28.病み上がりに君の声
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≪——で?熱は下がったのかよ。≫
朝食に使ったジャムを冷蔵庫に片付けて戻って来たところで、リビングテーブルに置きっぱなしにしてあるスマホから、エースの面倒くさそうな声が聞こえて来た。
今朝早く、私の出勤時間に間に合うように電話をかけてきたのはエースだった。
実は少しだけ寝坊をしてしまっていた私は、スマホをスピーカーマイクにして、慌ただしく出勤の準備をしながら応答している。
バタバタと忙しなく動き回る音が聞こえているのか、私の返事が数テンポ遅れてもエースが気にしている様子はない。
前にも似たようなことがあった気がして、必死に記憶を辿っているのだけれど、全然思い出せないのだ。
エースとのことはなんでも覚えているつもりだった。でも、そうではなかった。
時間が忘れさせてくれる———というのは、こういうことなのかもしれない。
私と彼の間にあった嬉しいことも悲しいことも、全てはいつか記憶から消えていくのだと思い知る。
(それが一番いいんだよね。)
自分に言い聞かせて、リビングテーブルに向かって適当に腰をおろした。
用意してあったポーチから化粧下地とファンデーション、アイブロウ、自立可の手鏡を取り出す。
普段なら薄いアイシャドウを入れるくらいのナチュラルメイクはするのだけれど、寝坊ギリギリで時間がないのだ。仕方がない。
寝室のドレッサーに座るのも面倒だし、これくらいならリビングで簡単に済ませられる。むしろ、楽で良い。
「うん、さっき計ったら平熱に戻ってたよ。」
≪ならいいけど。≫
日曜に熱を出して、エースが看病をしてくれたのは月曜の朝までだ。
エースが病院に連れて行ってくれたおかげで、薬も飲めたし、充分休むことも出来た。
月曜にはまだ熱は下がってはいなかったものの身体はだいぶ楽になっていた。
その日は泊って行ったエースも、私がなんとか1人でも大丈夫そうだと分かると、朝のうちに自宅に戻った。大学へもしっかり出かけたようだ。
私は塾を休むしかなかったけれど、それも仕方のないことだ。勉強を頑張っている子達に、浮かれて元カレと遊んだ挙句にひいてしまった情けない風邪をうつすわけにはいかない。
月曜の朝にシャンクスさんに電話をすると、既に前日のうちにエースからも連絡が来ていて、授業はヤソップさん達がうまく回すように手配しているから心配しなくていいと言われて驚いた。
その後、夜にはベンさんから子供達の様子の報告と共に、エースが頑張ってくれていたことを知らされた。夜遅くまで塾に残ったエースは、私の代わりに、作成途中だったままの学習プリントや資料を完成させてくれたらしい。
≪・・・あんま無理すんなよ。≫
ぶっきらぼうな言い方の向こう側から、エースの優しさが届く。
化粧下地を念入りに伸ばしていた手が、思わず止まった。
ほんの一瞬、何かを思い出した気がした。けれど、それは記憶の一歩手前で消えてしまって、結局、何だったのかは分からない。
「エースがいるから、無理しないで頑張れてるよ。
いつも、ありがとう。」
考えて出て来たようなセリフだけれど、実際には自分でも驚いたくらいに、気付いたら零れていた。
けれど、それを口にしたその瞬間に、ふっと心に刺さっていた棘が抜けたような———不思議な感覚に襲われる。
よく分からないけれど、なぜだかとてもほっとした。
「は……っ!?べ、別に…っ!アンタが休んだら
俺に迷惑かかるから言ってるだけだし!!
っんだよ、気持ち悪ぃ。」
驚いたような、怒ったようなエースの声が返って来た。
想像通りの反応だった。
鏡の向こうの私は、少し嬉しそうに口元を緩めていた。
朝食に使ったジャムを冷蔵庫に片付けて戻って来たところで、リビングテーブルに置きっぱなしにしてあるスマホから、エースの面倒くさそうな声が聞こえて来た。
今朝早く、私の出勤時間に間に合うように電話をかけてきたのはエースだった。
実は少しだけ寝坊をしてしまっていた私は、スマホをスピーカーマイクにして、慌ただしく出勤の準備をしながら応答している。
バタバタと忙しなく動き回る音が聞こえているのか、私の返事が数テンポ遅れてもエースが気にしている様子はない。
前にも似たようなことがあった気がして、必死に記憶を辿っているのだけれど、全然思い出せないのだ。
エースとのことはなんでも覚えているつもりだった。でも、そうではなかった。
時間が忘れさせてくれる———というのは、こういうことなのかもしれない。
私と彼の間にあった嬉しいことも悲しいことも、全てはいつか記憶から消えていくのだと思い知る。
(それが一番いいんだよね。)
自分に言い聞かせて、リビングテーブルに向かって適当に腰をおろした。
用意してあったポーチから化粧下地とファンデーション、アイブロウ、自立可の手鏡を取り出す。
普段なら薄いアイシャドウを入れるくらいのナチュラルメイクはするのだけれど、寝坊ギリギリで時間がないのだ。仕方がない。
寝室のドレッサーに座るのも面倒だし、これくらいならリビングで簡単に済ませられる。むしろ、楽で良い。
「うん、さっき計ったら平熱に戻ってたよ。」
≪ならいいけど。≫
日曜に熱を出して、エースが看病をしてくれたのは月曜の朝までだ。
エースが病院に連れて行ってくれたおかげで、薬も飲めたし、充分休むことも出来た。
月曜にはまだ熱は下がってはいなかったものの身体はだいぶ楽になっていた。
その日は泊って行ったエースも、私がなんとか1人でも大丈夫そうだと分かると、朝のうちに自宅に戻った。大学へもしっかり出かけたようだ。
私は塾を休むしかなかったけれど、それも仕方のないことだ。勉強を頑張っている子達に、浮かれて元カレと遊んだ挙句にひいてしまった情けない風邪をうつすわけにはいかない。
月曜の朝にシャンクスさんに電話をすると、既に前日のうちにエースからも連絡が来ていて、授業はヤソップさん達がうまく回すように手配しているから心配しなくていいと言われて驚いた。
その後、夜にはベンさんから子供達の様子の報告と共に、エースが頑張ってくれていたことを知らされた。夜遅くまで塾に残ったエースは、私の代わりに、作成途中だったままの学習プリントや資料を完成させてくれたらしい。
≪・・・あんま無理すんなよ。≫
ぶっきらぼうな言い方の向こう側から、エースの優しさが届く。
化粧下地を念入りに伸ばしていた手が、思わず止まった。
ほんの一瞬、何かを思い出した気がした。けれど、それは記憶の一歩手前で消えてしまって、結局、何だったのかは分からない。
「エースがいるから、無理しないで頑張れてるよ。
いつも、ありがとう。」
考えて出て来たようなセリフだけれど、実際には自分でも驚いたくらいに、気付いたら零れていた。
けれど、それを口にしたその瞬間に、ふっと心に刺さっていた棘が抜けたような———不思議な感覚に襲われる。
よく分からないけれど、なぜだかとてもほっとした。
「は……っ!?べ、別に…っ!アンタが休んだら
俺に迷惑かかるから言ってるだけだし!!
っんだよ、気持ち悪ぃ。」
驚いたような、怒ったようなエースの声が返って来た。
想像通りの反応だった。
鏡の向こうの私は、少し嬉しそうに口元を緩めていた。