ep.28 君は、誰にとっても「良い人」になろうとする
Name change
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迷惑をかけてしまったお詫びに————と、名前はバレー部員全員に肉まんを奢らせてもらっていた。
彼らは、気にしなくてもいいと言ってくれたけれど、謝罪だけでは名前自身の気が済まない。
坂ノ下商店にやってきたバレー部員達は、客が来るまで、という約束で鵜養が出してくれたテーブルと椅子に腰かけて、美味しい肉まんを味わう。
レジの向こうでは、いつものように鵜養が椅子に座ってスポーツ新聞を読んでいた。
「名前さんと月島くんに怪我がなくて本当によかった。」
肉まんを頬張るより前に、清水は名前を見た。
そして、改めて安心したように言う。
「本当ですよ!東峰さん達、すごいです!
ナイスタイミングでした!!すっごくカッコよかったです!!」
谷地が心からの尊敬を浮かべた眼差しを、澤村と東峰、田中、西谷に向ける。
「いや、あれは、月島が必要以上に煽るから。
これ以上、放っておいたら危険だと思って。」
「俺も同じ。」
澤村が困ったように言って、月島を見る。
その隣で、東峰が控えめに手を挙げた。
田中と西谷は、女子からの『カッコよかった』というセリフに心が痺れたのか、地面にうずくまって悶絶している。
今日も相変わらず、人畜無害な野生児だ。
「別に煽ってませんけど。」
月島が不機嫌に言い返す。
「あれを煽りだと思ってない月島が、俺は怖いよ。」
東峰が、眉尻を下げて苦笑いを浮かべる。
「そういえば、どうしてあの人は、
名前さんが自分のことが好きだと勘違いしてたんですか?
むしろ、嫌いそう…に見えたのに。」
谷地がなかなか失礼なことを言って、首を傾げた。
隣に座っていた山口が、ギョッとした顔をして彼女を見たのが面白かった。
「私が悪いんだよ。」
「思わせぶりな態度でもとってたんですか?」
影山がストレートに訊ねる。
隣に座っている東峰が、平然としているそのその横顔に、信じられないという目を向ける。
「客寄せパンダなの、私。」
困ったような笑みを浮かべて、名前が言う。
名前は、お洒落が好きだ。
ファッション雑誌を読み漁ったり、鏡と睨めっこをしてメイクの研究をしてみたり、ショッピングだって楽しい。
勉強やスポーツの努力は苦手だけれど、毎朝、時間をかけて緩いカールを作り上げるのは、ちっとも苦だとは思わない。
例えるならば、ゲームの育成だ。メイクやファッションの知識、技術を覚えるのはスキル上げで、服やアクセサリー、ヘアスタイルは装備だ。
難しいダンジョンを攻略するのはとっても大変だけれど、だからこそ手に入れた装備が格別であるように、お小遣いやバイト代を貯めて買った服は、気分を上げてくれる。
だから、誰かに見られる為にしているわけじゃないのだ。
けれど、そうやって、名前が装備やレベルを強化すればするほど、友人達はそれを『利用』した。
つまり、美人な名前でイケメンを釣ったのだ。
(私は、彼女達にとって、チョロいダンジョンに入ったら
運よく手に入れられたSSR装備みたいなものなんだろうな。)
頭の中に、自虐的な自分の声が聞こえてきた。
分かっていた。気づいていた。
でも、見てみぬふりをしていたことだった。
「昨日、一緒に遊んだ他校の男子の友達のこと、友達が3人とも狙ってたの。
だから、私はもう1人の彼のことを好きってことにするっていう作戦になってたらしくて。
ほら、そうしたらちょうど4・4になるし、狙ってるイケメンくん達が、びっじーんな私のこと好きになるのも防げるでしょ?」
名前がおどけたように言う。けれど、誰も笑わない。むしろ、なんと言ったらいいか分からないような顔をして、哀れそうな視線を向けてくる。
彼女達の作戦を知ったのは、上善寺高校の男子生徒達と再会した直後だった。
久しぶりという挨拶もそこそこに、彼女達は、示し合わせていたみたいに『名前が会いたがっていたんだよ。』と彼に声をかけていた。
それから、ゲームセンターで即席のカップルで分かれるときも、カラオケでの座席でも、名前の隣には彼が来るように取り決められていた。
そこに、SSR装備である名前の意思は要らなかった。
「それで、舞い上がっちゃったんだ…。」
東峰の呟きには、彼への哀れみが含まれていた。
名前自身、彼には本当に、失礼なことをしたと思う。傷つけてしまった。
そんなつもりはなかった、という言葉は言い訳にもならないだろう。
「名前は乗り気じゃなかったんだろ。
断ればよかったじゃねぇか、そんなもん。」
話が聞こえていたのか、鵜養が意見を挟んでくる。
鵜養の言う通りだ。
ちゃんと断るべきだった。嫌だと言わなければいけなかった。
でも、出来なかった。
「だって、友達を困らせたくないから。」
名前が言い訳をする。
勝手な言い分だ。その結果、無関係の彼を傷つけた。
最低なことをした自覚は、ある。
でも、名前が彼に謝る機会は、もう二度と訪れないのだろう。
彼はきっともう二度と会ってくれないだろうし、名前も会いたくない。
「そんなの友達じゃない!」
日向がハッキリと言った。
バレー部員達の視線が名前に向く。
その視線のすべてが言っている——日向が正しい。
もしも、清水や谷地が『友達』と呼ぶ誰かに同じことをされていたら、名前も日向と同じことを言うだろう。
けれど、名前は微笑んで、日向を否定する。
「友達だよ。
転校してすぐで誰も友達がいない私に、初めて声をかけてくれた。
私の大切な友達なの。」
名前の微笑みに、日向は眉を顰めて唇を歪めたけれど、何も言わなかった。
言えなくした———という表現が正しいのは、理解していた。
(私はズルくて、弱虫だ。)
名前の心では、なんとかくっつけていたはずのヒビが音を立て始めていた。
彼らは、気にしなくてもいいと言ってくれたけれど、謝罪だけでは名前自身の気が済まない。
坂ノ下商店にやってきたバレー部員達は、客が来るまで、という約束で鵜養が出してくれたテーブルと椅子に腰かけて、美味しい肉まんを味わう。
レジの向こうでは、いつものように鵜養が椅子に座ってスポーツ新聞を読んでいた。
「名前さんと月島くんに怪我がなくて本当によかった。」
肉まんを頬張るより前に、清水は名前を見た。
そして、改めて安心したように言う。
「本当ですよ!東峰さん達、すごいです!
ナイスタイミングでした!!すっごくカッコよかったです!!」
谷地が心からの尊敬を浮かべた眼差しを、澤村と東峰、田中、西谷に向ける。
「いや、あれは、月島が必要以上に煽るから。
これ以上、放っておいたら危険だと思って。」
「俺も同じ。」
澤村が困ったように言って、月島を見る。
その隣で、東峰が控えめに手を挙げた。
田中と西谷は、女子からの『カッコよかった』というセリフに心が痺れたのか、地面にうずくまって悶絶している。
今日も相変わらず、人畜無害な野生児だ。
「別に煽ってませんけど。」
月島が不機嫌に言い返す。
「あれを煽りだと思ってない月島が、俺は怖いよ。」
東峰が、眉尻を下げて苦笑いを浮かべる。
「そういえば、どうしてあの人は、
名前さんが自分のことが好きだと勘違いしてたんですか?
むしろ、嫌いそう…に見えたのに。」
谷地がなかなか失礼なことを言って、首を傾げた。
隣に座っていた山口が、ギョッとした顔をして彼女を見たのが面白かった。
「私が悪いんだよ。」
「思わせぶりな態度でもとってたんですか?」
影山がストレートに訊ねる。
隣に座っている東峰が、平然としているそのその横顔に、信じられないという目を向ける。
「客寄せパンダなの、私。」
困ったような笑みを浮かべて、名前が言う。
名前は、お洒落が好きだ。
ファッション雑誌を読み漁ったり、鏡と睨めっこをしてメイクの研究をしてみたり、ショッピングだって楽しい。
勉強やスポーツの努力は苦手だけれど、毎朝、時間をかけて緩いカールを作り上げるのは、ちっとも苦だとは思わない。
例えるならば、ゲームの育成だ。メイクやファッションの知識、技術を覚えるのはスキル上げで、服やアクセサリー、ヘアスタイルは装備だ。
難しいダンジョンを攻略するのはとっても大変だけれど、だからこそ手に入れた装備が格別であるように、お小遣いやバイト代を貯めて買った服は、気分を上げてくれる。
だから、誰かに見られる為にしているわけじゃないのだ。
けれど、そうやって、名前が装備やレベルを強化すればするほど、友人達はそれを『利用』した。
つまり、美人な名前でイケメンを釣ったのだ。
(私は、彼女達にとって、チョロいダンジョンに入ったら
運よく手に入れられたSSR装備みたいなものなんだろうな。)
頭の中に、自虐的な自分の声が聞こえてきた。
分かっていた。気づいていた。
でも、見てみぬふりをしていたことだった。
「昨日、一緒に遊んだ他校の男子の友達のこと、友達が3人とも狙ってたの。
だから、私はもう1人の彼のことを好きってことにするっていう作戦になってたらしくて。
ほら、そうしたらちょうど4・4になるし、狙ってるイケメンくん達が、びっじーんな私のこと好きになるのも防げるでしょ?」
名前がおどけたように言う。けれど、誰も笑わない。むしろ、なんと言ったらいいか分からないような顔をして、哀れそうな視線を向けてくる。
彼女達の作戦を知ったのは、上善寺高校の男子生徒達と再会した直後だった。
久しぶりという挨拶もそこそこに、彼女達は、示し合わせていたみたいに『名前が会いたがっていたんだよ。』と彼に声をかけていた。
それから、ゲームセンターで即席のカップルで分かれるときも、カラオケでの座席でも、名前の隣には彼が来るように取り決められていた。
そこに、SSR装備である名前の意思は要らなかった。
「それで、舞い上がっちゃったんだ…。」
東峰の呟きには、彼への哀れみが含まれていた。
名前自身、彼には本当に、失礼なことをしたと思う。傷つけてしまった。
そんなつもりはなかった、という言葉は言い訳にもならないだろう。
「名前は乗り気じゃなかったんだろ。
断ればよかったじゃねぇか、そんなもん。」
話が聞こえていたのか、鵜養が意見を挟んでくる。
鵜養の言う通りだ。
ちゃんと断るべきだった。嫌だと言わなければいけなかった。
でも、出来なかった。
「だって、友達を困らせたくないから。」
名前が言い訳をする。
勝手な言い分だ。その結果、無関係の彼を傷つけた。
最低なことをした自覚は、ある。
でも、名前が彼に謝る機会は、もう二度と訪れないのだろう。
彼はきっともう二度と会ってくれないだろうし、名前も会いたくない。
「そんなの友達じゃない!」
日向がハッキリと言った。
バレー部員達の視線が名前に向く。
その視線のすべてが言っている——日向が正しい。
もしも、清水や谷地が『友達』と呼ぶ誰かに同じことをされていたら、名前も日向と同じことを言うだろう。
けれど、名前は微笑んで、日向を否定する。
「友達だよ。
転校してすぐで誰も友達がいない私に、初めて声をかけてくれた。
私の大切な友達なの。」
名前の微笑みに、日向は眉を顰めて唇を歪めたけれど、何も言わなかった。
言えなくした———という表現が正しいのは、理解していた。
(私はズルくて、弱虫だ。)
名前の心では、なんとかくっつけていたはずのヒビが音を立て始めていた。