ep.28 君は、誰にとっても「良い人」になろうとする
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坂ノ下商店街を出た部員達は、それぞれが自分の帰路へと分かれていく。
部活後にゆっくりお喋りをし過ぎた。もう外も真っ暗で、時間も遅い。
駅へ向かう組の谷地は、清水と一緒に澤村や東峰が送ってくれることになった。
「じゃあ、またね!」
名前がニッと笑って、清水と谷地に手を振る。
その隣で、月島が「っしたー。」と澤村達にほんの少しだけ頭を下げた。
同じ帰り道の山口は、今日も自主練があるらしく、お喋りを早めに切り上げて先に帰ってしまっていた。
「気を付けてね。月島、名前さんをよろしくね。」
「はぁ。」
清水の言葉に、月島は曖昧に答える。
ただ一緒に帰るだけで、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ———と表情どころか全身のオーラで主張しているように、谷地には見えた。
「そうだぞ、月島!
あの野郎共が待ち伏せしてたら、お前が盾になって
死んでも名前さんを守れ!」
西谷が力強く言う。
今度は、月島は返事さえせずに、ひどく面倒くさそうに表情を歪めた。
「おい、西谷。それは逆効果。名前さんが不安になったらどうするんだ。」
澤村に指摘されて、西谷がハッとする。
そして、腰から曲げて頭を下げ、「すまん!!」と名前に謝罪した。
「大丈夫じゃない?澤村と東峰の圧、すごかったし。
もう何も言ってこないと思うよ。」
菅原がクスクスと笑いながら言う。
柔らかい雰囲気だけれど、凛とした芯のある彼が言うと、本当にそうなるような気がしてくる。菅原の凄さのひとつだ。
だからなのか、東峰も隣でうんうんと頷いている。
「どっちかっていうと、俺は月島の方が心配だ。
あれだけ嘲笑って煽り散らかしてたから、逆恨みされて刺されかねない…!」
自分で言って怖くなってきたのか、東峰は顔面を真っ青にして頭を抱え始める。
背も高く、身体もガッシリしていて、顔も誰よりも怖いのに、誰よりも臆病で怖がりなギャップが、きっと東峰の良いところだ———と、谷地は彼のことを思っている。
「大丈夫!そしたら、私が盾になって守ってあげるから!
私のせいなんだし。」
名前が胸を張っていって、自分の胸元を拳でトンッと軽く叩いた。
その隣で、月島がなんとも言えない表情で彼女を見下ろしている。
「こんなナヨナヨな盾、ぜんっぜん役に立ちそうにないんだけど。」
月島が心底嫌そうに言う。
そんな月島に怒ったのは、田中だった。さっきも清水に家まで送ると申し出て、断られていた。それでもメンタルが弱ることはない。きっと、またチャンスがあれば、田中は清水に声をかけるのだろう。
いつかその恋が実りますように————谷地は心の中で、そっと田中を応援している。
「お前!本気で名前さんを盾にする気か!?
俺が盾になる、くらい言え!」
「嫌ですよ。」
「はぁあああ!?」
「まぁまぁ。」
怒り狂う田中を澤村が宥める。
そして、もうそろそろ本当に帰ろうと声をかけた。
確かに、帰ると言ってから、またお喋りをしてしまった。
谷地にとって、日向達は初めての部活仲間だ。
初めは、ちゃんと馴染めるか不安でいっぱいだった。
けれど今、谷地は、彼らと過ごす時間は楽しくて仕方がない。
止まらないお喋りも、キツい練習や業務にも、心はワクワクしている。
学校生活が充実し始めているのを感じていた。
今度こそ、さよならをして、谷地達は背を向けて歩き始める。
月島が刺されるのではないかと本気で不安になっている東峰をなだめる澤村の隣で、谷地は後ろを振り返った。
見慣れた凸凹の後姿が、寄り添って歩いている。
寄り添って————は、いないか。
「ほら見てよ!筋肉!この筋肉で私が守ってあげましょう!」
「どこに筋肉があるんですか?そんな盾で僕を守ろうなんて、恥ずかしいから言わないで。」
「探したらあるから、ほら…、こことか!」
「探さないとない筋肉なんて、ないのと同じデショ。」
「じゃあ、月島君は筋肉あるの?」
「は?あるに決まってるデショ。」
「どこに?」
「はぁ~!?ほら!こことか!!」
名前と月島は、自分達の腕を見せあっている。
さすがにバレー部員としてキツい練習をしている月島には筋肉はあるだろうが、それでもどちらかといえば華奢な2人だ。
お互いに認め合えるような筋肉は見つけられそうだろうか。
「仁花ちゃん、どうしたの?」
清水に声をかけられて、谷地はいつの間にか自分が立ち止まっていたことに気が付いた。
ハッとして、すぐに清水の元へと駆け寄る。
「すみません…!」
「いいけど、何か気になることでもあった?」
「いえ…。」
一度、首を横に振ってから、やっぱりーーーと谷地は口を開き直した。
「顔が良いだけで他は良いところが何もないって言われるのって
どんな気持ちなのかなぁって…。それを…、私たちに聞かれちゃったことも、嫌だっただろうなって。」
谷地は俯いたままで、弱々しい声で言う。
あの時の名前の気持ちを思うと、胸がギュッと苦しくなる。
もちろん、谷地は名前のことを「顔が良いだけ」なんて思っていない。一緒にいるのも、お喋りをするのも楽しい。
名前がいつも肌身離さず持っているポーチに入っているのは、傷テープや冷却スプレー、テーピングだけではない。彼女の部員たちへの優しさや思いやりが詰め込まれている。
他人を傷つけるようなことは決して口にはせず、いつもニコニコと笑っていて、誰の失敗も責めたりはしない。
名前には、恵まれた容姿よりもずっと素敵な一面がたくさんあることを谷地や男子バレーボール部のみんなが知っている。
でも、今日、名前に会いにきた人たちはみんな、名前の「顔だけ」しか見ていないように見えたのだ。
「美人だって言われてるわけじゃないですか?
それなのに、こんなに悲しくて悔しくなる言葉があるんだなって、知らなかったんです。
でも、名前さんは全然驚いてなくて。そんなこと知ってるって顔してるように見えました。
それが…、すごくショックで…。」
そうだ。傷つけるためだけに吐き出されたあのセリフに怒りが湧いた。悔しかった。
けれど、何よりもショックだったのは、名前までもが自分のことを「顔が良いだけで、他に取り柄がない」と思っていたことだった。
「そうだね。」
清水が呟くように頷いた後、言葉は続かなかった。
そんなことないーーーー谷地がそう伝えたら、名前は笑ってくれるだろうか。
多分、気を遣ったような笑みを浮かべて「ありがとう」と言うだけに決まっている。彼女の心には、届かない。分かっているから、悲しい。
名前は、誰の前で、素直になれるのだろう。悲しかった、辛かった、と泣けるのだろう。
誰の声なら、名前に届くのだろう。
いつの間にか、澤村と東峰の話は、月島が刺されるかもしれない心配から、東京合宿に向けての話に変わっていた。
熱がこもる彼らの隣で、谷地と清水は静かに歩き続ける。
しばらくして、駅も近づいてきた頃、谷地は躊躇いがちに、それでも、清水にならいいだろうかと思いながら、言葉を繋げた。
「…名前さんって、月島くんのことが好きだと思いますか?」
「昨日の夜、一緒にいたって言ってたもんね。」
「名前さんの連絡先を知ってるのも月島くんだけだし、
もしかして、本当は付き合ってるとか?」
「さっきの感じだと、それはないんじゃない?」
「そうですよねぇ。それなら、僕の女に触るな!とか
ありそうですもんね。」
「月島くんからそんなセリフが出てくるイメージはないけどね。」
清水が面白そうにくすくすと笑う。
「でもさ…!」
清水が明るい声を出して、谷地を見た。
なんだろう、と谷地が首を傾げる。
「名前さんが誰を好きでも、その恋が叶って欲しいね。」
清水がニコリと微笑む。
女神だ———あまりにも美しく、優しい微笑みに思わず見惚れてしまった。
「…は、はい!!」
惚けていた谷地は、ハッとすると慌てて返事をする。
清水がクスリと笑った。
他校の男子生徒事件もあって少し心がザワついていたのは事実だ。
けれど、大好きな人の幸せを願う———そんな単純な答えを見つけたことで、谷地は頭がクリアになった気がした。
部活後にゆっくりお喋りをし過ぎた。もう外も真っ暗で、時間も遅い。
駅へ向かう組の谷地は、清水と一緒に澤村や東峰が送ってくれることになった。
「じゃあ、またね!」
名前がニッと笑って、清水と谷地に手を振る。
その隣で、月島が「っしたー。」と澤村達にほんの少しだけ頭を下げた。
同じ帰り道の山口は、今日も自主練があるらしく、お喋りを早めに切り上げて先に帰ってしまっていた。
「気を付けてね。月島、名前さんをよろしくね。」
「はぁ。」
清水の言葉に、月島は曖昧に答える。
ただ一緒に帰るだけで、面倒ごとに巻き込まれるのは御免だ———と表情どころか全身のオーラで主張しているように、谷地には見えた。
「そうだぞ、月島!
あの野郎共が待ち伏せしてたら、お前が盾になって
死んでも名前さんを守れ!」
西谷が力強く言う。
今度は、月島は返事さえせずに、ひどく面倒くさそうに表情を歪めた。
「おい、西谷。それは逆効果。名前さんが不安になったらどうするんだ。」
澤村に指摘されて、西谷がハッとする。
そして、腰から曲げて頭を下げ、「すまん!!」と名前に謝罪した。
「大丈夫じゃない?澤村と東峰の圧、すごかったし。
もう何も言ってこないと思うよ。」
菅原がクスクスと笑いながら言う。
柔らかい雰囲気だけれど、凛とした芯のある彼が言うと、本当にそうなるような気がしてくる。菅原の凄さのひとつだ。
だからなのか、東峰も隣でうんうんと頷いている。
「どっちかっていうと、俺は月島の方が心配だ。
あれだけ嘲笑って煽り散らかしてたから、逆恨みされて刺されかねない…!」
自分で言って怖くなってきたのか、東峰は顔面を真っ青にして頭を抱え始める。
背も高く、身体もガッシリしていて、顔も誰よりも怖いのに、誰よりも臆病で怖がりなギャップが、きっと東峰の良いところだ———と、谷地は彼のことを思っている。
「大丈夫!そしたら、私が盾になって守ってあげるから!
私のせいなんだし。」
名前が胸を張っていって、自分の胸元を拳でトンッと軽く叩いた。
その隣で、月島がなんとも言えない表情で彼女を見下ろしている。
「こんなナヨナヨな盾、ぜんっぜん役に立ちそうにないんだけど。」
月島が心底嫌そうに言う。
そんな月島に怒ったのは、田中だった。さっきも清水に家まで送ると申し出て、断られていた。それでもメンタルが弱ることはない。きっと、またチャンスがあれば、田中は清水に声をかけるのだろう。
いつかその恋が実りますように————谷地は心の中で、そっと田中を応援している。
「お前!本気で名前さんを盾にする気か!?
俺が盾になる、くらい言え!」
「嫌ですよ。」
「はぁあああ!?」
「まぁまぁ。」
怒り狂う田中を澤村が宥める。
そして、もうそろそろ本当に帰ろうと声をかけた。
確かに、帰ると言ってから、またお喋りをしてしまった。
谷地にとって、日向達は初めての部活仲間だ。
初めは、ちゃんと馴染めるか不安でいっぱいだった。
けれど今、谷地は、彼らと過ごす時間は楽しくて仕方がない。
止まらないお喋りも、キツい練習や業務にも、心はワクワクしている。
学校生活が充実し始めているのを感じていた。
今度こそ、さよならをして、谷地達は背を向けて歩き始める。
月島が刺されるのではないかと本気で不安になっている東峰をなだめる澤村の隣で、谷地は後ろを振り返った。
見慣れた凸凹の後姿が、寄り添って歩いている。
寄り添って————は、いないか。
「ほら見てよ!筋肉!この筋肉で私が守ってあげましょう!」
「どこに筋肉があるんですか?そんな盾で僕を守ろうなんて、恥ずかしいから言わないで。」
「探したらあるから、ほら…、こことか!」
「探さないとない筋肉なんて、ないのと同じデショ。」
「じゃあ、月島君は筋肉あるの?」
「は?あるに決まってるデショ。」
「どこに?」
「はぁ~!?ほら!こことか!!」
名前と月島は、自分達の腕を見せあっている。
さすがにバレー部員としてキツい練習をしている月島には筋肉はあるだろうが、それでもどちらかといえば華奢な2人だ。
お互いに認め合えるような筋肉は見つけられそうだろうか。
「仁花ちゃん、どうしたの?」
清水に声をかけられて、谷地はいつの間にか自分が立ち止まっていたことに気が付いた。
ハッとして、すぐに清水の元へと駆け寄る。
「すみません…!」
「いいけど、何か気になることでもあった?」
「いえ…。」
一度、首を横に振ってから、やっぱりーーーと谷地は口を開き直した。
「顔が良いだけで他は良いところが何もないって言われるのって
どんな気持ちなのかなぁって…。それを…、私たちに聞かれちゃったことも、嫌だっただろうなって。」
谷地は俯いたままで、弱々しい声で言う。
あの時の名前の気持ちを思うと、胸がギュッと苦しくなる。
もちろん、谷地は名前のことを「顔が良いだけ」なんて思っていない。一緒にいるのも、お喋りをするのも楽しい。
名前がいつも肌身離さず持っているポーチに入っているのは、傷テープや冷却スプレー、テーピングだけではない。彼女の部員たちへの優しさや思いやりが詰め込まれている。
他人を傷つけるようなことは決して口にはせず、いつもニコニコと笑っていて、誰の失敗も責めたりはしない。
名前には、恵まれた容姿よりもずっと素敵な一面がたくさんあることを谷地や男子バレーボール部のみんなが知っている。
でも、今日、名前に会いにきた人たちはみんな、名前の「顔だけ」しか見ていないように見えたのだ。
「美人だって言われてるわけじゃないですか?
それなのに、こんなに悲しくて悔しくなる言葉があるんだなって、知らなかったんです。
でも、名前さんは全然驚いてなくて。そんなこと知ってるって顔してるように見えました。
それが…、すごくショックで…。」
そうだ。傷つけるためだけに吐き出されたあのセリフに怒りが湧いた。悔しかった。
けれど、何よりもショックだったのは、名前までもが自分のことを「顔が良いだけで、他に取り柄がない」と思っていたことだった。
「そうだね。」
清水が呟くように頷いた後、言葉は続かなかった。
そんなことないーーーー谷地がそう伝えたら、名前は笑ってくれるだろうか。
多分、気を遣ったような笑みを浮かべて「ありがとう」と言うだけに決まっている。彼女の心には、届かない。分かっているから、悲しい。
名前は、誰の前で、素直になれるのだろう。悲しかった、辛かった、と泣けるのだろう。
誰の声なら、名前に届くのだろう。
いつの間にか、澤村と東峰の話は、月島が刺されるかもしれない心配から、東京合宿に向けての話に変わっていた。
熱がこもる彼らの隣で、谷地と清水は静かに歩き続ける。
しばらくして、駅も近づいてきた頃、谷地は躊躇いがちに、それでも、清水にならいいだろうかと思いながら、言葉を繋げた。
「…名前さんって、月島くんのことが好きだと思いますか?」
「昨日の夜、一緒にいたって言ってたもんね。」
「名前さんの連絡先を知ってるのも月島くんだけだし、
もしかして、本当は付き合ってるとか?」
「さっきの感じだと、それはないんじゃない?」
「そうですよねぇ。それなら、僕の女に触るな!とか
ありそうですもんね。」
「月島くんからそんなセリフが出てくるイメージはないけどね。」
清水が面白そうにくすくすと笑う。
「でもさ…!」
清水が明るい声を出して、谷地を見た。
なんだろう、と谷地が首を傾げる。
「名前さんが誰を好きでも、その恋が叶って欲しいね。」
清水がニコリと微笑む。
女神だ———あまりにも美しく、優しい微笑みに思わず見惚れてしまった。
「…は、はい!!」
惚けていた谷地は、ハッとすると慌てて返事をする。
清水がクスリと笑った。
他校の男子生徒事件もあって少し心がザワついていたのは事実だ。
けれど、大好きな人の幸せを願う———そんな単純な答えを見つけたことで、谷地は頭がクリアになった気がした。