ep.26 君の黒いピアスより、僕は遠い
Name change
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引っかかっていた髪がピアスから外れた名前は、谷地に連れられて保健室にやって来ていた。
鵜養に注意されようが、引っかかっていた髪を解くために影山がピアスを外そうとしようが、絶対に外すことを許さなかった名前だったけれど、保健室の先生に叱られると、渋々、自分でピアスを外した。
名前の耳は、引っかかった髪に思いきり引っ張られていたようで、ピアスの穴が少し切れて血が出ていた。
消毒と処置を終えた後、名前はピアスをつけようとして、保健室の先生にまた叱られる。
少なくとも傷が治るまではピアスはやめなさいと指示を出され、名前は谷地から見ても分かるくらいに絶望した。
「さぁ、我儘言ってないで。そのピアスが気に入ってるなら尚更!
一生、ピアスがつけられなくなるよ。」
「え!それはやだ!」
「じゃあ、治るまでは諦めなさい。」
「…はぁい…。」
いつも明るく笑っている名前が、保健室の椅子に座って、あからさまに落ち込んでいる。
名前が大怪我してしまったのかもしれないと心配したときとは違う心配が、谷地の心に広がっていた。
(月島君は、どうして名前さんが落ち込んでいるのか分かるのかな。)
痛がる名前の元へ月島が来た時、彼女は少し安心したように見えた。
月島もまた、名前のことをよく分かっているようだった。
だからこそ、彼女は月島が持ったハサミを受け入れたのだろう。
彼らは付き合っていないのだと清水は言っていた。部活のときの2人の様子を何度か見るようになって、確かにそうなのかもしれないと谷地自身も思い始めていた。
でも、今日の月島と名前の間には、2人だけにしか分からない何かがあった。
「じゃ、戻っていいわよ。」
「はーい。ありがとうございました。」
名前が立ちあがる。
処置が終わった右耳は、いつもピアスがあった場所に傷テープが貼ってある。
右耳に触れる横顔は、とても悲しそうだ。
「名前さん、大丈夫ですか?」
思わず、谷地は訊ねた。
すると、名前はハッとした顔をして、ニコリと微笑む。
「うん、大丈夫だよ!
心配させてごめんね。」
名前が困ったように笑う。
無理をしているんだな———赤くなった目尻に、谷地は胸が痛くなる。
きっと、すごく痛かったのだろう。そしてきっと、そのピアスは、名前にとって、痛みに泣き喚く自分の身体よりもずっと大切な宝物なのだろう。
谷地と名前が第二体育館に戻ると、部員達は普段通りの練習を再開していた。
ピアスはしばらく禁止された名前だったけれど、マネージャーの仕事は続けても大丈夫ということだった。
すぐに、谷地と名前も清水の元へ向かい、マネージャーの仕事を再開させる。
猛スピードで駆け寄って来た東峰が土下座の勢いで謝っていたけれど、名前は「気にしないで」と笑っていた。
東峰の性格からして、気にしないのはムリだろうが、元気な彼女の姿を前にして、少しは安心はしたようだった。
それから数ゲームした後、今日の部活は終了となった。
鵜養の話が終わると、部員達は解散となる。
すると、名前はすぐに影山の元へと駆けだした。
「影山君!」
名前が呼び止めると、日向となにやら言い争いをしながら歩いていた影山が立ち止まった。
振り返った影山が最初に見たのは、名前の耳元だった。
彼もきっと、とても気になっていて、心配していたのだろう。
「さっきは、本当にごめんなさい!
せっかく、私の為にピアスを外そうとしてくれてたのに、ひどいこと言ってしまいました…!」
名前は、これでもかという程に腰を曲げて、頭を下げた。
大きな謝罪の声は、帰ろうとしていた部員や、澤村と喋っていた鵜養にも聞こえたようで、彼らの視線が名前と影山に向かう。
名前が頭を下げている姿を見た鵜養は、呆れたように首を竦めながらも、安心したような表情を浮かべている。
「いえ…、俺もなんか…すみませんでした。勝手に外そうとして。
怪我は、大丈夫だったんですか。」
「うん、大丈夫!それに、影山君は何も悪くないから、謝らないで。」
名前が困ったように眉尻を下げた。
影山は、もう一度、名前の右耳を見た。
「大丈夫ならよかったです。」
「それから、ボールを受け止めてくれてありがとうございました。」
名前がもう一度、頭を下げる。
影山も、ここまで謝罪やお礼を受けるとは思っていなかったのだろう。
困惑した様子だったけれど、互いに蟠りは残らずに今日を終えられそうだ。
影山が第二体育館を出て行くと、鵜養が名前に声をかけた。
「少しは自分の行動を省みようと思ういい経験になったんじゃねぇのか。
大怪我にならなかったのは、ラッキーだっただけだぞ。」
鵜養にそう言われると、名前が大きく頷いた。
保健室でも、ピアスをつけたいと言い続けていた名前を見ていた谷地は、彼女がしっかり反省してくれているのを知り、安心に胸を撫で降ろす。
「はい!今度からは、髪の毛を結んで来ます!」
「は?」
鵜養から間の抜けた声が漏れる。
谷地も、思ってもいなかっま方向への彼女の反省に、驚く。
「そうすれば、髪がピアスに引っかかることもないし!
ナイスアイディアでしょ?」
「ピアスを外せっつってんだろぉぉぉがぁあ!!」
とうとう鵜養が怒鳴り出す。
名前は「いやでーす!」と笑いながら、第二体育館から逃げ出してしまった。
「っしたー。」
谷地の横を月島が通り過ぎていった。
今日も今日とて、彼は通常運転だ。
同級生なのに、影山や日向、山口と違ってどこか近寄りがたく感じるのは、月島が張り巡らせている壁のせいだと思う。
でも、その壁は、名前の前でだけ、途端にいつもとてつもなく低くなる。
月島は、どちらかと言うと、何か行動を起こす前に『考えて』動くことが多いように見える。省エネタイプと呼ぶのだろうか。それが自分にとってメリットがあるかどうか、今どうしても必要なのかどうか、彼は見極めるのがとても上手い。
けれど———。
今日、名前が思わず我を忘れて怒鳴ってしまった時、たぶん、彼は何も考えずに彼女の為に動いていた。自分にとってのメリットのためではなく、名前のためだけに最善を尽くしていた。
「つ、月島君…!」
谷地は勇気を出して月島を呼び止めた。
山口と一緒に歩いていた月島が、足を止める。山口も不思議そうに振り返った。
「何?」
月島の冷たい態度に、途端に勇気がなくなる。
これが彼の通常運転なのだと、そう自分に言い聞かせてみても、なんだか怒られているような気分になってしまうのだ。
「名前さんに、部活のときはピアスは外した方がいいって伝えてくれないかな。」
谷地は勇気を出して、月島にお願いする。
緊張で、声が少し震えてしまった。
「なんで、僕が。」
月島が眉を顰める。
その隣で、山口は心配そうな表情で月島と谷地を交互に見やった。
「そ…っ、それは…!」
「それに、ピアスつけるつけないは、名前さんの勝手じゃないの。
別に正式なマネージャーなわけでもないし。」
「でも…!それでまた怪我したりしたらいけないから!」
「それこそ、名前さんの勝手でしょ。
自業自得って言うんだよ、知らないの?
少なくとも僕は関係ない。」
「だって…!月島君は名前さんと仲がいいから…っ!
月島君の言うことなら、聞いてくれるかもしれないと思ってっ。」
テンポの速い月島に必死についていこうと、谷地も出来るだけ一気に、早口で言い切った。
息継ぎはしたつもりだったけれど、心臓はバクバクと波打つ。
「名前さんが僕の言うことなんて聞くわけないデショ。」
月島は、自虐気味な笑みを浮かべていた。
そんなはずはない————さっきまではあった自信は、月島の確信しているような表情を前にして、あっという間に萎んでいった。
鵜養に注意されようが、引っかかっていた髪を解くために影山がピアスを外そうとしようが、絶対に外すことを許さなかった名前だったけれど、保健室の先生に叱られると、渋々、自分でピアスを外した。
名前の耳は、引っかかった髪に思いきり引っ張られていたようで、ピアスの穴が少し切れて血が出ていた。
消毒と処置を終えた後、名前はピアスをつけようとして、保健室の先生にまた叱られる。
少なくとも傷が治るまではピアスはやめなさいと指示を出され、名前は谷地から見ても分かるくらいに絶望した。
「さぁ、我儘言ってないで。そのピアスが気に入ってるなら尚更!
一生、ピアスがつけられなくなるよ。」
「え!それはやだ!」
「じゃあ、治るまでは諦めなさい。」
「…はぁい…。」
いつも明るく笑っている名前が、保健室の椅子に座って、あからさまに落ち込んでいる。
名前が大怪我してしまったのかもしれないと心配したときとは違う心配が、谷地の心に広がっていた。
(月島君は、どうして名前さんが落ち込んでいるのか分かるのかな。)
痛がる名前の元へ月島が来た時、彼女は少し安心したように見えた。
月島もまた、名前のことをよく分かっているようだった。
だからこそ、彼女は月島が持ったハサミを受け入れたのだろう。
彼らは付き合っていないのだと清水は言っていた。部活のときの2人の様子を何度か見るようになって、確かにそうなのかもしれないと谷地自身も思い始めていた。
でも、今日の月島と名前の間には、2人だけにしか分からない何かがあった。
「じゃ、戻っていいわよ。」
「はーい。ありがとうございました。」
名前が立ちあがる。
処置が終わった右耳は、いつもピアスがあった場所に傷テープが貼ってある。
右耳に触れる横顔は、とても悲しそうだ。
「名前さん、大丈夫ですか?」
思わず、谷地は訊ねた。
すると、名前はハッとした顔をして、ニコリと微笑む。
「うん、大丈夫だよ!
心配させてごめんね。」
名前が困ったように笑う。
無理をしているんだな———赤くなった目尻に、谷地は胸が痛くなる。
きっと、すごく痛かったのだろう。そしてきっと、そのピアスは、名前にとって、痛みに泣き喚く自分の身体よりもずっと大切な宝物なのだろう。
谷地と名前が第二体育館に戻ると、部員達は普段通りの練習を再開していた。
ピアスはしばらく禁止された名前だったけれど、マネージャーの仕事は続けても大丈夫ということだった。
すぐに、谷地と名前も清水の元へ向かい、マネージャーの仕事を再開させる。
猛スピードで駆け寄って来た東峰が土下座の勢いで謝っていたけれど、名前は「気にしないで」と笑っていた。
東峰の性格からして、気にしないのはムリだろうが、元気な彼女の姿を前にして、少しは安心はしたようだった。
それから数ゲームした後、今日の部活は終了となった。
鵜養の話が終わると、部員達は解散となる。
すると、名前はすぐに影山の元へと駆けだした。
「影山君!」
名前が呼び止めると、日向となにやら言い争いをしながら歩いていた影山が立ち止まった。
振り返った影山が最初に見たのは、名前の耳元だった。
彼もきっと、とても気になっていて、心配していたのだろう。
「さっきは、本当にごめんなさい!
せっかく、私の為にピアスを外そうとしてくれてたのに、ひどいこと言ってしまいました…!」
名前は、これでもかという程に腰を曲げて、頭を下げた。
大きな謝罪の声は、帰ろうとしていた部員や、澤村と喋っていた鵜養にも聞こえたようで、彼らの視線が名前と影山に向かう。
名前が頭を下げている姿を見た鵜養は、呆れたように首を竦めながらも、安心したような表情を浮かべている。
「いえ…、俺もなんか…すみませんでした。勝手に外そうとして。
怪我は、大丈夫だったんですか。」
「うん、大丈夫!それに、影山君は何も悪くないから、謝らないで。」
名前が困ったように眉尻を下げた。
影山は、もう一度、名前の右耳を見た。
「大丈夫ならよかったです。」
「それから、ボールを受け止めてくれてありがとうございました。」
名前がもう一度、頭を下げる。
影山も、ここまで謝罪やお礼を受けるとは思っていなかったのだろう。
困惑した様子だったけれど、互いに蟠りは残らずに今日を終えられそうだ。
影山が第二体育館を出て行くと、鵜養が名前に声をかけた。
「少しは自分の行動を省みようと思ういい経験になったんじゃねぇのか。
大怪我にならなかったのは、ラッキーだっただけだぞ。」
鵜養にそう言われると、名前が大きく頷いた。
保健室でも、ピアスをつけたいと言い続けていた名前を見ていた谷地は、彼女がしっかり反省してくれているのを知り、安心に胸を撫で降ろす。
「はい!今度からは、髪の毛を結んで来ます!」
「は?」
鵜養から間の抜けた声が漏れる。
谷地も、思ってもいなかっま方向への彼女の反省に、驚く。
「そうすれば、髪がピアスに引っかかることもないし!
ナイスアイディアでしょ?」
「ピアスを外せっつってんだろぉぉぉがぁあ!!」
とうとう鵜養が怒鳴り出す。
名前は「いやでーす!」と笑いながら、第二体育館から逃げ出してしまった。
「っしたー。」
谷地の横を月島が通り過ぎていった。
今日も今日とて、彼は通常運転だ。
同級生なのに、影山や日向、山口と違ってどこか近寄りがたく感じるのは、月島が張り巡らせている壁のせいだと思う。
でも、その壁は、名前の前でだけ、途端にいつもとてつもなく低くなる。
月島は、どちらかと言うと、何か行動を起こす前に『考えて』動くことが多いように見える。省エネタイプと呼ぶのだろうか。それが自分にとってメリットがあるかどうか、今どうしても必要なのかどうか、彼は見極めるのがとても上手い。
けれど———。
今日、名前が思わず我を忘れて怒鳴ってしまった時、たぶん、彼は何も考えずに彼女の為に動いていた。自分にとってのメリットのためではなく、名前のためだけに最善を尽くしていた。
「つ、月島君…!」
谷地は勇気を出して月島を呼び止めた。
山口と一緒に歩いていた月島が、足を止める。山口も不思議そうに振り返った。
「何?」
月島の冷たい態度に、途端に勇気がなくなる。
これが彼の通常運転なのだと、そう自分に言い聞かせてみても、なんだか怒られているような気分になってしまうのだ。
「名前さんに、部活のときはピアスは外した方がいいって伝えてくれないかな。」
谷地は勇気を出して、月島にお願いする。
緊張で、声が少し震えてしまった。
「なんで、僕が。」
月島が眉を顰める。
その隣で、山口は心配そうな表情で月島と谷地を交互に見やった。
「そ…っ、それは…!」
「それに、ピアスつけるつけないは、名前さんの勝手じゃないの。
別に正式なマネージャーなわけでもないし。」
「でも…!それでまた怪我したりしたらいけないから!」
「それこそ、名前さんの勝手でしょ。
自業自得って言うんだよ、知らないの?
少なくとも僕は関係ない。」
「だって…!月島君は名前さんと仲がいいから…っ!
月島君の言うことなら、聞いてくれるかもしれないと思ってっ。」
テンポの速い月島に必死についていこうと、谷地も出来るだけ一気に、早口で言い切った。
息継ぎはしたつもりだったけれど、心臓はバクバクと波打つ。
「名前さんが僕の言うことなんて聞くわけないデショ。」
月島は、自虐気味な笑みを浮かべていた。
そんなはずはない————さっきまではあった自信は、月島の確信しているような表情を前にして、あっという間に萎んでいった。
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