Q12.お礼を言ってもいいですか?
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「本当にすみません…、私のせいで。」
帰りの馬車の中で、私は恐縮しまくりだった。
包帯を巻いてだいぶ楽にはなったものの、靴擦れをおこして痛む足を心配してくれた兵長さんが、私の代わりにほとんどの買い物を済ませてくれたのだ。
本当は、足が痛むのなら早めに帰った方がいいのではないかと提案もされたのだけれど、せっかくのセールで、まだ買いたいものも残っていた私の気持ちを察してくれた。
最終的に、ひとりだった場合よりも多くのものを買うことが出来た。
すべて、兵長さんのおかげだ。
「いい加減、謝るのをやめろ。」
向かいの椅子に座る兵長さんは、もう聞き飽きたという表情を見せた。
申し訳なくなって、思わずもう一度謝ってしまったら、今度はあからさまにため息を吐かれてしまう。
「あの…、それなら、お礼を…言わせてください。」
「礼?」
兵長さんが首を傾げる。
謙遜ではなく、自分が感謝される理由が本当に分からないようだ。
「調査兵団の兵長さんが、栄養管理士なんかの買い物に付き合ってくださって
いろいろとアドバイスやお手伝いまでしてもらって、とても助かりました。
ありがとうございました。」
座ったままだったけれど、頭を下げて感謝を伝えた。
私の感謝を、兵長さんがどう感じたのかは分からない。
でも、数秒、静かな時間が流れて、私は顔を上げるタイミングを失ってしまった。
「なんか…。」
少し待っていると、小さな声が聞こえた。
それを追いかけるように、私はゆっくりと顔を上げる。
「なんか?」
兵長さんと目が合ってすぐに、私は聞こえたと思う言葉を疑問形で口にし、首を傾げる。
「営業管理士なんか、じゃねぇ。」
兵長さんは、さっきとは打って変わって、とてもハッキリと告げる。
「お前が兵舎に来てくれてから、調査兵達の体調が良くなったのは、俺が見ていても分かる。
実際、俺も身体が軽いし、訓練や雑務の効率も上がって、部下達の任務報告数も格段に増えた。」
「そんな…、それはただ、調査兵の方達の頑張りですよ。」
謙遜ではなかった。本当に、そう思うのだ。
調査兵達の方達の1日を助ける食事になるようにと心がけてはいるものの、私なんかの食事で、強い覚悟と信念を持って生きている彼らを助けるなんて烏滸がましい考えだからだ。
でも、兵長さんは、違うと言うように首を横に振る。
「壁外調査後の帰還率が上がってる。幹部が割合を出して計算してわかる程度の僅かなものだが、
死ぬかもしれなかった仲間が、1人救われたら、それは〝たった1人〟ではねぇ。
なまえは、俺達には助けられなかったかもしれねぇかけがえのねぇひとつの命を守ってる。」
「それは…、」
「確かに、部下の頑張りだろう。以前よりも、訓練中の集中力が増してるのは見るからに明らかだ。
そのおかげか、壁外調査中のミスも減ったし、自分の班員がミスって巨人の脅威に晒されそうになったときの反射も早くなった。」
「皆さん、とても真面目に訓練にとりくんでいらっしゃいますもんね。
私も、エルヴィン団長の許可を頂いて、見学させてもらったことがあります。」
訓練場での調査兵達の様子は、私の記憶から一生消えないのだろうと思うほどの衝撃だった。
兵士になることを志さず、訓練兵達がどのような日々を送っているかも知らない私にとって、調査兵達の〝命を守るため〟の訓練は、まさしく戦闘のように見えて、圧倒されたのだ。
あんなの私には一生ムリ———それが、素直な感想だった。
でもそれを、調査兵達は、毎日、少なくとも朝から昼までは続けている。
その先にあるのは、至福の天国というわけではなく、巨人の蔓延る地獄のような世界での命を懸けた戦いなのだから、凄い。
確かに、その戦いに勝利すれば、人類が100年かけて忘れていった〝自由〟のある世界という天国を手に入れられるのかもしれないが、そんなもの、途方もない夢なのだ。
それなら、壁の中で、窮屈さに気づかないフリをして生きる方が楽だ———そう考えるのが、大半の人間で、それを私は責めるどころか、正しいと信じて生きてきた。
「アイツらが…、いや、俺も含めて、調査兵達が訓練や雑務に集中できるのは、
なまえが、俺達の体調を把握し、管理して、毎日、丹精込めた食事を用意してくれるおかげだ。
お前は、俺達をしっかり支えてくれてる。」
兵長さんが、真っ直ぐに私を見て言う。
真剣な瞳は、私から逸らされることはない。
その場限りの、適当な世辞ではなく、心からそう思ってくれていることが伝わってしまって、私は何と答えればいいか分からなかった。
そんな私を知ってか知らずか、兵長さんが続ける。
「調査兵達の命の基礎を作ってくれてるなまえが、俺達の為に馬車に乗って遠くの商店街まで
買い物に行くというなら、兵士長の俺が代表して、協力するのは当然のことだ。」
俺達は皆、なまえに心から感謝している————兵長さんは、最後にそう付け足した。
最初、カフェに兵長さんが現れたとき、咄嗟に、また、恋人がどうだとか、意味の分からないことを思ってやってきたのだと思ったのだ。
でも、兵長さんは、困っていた私をずっと助けてくれた。
意外と優しくて気が利くんだとイメージが変わろうとはしていたけれど、まさか、そんな風に考えてくれていたなんて、想像もしていなかった。
どうしよう————。
嬉しい。嬉しいのだ。少し、泣きそうになるくらいに、嬉しい。
誇れるような容姿も、目立った特技もない私は、いつも地味で、誰かの陰に隠れているようなタイプだった。
家族以外の誰かに、真っ直ぐに、その存在を100パーセント認めてもらえたのなんて、初めてだった。
私の努力が、誰かの為になっていたことを喜ぶよりも先に、認めてもらえた嬉しさが、胸をいっぱいにする。
「ありが、とうございま、す。」
胸がいっぱいで、声がうまく出なかった。
シャツの胸元を手でギュッと握り、なんとか声を絞り出す。
泣いてしまいそうな顔を見られるのが恥ずかしくて、ちゃんと礼を伝えたかったのに、目を伏せてしまった。
それでもきっと、兵長さんは、私が泣きそうなことが伝わってしまったはずだ。
ちゃんと隠せている自信がない。
「欲しいもんは全部買えたか?」
雰囲気をどうにかしようと思ったのか、兵長さんが話題を変えた。
「は、はい!最初は…、どうなることかと思ったんですが、
兵長さんが来てくださったおかげで、とても気持ちの良い買い物が出来ました!」
ありがとうございました————。
顔を上げて、今度こそしっかりと礼を伝えた。
なんとなく、兵長さんは、喜んでくれると思っていた。
でも、少しだけ驚いたように目を見開いた後に、口を真一文字に閉じてしまった。
何か、気の障ることを言ってしまっただろうか。
不安になってすぐに、兵長さんが私の方を向いて口を開く。
「恋人だと、隠さねぇなら、もっと堂々とお前のそばにいられる。
そしたら、お前の小さな擦り傷にもすぐに気づいてやれるし、
他の男が近寄ることもねぇ。もっとしっかり守ってやれる。」
だから恋人だということを公表してしまおう———そういうことが言いたいのだろう。
そこまでは分かっても、唐突のソレに、私はすぐに反応できなかった。
目を見開き、驚いたような表情で固まってしまう。
それを、兵長さんは、否定だと思ったようだった。
「悪い。忘れてくれ。
俺も了承して約束したことだ。今更やめたとは言わねぇ。ちゃんと守る。」
兵長さんは、スッと目を逸らして窓の外の方を向くと、早口で言う。
車窓に映る表情は、どこか寂しそうだ。
確かに、意味の分からないまま〝恋人〟とされてしまって嫌だったのは私で、隠してほしいと頼んだのも私だ。
でも、たぶん、一番驚いたのは、やっぱり公表したいと兵長さんがいきなり言ってきたことではない。
今までなら、真っ先に『違うのに』と思っていたはずなのに、まだ自分達のことを〝恋人〟だと呼んでいる兵長さんに嫌悪感を抱かなかったことだ。
別に、今日の兵長さんがとても優しかったからって、好きになったわけではない。
確かに、好意は抱いたかもしれない。
でもそれは、男性としてではない。
思っていたよりも良い人だった、と好感を持ったという方がしっくりくる。
でも、私の記憶に、ハンジさんとモブリットさんから聞いた話が蘇ってしまったのだ。
『慰労会をしようって話をしたときにさ、なまえを誘おうと言い出したのはリヴァイなんだよ。』
『兵長さんが?』
『俺達、調査兵が毎日、身体を壊さずに任務に励めるのはなまえのおかげなんだからってね。
恥ずかしながら、そう指摘されてハッとさせられたよ。
最初は、美味しい料理が出てくることを有難く思っていたのに、最近では、毎日のことになっていたから。』
『それこそ、なまえが私達の為に努力して、命を守ってくれてるということなのにね。
私達からも改めてお礼を言わせてくれ。
毎日、私達の為に、美味しくて栄養のある料理を作ってくれて、本当にありがとう。』
ハンジさんとモブリットさんに頭を下げられるなんて、想像もしていなかったから、その驚きで忘れていたのだ。
彼らにそうさせたのは、兵長さんだった。
きっと、あのとき、兵長さんだけが、私のことを認めてくれていた。
いつものように、今までのように、私のことなんか忘れ去られたまま、楽しい慰労会が開催されるはずだった夜、あの場所で私も一緒に笑っていられたのは、兵長さんのおかげだったのだ。
「そうですね。兵長さんの優しさに、甘えさせてもらおうかな。」
気づいたら、私は、自分でも思ってもいなかったはずのことを口にしていた。
私も、心の中では戸惑い、驚いていた。
でも、もっと驚いたのは、兵長さんの方だった。
「・・・・は?」
兵長さんは、私の方を向いて、ポカンと口を開ける。
その姿を私は、可愛い、なんて思ってしまう。
きっと、今日の私は、欲しいものをたくさん買えて、楽しくて、気が大きくなっていたのだ。
「今日、兵長さんが来てくださるまで、とても大変だったんです。
兵長さんが恋人だって言ってしまえば、もう二度とそういうことがないのなら、
お願いしようかなって。」
漸く、理解をしたのか兵長さんが、目を見開く。
そして、すぐにまた目を逸らされてしまった。
「あぁ、俺は構わねぇ。」
さっきもそうしていたように、窓の外の方を向いて、素っ気なく言う。
でも、嬉しそうに緩んでいる口元を、車窓が隠してはくれなかった。
「今日は、いい日だった。」
ふ、と兵長さんが、窓の外を見たままで言う。
赤い夕陽が、彼の整った横顔を照らしている。
「私の買い物に付き合わされただけなのにですか?」
卑屈になっていたわけではなく、純粋に、不思議に思ったのだ。
でも、車窓に映る兵長さんの表情は、まだ嬉しそうに口元が緩んでる。
「初めて、なまえの為になれた。」
車窓に映る兵長さんの目元まで、嬉しそうに緩んでいるように見えた。
ありがとうございます———そう伝えたときに、少し驚いたような表情を見せた兵長さんを思い出す。
もしかしたら、あのとき、兵長さんは、私に初めて心から感謝をされたことが分かったのかもしれない。
でもそれが、こんなにも兵長さんを喜ばせることだったなんて———。
顔を見られたくない様子の兵長さんだけれど、相変わらず、口の軽い車窓が、その心をすべて喋ってしまっていた。
帰りの馬車の中で、私は恐縮しまくりだった。
包帯を巻いてだいぶ楽にはなったものの、靴擦れをおこして痛む足を心配してくれた兵長さんが、私の代わりにほとんどの買い物を済ませてくれたのだ。
本当は、足が痛むのなら早めに帰った方がいいのではないかと提案もされたのだけれど、せっかくのセールで、まだ買いたいものも残っていた私の気持ちを察してくれた。
最終的に、ひとりだった場合よりも多くのものを買うことが出来た。
すべて、兵長さんのおかげだ。
「いい加減、謝るのをやめろ。」
向かいの椅子に座る兵長さんは、もう聞き飽きたという表情を見せた。
申し訳なくなって、思わずもう一度謝ってしまったら、今度はあからさまにため息を吐かれてしまう。
「あの…、それなら、お礼を…言わせてください。」
「礼?」
兵長さんが首を傾げる。
謙遜ではなく、自分が感謝される理由が本当に分からないようだ。
「調査兵団の兵長さんが、栄養管理士なんかの買い物に付き合ってくださって
いろいろとアドバイスやお手伝いまでしてもらって、とても助かりました。
ありがとうございました。」
座ったままだったけれど、頭を下げて感謝を伝えた。
私の感謝を、兵長さんがどう感じたのかは分からない。
でも、数秒、静かな時間が流れて、私は顔を上げるタイミングを失ってしまった。
「なんか…。」
少し待っていると、小さな声が聞こえた。
それを追いかけるように、私はゆっくりと顔を上げる。
「なんか?」
兵長さんと目が合ってすぐに、私は聞こえたと思う言葉を疑問形で口にし、首を傾げる。
「営業管理士なんか、じゃねぇ。」
兵長さんは、さっきとは打って変わって、とてもハッキリと告げる。
「お前が兵舎に来てくれてから、調査兵達の体調が良くなったのは、俺が見ていても分かる。
実際、俺も身体が軽いし、訓練や雑務の効率も上がって、部下達の任務報告数も格段に増えた。」
「そんな…、それはただ、調査兵の方達の頑張りですよ。」
謙遜ではなかった。本当に、そう思うのだ。
調査兵達の方達の1日を助ける食事になるようにと心がけてはいるものの、私なんかの食事で、強い覚悟と信念を持って生きている彼らを助けるなんて烏滸がましい考えだからだ。
でも、兵長さんは、違うと言うように首を横に振る。
「壁外調査後の帰還率が上がってる。幹部が割合を出して計算してわかる程度の僅かなものだが、
死ぬかもしれなかった仲間が、1人救われたら、それは〝たった1人〟ではねぇ。
なまえは、俺達には助けられなかったかもしれねぇかけがえのねぇひとつの命を守ってる。」
「それは…、」
「確かに、部下の頑張りだろう。以前よりも、訓練中の集中力が増してるのは見るからに明らかだ。
そのおかげか、壁外調査中のミスも減ったし、自分の班員がミスって巨人の脅威に晒されそうになったときの反射も早くなった。」
「皆さん、とても真面目に訓練にとりくんでいらっしゃいますもんね。
私も、エルヴィン団長の許可を頂いて、見学させてもらったことがあります。」
訓練場での調査兵達の様子は、私の記憶から一生消えないのだろうと思うほどの衝撃だった。
兵士になることを志さず、訓練兵達がどのような日々を送っているかも知らない私にとって、調査兵達の〝命を守るため〟の訓練は、まさしく戦闘のように見えて、圧倒されたのだ。
あんなの私には一生ムリ———それが、素直な感想だった。
でもそれを、調査兵達は、毎日、少なくとも朝から昼までは続けている。
その先にあるのは、至福の天国というわけではなく、巨人の蔓延る地獄のような世界での命を懸けた戦いなのだから、凄い。
確かに、その戦いに勝利すれば、人類が100年かけて忘れていった〝自由〟のある世界という天国を手に入れられるのかもしれないが、そんなもの、途方もない夢なのだ。
それなら、壁の中で、窮屈さに気づかないフリをして生きる方が楽だ———そう考えるのが、大半の人間で、それを私は責めるどころか、正しいと信じて生きてきた。
「アイツらが…、いや、俺も含めて、調査兵達が訓練や雑務に集中できるのは、
なまえが、俺達の体調を把握し、管理して、毎日、丹精込めた食事を用意してくれるおかげだ。
お前は、俺達をしっかり支えてくれてる。」
兵長さんが、真っ直ぐに私を見て言う。
真剣な瞳は、私から逸らされることはない。
その場限りの、適当な世辞ではなく、心からそう思ってくれていることが伝わってしまって、私は何と答えればいいか分からなかった。
そんな私を知ってか知らずか、兵長さんが続ける。
「調査兵達の命の基礎を作ってくれてるなまえが、俺達の為に馬車に乗って遠くの商店街まで
買い物に行くというなら、兵士長の俺が代表して、協力するのは当然のことだ。」
俺達は皆、なまえに心から感謝している————兵長さんは、最後にそう付け足した。
最初、カフェに兵長さんが現れたとき、咄嗟に、また、恋人がどうだとか、意味の分からないことを思ってやってきたのだと思ったのだ。
でも、兵長さんは、困っていた私をずっと助けてくれた。
意外と優しくて気が利くんだとイメージが変わろうとはしていたけれど、まさか、そんな風に考えてくれていたなんて、想像もしていなかった。
どうしよう————。
嬉しい。嬉しいのだ。少し、泣きそうになるくらいに、嬉しい。
誇れるような容姿も、目立った特技もない私は、いつも地味で、誰かの陰に隠れているようなタイプだった。
家族以外の誰かに、真っ直ぐに、その存在を100パーセント認めてもらえたのなんて、初めてだった。
私の努力が、誰かの為になっていたことを喜ぶよりも先に、認めてもらえた嬉しさが、胸をいっぱいにする。
「ありが、とうございま、す。」
胸がいっぱいで、声がうまく出なかった。
シャツの胸元を手でギュッと握り、なんとか声を絞り出す。
泣いてしまいそうな顔を見られるのが恥ずかしくて、ちゃんと礼を伝えたかったのに、目を伏せてしまった。
それでもきっと、兵長さんは、私が泣きそうなことが伝わってしまったはずだ。
ちゃんと隠せている自信がない。
「欲しいもんは全部買えたか?」
雰囲気をどうにかしようと思ったのか、兵長さんが話題を変えた。
「は、はい!最初は…、どうなることかと思ったんですが、
兵長さんが来てくださったおかげで、とても気持ちの良い買い物が出来ました!」
ありがとうございました————。
顔を上げて、今度こそしっかりと礼を伝えた。
なんとなく、兵長さんは、喜んでくれると思っていた。
でも、少しだけ驚いたように目を見開いた後に、口を真一文字に閉じてしまった。
何か、気の障ることを言ってしまっただろうか。
不安になってすぐに、兵長さんが私の方を向いて口を開く。
「恋人だと、隠さねぇなら、もっと堂々とお前のそばにいられる。
そしたら、お前の小さな擦り傷にもすぐに気づいてやれるし、
他の男が近寄ることもねぇ。もっとしっかり守ってやれる。」
だから恋人だということを公表してしまおう———そういうことが言いたいのだろう。
そこまでは分かっても、唐突のソレに、私はすぐに反応できなかった。
目を見開き、驚いたような表情で固まってしまう。
それを、兵長さんは、否定だと思ったようだった。
「悪い。忘れてくれ。
俺も了承して約束したことだ。今更やめたとは言わねぇ。ちゃんと守る。」
兵長さんは、スッと目を逸らして窓の外の方を向くと、早口で言う。
車窓に映る表情は、どこか寂しそうだ。
確かに、意味の分からないまま〝恋人〟とされてしまって嫌だったのは私で、隠してほしいと頼んだのも私だ。
でも、たぶん、一番驚いたのは、やっぱり公表したいと兵長さんがいきなり言ってきたことではない。
今までなら、真っ先に『違うのに』と思っていたはずなのに、まだ自分達のことを〝恋人〟だと呼んでいる兵長さんに嫌悪感を抱かなかったことだ。
別に、今日の兵長さんがとても優しかったからって、好きになったわけではない。
確かに、好意は抱いたかもしれない。
でもそれは、男性としてではない。
思っていたよりも良い人だった、と好感を持ったという方がしっくりくる。
でも、私の記憶に、ハンジさんとモブリットさんから聞いた話が蘇ってしまったのだ。
『慰労会をしようって話をしたときにさ、なまえを誘おうと言い出したのはリヴァイなんだよ。』
『兵長さんが?』
『俺達、調査兵が毎日、身体を壊さずに任務に励めるのはなまえのおかげなんだからってね。
恥ずかしながら、そう指摘されてハッとさせられたよ。
最初は、美味しい料理が出てくることを有難く思っていたのに、最近では、毎日のことになっていたから。』
『それこそ、なまえが私達の為に努力して、命を守ってくれてるということなのにね。
私達からも改めてお礼を言わせてくれ。
毎日、私達の為に、美味しくて栄養のある料理を作ってくれて、本当にありがとう。』
ハンジさんとモブリットさんに頭を下げられるなんて、想像もしていなかったから、その驚きで忘れていたのだ。
彼らにそうさせたのは、兵長さんだった。
きっと、あのとき、兵長さんだけが、私のことを認めてくれていた。
いつものように、今までのように、私のことなんか忘れ去られたまま、楽しい慰労会が開催されるはずだった夜、あの場所で私も一緒に笑っていられたのは、兵長さんのおかげだったのだ。
「そうですね。兵長さんの優しさに、甘えさせてもらおうかな。」
気づいたら、私は、自分でも思ってもいなかったはずのことを口にしていた。
私も、心の中では戸惑い、驚いていた。
でも、もっと驚いたのは、兵長さんの方だった。
「・・・・は?」
兵長さんは、私の方を向いて、ポカンと口を開ける。
その姿を私は、可愛い、なんて思ってしまう。
きっと、今日の私は、欲しいものをたくさん買えて、楽しくて、気が大きくなっていたのだ。
「今日、兵長さんが来てくださるまで、とても大変だったんです。
兵長さんが恋人だって言ってしまえば、もう二度とそういうことがないのなら、
お願いしようかなって。」
漸く、理解をしたのか兵長さんが、目を見開く。
そして、すぐにまた目を逸らされてしまった。
「あぁ、俺は構わねぇ。」
さっきもそうしていたように、窓の外の方を向いて、素っ気なく言う。
でも、嬉しそうに緩んでいる口元を、車窓が隠してはくれなかった。
「今日は、いい日だった。」
ふ、と兵長さんが、窓の外を見たままで言う。
赤い夕陽が、彼の整った横顔を照らしている。
「私の買い物に付き合わされただけなのにですか?」
卑屈になっていたわけではなく、純粋に、不思議に思ったのだ。
でも、車窓に映る兵長さんの表情は、まだ嬉しそうに口元が緩んでる。
「初めて、なまえの為になれた。」
車窓に映る兵長さんの目元まで、嬉しそうに緩んでいるように見えた。
ありがとうございます———そう伝えたときに、少し驚いたような表情を見せた兵長さんを思い出す。
もしかしたら、あのとき、兵長さんは、私に初めて心から感謝をされたことが分かったのかもしれない。
でもそれが、こんなにも兵長さんを喜ばせることだったなんて———。
顔を見られたくない様子の兵長さんだけれど、相変わらず、口の軽い車窓が、その心をすべて喋ってしまっていた。