、最後に、音駒高校男子バレーボール部のみんなにさよならも言えないまま、顔も見ずに引っ越してしまったことを後悔していた。
もう一度、大好きだった彼らにも会いたい。
『おし、じゃあ、決まりだな。
俺からもまた顧問に報告しとくから。うちの顧問からもそっちに連絡入ると思うけど
一応、名前からも顧問に伝えといて。』
「うん!分かった!許可出してもらえるように、頑張る!」
名前が、気合を入れて応える。
やる気に満ちたその声が面白かったのか、黒尾が楽しそうにハハっと笑った。
萎んでいた気持ちは、もうすっかり明るくなっていた。