24.優しくて、残酷な言葉
Name change
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腹ごしらえも終わったエースは、漸く重たい腰を持ち上げ寝室へ向かう。
そろそろ、看病を任された責任を果たさなければ、ベイに文句を言われてしまいそうだ。
寝室は、1時間ほど前に寝室を出たときと変わらず、エースがつけておいた常夜灯の淡いオレンジ色の光に灯されただけで薄暗いままだった。
ベッドは、扉を開けてそのまま真っ直ぐ奥の窓際に寄せておいてある。
どうせ寝ているだろう————そう思いながら、寝室の扉を開いたエースは、ベッドの上に座ってぼんやりとしている名前を見つけて驚いた。
思わず悲鳴を上げそうになって、なんとか寸でのところで開きかけた口を結ぶ。
「起きてたのかよ。」
部屋の扉を閉めて、エースは平静を装いながら名前に声をかける。
扉から漏れていたリビングの光がなくなると、寝室はより一層、暗さを増した。
声をかけられた名前は、ゆっくりとエースの方を向くと不思議そうに首を傾げる。
その表情や仕草が普段よりもだいぶ幼くて、子供の頃の彼女はこんな感じだったのだろうかと、そんなことを考えた。
「エー…ス…?」
「アンタの親友から、熱が出たって連絡があったっきり
音沙汰なくなって心配だから見に行けって命令されたんだよ。
ったく、めんどくせぇー。」
「あぁ…、借り、返しに来たんだ。」
「は?」
「さっき…、言ってた、もん、ね。」
「———言ってねぇよ、バーカ。
まだ寝惚けてんのかよ。全然、会話が成り立たねぇ。」
よく見れば、名前の目は虚ろで表情もぼんやりとしていた。
面倒そうに目を逸らしため息を吐いたエースは、名前の両肩に手を添えると「寝ろ。」と素っ気なく言って、彼女をベッドの中へと押し込んだ。
そうすれば、案外とすんなりと名前は寝息を立て始める。
額に手を添えてみると、かなり熱い。
どういう意図で身体を起こしていたのかは不明だが、まだ熱も下がっていないのなら寝てもらっている方が助かる。
(…看病なんて、どうやるかも知らねぇのに。)
ベッドの縁に腰かけたエースは、苦しそうな寝息を続ける名前をぼんやりと眺める。
風邪を引いたのなんて、高校1年生のあの1度きりだ。
あの日、名前が看病をしてくれたことはなんとなく記憶にあるものの、熱で朦朧としていて、実際どんなことをしてもらったのかまではよく覚えていない。
サボの弟のステリーが熱を出した時に、彼の両親が大慌てて病院に駆け込んで『入院!入院よ!うちの可愛い坊ちゃんが死んだらどうするつもり!?』と騒いでいたのを思い出して、一応、病院には連れて行ったけれど、それからどうすればいいのか分からない。
「エー…ス…。」
ぼんやりとベッドの縁を眺めるだけだったエースは、不意に聞こえて来た自分の呼ぶ声に顔を上げた。
名前を呼んだ張本人の顔を見てみるものの、相変わらず苦し気な息遣いのままで眠っている。
寝言だったのだろう———そう判断したのは、さっきまで布団の中に入っていたはずの名前の右手が、力なくシーツの少し上を彷徨っていたからだ。
昔から変わらない、白くて細い華奢な手だ。
けれど、あの頃は、エースを強く導くそれは、凛として見えていた。
でも今、誰かを探すようなその仕草は、誰かに助けを求めているように弱弱しい。
ほんの一瞬だけ、握ってやろうとしたのだ。
そうすることで、苦し気な彼女の表情を和らげられるような気がした。
けれど、エースは、掛布団の端を握ると、逃げ出した我儘なその手にかけて隠す。
どうしても、名前に優しくしてやる勇気が持てないのだ。
そうすることで、最低な仕打ちをした名前を許すだけではなく、傷ついたあの頃の自分を裏切るような気がしていた。
それに、名前を許したら、自分のことも許さなければいけなくなる。
まんまと騙された馬鹿な自分を、許したくない———。
「ず・・・・、と。」
「あ?」
また、名前が何かを喋り出す。
こんなにも寝言を言うなんて、知らなかった。熱があるせいなのだろうか。
泣きそうな顔をして、一体、どんな夢を見ているのだろうか———。
そんなことを考えなければよかった。
「エー、スのそば…、いる…よ。
ひ、と・・なん・て、ぜった、しな…、ら。」
布団の中に戻したはずの手が、また誰かを探してシーツの上を彷徨いだす。
途切れ途切れに聞こえて来たその科白には、聞き覚えがあった。
『ずっとエースのそばにいるよ。
ひとりになんて、絶対にしないから。』
熱を出したエースが見せてしまった悲しい本音を、名前はそう言って受け入れてくれた。
さっきは、助けを求めているように見えていたその手の本当の目的は、違ったのだ。
その手が探しているのは、エースだった。
誰も自分を愛してくれていない———大人を諦めて、けれど人生は諦めきれずに、不安で怖くて仕方がなかった、あの頃のエースだ。
夢の中にいる名前は、あの頃の彼女のままなのだろうか。
「ひとりに…、したくせに。」
エースは、眉を顰めて唇を噛む。
本当は一度だけ———。
熱を出した病人の看病の仕方をサボに聞いたことがある。
お粥の作り方も覚えたし、身体は暖めた方がいいとか、汗をかくからこまめに着替えさせないとダメだとか、何も食べられなくてもスポーツドリンクくらいは飲ませるべきだとか———がらにもなくメモまでとって覚えた知識だ。
そういえば、名前が帰った後の冷蔵庫の中には、スポーツドリンクやアイス、ヨーグルトにプリンという熱があっても比較的食べやすそうなものが所狭しと並んでいたと思ったものだ。
使う機会なんてなかったから、もう忘れているはずだったのに、意外と覚えているらしい。
「全部、あの日のせいだ…。
あの日、アンタがあんなこと言うから…。」
————今さらになって熱を出した名前の華奢な手は、熱くて熱くて、火傷してしまいそうだった。
けれど、驚くほどに強く、力強く、エースの手を握りし返したのだ。
そろそろ、看病を任された責任を果たさなければ、ベイに文句を言われてしまいそうだ。
寝室は、1時間ほど前に寝室を出たときと変わらず、エースがつけておいた常夜灯の淡いオレンジ色の光に灯されただけで薄暗いままだった。
ベッドは、扉を開けてそのまま真っ直ぐ奥の窓際に寄せておいてある。
どうせ寝ているだろう————そう思いながら、寝室の扉を開いたエースは、ベッドの上に座ってぼんやりとしている名前を見つけて驚いた。
思わず悲鳴を上げそうになって、なんとか寸でのところで開きかけた口を結ぶ。
「起きてたのかよ。」
部屋の扉を閉めて、エースは平静を装いながら名前に声をかける。
扉から漏れていたリビングの光がなくなると、寝室はより一層、暗さを増した。
声をかけられた名前は、ゆっくりとエースの方を向くと不思議そうに首を傾げる。
その表情や仕草が普段よりもだいぶ幼くて、子供の頃の彼女はこんな感じだったのだろうかと、そんなことを考えた。
「エー…ス…?」
「アンタの親友から、熱が出たって連絡があったっきり
音沙汰なくなって心配だから見に行けって命令されたんだよ。
ったく、めんどくせぇー。」
「あぁ…、借り、返しに来たんだ。」
「は?」
「さっき…、言ってた、もん、ね。」
「———言ってねぇよ、バーカ。
まだ寝惚けてんのかよ。全然、会話が成り立たねぇ。」
よく見れば、名前の目は虚ろで表情もぼんやりとしていた。
面倒そうに目を逸らしため息を吐いたエースは、名前の両肩に手を添えると「寝ろ。」と素っ気なく言って、彼女をベッドの中へと押し込んだ。
そうすれば、案外とすんなりと名前は寝息を立て始める。
額に手を添えてみると、かなり熱い。
どういう意図で身体を起こしていたのかは不明だが、まだ熱も下がっていないのなら寝てもらっている方が助かる。
(…看病なんて、どうやるかも知らねぇのに。)
ベッドの縁に腰かけたエースは、苦しそうな寝息を続ける名前をぼんやりと眺める。
風邪を引いたのなんて、高校1年生のあの1度きりだ。
あの日、名前が看病をしてくれたことはなんとなく記憶にあるものの、熱で朦朧としていて、実際どんなことをしてもらったのかまではよく覚えていない。
サボの弟のステリーが熱を出した時に、彼の両親が大慌てて病院に駆け込んで『入院!入院よ!うちの可愛い坊ちゃんが死んだらどうするつもり!?』と騒いでいたのを思い出して、一応、病院には連れて行ったけれど、それからどうすればいいのか分からない。
「エー…ス…。」
ぼんやりとベッドの縁を眺めるだけだったエースは、不意に聞こえて来た自分の呼ぶ声に顔を上げた。
名前を呼んだ張本人の顔を見てみるものの、相変わらず苦し気な息遣いのままで眠っている。
寝言だったのだろう———そう判断したのは、さっきまで布団の中に入っていたはずの名前の右手が、力なくシーツの少し上を彷徨っていたからだ。
昔から変わらない、白くて細い華奢な手だ。
けれど、あの頃は、エースを強く導くそれは、凛として見えていた。
でも今、誰かを探すようなその仕草は、誰かに助けを求めているように弱弱しい。
ほんの一瞬だけ、握ってやろうとしたのだ。
そうすることで、苦し気な彼女の表情を和らげられるような気がした。
けれど、エースは、掛布団の端を握ると、逃げ出した我儘なその手にかけて隠す。
どうしても、名前に優しくしてやる勇気が持てないのだ。
そうすることで、最低な仕打ちをした名前を許すだけではなく、傷ついたあの頃の自分を裏切るような気がしていた。
それに、名前を許したら、自分のことも許さなければいけなくなる。
まんまと騙された馬鹿な自分を、許したくない———。
「ず・・・・、と。」
「あ?」
また、名前が何かを喋り出す。
こんなにも寝言を言うなんて、知らなかった。熱があるせいなのだろうか。
泣きそうな顔をして、一体、どんな夢を見ているのだろうか———。
そんなことを考えなければよかった。
「エー、スのそば…、いる…よ。
ひ、と・・なん・て、ぜった、しな…、ら。」
布団の中に戻したはずの手が、また誰かを探してシーツの上を彷徨いだす。
途切れ途切れに聞こえて来たその科白には、聞き覚えがあった。
『ずっとエースのそばにいるよ。
ひとりになんて、絶対にしないから。』
熱を出したエースが見せてしまった悲しい本音を、名前はそう言って受け入れてくれた。
さっきは、助けを求めているように見えていたその手の本当の目的は、違ったのだ。
その手が探しているのは、エースだった。
誰も自分を愛してくれていない———大人を諦めて、けれど人生は諦めきれずに、不安で怖くて仕方がなかった、あの頃のエースだ。
夢の中にいる名前は、あの頃の彼女のままなのだろうか。
「ひとりに…、したくせに。」
エースは、眉を顰めて唇を噛む。
本当は一度だけ———。
熱を出した病人の看病の仕方をサボに聞いたことがある。
お粥の作り方も覚えたし、身体は暖めた方がいいとか、汗をかくからこまめに着替えさせないとダメだとか、何も食べられなくてもスポーツドリンクくらいは飲ませるべきだとか———がらにもなくメモまでとって覚えた知識だ。
そういえば、名前が帰った後の冷蔵庫の中には、スポーツドリンクやアイス、ヨーグルトにプリンという熱があっても比較的食べやすそうなものが所狭しと並んでいたと思ったものだ。
使う機会なんてなかったから、もう忘れているはずだったのに、意外と覚えているらしい。
「全部、あの日のせいだ…。
あの日、アンタがあんなこと言うから…。」
————今さらになって熱を出した名前の華奢な手は、熱くて熱くて、火傷してしまいそうだった。
けれど、驚くほどに強く、力強く、エースの手を握りし返したのだ。