22.熱を出した日
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想像していた通り、冷蔵庫の中にはコーラの缶が2缶ある以外は何もなかった。 買ってきた食材を冷蔵庫の中に入れていると、ピピピッという機械音を聞いて、私はベッドへと急ぐ。 急ぐといっても、1Rの小さな部屋だ。すぐにベッドに辿り着いた私は、横になった格好で熱を計っていたエースから、体温計を受け取る。 そして、体温計に表示された【39.2】の数字に思わず顔を顰めた。 今日、エースが学校を休んだのは、体調不良が原因だった。 彼に学校を休むときは学校に連絡を入れるという常識があったかどうかは疑問ではあるが、今回に限っては、そもそもスマホを触る気力すらなかったのが正解だろう。 熱があることは理解していたらしいエースだったけれど、体温計もなければ風邪薬もないため、自分の体温がどれほど上がっているのかも分からないまま食事もせずにただひたすらベッドで寝ていたのだそうだ。 驚いた私は、すぐにエースをベッドに寝かせると、その足で近くのスーパーに寄って、食材と体温計、風邪薬を買ってから、また帰って来た。 そして、エースに熱を計らせて、今に至るというわけだ。 貼ったばかりの冷えピタを額に乗せて、息苦しそうな浅い呼吸を何度も繰り返し、ぼんやりとした視界で天井を見上げているエースに、私の方も胸が苦しくなる。 (まだ16歳の男の子が、この部屋でひとりぼっちで高熱で苦しんでいたなんて…。) エースに与えられていたのは、7畳ほどのスペースにキッチンとリビング、寝室がギュッと詰め込まれたような、雑然とした部屋だった。 キッチンにはフライパンや鍋は一応あるものの、ガスコンロの上にまで菓子やパンの袋が乱雑に置いてあり、普段から料理をしていないのだろうと想像がつく。部屋の中央には炬燵にも使えそうなよくある四角いテーブル、奥にはシングルサイズのベッド。ベッドの足元には、最近流行りの漫画が十何冊も重ねて置かれてある。 整理整頓は出来ていないかもしれないけれど、それなりに片付けはしているようで、散らかってはいない。 アパートの見た目の印象から、雨風が吹きすさぶようなもっとすごい状態を想像していたから、意外とそれなりのひとり暮らしの男の子らしい部屋に拍子抜けした。むしろ、風呂とトイレが別になっていたことに感動したくらいだ。 けれど、それでも、この雑然とした部屋でひとりきり、エースが高熱に苦しんでいたと思うと、胸が締め付けられるようだった。 放課後、自宅へ様子を見に行ってみようなんて、後回しにしないで、すぐに確認に来てあげていたら———今さら、そんな後悔に襲われる。 だからこそ、今は、彼を守る大人として出来ることを精一杯にしてあげたかった。 「思った以上に熱が高いね。病院に行った方がいいと思うんだけど、行けそう?」 「———む゛り゛。」 チラリとこちらを見たエースの虚ろな視線が、私を見つけたかは定かではない。 けれど、苦し気に伝えられたのは、彼の本音だろう。 今は、つらそうな彼に無理をさせるのも悪いような気がした私は、病院は一旦諦めて、まずは食事をとってもらうことにした。 この状態で食欲があるとは思えないが、今朝から何も食べていないのなら、少しでも口にした方がいい。でないと薬も飲めない。 「じゃあ、しっかり眠って。ゆっくり休んでてね。」 汗で額に張り付いた前髪をそっと外してやりながら、出来るだけ優しい声色でエースに伝える。 エースが眠っている間に、お粥と野菜スープを作ろう。 もしかして、お粥は食べられなくても、スープくらいなら飲めるかもしれない。 キッチンへと行くために立ち上がろうとした私の腕を、布団の隙間から焦ったように飛び出したエースの手が掴まえる。 「わ!どうしたの?」 驚いてエースの方を見やると、不安そうな瞳と視線が重なった。 苦し気に歪められた眉の下で、瞳には涙が浮かんでいるようだった。 熱から来る生理的な涙なのかもしれない。 けれど、悲しそうな瞳は、まるで泣いているようにも見えた。 「か、えんの…?」 弱弱しい声は、いつもの強気なエースとはまるで別人のようだ。 けれど、彼が何を不安に思っているのか、どうして泣きそうに見えたのか、その言葉で理解出来たような気がした。 「大丈夫。まだ帰らないよ。 今から、お粥と野菜スープ作ってくるから、起きたときに食べられるようなら食べよう。 だから、今は安心してゆっくり休んでて。」 「・・・・・・わか、た。」 エースが本当に納得したのかは分からない。 けれど、弱弱しく頷いたエースは、私の腕を掴む手を離すと共に、ゆっくりとその意識も手放した。 |