ep.27 残念な1日だった君が、笑ってくれますように
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「ありがとう。じゃあ、またね。」
もう二度と会うことがありませんように———そう願いながら、名前は小さく手を振る。
最寄り駅まで送ってくれた見覚えのない制服の彼は、ニコリと笑った。
話も面白いし、気が利くし、明るい。そんな名前の感想を背負って、彼が駅に戻っていく。
これから、また来た道を戻って家に帰るのだそうだ。
わざわざ送ってくれた彼の優しさに、心が重たくなる。
名前は、大きく息を吐くと、家までの道を歩き始める。
烏野高校からの帰り道とは別の道だ。隣は月島もいない、1人きり。気持ちも落ち込んでいて、下手くそな作り笑顔さえ作れる自信はない。
何もかもが、いつもと違う。
少しでも気持ちを上げようと、駅そばのコンビニに寄ってショートケーキとお茶を買った。
でも、食べる気にはなれず、袋を持った手をダラダラと振りながら、ふらふら歩く。
何度目かのため息を吐く。
普段は遊べないんだから、と友人に引き留められて、結局、終電に近い時間までカラオケボックスにいてしまった。
両親が海外への出張に行っているときでよかった。
こんなに遅くなったら、さすがに自由奔放な両親も心配するだろうし、怒られてしまう。
でも、楽しかった。高校生らしく過ごした放課後だった。友達とバカ騒ぎするのが、ずっと憧れだった。
歌ったり、友人や男の子達のジョークに笑ったり、スマホのアプリを使ってグループゲームをしてみたり、楽しかった。楽しかったはずだ。
それなのに、なぜこんなに疲れているのだろう。
なぜこんなに気持ちが落ち込んでいるのだろう。
力なく踏み出す足を眺めながら歩いていれば、いつの間にか、時々、月島と一緒に寄り道をする公園まで来ていた。
どうせここまで遅くなったなら、あと少し遅くなってもそんなに変わらない———自分に言い訳して、ふらりと公園に吸い込まれる。
いつも2人で座るベンチに1人で座る。
それなのに、わざわざ、月島がいつも座るところをあけてしまう自分に苦笑いが出る。
苦笑いを隠すために、空を見上げた。
このまま気分が上がればいい———そう思った夜空に、月の姿はない。
月が雲に隠された真っ黒なキャンバスのような空だ。無数の小さな星が、ラメみたいにキラキラ輝いている。
学生鞄の中からスマホを取り出すと、着信の通知が残っていた。
慌てて履歴を確認すれば、2時間以上前に黒尾から着信が2回入っている。
偶然、東京合宿中の黒尾に再会したあの日、ぎこちなく言葉を交わした。
あまり時間はなくて長くは喋れなかったけれど、そのおかげか、黒尾は連絡先を聞いてくれた。
それから、夜になると、黒尾が寝る前に電話をかけてくれて、少しだけ話して眠るようになった。
でも、今日はそれも叶わなかったーーーー。
折り返し電話をしようか。どうしても声を聞きたくてそんなことを考えたけれど、きっともう寝ている黒尾を起こしたくはなくて諦めた。
その代わりにメッセージを送る。
ーーーーーーーーー
ごめん。いつの間にか眠っちゃってた。
おやすみなさい。
ーーーーーーーーー
嘘をついてしまった、罪悪感を呑み込んで送信ボタンを押す。
こんな時間まで遊んでいたと黒尾が知ったら、きっと心配させてしまう。
離れているからこそ、余計な心配はかけたくなかった。
やっぱり寝ているようで、既読にはならない。
「はぁ…。」
長いため息が漏れ落ちた時、両手の中でスマホが震えた。
まさか、黒尾がまだ起きていたのだろうか。
期待は、呆気なく崩れる。確認したディスプレイに表示されたのは、さっき駅まで送ってくれた彼の名前だった。
連絡先を交換するつもりはなかったのだけれど、今夜一緒に遊んだ8人でグループトークを作ってまた遊びの予定を立てようと決まってしまって、断れなかったのだ。
—————
家に着いたかな?
今日はすごく楽しかった!ありがとうな!
今度は2人で遊べたらいいな(笑)
—————
彼らしい明るいメッセージだ。
既読は付いただろう。返事する気にはなれない。
元々、連絡先を交換するときに、あまりメッセージを送り合うのは得意じゃないと伝えてある。
返事が来ないことで、そういうことだと分かってくれますように————名前は、彼のメッセージ画面を閉じた。
ベンチ横の外灯の明かりしかない暗闇の中で、ディスプレイが煌々と光ってる。
中央に表示されている時間は、とっくに0時を越えている。
最近は、夜になると黒尾の声を聞いていたせいだろうか。なぜかひどく人恋しい。誰かの声を聞きたいーーー。
でも、黒尾は起こせない。
ふ、と頭に浮かんだのは、いつも素っ気ないけれど、とても優しい後輩。月島の顔だった。
名前の指は、無意識に月島とのトーク画面を開く。
—————
起きてる?
—————
メッセージを送信すると、少しして既読が付いた。
起きていたらしい。
—————
起きてません。
—————
月島らしい素っ気ない返信の安心感に、名前は思わずクスッと笑ってしまう。
少しだけ、落ちていた心が浮上し始めているのを感じる。
—————
今日、月が全然見えないよ。
雲に隠れちゃってて、空が真っ暗。
そうですか。
月がない夜空は夜空じゃない。
夜の空は夜空です。
月を連れてきてよ。
月島君でしょ。
名字もじるの雑過ぎデショ。
—————
まるで目の前でおしゃべりをしているみたいな月島からの返信ひとつひとつに、名前はクスクスと笑いを漏らしていた。
今頃、ベッドで横になりながらダラダラと返信を打っているのだろうか。
既読になってすぐに返事が来るテンポの良さも心地良かった。
けれど、文字を打ってのやり取りが、次第にもどかしくなってくる。
—————
電話していい?
—————
すぐに既読が付いた。
でも、ついにここで、小気味好く続いていた軽快なテンポが止まる。
返信が返ってこなくなった。
眠ってしまったのだろうか。それとも、電話をするのが嫌だったのかもしれない。
何と返信をすれば穏便に済ませられるか———そんなことを月島が考えるわけないか。そんなことを考えて、名前はまた少し笑った。
でも、また、寂しくなる。
無意識に黒いピアスに触れようとして、右の耳たぶが空っぽになっていることを思い出して、追い打ちをかけられた。
切れてしまったピアスの穴は、あれから毎日消毒をしている。まだ少し沁みるから、治っていないのだろう。
早く黒いピアスをしたい。この黒いピアスがないだけで、一日を頑張る為のエネルギーが半減するのだ。
ひとりぼっちで過ごす真夜中の公園は、暗闇に呑み込まれた知らない世界のようだ。
外灯の明かりだけでは心もとなくて、孤独感が必要以上に煽られた。
もう二度と会うことがありませんように———そう願いながら、名前は小さく手を振る。
最寄り駅まで送ってくれた見覚えのない制服の彼は、ニコリと笑った。
話も面白いし、気が利くし、明るい。そんな名前の感想を背負って、彼が駅に戻っていく。
これから、また来た道を戻って家に帰るのだそうだ。
わざわざ送ってくれた彼の優しさに、心が重たくなる。
名前は、大きく息を吐くと、家までの道を歩き始める。
烏野高校からの帰り道とは別の道だ。隣は月島もいない、1人きり。気持ちも落ち込んでいて、下手くそな作り笑顔さえ作れる自信はない。
何もかもが、いつもと違う。
少しでも気持ちを上げようと、駅そばのコンビニに寄ってショートケーキとお茶を買った。
でも、食べる気にはなれず、袋を持った手をダラダラと振りながら、ふらふら歩く。
何度目かのため息を吐く。
普段は遊べないんだから、と友人に引き留められて、結局、終電に近い時間までカラオケボックスにいてしまった。
両親が海外への出張に行っているときでよかった。
こんなに遅くなったら、さすがに自由奔放な両親も心配するだろうし、怒られてしまう。
でも、楽しかった。高校生らしく過ごした放課後だった。友達とバカ騒ぎするのが、ずっと憧れだった。
歌ったり、友人や男の子達のジョークに笑ったり、スマホのアプリを使ってグループゲームをしてみたり、楽しかった。楽しかったはずだ。
それなのに、なぜこんなに疲れているのだろう。
なぜこんなに気持ちが落ち込んでいるのだろう。
力なく踏み出す足を眺めながら歩いていれば、いつの間にか、時々、月島と一緒に寄り道をする公園まで来ていた。
どうせここまで遅くなったなら、あと少し遅くなってもそんなに変わらない———自分に言い訳して、ふらりと公園に吸い込まれる。
いつも2人で座るベンチに1人で座る。
それなのに、わざわざ、月島がいつも座るところをあけてしまう自分に苦笑いが出る。
苦笑いを隠すために、空を見上げた。
このまま気分が上がればいい———そう思った夜空に、月の姿はない。
月が雲に隠された真っ黒なキャンバスのような空だ。無数の小さな星が、ラメみたいにキラキラ輝いている。
学生鞄の中からスマホを取り出すと、着信の通知が残っていた。
慌てて履歴を確認すれば、2時間以上前に黒尾から着信が2回入っている。
偶然、東京合宿中の黒尾に再会したあの日、ぎこちなく言葉を交わした。
あまり時間はなくて長くは喋れなかったけれど、そのおかげか、黒尾は連絡先を聞いてくれた。
それから、夜になると、黒尾が寝る前に電話をかけてくれて、少しだけ話して眠るようになった。
でも、今日はそれも叶わなかったーーーー。
折り返し電話をしようか。どうしても声を聞きたくてそんなことを考えたけれど、きっともう寝ている黒尾を起こしたくはなくて諦めた。
その代わりにメッセージを送る。
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ごめん。いつの間にか眠っちゃってた。
おやすみなさい。
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嘘をついてしまった、罪悪感を呑み込んで送信ボタンを押す。
こんな時間まで遊んでいたと黒尾が知ったら、きっと心配させてしまう。
離れているからこそ、余計な心配はかけたくなかった。
やっぱり寝ているようで、既読にはならない。
「はぁ…。」
長いため息が漏れ落ちた時、両手の中でスマホが震えた。
まさか、黒尾がまだ起きていたのだろうか。
期待は、呆気なく崩れる。確認したディスプレイに表示されたのは、さっき駅まで送ってくれた彼の名前だった。
連絡先を交換するつもりはなかったのだけれど、今夜一緒に遊んだ8人でグループトークを作ってまた遊びの予定を立てようと決まってしまって、断れなかったのだ。
—————
家に着いたかな?
今日はすごく楽しかった!ありがとうな!
今度は2人で遊べたらいいな(笑)
—————
彼らしい明るいメッセージだ。
既読は付いただろう。返事する気にはなれない。
元々、連絡先を交換するときに、あまりメッセージを送り合うのは得意じゃないと伝えてある。
返事が来ないことで、そういうことだと分かってくれますように————名前は、彼のメッセージ画面を閉じた。
ベンチ横の外灯の明かりしかない暗闇の中で、ディスプレイが煌々と光ってる。
中央に表示されている時間は、とっくに0時を越えている。
最近は、夜になると黒尾の声を聞いていたせいだろうか。なぜかひどく人恋しい。誰かの声を聞きたいーーー。
でも、黒尾は起こせない。
ふ、と頭に浮かんだのは、いつも素っ気ないけれど、とても優しい後輩。月島の顔だった。
名前の指は、無意識に月島とのトーク画面を開く。
—————
起きてる?
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メッセージを送信すると、少しして既読が付いた。
起きていたらしい。
—————
起きてません。
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月島らしい素っ気ない返信の安心感に、名前は思わずクスッと笑ってしまう。
少しだけ、落ちていた心が浮上し始めているのを感じる。
—————
今日、月が全然見えないよ。
雲に隠れちゃってて、空が真っ暗。
そうですか。
月がない夜空は夜空じゃない。
夜の空は夜空です。
月を連れてきてよ。
月島君でしょ。
名字もじるの雑過ぎデショ。
—————
まるで目の前でおしゃべりをしているみたいな月島からの返信ひとつひとつに、名前はクスクスと笑いを漏らしていた。
今頃、ベッドで横になりながらダラダラと返信を打っているのだろうか。
既読になってすぐに返事が来るテンポの良さも心地良かった。
けれど、文字を打ってのやり取りが、次第にもどかしくなってくる。
—————
電話していい?
—————
すぐに既読が付いた。
でも、ついにここで、小気味好く続いていた軽快なテンポが止まる。
返信が返ってこなくなった。
眠ってしまったのだろうか。それとも、電話をするのが嫌だったのかもしれない。
何と返信をすれば穏便に済ませられるか———そんなことを月島が考えるわけないか。そんなことを考えて、名前はまた少し笑った。
でも、また、寂しくなる。
無意識に黒いピアスに触れようとして、右の耳たぶが空っぽになっていることを思い出して、追い打ちをかけられた。
切れてしまったピアスの穴は、あれから毎日消毒をしている。まだ少し沁みるから、治っていないのだろう。
早く黒いピアスをしたい。この黒いピアスがないだけで、一日を頑張る為のエネルギーが半減するのだ。
ひとりぼっちで過ごす真夜中の公園は、暗闇に呑み込まれた知らない世界のようだ。
外灯の明かりだけでは心もとなくて、孤独感が必要以上に煽られた。