Q22.恋人とはどんな風に過ごしたいですか?
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恋人同士の甘い時間ーーーーというのは、どういうものなのだろうか。
たとえば、同じソファに腰を下ろして見つめ合い、そっと抱き合うとか。無骨で大きな手で頭を優しく撫でられ、可愛いなんて言われるとか。頬に触れた手の熱さに顔を赤らめ、じっと見つめ合ったりとか。愛を囁き合ったりとか。キス、したりとかーーーー。
夜になり、我が物顔で私の部屋にやってきたリヴァイ兵長を眺めながら、私はそんなことを考える。
だって、目の前にいるリヴァイ兵長は、ただひたすら紅茶を飲みながら、私の子供の頃の話を聞くばかりで、恋人の甘い時間とはまるで無縁な時間が流れるばかりなのだ。それがもう、一週間ずっと続いている。
つまり、あの日、『また捕まえに行く。』なんて男らしいセリフを聞いた夜からずっとなのだ。
高熱で倒れたのが嘘のように、あっという間に治したリヴァイ兵長は、すっかりいつもの調子を取り戻し、昼間は任務や訓練をそつなくこなし、夜になるとこうして私の部屋にやってくるという生活を続けている。
避けられる日々は終わりを迎えたわけだけれど、私達の関係は何も進展していない。
(私たちの関係って何なんだろう?恋人…?)
子供の頃に飼っていた犬の名前はコロだ、と答えながら、私は心の中で首を傾げる。
周囲の人達に説明するときにつかう私たちの関係の名前は『恋人』で間違いないはずだ。だって、食材の買い出しに行く私に勝手についてくるリヴァイ兵長が、自分のことを店主達にそう紹介している。
けれど、二人きりでいるときの雰囲気は、恋人同士の甘い時間とは程遠い。良くて、仲良くなり始めた友人だ。そういえば、リヴァイ兵長にお友達はいるのだろうか。ハンジさんと良く分からない冗談を言い合っている姿は見たことがあるけれど、友人と呼ぶ関係なのだろうか。
「犬派か、猫派か。どっちだ?」
「んー、どっちも可愛くて好きですよ。どっちかと言うと犬派かな。」
「なら、犬と馬ならどっちがーーー。」
「あの、私に質問ばかりするのは、楽しいんですか?」
堪えきれず、訊ねてしまった。
紅茶のカップを口に運ぼうとしていたリヴァイ兵長の手がピタリ、と止まる。そして、私をじっと見てくる。
リヴァイ兵長は、私の質問の意図を考える時に、こうやってじっと見つめてくることが多い。
真剣に考えている証拠なのだろうけれど、私にとっては、この時間が、最も緊張する。
「悪かった。なまえも俺のことを知りたいよな。いいぞ、なんでも聞け。正直に答える。」
リヴァイ兵長が真面目に言う。
また大きく勘違いしているけれど、今では彼に悪気はないということは分かるようになった。
ただ純粋に、今は質問をする時間だ、と認識しているのだろう。でもーーーー。
「リヴァイ兵長は、今までどんな風に恋人と過ごしていたんですか?」
ふ、と口から漏れてしまった声が耳に聞こえて、私は漸く、とんでもないことを口走ってしまったことを自覚した。
自分がこんな大胆なことを訊いてしまうなんて、信じられない。いや、無意識だったのだ。気にはなっていたのは確かだ。けれど、気づいたら口から出てしまっていただけで、本気で訊ねようと思っていたわけではない。
リヴァイ兵長も驚いたようで、切れ長の瞳を少し見開いて言葉を失っているようだった。
当然だ。こんなプライベートな質問、失礼以外の何ものでもない。調査兵団の兵士長の過去の恋愛を知ろうとするなんて、非常識だった。
「あっ、あの…っ、そうじゃなくて…っ。リヴァイ兵長が、たくさん質問するので…っ。今までもこうして、質問とかたくさんしてたのかなって思っただけでっ。あの…っ、その…っ。…失礼なことを聞いてしまって…、すみませんでした…。」
慌てた私の早口の言い訳は、次第に萎んでいった。
私は、リヴァイ兵長のことを知る資格も権利もない。そんな気がして、自分が惨めで、なんだか悲しくなった。じわっと涙の膜ができたのが分かって、少しだけ目を伏せて唇を噛んだ。
すると、カタッという音がテーブルを挟んだ向こう側から聞こえた。どうやら、リヴァイ兵長が椅子から立ち上がったようだ。
気まずい空気に耐えきれず、帰りたくなったのだろうか。
私が顔を上げたのと、突然の浮遊感を覚えたのは、ほぼ同時だった。
リヴァイ兵長に横抱きに抱え上げられていた。
ちょうど顔を上げてしまったせいで、すぐそこに、リヴァイ兵長の端正な顔面を見つけた。
慌てて目を逸らした。
「あ、あの…っ。」
一体どうしたのかーーー。
訊ねたいのに、戸惑う声しか出てこなかった。
慌てふためく私はそのままに、リヴァイ兵長は、窓際にポツンと置いてあるシングルベッドに歩み寄った。そして、まるでガラス細工でも扱うみたいに、そっと優しく、私をベッドの上に寝かせると、そのまま腰の上に跨った。
どんなに見栄を張っても、恋愛経験は豊富とは到底言えない私でも、こうして男女がベッドの上で重なる意味は理解している。
この先に始まるかもしれないソレに、心臓がドクンと鳴り、ベッドに触れている背中からは冷たいのか熱いのか分からない汗が噴き出したのを感じた。
馬乗りになった格好のリヴァイ兵長が、上半身を折り曲げて、私と距離を詰めてくる。思わず、目を瞑った。
「今までってのが昔過ぎてよく覚えてねぇが、」
「え?」
息がかかる距離だった
いつも通りの声色と、想像とは違ったセリフに思わず目を開けると、至近距離にいたリヴァイ兵長と目が合った。
「…何て言いました?」
「だから、昔のことはもう覚えてねぇって言った。」
「昔のこと?」
首を傾げる私に、リヴァイ兵長は「自分でした質問を忘れるのか」と呆れたようにため息を吐いた。さらに、私が「あ」と小さく声を上げれば、小さく首をすくめた。
「それで?回答を続けていいか?」
「まだあるんですか?」
忘れたーーーで、終わりかと思った。
それが、一番平和的な回答だ。正解だ。リヴァイ兵長が過去にどんな恋愛をしていたのか。気にならないと言ったら嘘になる。でも、知りたくない。リヴァイ兵長の口から、なら尚更だ。
けれど、リヴァイ兵長は「終わってねぇ」と言ってから、さらに続ける。
「昔のことは覚えてねぇが、なまえとは、こうしてベッドの上で過ごしたいと思ってる。」
リヴァイ兵長はそう言うと、細く華奢な指で私の頬に触れた。ひんやりと冷えた指の感触に思わず身体がぴくりと震える。でも、リヴァイ兵長を見つめる私の瞳は、まっすぐ見つめてくる切れ長の瞳から視線を逸らせなかった。
「こんな風に触れて、」
私の頬に触れていたリヴァイ兵長の指が、滑るように下りて、首を通り過ぎ、鎖骨を撫でた。
「こんな風に口づけて、」
見つめ合っていたリヴァイ兵長の切れ長の瞳が、薄く細められる。
あ、と思った時にはもう、唇の端の方に薄く優しい唇が掠めていた。
「時々、こんな風に噛みついたりもしてぇな。」
リヴァイ兵長の低い声が耳元を掠めて行ってすぐに、耳たぶにひどく熱い体温を感じた。齧られたと気づいた時にはもう、リヴァイ兵長の歯や、熱くぬるっとした舌の感覚に、全身が集中しているみたいに、敏感になっていた。
「んっ。」
小さな声が漏れてしまったのは、そのせいだ。
いきなりのプロポーズからずっと、リヴァイ兵長は私のペースも無視して強引だった。けれど、触れることだけに関しては慎重だった。いや、触れようとしてこなかっただけなのだろうか。
とにかく、私達に恋人らしい触れ合いはほとんど皆無だった。
ついに。あぁ、とうとう、私達は重なるのかーーー期待と不安で、心臓が震えていた。無意識に身体も震えていた。
「心配するな。何もしねぇ。」
耳元でフッと小さく笑うような声がした。
気づかないうちに目を閉じていたらしい。瞼をギュッと下ろしていたせいか、目を開くとチカチカとして頭が痛くなった。
私の腰の上に馬乗りになっていたリヴァイ兵長は、一度だけ、私の頭を優しく撫でると、ぽすっと可愛らしい音を立てて、隣に寝転んでしまった。
「…しないんですか?」
寝転んだままで身体を横に向け、隣で寝転ぶリヴァイ兵長に訊ねた。
もう絶対に、その先に進むのだと確信してしまっていた。拍子抜けか。身体から力が抜けていく。
「今は、な。」
「今は?」
「なまえの気持ちが俺に追いついたら、もう容赦しねぇ。」
リヴァイ兵長は、悪戯っ子のように口の端にだけ笑みを浮かべていた。その間も私の髪を撫でる手は優しくて、まるで、小さな子供をあやしているみたいだと思った。
安堵した。よかったーーーと思った。その瞬間、私は、自分がリヴァイ兵長との行為に恐怖していたことを自覚した。
「気持ちは…追い越してると、思いますけど。」
私の言葉に、リヴァイ兵長の片眉がピクリと上がる。
意外だと言っているみたいな表情がおかしくて、思わずクスリと笑ってしまった。
それとも、その「気持ち」と言うのは、性欲のことを言ったのだろうか。まぁ、どちらにしろ、私は多分、リヴァイ兵長を求めている。でも、怖いのだ。気持ちが重なっていないまま、身体だけを重ねてしまったら、もう本当に後戻りできなくなりそうでーーーー。
「でも、ありがとうございます。リヴァイ兵長に、私の気持ちに追いついてもらえるように、努力します。」
すでに上がっていたリヴァイ兵長の片眉が、さらにピクリと上がる。
そして思案するように黙り込んだ後、リヴァイ兵長は小さくククッと喉を鳴らした。
「さっきの質問の続き、今、伝えてもいいか。」
リヴァイ兵長は、横向きで寝転んだまま私の髪を撫でていた。
その表情がひどく優しくて、ずっと見ていたくなる。朝まで、ずっと。
「忘れたのにですか?」
「その質問はもう終わった。」
「…?」
他にも質問があっただろうかーーーそんなことを思いながら首を傾げる私を、リヴァイ兵長はひどく優しい瞳で見つめてくる。
まるで、本当に愛されているみたいだ。
リヴァイ兵長は、私のことをどう想っているのだろう。
結婚しようだとか、恋人になろうだとか、関係についてはハッキリと言葉にしていたリヴァイ兵長だったけれど、直接的な「気持ち」については、今だに一言も言葉にしてくれない。
きっと、嘘がつけない人なのだろう。だから、嘘では「好き」だとか「愛してる」なんて言えないのだ。
そういう誠実なところが素敵だなと思う。好きだなと思う。でもそれと同時に、残酷な人だとも思う。
どんなつもりで、私に触れているのだろう。どうしてわざわざ私の心を選んで、弄んでいるのだろう。
「質問するのは、恋人のことをもっと知りてぇと思うからだ。」
リヴァイ兵長が私の髪を撫でながら言う。
そういえば、どうして質問ばかりするのか、なんてことを言った気がする。
やっと質問の意図を理解して、少しだけスッキリした。
「そういうことだったんですね。」
「それから、俺が知りてぇと思ったのは、なまえだけだ。」
「…!」
一気に体温が上がって、カァッと顔が赤く染まったのを恥ずかしいくらいに自覚した。
「なまえだから、知りてぇ。この世で、なまえのことを一番知ってる男になりてぇから、たくさん質問をした。
迷惑だったか?」
唐突に訊ねられて、私は思わず首を横に振った。
質問の意図まで聞かされて、迷惑だなんて思うわけがない。
だって、私はたった今、リヴァイ兵長はきっと嘘をつけない人なんだろうと思ったばかりなのだ。そしたら、リヴァイ兵長は本当に、私だから知りたいと思ってくれているということじゃないか。
「ならよかった。これからもたくさん質問させてくれ。
何を知っても、なまえは、俺にとっていつまでも、知らないことばかりで遠いんだ。」
顔面に集まる熱を少しでも早く解き放たなければーーと必死で、見逃しそうだった。いや、実際、見逃してしまったようなものだった。
薄く細められたリヴァイ兵長の瞳が、どこか切なげにゆらゆらと揺れたように見えた気がしたのだ。
勘違いだろうか。
なぜかギュッと胸が締め付けられて、リヴァイ兵長を守ってあげたいなんて、とんでもない衝動に駆られてしまった。
衝動は勝手に私の身体を動かし、気づいた時にはもう、隣で横になるリヴァイ兵長の身体を両腕で抱きしめていた。背中に回った私の短い腕で、出来るだけギュッとリヴァイ兵長を抱きしめれば、耳元で息を呑む音が聞こえた気がした。
「こうしてれば…、今、この世で一番、私に近い人がリヴァイ兵長ですよ。」
「…!」
抱きしめているせいで、リヴァイ兵長の小さな身体の動きさえ敏感に感じ取ってしまう。
驚いたのもよく分かった。一瞬だけ強張った身体から、フッと力が抜けた。
「あぁ、そうだな。」
耳元から聞こえてくるリヴァイ兵長の声は、どこか楽しげで明るい。
それだけで、私まで嬉しかった。胸が高鳴った。
不意に、私の腰にリヴァイ兵長の腕が回る。そして、私がしたよりもずっと強く、ギュッと抱き寄せられた。
さらに近づいた距離では、互いのほんの些細な息遣いさえ、まるでこの世界の全てみたいに大きく聞こえた。
「こうしてりゃ、今、この世で一番、俺に近いのはなまえだな。」
リヴァイ兵長が優しく言う。
お返しをしてくれたと言うことのようだ。でもーーー。
「そんな…っ、恐れ多いです…っ。リヴァイ兵長は、人類最強の兵士でっ、世界の希望でっ、ずっとずっと遠い人です…!」
嬉しい、という感情よりも、申し訳なさや罪悪感が先に溢れてしまった。
リヴァイ兵長の腕の中で、私は慌てて首を横に振った。
「ただの男だ。」
私を抱きしめるリヴァイ兵長の腕の力が強くなった。
その強さが、ひどく切なくて、私は口を噤むと、彼の腕の中で目を伏せた。でもそれだけではいけない気がして、私も抱きしめ返してみた。さらに強く抱きしめてきたリヴァイ兵長の腕の力は、やっぱりどこか切なくて、胸がきゅっと締まって痛かった。
たとえば、同じソファに腰を下ろして見つめ合い、そっと抱き合うとか。無骨で大きな手で頭を優しく撫でられ、可愛いなんて言われるとか。頬に触れた手の熱さに顔を赤らめ、じっと見つめ合ったりとか。愛を囁き合ったりとか。キス、したりとかーーーー。
夜になり、我が物顔で私の部屋にやってきたリヴァイ兵長を眺めながら、私はそんなことを考える。
だって、目の前にいるリヴァイ兵長は、ただひたすら紅茶を飲みながら、私の子供の頃の話を聞くばかりで、恋人の甘い時間とはまるで無縁な時間が流れるばかりなのだ。それがもう、一週間ずっと続いている。
つまり、あの日、『また捕まえに行く。』なんて男らしいセリフを聞いた夜からずっとなのだ。
高熱で倒れたのが嘘のように、あっという間に治したリヴァイ兵長は、すっかりいつもの調子を取り戻し、昼間は任務や訓練をそつなくこなし、夜になるとこうして私の部屋にやってくるという生活を続けている。
避けられる日々は終わりを迎えたわけだけれど、私達の関係は何も進展していない。
(私たちの関係って何なんだろう?恋人…?)
子供の頃に飼っていた犬の名前はコロだ、と答えながら、私は心の中で首を傾げる。
周囲の人達に説明するときにつかう私たちの関係の名前は『恋人』で間違いないはずだ。だって、食材の買い出しに行く私に勝手についてくるリヴァイ兵長が、自分のことを店主達にそう紹介している。
けれど、二人きりでいるときの雰囲気は、恋人同士の甘い時間とは程遠い。良くて、仲良くなり始めた友人だ。そういえば、リヴァイ兵長にお友達はいるのだろうか。ハンジさんと良く分からない冗談を言い合っている姿は見たことがあるけれど、友人と呼ぶ関係なのだろうか。
「犬派か、猫派か。どっちだ?」
「んー、どっちも可愛くて好きですよ。どっちかと言うと犬派かな。」
「なら、犬と馬ならどっちがーーー。」
「あの、私に質問ばかりするのは、楽しいんですか?」
堪えきれず、訊ねてしまった。
紅茶のカップを口に運ぼうとしていたリヴァイ兵長の手がピタリ、と止まる。そして、私をじっと見てくる。
リヴァイ兵長は、私の質問の意図を考える時に、こうやってじっと見つめてくることが多い。
真剣に考えている証拠なのだろうけれど、私にとっては、この時間が、最も緊張する。
「悪かった。なまえも俺のことを知りたいよな。いいぞ、なんでも聞け。正直に答える。」
リヴァイ兵長が真面目に言う。
また大きく勘違いしているけれど、今では彼に悪気はないということは分かるようになった。
ただ純粋に、今は質問をする時間だ、と認識しているのだろう。でもーーーー。
「リヴァイ兵長は、今までどんな風に恋人と過ごしていたんですか?」
ふ、と口から漏れてしまった声が耳に聞こえて、私は漸く、とんでもないことを口走ってしまったことを自覚した。
自分がこんな大胆なことを訊いてしまうなんて、信じられない。いや、無意識だったのだ。気にはなっていたのは確かだ。けれど、気づいたら口から出てしまっていただけで、本気で訊ねようと思っていたわけではない。
リヴァイ兵長も驚いたようで、切れ長の瞳を少し見開いて言葉を失っているようだった。
当然だ。こんなプライベートな質問、失礼以外の何ものでもない。調査兵団の兵士長の過去の恋愛を知ろうとするなんて、非常識だった。
「あっ、あの…っ、そうじゃなくて…っ。リヴァイ兵長が、たくさん質問するので…っ。今までもこうして、質問とかたくさんしてたのかなって思っただけでっ。あの…っ、その…っ。…失礼なことを聞いてしまって…、すみませんでした…。」
慌てた私の早口の言い訳は、次第に萎んでいった。
私は、リヴァイ兵長のことを知る資格も権利もない。そんな気がして、自分が惨めで、なんだか悲しくなった。じわっと涙の膜ができたのが分かって、少しだけ目を伏せて唇を噛んだ。
すると、カタッという音がテーブルを挟んだ向こう側から聞こえた。どうやら、リヴァイ兵長が椅子から立ち上がったようだ。
気まずい空気に耐えきれず、帰りたくなったのだろうか。
私が顔を上げたのと、突然の浮遊感を覚えたのは、ほぼ同時だった。
リヴァイ兵長に横抱きに抱え上げられていた。
ちょうど顔を上げてしまったせいで、すぐそこに、リヴァイ兵長の端正な顔面を見つけた。
慌てて目を逸らした。
「あ、あの…っ。」
一体どうしたのかーーー。
訊ねたいのに、戸惑う声しか出てこなかった。
慌てふためく私はそのままに、リヴァイ兵長は、窓際にポツンと置いてあるシングルベッドに歩み寄った。そして、まるでガラス細工でも扱うみたいに、そっと優しく、私をベッドの上に寝かせると、そのまま腰の上に跨った。
どんなに見栄を張っても、恋愛経験は豊富とは到底言えない私でも、こうして男女がベッドの上で重なる意味は理解している。
この先に始まるかもしれないソレに、心臓がドクンと鳴り、ベッドに触れている背中からは冷たいのか熱いのか分からない汗が噴き出したのを感じた。
馬乗りになった格好のリヴァイ兵長が、上半身を折り曲げて、私と距離を詰めてくる。思わず、目を瞑った。
「今までってのが昔過ぎてよく覚えてねぇが、」
「え?」
息がかかる距離だった
いつも通りの声色と、想像とは違ったセリフに思わず目を開けると、至近距離にいたリヴァイ兵長と目が合った。
「…何て言いました?」
「だから、昔のことはもう覚えてねぇって言った。」
「昔のこと?」
首を傾げる私に、リヴァイ兵長は「自分でした質問を忘れるのか」と呆れたようにため息を吐いた。さらに、私が「あ」と小さく声を上げれば、小さく首をすくめた。
「それで?回答を続けていいか?」
「まだあるんですか?」
忘れたーーーで、終わりかと思った。
それが、一番平和的な回答だ。正解だ。リヴァイ兵長が過去にどんな恋愛をしていたのか。気にならないと言ったら嘘になる。でも、知りたくない。リヴァイ兵長の口から、なら尚更だ。
けれど、リヴァイ兵長は「終わってねぇ」と言ってから、さらに続ける。
「昔のことは覚えてねぇが、なまえとは、こうしてベッドの上で過ごしたいと思ってる。」
リヴァイ兵長はそう言うと、細く華奢な指で私の頬に触れた。ひんやりと冷えた指の感触に思わず身体がぴくりと震える。でも、リヴァイ兵長を見つめる私の瞳は、まっすぐ見つめてくる切れ長の瞳から視線を逸らせなかった。
「こんな風に触れて、」
私の頬に触れていたリヴァイ兵長の指が、滑るように下りて、首を通り過ぎ、鎖骨を撫でた。
「こんな風に口づけて、」
見つめ合っていたリヴァイ兵長の切れ長の瞳が、薄く細められる。
あ、と思った時にはもう、唇の端の方に薄く優しい唇が掠めていた。
「時々、こんな風に噛みついたりもしてぇな。」
リヴァイ兵長の低い声が耳元を掠めて行ってすぐに、耳たぶにひどく熱い体温を感じた。齧られたと気づいた時にはもう、リヴァイ兵長の歯や、熱くぬるっとした舌の感覚に、全身が集中しているみたいに、敏感になっていた。
「んっ。」
小さな声が漏れてしまったのは、そのせいだ。
いきなりのプロポーズからずっと、リヴァイ兵長は私のペースも無視して強引だった。けれど、触れることだけに関しては慎重だった。いや、触れようとしてこなかっただけなのだろうか。
とにかく、私達に恋人らしい触れ合いはほとんど皆無だった。
ついに。あぁ、とうとう、私達は重なるのかーーー期待と不安で、心臓が震えていた。無意識に身体も震えていた。
「心配するな。何もしねぇ。」
耳元でフッと小さく笑うような声がした。
気づかないうちに目を閉じていたらしい。瞼をギュッと下ろしていたせいか、目を開くとチカチカとして頭が痛くなった。
私の腰の上に馬乗りになっていたリヴァイ兵長は、一度だけ、私の頭を優しく撫でると、ぽすっと可愛らしい音を立てて、隣に寝転んでしまった。
「…しないんですか?」
寝転んだままで身体を横に向け、隣で寝転ぶリヴァイ兵長に訊ねた。
もう絶対に、その先に進むのだと確信してしまっていた。拍子抜けか。身体から力が抜けていく。
「今は、な。」
「今は?」
「なまえの気持ちが俺に追いついたら、もう容赦しねぇ。」
リヴァイ兵長は、悪戯っ子のように口の端にだけ笑みを浮かべていた。その間も私の髪を撫でる手は優しくて、まるで、小さな子供をあやしているみたいだと思った。
安堵した。よかったーーーと思った。その瞬間、私は、自分がリヴァイ兵長との行為に恐怖していたことを自覚した。
「気持ちは…追い越してると、思いますけど。」
私の言葉に、リヴァイ兵長の片眉がピクリと上がる。
意外だと言っているみたいな表情がおかしくて、思わずクスリと笑ってしまった。
それとも、その「気持ち」と言うのは、性欲のことを言ったのだろうか。まぁ、どちらにしろ、私は多分、リヴァイ兵長を求めている。でも、怖いのだ。気持ちが重なっていないまま、身体だけを重ねてしまったら、もう本当に後戻りできなくなりそうでーーーー。
「でも、ありがとうございます。リヴァイ兵長に、私の気持ちに追いついてもらえるように、努力します。」
すでに上がっていたリヴァイ兵長の片眉が、さらにピクリと上がる。
そして思案するように黙り込んだ後、リヴァイ兵長は小さくククッと喉を鳴らした。
「さっきの質問の続き、今、伝えてもいいか。」
リヴァイ兵長は、横向きで寝転んだまま私の髪を撫でていた。
その表情がひどく優しくて、ずっと見ていたくなる。朝まで、ずっと。
「忘れたのにですか?」
「その質問はもう終わった。」
「…?」
他にも質問があっただろうかーーーそんなことを思いながら首を傾げる私を、リヴァイ兵長はひどく優しい瞳で見つめてくる。
まるで、本当に愛されているみたいだ。
リヴァイ兵長は、私のことをどう想っているのだろう。
結婚しようだとか、恋人になろうだとか、関係についてはハッキリと言葉にしていたリヴァイ兵長だったけれど、直接的な「気持ち」については、今だに一言も言葉にしてくれない。
きっと、嘘がつけない人なのだろう。だから、嘘では「好き」だとか「愛してる」なんて言えないのだ。
そういう誠実なところが素敵だなと思う。好きだなと思う。でもそれと同時に、残酷な人だとも思う。
どんなつもりで、私に触れているのだろう。どうしてわざわざ私の心を選んで、弄んでいるのだろう。
「質問するのは、恋人のことをもっと知りてぇと思うからだ。」
リヴァイ兵長が私の髪を撫でながら言う。
そういえば、どうして質問ばかりするのか、なんてことを言った気がする。
やっと質問の意図を理解して、少しだけスッキリした。
「そういうことだったんですね。」
「それから、俺が知りてぇと思ったのは、なまえだけだ。」
「…!」
一気に体温が上がって、カァッと顔が赤く染まったのを恥ずかしいくらいに自覚した。
「なまえだから、知りてぇ。この世で、なまえのことを一番知ってる男になりてぇから、たくさん質問をした。
迷惑だったか?」
唐突に訊ねられて、私は思わず首を横に振った。
質問の意図まで聞かされて、迷惑だなんて思うわけがない。
だって、私はたった今、リヴァイ兵長はきっと嘘をつけない人なんだろうと思ったばかりなのだ。そしたら、リヴァイ兵長は本当に、私だから知りたいと思ってくれているということじゃないか。
「ならよかった。これからもたくさん質問させてくれ。
何を知っても、なまえは、俺にとっていつまでも、知らないことばかりで遠いんだ。」
顔面に集まる熱を少しでも早く解き放たなければーーと必死で、見逃しそうだった。いや、実際、見逃してしまったようなものだった。
薄く細められたリヴァイ兵長の瞳が、どこか切なげにゆらゆらと揺れたように見えた気がしたのだ。
勘違いだろうか。
なぜかギュッと胸が締め付けられて、リヴァイ兵長を守ってあげたいなんて、とんでもない衝動に駆られてしまった。
衝動は勝手に私の身体を動かし、気づいた時にはもう、隣で横になるリヴァイ兵長の身体を両腕で抱きしめていた。背中に回った私の短い腕で、出来るだけギュッとリヴァイ兵長を抱きしめれば、耳元で息を呑む音が聞こえた気がした。
「こうしてれば…、今、この世で一番、私に近い人がリヴァイ兵長ですよ。」
「…!」
抱きしめているせいで、リヴァイ兵長の小さな身体の動きさえ敏感に感じ取ってしまう。
驚いたのもよく分かった。一瞬だけ強張った身体から、フッと力が抜けた。
「あぁ、そうだな。」
耳元から聞こえてくるリヴァイ兵長の声は、どこか楽しげで明るい。
それだけで、私まで嬉しかった。胸が高鳴った。
不意に、私の腰にリヴァイ兵長の腕が回る。そして、私がしたよりもずっと強く、ギュッと抱き寄せられた。
さらに近づいた距離では、互いのほんの些細な息遣いさえ、まるでこの世界の全てみたいに大きく聞こえた。
「こうしてりゃ、今、この世で一番、俺に近いのはなまえだな。」
リヴァイ兵長が優しく言う。
お返しをしてくれたと言うことのようだ。でもーーー。
「そんな…っ、恐れ多いです…っ。リヴァイ兵長は、人類最強の兵士でっ、世界の希望でっ、ずっとずっと遠い人です…!」
嬉しい、という感情よりも、申し訳なさや罪悪感が先に溢れてしまった。
リヴァイ兵長の腕の中で、私は慌てて首を横に振った。
「ただの男だ。」
私を抱きしめるリヴァイ兵長の腕の力が強くなった。
その強さが、ひどく切なくて、私は口を噤むと、彼の腕の中で目を伏せた。でもそれだけではいけない気がして、私も抱きしめ返してみた。さらに強く抱きしめてきたリヴァイ兵長の腕の力は、やっぱりどこか切なくて、胸がきゅっと締まって痛かった。
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