Q10.優しいお手伝いをしてくれるのですか?
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「どうかしたのか。」
サンプル用の茶葉が入った小さな木箱を片手に1箱ずつ持って、悩んでいると、隣から兵長さんに声をかけられた。
私が持っている木箱の表面にある効能の欄に、どちらも、より良い睡眠を得られるというような記載がある
日々、厳しい訓練に堪えている調査兵達は、身体を酷使している間にも書類仕事も行っている。
その為、普段は夜になると、疲れた身体を癒すためにぐっすりと眠る調査兵も多いが、それが壁外調査前になると状況は一変する。
調査兵達は、期待と不安、恐怖で眠れなくなってしまうのだ。
その結果、彼らは、なんとか眠りに入りやすくなるものはないかと、最後の頼みの綱とばかりに、私の元へやってくるようになる。
そんなとき、彼らにそっと出せる美味しい紅茶があれば———そう思ったのだ。
今、私が悩んでいる茶葉は、どちらも眠れない夜におすすめだと謳っている。
値段も変わらない。
違いは香りと味で、ひとつは甘さが強く、もうひとつはサッパリとした舌触りなのだそうだ。
「貸してみろ。」
兵長さんに言われて、サンプル用の木箱を渡す。
まずは木箱に書かれている効能を確認した兵長さんは、その後、香りをかいだり、値段を確認したりしていた。
そして、少し考えた後に、木箱をどちらも棚に戻してしまった。
気に入らなかったのかと思ったら、違ったらしい。
どうやら、どちらを買うのか決めたようだ。
兵長さんは、私の持っている買い物かごを取り上げると、その中に、ガラス瓶を2つ入れた。
私が悩んでいた紅茶の入ったガラス瓶だ。
「どちらも買うんですか?でもそうすると、予算にも限りがありますし、
他にも必要な効能の茶葉を買いたいと思っているので。」
「お前なら、助けを求めに来た調査兵にどちらの香りが必要か、その場で判断できるだろ。」
「え、」
「そうやって、壁外調査で寝不足の身体が動かせずに死ぬかもしれなかった調査兵を助けてやってくれ。
この紅茶の代金だけで、調査兵の命が救われる可能性が上がるんだ。
安いもんだと、エルヴィンも判断する。」
兵長さんはそう言うと、慣れた手つきで買い物かごを腕にかけたまま、さっさと、違うコーナーへと行ってしまった。
もしかして、兵長さんは、私がいつ、この紅茶を調査兵達に飲ませてあげたかったのかを、効能を読んだだけで気づいたのだろうか。
驚いた。
「なまえ、こっちに来い。」
ボーッとしていると、兵長さんに呼ばれた。
返事をして、小走りで駆け寄ると、彼は、片手にサンプル用の木箱を持っていた。
「かいでみろ。」
「これをですか?」
そう言いながら、彼の持っている木箱に鼻を近づけ、手で仰ぐようにして香りを確認する。
爽やかな緑の風のような香りだった。
とても優しい味がするのだろうなと想像させられる。
「いい香りですね。」
素直に感想を伝えると、兵長さんに「違ぇ。」と否定された。
何が違うのかと不思議に思ってすぐに、彼がその答えを教えてくれる。
「これは、エルヴィンの匂いだ。」
「・・・・へ?」
「この香りをかげば、たるんでるクソ野郎も少しは気が張るはずだ。
よし、これは決定だ。」
いいものが見つかった———と満足気にしながら、兵長さんはガラス瓶を買い物かごの中に入れて、またすたすたとどこかへ行ってしまう。
追いかけようとして、すぐに思い直した私は、エルヴィン団長の香りがするという紅茶の効能をチェックすることにした。
【自律神経に作用し、体調を整えます。
身体が重たいとき、やる気がおきないときにおすすめ】
ミラクルが起きた。
確かに、兵長さんが期待している効果は望めそうだ。
そんなことを考えていたら、兵長さんにまた呼ばれた。
今度は、誰の香りのする茶葉を見つけたのだろうか———そう思いながら彼の元へ小走りで駆け寄ると、思いもよらぬ相談をされた。
「果物の香りってのは、こういうことか?」
兵長さんはそう言って、木箱を持っている手を私の顔の前にずいっと出した。
その木箱の表面には、確かに【フルーティーな香りと味が特徴】だと書いてある。
香りをかいでも、確かに甘い香りがして、とても美味しそうだ。
「フルーティーないい香りですね。」
「これにも似たようなことが書いてある。
本物のフルーティーってのはどれか教えてくれ。」
「本物の…フルーティー…?」
柑橘系や甘い果実の種類の違いはあれど、フルーティーな香りに、偽物も本物もない気がする。
この人は何を言っているのだろうか。
首を傾げていると、今度はもっと意味の分からないことを彼が言い出した。
「ナナバの香りが知りたい。」
「バナナ?」
「ナナバ。」
「バナナの香りですか?」
「お前の耳はどうなってんだ。ナナバの香りだ。」
「ナナバさんの、香り…ですか…?」
「フルーティーらしい。」
「はぁ…。」
不思議なことを訊かれた私は、渇いた空気を吐くしかなかった。
兵長さんに、ふざけている様子はなく、むしろひどく真面目な様子で、フルーティーな香りと記載のある木箱を手あたり次第にかぎ始めた。
仕方なく、私も幾つかの木箱を見繕って、ナナバさんの香りを探すことにする。
いくつも並ぶサンプル用の茶葉の中からナナバさんの香りを、真剣に探す姿が、あまりに頭が悪そうで、なんだか不憫になってきたのだ。
「ナナバさんの香りはよくわかりませんけど、彼女のイメージなら
このあたりじゃないですかね。」
私がそう言って、手に取ったのは、柑橘系だけれど甘さもある香りの茶葉だった。
効能は、リラックス効果とある。
凛々しい人だけれど、柔らかい物腰で、話している相手の心を穏やかにしてくれるナナバさんらしいと思ったのだ。
「よし、ならそれも買うぞ。」
「ナナバさんへのプレゼントですか?」
早速、ガラス瓶を買い物かごの中に入れている兵長さんに訊ねると、変なものを見るような目で見られてしまった。
「え、違うんですか?
わざわざ、ナナバさんの香りを探してるから、そうなのかと思いました。」
「これはミケ専用だ。」
「ミケさん?」
「あぁ。これがあれば、アイツがクソみてぇにためた書類仕事のせいで
体調を崩す不憫な部下がだいぶ減る。」
「ナナバさんの香りで、ですか?」
「アイツは、ナナバには頭が上がらねぇ。」
「なるほど。」
思わず納得して、頷いてしまった。
私は、知識があるばかりに、効能や栄養ばかりを参考にしていた。
でも、そういう考え方があるのか———と、ハッとさせられたのだ。
香りというのは、人間の心や記憶に作用するものだということはよく知られている。
だからこそ、仲間や大切な人を思い出させる香りのする紅茶が、調査兵達の心に何かを届けたとしても、不思議ではない。
そしてそれは、とても優しくて、温かい考え方だと思ったのだ。
「兵長さんは、優しいんですね。」
思わず言葉が出てしまった。
兵長さんはまた、私を、変なものを見るような目で見た。
でも、歪んだ眉も、ほんの少しだけ染まった頬も、照れ臭そうにしているように見えたのだ。
サンプル用の茶葉が入った小さな木箱を片手に1箱ずつ持って、悩んでいると、隣から兵長さんに声をかけられた。
私が持っている木箱の表面にある効能の欄に、どちらも、より良い睡眠を得られるというような記載がある
日々、厳しい訓練に堪えている調査兵達は、身体を酷使している間にも書類仕事も行っている。
その為、普段は夜になると、疲れた身体を癒すためにぐっすりと眠る調査兵も多いが、それが壁外調査前になると状況は一変する。
調査兵達は、期待と不安、恐怖で眠れなくなってしまうのだ。
その結果、彼らは、なんとか眠りに入りやすくなるものはないかと、最後の頼みの綱とばかりに、私の元へやってくるようになる。
そんなとき、彼らにそっと出せる美味しい紅茶があれば———そう思ったのだ。
今、私が悩んでいる茶葉は、どちらも眠れない夜におすすめだと謳っている。
値段も変わらない。
違いは香りと味で、ひとつは甘さが強く、もうひとつはサッパリとした舌触りなのだそうだ。
「貸してみろ。」
兵長さんに言われて、サンプル用の木箱を渡す。
まずは木箱に書かれている効能を確認した兵長さんは、その後、香りをかいだり、値段を確認したりしていた。
そして、少し考えた後に、木箱をどちらも棚に戻してしまった。
気に入らなかったのかと思ったら、違ったらしい。
どうやら、どちらを買うのか決めたようだ。
兵長さんは、私の持っている買い物かごを取り上げると、その中に、ガラス瓶を2つ入れた。
私が悩んでいた紅茶の入ったガラス瓶だ。
「どちらも買うんですか?でもそうすると、予算にも限りがありますし、
他にも必要な効能の茶葉を買いたいと思っているので。」
「お前なら、助けを求めに来た調査兵にどちらの香りが必要か、その場で判断できるだろ。」
「え、」
「そうやって、壁外調査で寝不足の身体が動かせずに死ぬかもしれなかった調査兵を助けてやってくれ。
この紅茶の代金だけで、調査兵の命が救われる可能性が上がるんだ。
安いもんだと、エルヴィンも判断する。」
兵長さんはそう言うと、慣れた手つきで買い物かごを腕にかけたまま、さっさと、違うコーナーへと行ってしまった。
もしかして、兵長さんは、私がいつ、この紅茶を調査兵達に飲ませてあげたかったのかを、効能を読んだだけで気づいたのだろうか。
驚いた。
「なまえ、こっちに来い。」
ボーッとしていると、兵長さんに呼ばれた。
返事をして、小走りで駆け寄ると、彼は、片手にサンプル用の木箱を持っていた。
「かいでみろ。」
「これをですか?」
そう言いながら、彼の持っている木箱に鼻を近づけ、手で仰ぐようにして香りを確認する。
爽やかな緑の風のような香りだった。
とても優しい味がするのだろうなと想像させられる。
「いい香りですね。」
素直に感想を伝えると、兵長さんに「違ぇ。」と否定された。
何が違うのかと不思議に思ってすぐに、彼がその答えを教えてくれる。
「これは、エルヴィンの匂いだ。」
「・・・・へ?」
「この香りをかげば、たるんでるクソ野郎も少しは気が張るはずだ。
よし、これは決定だ。」
いいものが見つかった———と満足気にしながら、兵長さんはガラス瓶を買い物かごの中に入れて、またすたすたとどこかへ行ってしまう。
追いかけようとして、すぐに思い直した私は、エルヴィン団長の香りがするという紅茶の効能をチェックすることにした。
【自律神経に作用し、体調を整えます。
身体が重たいとき、やる気がおきないときにおすすめ】
ミラクルが起きた。
確かに、兵長さんが期待している効果は望めそうだ。
そんなことを考えていたら、兵長さんにまた呼ばれた。
今度は、誰の香りのする茶葉を見つけたのだろうか———そう思いながら彼の元へ小走りで駆け寄ると、思いもよらぬ相談をされた。
「果物の香りってのは、こういうことか?」
兵長さんはそう言って、木箱を持っている手を私の顔の前にずいっと出した。
その木箱の表面には、確かに【フルーティーな香りと味が特徴】だと書いてある。
香りをかいでも、確かに甘い香りがして、とても美味しそうだ。
「フルーティーないい香りですね。」
「これにも似たようなことが書いてある。
本物のフルーティーってのはどれか教えてくれ。」
「本物の…フルーティー…?」
柑橘系や甘い果実の種類の違いはあれど、フルーティーな香りに、偽物も本物もない気がする。
この人は何を言っているのだろうか。
首を傾げていると、今度はもっと意味の分からないことを彼が言い出した。
「ナナバの香りが知りたい。」
「バナナ?」
「ナナバ。」
「バナナの香りですか?」
「お前の耳はどうなってんだ。ナナバの香りだ。」
「ナナバさんの、香り…ですか…?」
「フルーティーらしい。」
「はぁ…。」
不思議なことを訊かれた私は、渇いた空気を吐くしかなかった。
兵長さんに、ふざけている様子はなく、むしろひどく真面目な様子で、フルーティーな香りと記載のある木箱を手あたり次第にかぎ始めた。
仕方なく、私も幾つかの木箱を見繕って、ナナバさんの香りを探すことにする。
いくつも並ぶサンプル用の茶葉の中からナナバさんの香りを、真剣に探す姿が、あまりに頭が悪そうで、なんだか不憫になってきたのだ。
「ナナバさんの香りはよくわかりませんけど、彼女のイメージなら
このあたりじゃないですかね。」
私がそう言って、手に取ったのは、柑橘系だけれど甘さもある香りの茶葉だった。
効能は、リラックス効果とある。
凛々しい人だけれど、柔らかい物腰で、話している相手の心を穏やかにしてくれるナナバさんらしいと思ったのだ。
「よし、ならそれも買うぞ。」
「ナナバさんへのプレゼントですか?」
早速、ガラス瓶を買い物かごの中に入れている兵長さんに訊ねると、変なものを見るような目で見られてしまった。
「え、違うんですか?
わざわざ、ナナバさんの香りを探してるから、そうなのかと思いました。」
「これはミケ専用だ。」
「ミケさん?」
「あぁ。これがあれば、アイツがクソみてぇにためた書類仕事のせいで
体調を崩す不憫な部下がだいぶ減る。」
「ナナバさんの香りで、ですか?」
「アイツは、ナナバには頭が上がらねぇ。」
「なるほど。」
思わず納得して、頷いてしまった。
私は、知識があるばかりに、効能や栄養ばかりを参考にしていた。
でも、そういう考え方があるのか———と、ハッとさせられたのだ。
香りというのは、人間の心や記憶に作用するものだということはよく知られている。
だからこそ、仲間や大切な人を思い出させる香りのする紅茶が、調査兵達の心に何かを届けたとしても、不思議ではない。
そしてそれは、とても優しくて、温かい考え方だと思ったのだ。
「兵長さんは、優しいんですね。」
思わず言葉が出てしまった。
兵長さんはまた、私を、変なものを見るような目で見た。
でも、歪んだ眉も、ほんの少しだけ染まった頬も、照れ臭そうにしているように見えたのだ。