窓辺から射し込む夕陽が、今日の報告書を淡い赤色に染めていた。
羽ペンをゆっくりと動かしていた私の手が、ぼんやりと止まっていく。

（ゲルガーさん、新兵の訓練指導大丈夫だったかな。）

そろそろ訓練が終わる時間だ。
今朝のゲルガーさんのことを思い出して、心配になる。
一応、二日酔いに効く食事を急いで用意して、食堂を出る頃には少しスッキリした顔はしていたけれど、その足取りは重たいままだった。

「おい。」

後ろから声をかけられて、驚きと同時に、ギクリと肩が震える。
それは、聞こえてきたのが、兵長さんの低い声だと気づいてしまったせいだ。

「はい、お食事ですか？」

笑みを顔にはりつけてから、後ろを振り返った。
そして、すぐに後悔する。
すぐ後ろに立っていた兵長さんは、子供が大声で泣き叫びそうなくらいに恐ろしいほど目を吊り上げて、私を睨み下ろしていたのだ。

「ヒ…ッ、あ…、あの…。
　お腹が空いて…、イライラすることも、あります、よ、ね…。」

思わず上がりそうになった悲鳴をなんとか飲み込んで、言葉を続ける。
でも、とりあえず続けた言葉が役立つわけもなく、兵長さんはさらに眉間に皴を深く刻んだだけだった。

「今朝、」

兵長さんは、私を怖い顔で見下ろしたまま、口を開く。
でも、最初に出てきた単語は、意外と平穏なものだったから、肩透かしだった。

「へ？」
「どうして、恋人の俺を無視した。」
「無視、ですか？
　そんな失礼なことをしたつもりは、ないのですけど…。」

恋人という単語が一瞬気になったが、それよりもまずは、兵長さんを怒らせてしまっていることの方が問題だった。
早く誤解を解かなければ———私は何をしてしまったのだろうかと冷や汗をかきながら、今朝のことを思い返す。
そういえば、今朝は、いつもなら紅茶だけで終わらせようとする兵長さんが、珍しく食堂にいたような気がする。
でも、無視をするなんて、やっぱりどう考えても、そんな失礼なことした記憶はない。

「俺が声をかけたのに、走って厨房に行っただろ。」
「走って厨房に———。」

何のことだろう、と考えてすぐに見当がつく。
そういえば、兵長さんを見たのは、二日酔いに効く朝食を作るために厨房へ急いでいたときだった。

「あぁ…！あの時は、ゲルガーさんに特別メニューを作ってあげたくて急いでいたんです。」
「ゲルガーに？
　どうして、お前がアイツの為にそんなことをしてやらねぇといけないんだ。
　———惚れてるのか。」

兵長さんの眉間に皴が寄ったのと同時に、そのままでも怖い三白眼が細められた。
彼を無視をしたというありえない誤解を解こうと思ったはずだったのに、私はさらにとんでもない誤解を生んでしまったらしい。
あぁ、もうこの男、本当に面倒くさい。

「違います、今朝は———。」
「おう、なまえ！」

とても元気な声が食堂に響く。
タイミングが良いのか、悪いのか。
機嫌のいい笑顔で右手を挙げ、大股でこちらにやってきているのは、ゲルガーさんだった。