食堂は、シン———と静まり返っていた。
たぶん、想像の斜め上を飛んで行った兵長さんの宣言が、ゲルガーさんの脳みそのキャパシティーを軽々と超えたのだと思う。
要するに、パニックになりすぎて、思考停止というやつだ。
それでも、ゲルガーさんは、なんとか声を絞り出した。

「え…えっと、あの…？今、何て…？」
「俺はなまえの恋人だと・・・っんぐ。」

慌てて兵長さんの口を両手で塞いだら、とても似合わない音が薄い唇から漏れた。
怒りに満ちた三白眼が、ギロリと動いて、隣に立って彼の唇を塞ぐ私をとらえた。
まさか、自分が、人類最強の兵士の口を塞ぐようなことになるとは想像もしていなかった。
でも、私と兵長さんが恋人同士だなんて、ありえない噂が調査兵団の兵舎に広がるのは、なんとしてでも避けたかったのだ。

「じょ、冗談なんですよ！！ジョーク！！
　人類最強ジョーク！！ね！！兵長さん！！ね！？！」

兵長さんの薄い唇を、両手でぐいぐいと押しながら、私は、大きくも小さくもない何の変哲もない自分の目に力を込めた。

コク、コク———。

少し間をあけて、私に口を塞がれている兵長さんが、二度頷いた。
私の願いが届いたらしい。
空気を読めない発言ばかりが目立った兵長さんだったけれど、必死になれば分かってくれるようで、とりあえずは、ホッと胸を撫でおろす。

「あ・・・、あぁ～…！なんだ、そうか！そうか！！　
　うっわぁーー！！ビビッたぜっ！
　兵長はまだアイツのこと引きずってますもんね。」

ゲルガーさんが、耳のあたりを掻きながら、ホッとしたように言う。
誤魔化しが下手すぎる唐突の人類最強ジョークを信じてくれるようなバカな———素直な人で、本当によかった。

「おい、もういいだろ。放しやがれ。」
「あ！は、はい…っ、すみません…っ。」

兵長さんに手首を掴まれて、強引に引きはがされた。
慌てて謝ったけれど、兵長さんは、私の方をチラリとも見ないままでゲルガーさんに話しかけた。

「分かったら、さっさと行け。
　俺は今から、コイツと大切な話がある。」
「あ～、仕事の話っすね。分かりました！
　じゃあな、なまえ！今夜も美味い夕飯、楽しみにしてるぜ！」

ゲルガーさんが、白い歯をキラリと光らせてから、食堂から出ていく。
爽やかな背中を見送る私の背中には、隣から感じる鬼のような視線に怯えて震える冷や汗が流れていた。