ep.28 君は、誰にとっても「良い人」になろうとする
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烏野高校、第二体育館。今日も、男子バレーボール部は、部活動に励んでいた。
バイトが2日連続休みだった名前も、今日は友人と遊ぶ約束はないらしく、マネージャーの手伝いをしに来ていた。
正式にバレー部のマネージャーになったものの、まだ業務に慣れない谷地にとって、清水だけではなく名前も良いお手本だ。
今はまだうまくいかないことの方が多く、失敗をして部員達を困らせることも少なくない。だからこそ、彼女達の動きを観察しては、効率の良い動きを学んでいるところだ。
長いようであっという間でもある放課後の部活が終わり、部室で着替えも終わらせた谷地が、階段を降りたところで、体育館の入口に見覚えのない女子生徒が3人がいるのに気がついた。
明るい髪色に大人っぽいメイク、着崩した制服が馴染んでいる彼女達は、パッと見ただけで3年だと分かった。
彼女達の後ろには、男子生徒が4人いた。草色というのだろうか、渋めの黄緑色のブレザー姿で、烏野高校の制服とは違う。
谷地の友人の恋人が同じ制服だったはずだ。確か、条善寺高校だったか。
彼らは制服を雑に着崩していて、派手に染めた髪を丁寧にセットしている。
どうして他校の生徒が烏野高校の第二体育館に来ているのか———谷地が首を傾げていると、後ろを歩いていた清水が彼らの方を見た。
「あれ…。」
清水も彼女達に気付いたようだ。
同じ3年ということで、清水には彼女達に見覚えがあるような反応だった。
綺麗な眉が少しだけ歪んでいて、あまり良い知り合いではないことが分かる。
「おー、マネージャー?めっちゃ美人じゃん。」
「俺は、可愛い方がタイプ〜。」
「スポーツ少年たち、おつかれ〜い。」
彼らは、部室の階段を降りてきている谷地や清水、そして、男子バレーボール部員に気づくと、ヘラヘラと笑いながら、小さく手を振ってきた。
笑顔を向けられてはいるものの、友好的なものではなく、むしろ、馬鹿にされているように思えて、気分が悪かった。
清水も同じだったのか、わずかに眉を顰めた。
ヘラヘラと笑っているのは、4人のうち3人だけで、1人はどこか難しそうな顔をして、谷地の後ろの方をじっと見ている。
「知ってる人達ですか?」
「あ!やっと出てきた!名前ーーー!ちょっと来てーーーー!!」
谷地が清水に向けた質問は、彼女達の大きな声にかき消された。
名前の名前が呼ばれたことに気づいて、谷地は後ろを振り向いた。
最後尾にいた名前は、ちょうど月島と並んで階段を降りようとしていたところだったらしく、名前を呼ばれて初めて、彼女達に気付いたようだった。
名前はチラッと月島を見上げた後、申し訳なさそうな表情で早口で何かを伝えてから、階段を駆け降りて彼女達のところへ向かった。
「どうしたの!?」
名前が驚いた表情のまま、彼女達に言った。
答えたのは、1人だけ様子がおかしかった男子生徒だった。
「どうしたのって、名前ちゃんに何度電話しても繋がらないし
昨日は、電話切られるしさ!心配して会いにきたんじゃん!!」
男子生徒は、いきなり責めるように声を荒げた。
驚いたのは、その怒りを目の前からぶつけられた名前だけではなかった。
響いた大きな声に、部活も終わり、帰ろうとしていたところだった男子バレーボール部の面々も、何事かーーーーと目を丸くしていた。
誰が言い出したわけでもなく、自然と階段を降りたところで立ち止まって、全員で成り行きを眺めていた。
「そうだよ。」
「名前のことが心配だって会いにきてくれたんだよ。」
「ね?みんな、優しいから。」
彼らを連れて来た彼女達は、イケメンを取り囲んで、気分がよさそうに笑顔で声をかけている。
「どうして電話繋がらないの?
俺、昨日から何度もかけてるんだけど!」
彼が待ちきれないとばかりに名前に詰め寄った。
名前が、その圧に思わず一歩後ずさる。
「そんなに怒ると名前ちゃんがビックリするだろ。」
「なになに、コイツがしつこくて嫌いになっちゃった?」
「じゃあ、俺とかどう〜?」
怒る彼の周囲で、他の男子生徒達がヘラヘラと声をかける。
友人のために他校にやってきたというよりは、面白がってついてきた、という方がしっくりくるような態度だ。
「そういうんじゃ…。元々、電話とか苦手って言ったと思うんだけど…。
だから、電話に出なかっただけだよ。」
「じゃあ、電話した俺が悪いのかよ!気のある態度とっておいて
電話を勝手に切るお前のほうが悪いだろ!!」
彼の怒りはおさまらなかった。
むしろ、名前の言い訳では、火に油を注いだだけだったようだ。
谷地の視界の端で、澤村が動いたのが見えた。
正式なマネージャーではないにしても、男子バレーボール部の部長として、名前を助けようとしたのだろう。
けれど、澤村が部長としての決断をするよりも先に動いていた男がいた。月島だ。
いつの間にか近寄っていた月島は、名前と上善寺高校の男子生徒との間にスッと長身の身体を滑り込ませると、彼らを見下ろして口を開く。
「なんか勘違いしてるんで、教えてあげますけど。
電話切ったのは、名前さんじゃなくて、僕です。」
「…は?」
彼が片眉を上げて、唖然と口を開く。
谷地はオロオロとして、清水に視線を向けた。
大丈夫だろうかーーーー不安そうな谷地の視線を受けて、清水が困ったように首を傾げる。
「聞こえませんでした?
名前さんのスマホがずっと鳴っててうるさかったんで、僕が切りました。」
「はぁ?名前ちゃんを守るヒーロー気取りかよ。
言っとくけど、俺が名前ちゃんに電話したのは昨日のーーー。」
「昨日の夜中の0時過ぎですよね。
非常識な時間によくもまぁあんなにしつこく電話できますよね。
もう逆に尊敬しちゃいます〜。僕だったら絶対無理!ムリムリ!」
月島はそう言うと、意地悪くニヤついた顔の前で右手を軽く左右に振った。
「はぁ!?なんなんだよ、お前!!」
「えー、だって、嫌いになってくださいって言ってるようなもんじゃないですか〜?
あ、もしかして、嫌われたかったんですか?じゃあ、大成功じゃないですか〜。」
月島が小馬鹿にしたようにぷぷぷと笑う。
ムッと顔をして、上善寺高校の彼が言い返した。
「バカにすんじゃねぇよ!
そもそも、なんでお前が俺と名前ちゃんの電話のことを知ってんだよ!」
「一緒にいたからですよ。ちょっと考えれば分かるデショ。
馬鹿なんですか。」
「は…?一緒に…?」
「しつこい着信が7件来た後、名前さんが間違ってメッセージに既読つけてしまって
その後、また電話かけて来ましたよね。ほんっとしつこかったんで、僕が切リました。」
月島の言っていることが真実かどうか、谷地や清水、他のバレー部員達には判断できなかった。
けれど、どうやら正しかったようだ。
上善寺高校の男子生徒は、カッと目を見開いて、月島を見上げ、荒げるように口を開いた。
「なんで、そんな時間にお前が名前ちゃんと一緒にいるんだよ!?」
「名前さんから、電話していいかって、連絡がきたからです。」
「はぁ!?さっき聞いてなかったのか!?名前ちゃんは電話が苦手なんだよ!
それなのに、お前に電話するわけねぇだろ!」
「さぁ、知りませんよ。実際に、そうメッセージが届いたんですから。
電話が苦手なんじゃなくて、あなたが…苦手なんじゃないですか?」
月島は嫌な笑みを浮かべてププっと笑い、見下ろす上善寺高校の男子生徒を煽り散らかす。
上善寺高校の男子生徒は、カァッと顔を真っ赤にして、唇を噛んでしまった。
「名前、本当にこの眼鏡くんと一緒にいたの?」
訊ねたのは、3年の女子生徒だった。
「うん…。帰り道にちょっと…、声が聞きたくなって連絡したら、
たまたま、公園で会えたから、一緒に少し喋ってたの。」
「でも、眼鏡が好きなわけじゃないんでしょ?
名前は、彼のことが好きなんだよね?」
「そうだよね!彼との電話は緊張するから、出られなかっただけだよね!」
3年の女子生徒達は、必死そうに見えた。
どうしても、「そう」でなければ、彼女達にとっては都合が悪いのだろう、と嫌でも谷地達にも伝わってくる。
上善寺高校の男子生徒が、俯いていた顔を上げる。
まっすぐに名前を見つめる彼の瞳は、女子生徒達の言葉が真実であることを期待していた。
名前の瞳がグラグラと揺れ、戸惑っているのが谷地にも伝わってきた。
多分、名前は、誰のことも傷つけられないのだ。だから、拒絶する言葉を言えないのかもしれない。
そんな名前を見下ろし、月島が大きくため息を吐く。
「名前さん、どうなんですか。
名前さんの気持ちは名前さんにしか分かりませんよ。」
月島が冷たく突き放したから、谷地は驚いた。
さっき、上善寺高校の男子生徒の前に立って守ったように、今回も困っている名前のことを助けてくれると思ったのだ。
どう見ても、名前が彼らに好意を持っていないのは明らかだ。
それなら、月島が代わりに伝えてあげてもよかったはずだ。
「私は…、」
名前が、躊躇いがちに口を開く。
けれど、その先は続かない。どうすればいいのか分からない様子で、俯きながら口を開いたり閉じたりを繰り返している。
ハッキリしない名前に、3年の女子生徒達や上善寺高校の男子生徒達が苛立っているのが伝わってくる。
でも、一番イライラしているのは、月島だった。
「名前さんの返事待ってたら一生終わらなそうなんで、僕は先に帰ります。
お疲れ様でしたー。」
早々に見限って、月島が輪の中から抜けていく。
名前が、焦ったように口を開いた。
「ま、待って、月島くん…っ。」
追いかけようとした名前に気づき、月島が立ち止まって振り返る。
けれど、名前はそれ以上、月島を追いかけることはできなかった。
上善寺高校の彼が、名前の手首を掴んで引き留めたのだ。
「どうしてそいつを追いかけるんだよ。あいつのことが好きなのか!?
俺が好きだって言ってたじゃねぇか!」
「ち、違…っ。言ってないっ。」
「否定もしてなかっただろ!」
「…っ、お願い、放して…っ。」
必死に振り解こうとする名前だが、彼も必死に食い下がる。
「痛い…っ。」
名前が痛みに顔を歪める。
流石にこれはまずいのではないかーーーー。
谷地がそう思ったのとほとんど同時に、月島が彼の腕を掴んだ。
月島に強い力で握りしめられたのだろう。彼は、痛みに顔を歪める。
「痛ってぇな!放せよ!!」
「あなたと同じことをしただけですけど。」
「あ!?」
「痛いから放して欲しいんだったら、あなたも名前さんから手を離してください。
そしたら、僕も離してあげていいですよ。」
月島が平然と言う。
バレーボールをしながら、それなりの筋トレもしているらしい月島の握力は、きっと普通の男子高校生よりも強いのだろう。
彼は痛みに顔を歪めたままで、それでも諦めきれないのか、プライドが許さないのか、怒鳴り声を上げながら、右腕を振り上げた。
「あぁ!?なんだよ、お前らには関係ねぇだろ!!
これは、俺と名前ちゃんとの問題なんだ!!」
月島が殴られてしまうーーーーーー思わず谷地はギュッと目を閉じた。
けれど、シンと静まり返った時間がやってきただけで、誰かが殴られたような音は聞こえない。
恐る恐る目を開けた谷地に見えたのは、彼の拳を右手で握りしめて止めている東峰の姿だった。
いつの間にか、見守るだけでは気が済まなくなった男子バレーボール部員達が、名前と月島の周囲に集まっている。
「俺と名前ちゃんとの問題?
話を聞いてる感じだと、君達の間には、最初から“何もない”みたいだったけど。」
東峰が、彼を随分上から見下ろす。
見た目に反して、穏やかで優しくて、気遣いばかりの東峰が珍しく怒っている低い声は、静かなのにとても迫力があった。
彼が、悔しそうに唇を噛む。
「名前さんは、俺達の大事なマネージャー(仮)だ!!」
「お前らと違って、俺達には関係あるんだよ!!」
田中と西谷が、東峰に続く。
大きく開いた彼らの口の中に、野生の牙が見えた気がした。
「それでも、名前さんと話したいなら、手短にお願いできるか。
“俺達”、今凄く忙しくて、部外者に構ってる暇はないんだ。」
「そのときは、俺達も一緒に話を聞いてやるから。」
澤村と東峰がとどめを刺した——と、思ったらまだ終わってなかった。
「そうだ!皆で聞いてやるぞ!」
菅原がそう続けると、他の部員達も彼に応戦した。
月島だけはそっぽを向いて、面倒くさそうにしていたけれど、なんだかんだと名前を真っ先に助けるのは彼なのだと思う。
なんだか、男子バレー部の絆を見れたようですごく嬉しい気持ちになる。
清水を見ると、彼女も嬉しそうな笑みを浮かべていた。
名前は、男子バレー部の正式なマネージャーではない。
手伝いとしてここにいる。けれど、絆の中に名前はちゃんといる。
それが、すごく嬉しかったのだ。
驚いた顔をして目を丸くしている名前もそうだといいな———谷地は、心からそう思った。
「チッ、なんか冷めたわ。
お前なんて顔がいいだけで他に何もねぇじゃねぇか。話もつまんねぇし。
こっちから願い下げだわ。」
彼は、掴んでいた手を離すと、冷たく言い捨てて名前に背を向けた。
スタスタと立ち去る彼の後を、その友人達も「興醒めしたわ。」なんて言いながら追いかけていく。さらにそんな彼らを3年の女子達が「あの子がごめんねー。」「空気読めない子でー。」と言いながら、追いかけて行った。
バイトが2日連続休みだった名前も、今日は友人と遊ぶ約束はないらしく、マネージャーの手伝いをしに来ていた。
正式にバレー部のマネージャーになったものの、まだ業務に慣れない谷地にとって、清水だけではなく名前も良いお手本だ。
今はまだうまくいかないことの方が多く、失敗をして部員達を困らせることも少なくない。だからこそ、彼女達の動きを観察しては、効率の良い動きを学んでいるところだ。
長いようであっという間でもある放課後の部活が終わり、部室で着替えも終わらせた谷地が、階段を降りたところで、体育館の入口に見覚えのない女子生徒が3人がいるのに気がついた。
明るい髪色に大人っぽいメイク、着崩した制服が馴染んでいる彼女達は、パッと見ただけで3年だと分かった。
彼女達の後ろには、男子生徒が4人いた。草色というのだろうか、渋めの黄緑色のブレザー姿で、烏野高校の制服とは違う。
谷地の友人の恋人が同じ制服だったはずだ。確か、条善寺高校だったか。
彼らは制服を雑に着崩していて、派手に染めた髪を丁寧にセットしている。
どうして他校の生徒が烏野高校の第二体育館に来ているのか———谷地が首を傾げていると、後ろを歩いていた清水が彼らの方を見た。
「あれ…。」
清水も彼女達に気付いたようだ。
同じ3年ということで、清水には彼女達に見覚えがあるような反応だった。
綺麗な眉が少しだけ歪んでいて、あまり良い知り合いではないことが分かる。
「おー、マネージャー?めっちゃ美人じゃん。」
「俺は、可愛い方がタイプ〜。」
「スポーツ少年たち、おつかれ〜い。」
彼らは、部室の階段を降りてきている谷地や清水、そして、男子バレーボール部員に気づくと、ヘラヘラと笑いながら、小さく手を振ってきた。
笑顔を向けられてはいるものの、友好的なものではなく、むしろ、馬鹿にされているように思えて、気分が悪かった。
清水も同じだったのか、わずかに眉を顰めた。
ヘラヘラと笑っているのは、4人のうち3人だけで、1人はどこか難しそうな顔をして、谷地の後ろの方をじっと見ている。
「知ってる人達ですか?」
「あ!やっと出てきた!名前ーーー!ちょっと来てーーーー!!」
谷地が清水に向けた質問は、彼女達の大きな声にかき消された。
名前の名前が呼ばれたことに気づいて、谷地は後ろを振り向いた。
最後尾にいた名前は、ちょうど月島と並んで階段を降りようとしていたところだったらしく、名前を呼ばれて初めて、彼女達に気付いたようだった。
名前はチラッと月島を見上げた後、申し訳なさそうな表情で早口で何かを伝えてから、階段を駆け降りて彼女達のところへ向かった。
「どうしたの!?」
名前が驚いた表情のまま、彼女達に言った。
答えたのは、1人だけ様子がおかしかった男子生徒だった。
「どうしたのって、名前ちゃんに何度電話しても繋がらないし
昨日は、電話切られるしさ!心配して会いにきたんじゃん!!」
男子生徒は、いきなり責めるように声を荒げた。
驚いたのは、その怒りを目の前からぶつけられた名前だけではなかった。
響いた大きな声に、部活も終わり、帰ろうとしていたところだった男子バレーボール部の面々も、何事かーーーーと目を丸くしていた。
誰が言い出したわけでもなく、自然と階段を降りたところで立ち止まって、全員で成り行きを眺めていた。
「そうだよ。」
「名前のことが心配だって会いにきてくれたんだよ。」
「ね?みんな、優しいから。」
彼らを連れて来た彼女達は、イケメンを取り囲んで、気分がよさそうに笑顔で声をかけている。
「どうして電話繋がらないの?
俺、昨日から何度もかけてるんだけど!」
彼が待ちきれないとばかりに名前に詰め寄った。
名前が、その圧に思わず一歩後ずさる。
「そんなに怒ると名前ちゃんがビックリするだろ。」
「なになに、コイツがしつこくて嫌いになっちゃった?」
「じゃあ、俺とかどう〜?」
怒る彼の周囲で、他の男子生徒達がヘラヘラと声をかける。
友人のために他校にやってきたというよりは、面白がってついてきた、という方がしっくりくるような態度だ。
「そういうんじゃ…。元々、電話とか苦手って言ったと思うんだけど…。
だから、電話に出なかっただけだよ。」
「じゃあ、電話した俺が悪いのかよ!気のある態度とっておいて
電話を勝手に切るお前のほうが悪いだろ!!」
彼の怒りはおさまらなかった。
むしろ、名前の言い訳では、火に油を注いだだけだったようだ。
谷地の視界の端で、澤村が動いたのが見えた。
正式なマネージャーではないにしても、男子バレーボール部の部長として、名前を助けようとしたのだろう。
けれど、澤村が部長としての決断をするよりも先に動いていた男がいた。月島だ。
いつの間にか近寄っていた月島は、名前と上善寺高校の男子生徒との間にスッと長身の身体を滑り込ませると、彼らを見下ろして口を開く。
「なんか勘違いしてるんで、教えてあげますけど。
電話切ったのは、名前さんじゃなくて、僕です。」
「…は?」
彼が片眉を上げて、唖然と口を開く。
谷地はオロオロとして、清水に視線を向けた。
大丈夫だろうかーーーー不安そうな谷地の視線を受けて、清水が困ったように首を傾げる。
「聞こえませんでした?
名前さんのスマホがずっと鳴っててうるさかったんで、僕が切りました。」
「はぁ?名前ちゃんを守るヒーロー気取りかよ。
言っとくけど、俺が名前ちゃんに電話したのは昨日のーーー。」
「昨日の夜中の0時過ぎですよね。
非常識な時間によくもまぁあんなにしつこく電話できますよね。
もう逆に尊敬しちゃいます〜。僕だったら絶対無理!ムリムリ!」
月島はそう言うと、意地悪くニヤついた顔の前で右手を軽く左右に振った。
「はぁ!?なんなんだよ、お前!!」
「えー、だって、嫌いになってくださいって言ってるようなもんじゃないですか〜?
あ、もしかして、嫌われたかったんですか?じゃあ、大成功じゃないですか〜。」
月島が小馬鹿にしたようにぷぷぷと笑う。
ムッと顔をして、上善寺高校の彼が言い返した。
「バカにすんじゃねぇよ!
そもそも、なんでお前が俺と名前ちゃんの電話のことを知ってんだよ!」
「一緒にいたからですよ。ちょっと考えれば分かるデショ。
馬鹿なんですか。」
「は…?一緒に…?」
「しつこい着信が7件来た後、名前さんが間違ってメッセージに既読つけてしまって
その後、また電話かけて来ましたよね。ほんっとしつこかったんで、僕が切リました。」
月島の言っていることが真実かどうか、谷地や清水、他のバレー部員達には判断できなかった。
けれど、どうやら正しかったようだ。
上善寺高校の男子生徒は、カッと目を見開いて、月島を見上げ、荒げるように口を開いた。
「なんで、そんな時間にお前が名前ちゃんと一緒にいるんだよ!?」
「名前さんから、電話していいかって、連絡がきたからです。」
「はぁ!?さっき聞いてなかったのか!?名前ちゃんは電話が苦手なんだよ!
それなのに、お前に電話するわけねぇだろ!」
「さぁ、知りませんよ。実際に、そうメッセージが届いたんですから。
電話が苦手なんじゃなくて、あなたが…苦手なんじゃないですか?」
月島は嫌な笑みを浮かべてププっと笑い、見下ろす上善寺高校の男子生徒を煽り散らかす。
上善寺高校の男子生徒は、カァッと顔を真っ赤にして、唇を噛んでしまった。
「名前、本当にこの眼鏡くんと一緒にいたの?」
訊ねたのは、3年の女子生徒だった。
「うん…。帰り道にちょっと…、声が聞きたくなって連絡したら、
たまたま、公園で会えたから、一緒に少し喋ってたの。」
「でも、眼鏡が好きなわけじゃないんでしょ?
名前は、彼のことが好きなんだよね?」
「そうだよね!彼との電話は緊張するから、出られなかっただけだよね!」
3年の女子生徒達は、必死そうに見えた。
どうしても、「そう」でなければ、彼女達にとっては都合が悪いのだろう、と嫌でも谷地達にも伝わってくる。
上善寺高校の男子生徒が、俯いていた顔を上げる。
まっすぐに名前を見つめる彼の瞳は、女子生徒達の言葉が真実であることを期待していた。
名前の瞳がグラグラと揺れ、戸惑っているのが谷地にも伝わってきた。
多分、名前は、誰のことも傷つけられないのだ。だから、拒絶する言葉を言えないのかもしれない。
そんな名前を見下ろし、月島が大きくため息を吐く。
「名前さん、どうなんですか。
名前さんの気持ちは名前さんにしか分かりませんよ。」
月島が冷たく突き放したから、谷地は驚いた。
さっき、上善寺高校の男子生徒の前に立って守ったように、今回も困っている名前のことを助けてくれると思ったのだ。
どう見ても、名前が彼らに好意を持っていないのは明らかだ。
それなら、月島が代わりに伝えてあげてもよかったはずだ。
「私は…、」
名前が、躊躇いがちに口を開く。
けれど、その先は続かない。どうすればいいのか分からない様子で、俯きながら口を開いたり閉じたりを繰り返している。
ハッキリしない名前に、3年の女子生徒達や上善寺高校の男子生徒達が苛立っているのが伝わってくる。
でも、一番イライラしているのは、月島だった。
「名前さんの返事待ってたら一生終わらなそうなんで、僕は先に帰ります。
お疲れ様でしたー。」
早々に見限って、月島が輪の中から抜けていく。
名前が、焦ったように口を開いた。
「ま、待って、月島くん…っ。」
追いかけようとした名前に気づき、月島が立ち止まって振り返る。
けれど、名前はそれ以上、月島を追いかけることはできなかった。
上善寺高校の彼が、名前の手首を掴んで引き留めたのだ。
「どうしてそいつを追いかけるんだよ。あいつのことが好きなのか!?
俺が好きだって言ってたじゃねぇか!」
「ち、違…っ。言ってないっ。」
「否定もしてなかっただろ!」
「…っ、お願い、放して…っ。」
必死に振り解こうとする名前だが、彼も必死に食い下がる。
「痛い…っ。」
名前が痛みに顔を歪める。
流石にこれはまずいのではないかーーーー。
谷地がそう思ったのとほとんど同時に、月島が彼の腕を掴んだ。
月島に強い力で握りしめられたのだろう。彼は、痛みに顔を歪める。
「痛ってぇな!放せよ!!」
「あなたと同じことをしただけですけど。」
「あ!?」
「痛いから放して欲しいんだったら、あなたも名前さんから手を離してください。
そしたら、僕も離してあげていいですよ。」
月島が平然と言う。
バレーボールをしながら、それなりの筋トレもしているらしい月島の握力は、きっと普通の男子高校生よりも強いのだろう。
彼は痛みに顔を歪めたままで、それでも諦めきれないのか、プライドが許さないのか、怒鳴り声を上げながら、右腕を振り上げた。
「あぁ!?なんだよ、お前らには関係ねぇだろ!!
これは、俺と名前ちゃんとの問題なんだ!!」
月島が殴られてしまうーーーーーー思わず谷地はギュッと目を閉じた。
けれど、シンと静まり返った時間がやってきただけで、誰かが殴られたような音は聞こえない。
恐る恐る目を開けた谷地に見えたのは、彼の拳を右手で握りしめて止めている東峰の姿だった。
いつの間にか、見守るだけでは気が済まなくなった男子バレーボール部員達が、名前と月島の周囲に集まっている。
「俺と名前ちゃんとの問題?
話を聞いてる感じだと、君達の間には、最初から“何もない”みたいだったけど。」
東峰が、彼を随分上から見下ろす。
見た目に反して、穏やかで優しくて、気遣いばかりの東峰が珍しく怒っている低い声は、静かなのにとても迫力があった。
彼が、悔しそうに唇を噛む。
「名前さんは、俺達の大事なマネージャー(仮)だ!!」
「お前らと違って、俺達には関係あるんだよ!!」
田中と西谷が、東峰に続く。
大きく開いた彼らの口の中に、野生の牙が見えた気がした。
「それでも、名前さんと話したいなら、手短にお願いできるか。
“俺達”、今凄く忙しくて、部外者に構ってる暇はないんだ。」
「そのときは、俺達も一緒に話を聞いてやるから。」
澤村と東峰がとどめを刺した——と、思ったらまだ終わってなかった。
「そうだ!皆で聞いてやるぞ!」
菅原がそう続けると、他の部員達も彼に応戦した。
月島だけはそっぽを向いて、面倒くさそうにしていたけれど、なんだかんだと名前を真っ先に助けるのは彼なのだと思う。
なんだか、男子バレー部の絆を見れたようですごく嬉しい気持ちになる。
清水を見ると、彼女も嬉しそうな笑みを浮かべていた。
名前は、男子バレー部の正式なマネージャーではない。
手伝いとしてここにいる。けれど、絆の中に名前はちゃんといる。
それが、すごく嬉しかったのだ。
驚いた顔をして目を丸くしている名前もそうだといいな———谷地は、心からそう思った。
「チッ、なんか冷めたわ。
お前なんて顔がいいだけで他に何もねぇじゃねぇか。話もつまんねぇし。
こっちから願い下げだわ。」
彼は、掴んでいた手を離すと、冷たく言い捨てて名前に背を向けた。
スタスタと立ち去る彼の後を、その友人達も「興醒めしたわ。」なんて言いながら追いかけていく。さらにそんな彼らを3年の女子達が「あの子がごめんねー。」「空気読めない子でー。」と言いながら、追いかけて行った。