I told you so
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
実際、私は悲しかった。
目の前で、貴方が綺麗な所作でワイングラスを口に運んでいる。
何度も何度も『あんな男は貴女のためになりません。別れた方がいい。』と忠告していたはずの貴方が、私を責めないせいだ。
真実はどこにあるのか分かっていたはずなのに、散々言い訳をしてみて見ぬふりをしていた。
そして、やっと貴方の言葉が正しかったと認めた私のことを、可哀想だと思っているのだろうか。
惨めで、悲しい。
でも、私は嬉しかった。
悟くんに連れられて初めて来たときは、すごく緊張していた高級マンションの一室もいつの間にか見慣れていて、ここにいれば絶対に私は傷つけられることはないのだと思えて、すごく安心する。
お邪魔してすぐに、彼のせいでグチャグチャになっていたメイクも落として顔も洗ってサッパリした後は、大きすぎる貴方のスウェットを借りた。
腕と脚の裾を何重にも折り曲げて、ソファに沈み込むようにして腰かけた私は、貴方の隣で大好きなおつまみと貴方が用意してくれたワインを嗜みながら、愛していたはずの彼の愚痴をこぼし続ける。
そうすると、まだ心のどこかで『やっぱりまだ…。』なんて思っていた愚かな感情が、少しずつ薄くなっていくのが分かった。
いつもなら、私の泣き声を聞いていたのは彼だったはずだ。
そして、私はまた、耳心地のいいズルい言葉を信じて、惑わされていた。
そうやって、貴方がくれた忠告を、いとも容易く消し去ってしまうのだ。
けれど今、彼ではなくて貴方に電話をかけてよかったと心から思っている。
今夜、私は、彼のことを忘れてしまうんだろう。
そしてもう二度と、思い出さない。過去になった彼が、私の〝今〟に登場することは、もう二度とない。
今夜、貴方は私のために、あまり好きではない悪口にも付き合ってくれている。
面白くもない愚痴を静かに聞いては、時々、独特な言い回しの悪口で私を笑わせてくれる。
いつだって、私を泣かすのも彼だけれど、私を幸せにしてくれるのもまた彼しかいないのだと思っていた。
けれど今夜、彼に出来るのは、せいぜい、私に〝捨てられる〟ことくらいだ。
「顔が良いからモテるけど、それだけだよ。
いいところなんて顔しかないじゃん。
なんで、あんな人のことを世界一だなんて思ってのか、自分に呆れちゃう。」
ため息越しに、ワイングラスを口に運ぼうとしていた手を止める貴方が見える。
カッコつけるばかりだった彼とは違う。
自然にこぼすほんの小さな所作さえも、貴方は綺麗だ。
ほんの小さな科白さえも、貴方は聡明で優しい。
時に厳しく、時に甘く、温かい。
耳心地がいいだけの薄っぺらい言葉とは違う。
どうして、私は、自分のことを本当に想ってくれている人と、そうではない人を、間違えてしまったのだろう。
「正直に言うと、彼なんかよりも私の方がイケメンだと思いますよ。
モテは…しませんけど。不思議なことに。」
貴方が真面目な顔で、また私を笑わせようとする。
それとも、真剣なのだろうか。
貴方は、ポーカーフェイスだから、よく分からないところがある。
笑ったり、怒ったり、表情がクルクルと変わっていた彼とは違う。
でも、あまり表情を変えないけれど情のある貴方の方が、人間らしく感じるのだ。
自分を愛してくれている女を何度裏切っても平気そうな顔で笑っていられたあの非情な男よりよっぽど、人間が出来ている。
「ふふ、私もそう思うよ。建人くんの方がずっとイケメンだよ。
それに、彼のジョークは中身も空っぽで面白くなかったし。
建人くんの方がずっと面白い。喋ってても楽しいしね。」
「その通りです。貴女には、あんな出来損ないのマネキン男なんかよりも
私のように外見も中身も優れてる男の方が似合ってる。」
「自分で言うんだ。」
「えぇ、そうしないと貴女は気づかないので。」
「言ってくれるなぁ~…。
でも…、だから言ったでしょうとは、言わないんだね。」
ワイングラスの細い脚を弱弱しく握りしめて、私は顔を伏せた。
駅に迎えに来てから、ずっとだ。
貴方は一度も、私を責めない。一度も、私を叱らない。
貴方には、何度も同じ間違いを犯した私を『だから言ったでしょう。』と責める権利がある。
馬鹿だなぁと呆れられていてもおかしくないのに、貴方はいつもの貴方のままだ。
嫌、いつもよりもずっと優しい。
叱ってくれても、いいのに———。
「一番、それを分かっている人に、
敢えてマウントをとって懲らしめる必要なんてありませんからね。」
サラリと貴方が言って、ワインを口に運び、喉を潤す。
当然のようなその仕草に、胸がキュッと苦しくなる。
貴方は辛抱強く、何度私が騙されても、強く叱ることもせずに、何度も諭してくれた。
そうして、私が分かるまで、貴方は待ってくれていたのだ。
私は、いつまでも握り締めたままでいたスマホを見下ろした。
そろそろ私は、正直にならなきゃいけない。
本当は、悪口を言いながらも、未練がましく彼が私のスマホの着信音を鳴らしてくれることを期待していた。
もしかしたら、謝罪のメッセージくらいなら届くかもしれないと願っていた。
せめて彼は、私が離れていくのを引き留めてくれる。彼にとっての私には、引き留めるだけの価値くらいはある。そんな僅かな希望に懸け続けていた。
でももう、そんな意味のないことをするのはもうやめる。
敢えて、自分を傷つけるだけの道を選ぶことはもうしない。
前回が最後だったのだ。最後のチャンスを棒に振った彼が、悪い。
本当に私を失った後になって、なんでも許して受け入れて、愛してくれた恋人がどれほど貴重だったか知る頃には、もう手遅れなのだ。
「さよなら。」
小さく呟いて、私は彼の連絡先を消した。
メッセージ履歴も、一括で消した。保護していたメッセージまで、全消去だ。
少し時間がかかったけれど、アルバムの中から、想い出の写真も消していく。
ひとつひとつに、大好きな彼の笑顔が写っている。その隣には、彼が大好きで仕方のない私もいる。
でも、もうお別れだ。
彼が大好きで仕方のない私はもう、いなくなる。
これから先、また私達の人生が交わることがあったとしても、彼が会えるのは「もうあなたとよりを戻すつもりはないの。」と冷たく突き放す私だけだ。そして私が再会する彼もまた、私を惑わせたあの爽やかな笑顔は浮かべられないだろう。
だって、再会した彼はきっと「行かないでくれ」と泣きながら追いすがっているはずだからだ。
そして、そんな彼の前で、今度こそ私が、笑うのだ。
心から、笑ってやる————泣きながら、心の中でそんなこと誓ったって、無意味かもしれないけれど。
今度こそ、幸せになってやるんだ。
私が私らしくいられる日々を取り戻して、彼よりもずっと、ずっと、素敵な人と。
「頑張りましたね。」
ずっと静かに待ってくれていた貴方が、私の肩に手をまわすと、そっと優しく抱き寄せる。
大きな胸に頬を寄せて包み込まれると、優しいワインの香りが鼻を掠めた。
私は漸く、苦しい恋から解放された————。
なんだかホッとした途端に、身体から力が抜けていった。
気づけば貴方の胸元に吸い寄せられるように、上半身が倒れていく。
第二ボタンまで外れて緩く着崩されたシャツがとても色っぽくて、ドキドキしてしまう。
だから私は、酔って火照った頬を胸元に寄せて、瞳を閉じた。
いつか、貴方が恋人ならよかったのに、なんて勝手なことを零したら、貴方は「だから言ったでしょう。」と抱きしめてくれるのだろうか。
今夜は、美味しいお酒に酔いながら、都合の良い未来を想像してみるのもいい。
彼に傷つけられた夜を数え続けるより、ずっといい。気持ちがいい。幸せな気持ちになれる。
あぁ、本当に———。
「ーーーーーのに。」
「だから言ったでしょう。」
建人くんの嬉しそうな声が、耳元から聞こえて来た気がした。
ずっと愛に飢えて、愛に傷ついて、愛を欲していた私の身体が、温かくて大きな愛に包まれる———そんな未来を見たのだ。
夢の中で————貴方の、腕の中で、永遠に。
目の前で、貴方が綺麗な所作でワイングラスを口に運んでいる。
何度も何度も『あんな男は貴女のためになりません。別れた方がいい。』と忠告していたはずの貴方が、私を責めないせいだ。
真実はどこにあるのか分かっていたはずなのに、散々言い訳をしてみて見ぬふりをしていた。
そして、やっと貴方の言葉が正しかったと認めた私のことを、可哀想だと思っているのだろうか。
惨めで、悲しい。
でも、私は嬉しかった。
悟くんに連れられて初めて来たときは、すごく緊張していた高級マンションの一室もいつの間にか見慣れていて、ここにいれば絶対に私は傷つけられることはないのだと思えて、すごく安心する。
お邪魔してすぐに、彼のせいでグチャグチャになっていたメイクも落として顔も洗ってサッパリした後は、大きすぎる貴方のスウェットを借りた。
腕と脚の裾を何重にも折り曲げて、ソファに沈み込むようにして腰かけた私は、貴方の隣で大好きなおつまみと貴方が用意してくれたワインを嗜みながら、愛していたはずの彼の愚痴をこぼし続ける。
そうすると、まだ心のどこかで『やっぱりまだ…。』なんて思っていた愚かな感情が、少しずつ薄くなっていくのが分かった。
いつもなら、私の泣き声を聞いていたのは彼だったはずだ。
そして、私はまた、耳心地のいいズルい言葉を信じて、惑わされていた。
そうやって、貴方がくれた忠告を、いとも容易く消し去ってしまうのだ。
けれど今、彼ではなくて貴方に電話をかけてよかったと心から思っている。
今夜、私は、彼のことを忘れてしまうんだろう。
そしてもう二度と、思い出さない。過去になった彼が、私の〝今〟に登場することは、もう二度とない。
今夜、貴方は私のために、あまり好きではない悪口にも付き合ってくれている。
面白くもない愚痴を静かに聞いては、時々、独特な言い回しの悪口で私を笑わせてくれる。
いつだって、私を泣かすのも彼だけれど、私を幸せにしてくれるのもまた彼しかいないのだと思っていた。
けれど今夜、彼に出来るのは、せいぜい、私に〝捨てられる〟ことくらいだ。
「顔が良いからモテるけど、それだけだよ。
いいところなんて顔しかないじゃん。
なんで、あんな人のことを世界一だなんて思ってのか、自分に呆れちゃう。」
ため息越しに、ワイングラスを口に運ぼうとしていた手を止める貴方が見える。
カッコつけるばかりだった彼とは違う。
自然にこぼすほんの小さな所作さえも、貴方は綺麗だ。
ほんの小さな科白さえも、貴方は聡明で優しい。
時に厳しく、時に甘く、温かい。
耳心地がいいだけの薄っぺらい言葉とは違う。
どうして、私は、自分のことを本当に想ってくれている人と、そうではない人を、間違えてしまったのだろう。
「正直に言うと、彼なんかよりも私の方がイケメンだと思いますよ。
モテは…しませんけど。不思議なことに。」
貴方が真面目な顔で、また私を笑わせようとする。
それとも、真剣なのだろうか。
貴方は、ポーカーフェイスだから、よく分からないところがある。
笑ったり、怒ったり、表情がクルクルと変わっていた彼とは違う。
でも、あまり表情を変えないけれど情のある貴方の方が、人間らしく感じるのだ。
自分を愛してくれている女を何度裏切っても平気そうな顔で笑っていられたあの非情な男よりよっぽど、人間が出来ている。
「ふふ、私もそう思うよ。建人くんの方がずっとイケメンだよ。
それに、彼のジョークは中身も空っぽで面白くなかったし。
建人くんの方がずっと面白い。喋ってても楽しいしね。」
「その通りです。貴女には、あんな出来損ないのマネキン男なんかよりも
私のように外見も中身も優れてる男の方が似合ってる。」
「自分で言うんだ。」
「えぇ、そうしないと貴女は気づかないので。」
「言ってくれるなぁ~…。
でも…、だから言ったでしょうとは、言わないんだね。」
ワイングラスの細い脚を弱弱しく握りしめて、私は顔を伏せた。
駅に迎えに来てから、ずっとだ。
貴方は一度も、私を責めない。一度も、私を叱らない。
貴方には、何度も同じ間違いを犯した私を『だから言ったでしょう。』と責める権利がある。
馬鹿だなぁと呆れられていてもおかしくないのに、貴方はいつもの貴方のままだ。
嫌、いつもよりもずっと優しい。
叱ってくれても、いいのに———。
「一番、それを分かっている人に、
敢えてマウントをとって懲らしめる必要なんてありませんからね。」
サラリと貴方が言って、ワインを口に運び、喉を潤す。
当然のようなその仕草に、胸がキュッと苦しくなる。
貴方は辛抱強く、何度私が騙されても、強く叱ることもせずに、何度も諭してくれた。
そうして、私が分かるまで、貴方は待ってくれていたのだ。
私は、いつまでも握り締めたままでいたスマホを見下ろした。
そろそろ私は、正直にならなきゃいけない。
本当は、悪口を言いながらも、未練がましく彼が私のスマホの着信音を鳴らしてくれることを期待していた。
もしかしたら、謝罪のメッセージくらいなら届くかもしれないと願っていた。
せめて彼は、私が離れていくのを引き留めてくれる。彼にとっての私には、引き留めるだけの価値くらいはある。そんな僅かな希望に懸け続けていた。
でももう、そんな意味のないことをするのはもうやめる。
敢えて、自分を傷つけるだけの道を選ぶことはもうしない。
前回が最後だったのだ。最後のチャンスを棒に振った彼が、悪い。
本当に私を失った後になって、なんでも許して受け入れて、愛してくれた恋人がどれほど貴重だったか知る頃には、もう手遅れなのだ。
「さよなら。」
小さく呟いて、私は彼の連絡先を消した。
メッセージ履歴も、一括で消した。保護していたメッセージまで、全消去だ。
少し時間がかかったけれど、アルバムの中から、想い出の写真も消していく。
ひとつひとつに、大好きな彼の笑顔が写っている。その隣には、彼が大好きで仕方のない私もいる。
でも、もうお別れだ。
彼が大好きで仕方のない私はもう、いなくなる。
これから先、また私達の人生が交わることがあったとしても、彼が会えるのは「もうあなたとよりを戻すつもりはないの。」と冷たく突き放す私だけだ。そして私が再会する彼もまた、私を惑わせたあの爽やかな笑顔は浮かべられないだろう。
だって、再会した彼はきっと「行かないでくれ」と泣きながら追いすがっているはずだからだ。
そして、そんな彼の前で、今度こそ私が、笑うのだ。
心から、笑ってやる————泣きながら、心の中でそんなこと誓ったって、無意味かもしれないけれど。
今度こそ、幸せになってやるんだ。
私が私らしくいられる日々を取り戻して、彼よりもずっと、ずっと、素敵な人と。
「頑張りましたね。」
ずっと静かに待ってくれていた貴方が、私の肩に手をまわすと、そっと優しく抱き寄せる。
大きな胸に頬を寄せて包み込まれると、優しいワインの香りが鼻を掠めた。
私は漸く、苦しい恋から解放された————。
なんだかホッとした途端に、身体から力が抜けていった。
気づけば貴方の胸元に吸い寄せられるように、上半身が倒れていく。
第二ボタンまで外れて緩く着崩されたシャツがとても色っぽくて、ドキドキしてしまう。
だから私は、酔って火照った頬を胸元に寄せて、瞳を閉じた。
いつか、貴方が恋人ならよかったのに、なんて勝手なことを零したら、貴方は「だから言ったでしょう。」と抱きしめてくれるのだろうか。
今夜は、美味しいお酒に酔いながら、都合の良い未来を想像してみるのもいい。
彼に傷つけられた夜を数え続けるより、ずっといい。気持ちがいい。幸せな気持ちになれる。
あぁ、本当に———。
「ーーーーーのに。」
「だから言ったでしょう。」
建人くんの嬉しそうな声が、耳元から聞こえて来た気がした。
ずっと愛に飢えて、愛に傷ついて、愛を欲していた私の身体が、温かくて大きな愛に包まれる———そんな未来を見たのだ。
夢の中で————貴方の、腕の中で、永遠に。
2/2ページ