29.引越し先
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参考書や問題集が山積みの見慣れたデスクに忙しそうな講師陣、そして、にぎやかな学生達の声。
週末を合わせて3日休んだだけなのだけれど、やっと帰って来られたと嬉しく思う。
塾の職員室にいるとなんだかとても心が落ち着くのだ。
「名前先生、お大事にね!」
「もう熱出すんじゃねぇぞ〜。」
授業も終わり、今日行ったテストの採点をしようとしていたところで、生徒の声がして顔を上げる。
帰り際に、数名の生徒達が、わざわざ職員室に顔を出して、声をかけてくれたようだ。
塾に勤務するようになって、体調不良で休むのは初めてだった。
きっと、生徒にも迷惑とともに心配もかけてしまっていたのだろう。
「うん、ありがとう!今日はチャチャっと採点して早く帰って寝るよ〜。」
「おう!ついでにおれのテストは100点にしといてくれ!」
適当なことを言っているウソップは適当に聞き流す。
生徒達が楽しそうに笑う姿をみるのが、私は好きだ。
やっぱり私は、教師という仕事が大好きなんだと実感する瞬間だ。
今日も騒がしく帰ろうとしていたルフィ達は、廊下の途中でエースを見つけてお喋りを始めたらしい。
採点を再開させた私の耳にも、エースを慕うルフィの嬉しそうな声が聞こえる。
家族に恵まれていないーーー失礼だろうが、それがエースの最初の印象だった。
けれど、たまに見るルフィと話すエースの表情はとても穏やかで、彼にも心の落ち着く家族がいたのだと嬉しい気持ちにもなった。
「半分、貸せよ。」
採点をしている途中に、視線の端に無骨な手のひらが現れた。
顔を上げると、仏頂面のエースが「ん。」と小さく音を出しながら、私に無骨な手を押し付けるように差し出してくる。
「いいよ。全部自分でできるから。
それより、私の代わりにプリント作成とか疲れたでしょ。
今日はもう終わって、早めに帰って休んでよ。」
「チャチャっと採点終わらせて帰んだろ。
だったら、おれに半分貸せ。
どうせ、お前が帰らねぇとおれも帰れねぇし。」
補佐が塾講師よりも先に帰ってはいけない、なんてルールはないのだけれどーーーそう思ったけれど、ここはエースの好意に甘えることにした。
このまま頑なに断り続けても、エースの機嫌を悪くするだけのような気もしたし、彼の好意を無碍にも出来ない。それに、正直、病み上がりで残業は出来るだけ避けたい。
礼を言ってテストプリントを渡し、私達は無言で採点に取り掛かった。
簡単なテストの採点とは言え、数も多く、生徒達が一生懸命頑張った証に真剣に向き合えば、それなりに時間はかかる。
しばらく経ったころ、私とエースはほとんど同時に採点を終わらせた。
採点ミスがないか、お互いの採点済みプリントを交換してチェックをしたが、特に問題もない。
「ありがとう、助かったよ。」
エースから採点済みのプリントを受け取り、礼を言う。
想定よりも早く帰れそうだ。
デスクの上を軽く片付けて、帰宅準備をしていると、隣でゴソゴソと動くエースの足元に大きな荷物が置いてあることに気がついた。
嫌、本当は今朝からずっと気になっていた。
いつものリュックの隣に旅行用の大きなキャリーケースが置いてある。
明日も平日だし、彼から長期連休を取るという話も聞いていない。大学や塾のバイトもあるのなら、これから旅行にいくというわけでもないのだろう。
「その荷物、どうしたの?どこかにいくの?」
思い切って聞いてみた。
リュックの中に、明日の授業内容に関わる参考書を詰め込んでいたエースが顔を上げた。
「あ〜……、引っ越し?」
「あ、そうなんだ。今日、引っ越すの?」
「まぁ。その予定。」
曖昧な返事だ。
なぜ語尾が疑問系になったのかはわからないけれど、どうやら今日が引っ越し予定日らしい。
引っ越しの荷物だとすると、旅行用のキャリーケースというのは小さく思える。
とりあえず、すぐに必要なものだけ持ってエースは新居へ向い、家具家電などの大きなものは週末に移動させるということなのだろう。もしくは、大きな荷物は引っ越しサービスにお願いしているのかもしれない。
帰宅準備が終わるのも同時だった私とエースは、自然な流れで駅まで一緒に歩いて向かった。
病み上がりだから迎えにいくと言っていたイゾウは、トラブルが起きて来れなくなったらしい。
エースのことを心配してくれているのだろうけれど、結局、結婚していないこともバレてしまったし、このまま迎えは無しにしてもらおうと思っている。
たくさん迷惑をかけたイゾウにこれ以上の負担はかけられない。
「新居はどんなところなの?」
塾を出て駅へ向かう途中、私は何気なく質問した。
隣を歩いている沈黙が気まずかったし、適当な話題だと思ったのだ。
けれど、エースはじっと私を見るばかりで、口を開く様子はない。
もしかしたら、聞かれたくないことだったのかもしれない。
「いや!別に特定して押しかけようなんて
怖いこと考えてるわけじゃないよ!?
イマドキの大学生はどんな新居を選ぶのかなーと思っただけだよ!」
嘘ではない。本心だ。
けれど、慌てて早口で捲し立てたせいで、余計に言い訳みたいに聞こえてしまった。
エースはじとっとした目で私を見た後、思案するように首を少しだけ捻った。
「あ~…、使い勝手の良い部屋、だな。」
少し間を開けて、エースが言う。
私の質問に答えてくれた。事務的なこと以外で、私と会話をしようとしてくれている、ということだ。
それが嬉しくて、ホッとして、私からは思わず笑みがこぼれる。
「そっか!そういうの大事だよね!!
そっか、そっか~。良い部屋が見つかってよかったね!」
「まぁ・・・。そうだな。」
「でも、どうして、急に引っ越すことにしたの?
塾でバイトし始めたとは言っても、引っ越しってお金かかるでしょう?」
また、ふと疑問に思ったことを訊ねてから、プライベートに踏み込み過ぎてしまったかもしれないと後悔した。
けれど、私の心配をよそにエースは普段通りの表情で返事を続けた。
「俺に本命の彼女が出来たって騒いだ女達が
毎日家に押し掛けて喚いで、近所迷惑になりだしたから避難のため。」
「・・・・そっか。なんか…、大変そうだね。
モテたことないから、私には未知の世界だぁ~。」
想像の斜め上を行く引っ越しの理由に、私は反応に困ってしまう。
この前の夢の国で、エースには女友達が多いことを知った。
女友達というよりも、彼女達と恋人ごっこのようなことをして遊んでいたような雰囲気だったのを思い出した。
週末を合わせて3日休んだだけなのだけれど、やっと帰って来られたと嬉しく思う。
塾の職員室にいるとなんだかとても心が落ち着くのだ。
「名前先生、お大事にね!」
「もう熱出すんじゃねぇぞ〜。」
授業も終わり、今日行ったテストの採点をしようとしていたところで、生徒の声がして顔を上げる。
帰り際に、数名の生徒達が、わざわざ職員室に顔を出して、声をかけてくれたようだ。
塾に勤務するようになって、体調不良で休むのは初めてだった。
きっと、生徒にも迷惑とともに心配もかけてしまっていたのだろう。
「うん、ありがとう!今日はチャチャっと採点して早く帰って寝るよ〜。」
「おう!ついでにおれのテストは100点にしといてくれ!」
適当なことを言っているウソップは適当に聞き流す。
生徒達が楽しそうに笑う姿をみるのが、私は好きだ。
やっぱり私は、教師という仕事が大好きなんだと実感する瞬間だ。
今日も騒がしく帰ろうとしていたルフィ達は、廊下の途中でエースを見つけてお喋りを始めたらしい。
採点を再開させた私の耳にも、エースを慕うルフィの嬉しそうな声が聞こえる。
家族に恵まれていないーーー失礼だろうが、それがエースの最初の印象だった。
けれど、たまに見るルフィと話すエースの表情はとても穏やかで、彼にも心の落ち着く家族がいたのだと嬉しい気持ちにもなった。
「半分、貸せよ。」
採点をしている途中に、視線の端に無骨な手のひらが現れた。
顔を上げると、仏頂面のエースが「ん。」と小さく音を出しながら、私に無骨な手を押し付けるように差し出してくる。
「いいよ。全部自分でできるから。
それより、私の代わりにプリント作成とか疲れたでしょ。
今日はもう終わって、早めに帰って休んでよ。」
「チャチャっと採点終わらせて帰んだろ。
だったら、おれに半分貸せ。
どうせ、お前が帰らねぇとおれも帰れねぇし。」
補佐が塾講師よりも先に帰ってはいけない、なんてルールはないのだけれどーーーそう思ったけれど、ここはエースの好意に甘えることにした。
このまま頑なに断り続けても、エースの機嫌を悪くするだけのような気もしたし、彼の好意を無碍にも出来ない。それに、正直、病み上がりで残業は出来るだけ避けたい。
礼を言ってテストプリントを渡し、私達は無言で採点に取り掛かった。
簡単なテストの採点とは言え、数も多く、生徒達が一生懸命頑張った証に真剣に向き合えば、それなりに時間はかかる。
しばらく経ったころ、私とエースはほとんど同時に採点を終わらせた。
採点ミスがないか、お互いの採点済みプリントを交換してチェックをしたが、特に問題もない。
「ありがとう、助かったよ。」
エースから採点済みのプリントを受け取り、礼を言う。
想定よりも早く帰れそうだ。
デスクの上を軽く片付けて、帰宅準備をしていると、隣でゴソゴソと動くエースの足元に大きな荷物が置いてあることに気がついた。
嫌、本当は今朝からずっと気になっていた。
いつものリュックの隣に旅行用の大きなキャリーケースが置いてある。
明日も平日だし、彼から長期連休を取るという話も聞いていない。大学や塾のバイトもあるのなら、これから旅行にいくというわけでもないのだろう。
「その荷物、どうしたの?どこかにいくの?」
思い切って聞いてみた。
リュックの中に、明日の授業内容に関わる参考書を詰め込んでいたエースが顔を上げた。
「あ〜……、引っ越し?」
「あ、そうなんだ。今日、引っ越すの?」
「まぁ。その予定。」
曖昧な返事だ。
なぜ語尾が疑問系になったのかはわからないけれど、どうやら今日が引っ越し予定日らしい。
引っ越しの荷物だとすると、旅行用のキャリーケースというのは小さく思える。
とりあえず、すぐに必要なものだけ持ってエースは新居へ向い、家具家電などの大きなものは週末に移動させるということなのだろう。もしくは、大きな荷物は引っ越しサービスにお願いしているのかもしれない。
帰宅準備が終わるのも同時だった私とエースは、自然な流れで駅まで一緒に歩いて向かった。
病み上がりだから迎えにいくと言っていたイゾウは、トラブルが起きて来れなくなったらしい。
エースのことを心配してくれているのだろうけれど、結局、結婚していないこともバレてしまったし、このまま迎えは無しにしてもらおうと思っている。
たくさん迷惑をかけたイゾウにこれ以上の負担はかけられない。
「新居はどんなところなの?」
塾を出て駅へ向かう途中、私は何気なく質問した。
隣を歩いている沈黙が気まずかったし、適当な話題だと思ったのだ。
けれど、エースはじっと私を見るばかりで、口を開く様子はない。
もしかしたら、聞かれたくないことだったのかもしれない。
「いや!別に特定して押しかけようなんて
怖いこと考えてるわけじゃないよ!?
イマドキの大学生はどんな新居を選ぶのかなーと思っただけだよ!」
嘘ではない。本心だ。
けれど、慌てて早口で捲し立てたせいで、余計に言い訳みたいに聞こえてしまった。
エースはじとっとした目で私を見た後、思案するように首を少しだけ捻った。
「あ~…、使い勝手の良い部屋、だな。」
少し間を開けて、エースが言う。
私の質問に答えてくれた。事務的なこと以外で、私と会話をしようとしてくれている、ということだ。
それが嬉しくて、ホッとして、私からは思わず笑みがこぼれる。
「そっか!そういうの大事だよね!!
そっか、そっか~。良い部屋が見つかってよかったね!」
「まぁ・・・。そうだな。」
「でも、どうして、急に引っ越すことにしたの?
塾でバイトし始めたとは言っても、引っ越しってお金かかるでしょう?」
また、ふと疑問に思ったことを訊ねてから、プライベートに踏み込み過ぎてしまったかもしれないと後悔した。
けれど、私の心配をよそにエースは普段通りの表情で返事を続けた。
「俺に本命の彼女が出来たって騒いだ女達が
毎日家に押し掛けて喚いで、近所迷惑になりだしたから避難のため。」
「・・・・そっか。なんか…、大変そうだね。
モテたことないから、私には未知の世界だぁ~。」
想像の斜め上を行く引っ越しの理由に、私は反応に困ってしまう。
この前の夢の国で、エースには女友達が多いことを知った。
女友達というよりも、彼女達と恋人ごっこのようなことをして遊んでいたような雰囲気だったのを思い出した。