22.熱を出した日
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「これが…。」 今にも崩れ落ちそうな2階建ての古い木造アパートを前にして、私は呆然と呟いた。 一体、築何十年なのだろうか。戦前から生き残っていそうな哀愁が漂っている。 雨風に晒され続けた木造の外壁は黒ずみ、ところどころにトタンの波板が貼り付けてあるところもある。トタンの波板を外せば、きっと壁穴が開いてるのだろうと容易に想像がつく。 こんなところで、これからやってくる凍える冬を越えることが出来るのだろうかと本気で心配してしまいそうになる。 そんなアパート前にある錆びた看板には、かろうじて〝グレイ・ハイツ〟という文字が読み取れる。 何度、サボくんが描いてくれた地図と住所を確認してみても、ここが、今現在、エースがひとり暮らしをしているアパートであることを示しているのだ。 エースが、あの西洋のお城のようなお屋敷から今にも崩れ落ちそうな古いアパートにエースが引っ越しをしたのは、今年の秋からなのだそうだ。 夏季模試試験で良い成績を残したステリーの祝いのために家族で食事へ出かけたあの日が、きっかけだったのだとサボくんは教えてくれた。 自分の家から〝補導される不良〟が出ることを嫌ったサボ君のご両親が、エースに〝別の家〟を与えた。それが、ここだ。 100歩、いや、1億歩譲って、親戚の不良息子の扱いに困って、別の家を与えることになったとして、このアパートはあんまりではないだろうか。 あのお城に住んでいる彼らとの差が激しすぎる。 このアパートの大家さんには悪いけれど、こんな治安も悪い地区のセキュリティもなにもないボロアパートの一室では、訳ありの人しかやってこなさそうだ。 その代わり、家賃はこの辺りでも最低に近いかもしれない。 《私達はあれに最低限の生活をさせればいいと言われているだけです。》 今朝のサボの母親の言葉を覚えていた私には、敢えて、最低家賃の部屋を探して、エースにあてがったたとしか思えなかった。 だからこそサボは、言いづらそうにしながらも、私に対してとても申し訳なさそうに「よろしくお願いします。」と何度も頭を下げたのだろう。 まだ子供のサボくんの方が、この状況がおかしいことを理解しているのに、どうしてアウトルック夫妻は気づけないのだろう。 (とりあえず、行こう…!) アウトルック夫妻への怒りはふつふつとわき始めて来たけれど、私は首を横に振って、不要な感情は捨てることにした。 サボくんがくれた住所には、『グレイ・ハイツ 201号室』と書いてあった。 エースの部屋は、この2階のようだ。意を決して、階段に足を乗せ体重をかけた途端に、メキッという大きな音が響く。 木造の階段が落ちてしまったのかと驚いて足をどかしてみたが、見るからに今にも崩れ落ちそうな風貌ではあるものの、壊れたところは見当たらない。 (大丈夫…だったの、かな…?) 恐る恐る、もう一度、階段に足を乗せて体重をかけてみる。 メキッ————また、大きな音がした。けれど、今回も階段は壊れてはいない。 勇気を出して、もう一段足を乗せてみると、また大きな音が響いた。 どうやらこの階段は、体重をかける度に『メキッ』という大きな音が響く仕様になっているようだ。 きっと、階段が落ちるのも時間の問題だ。 誰も大家に階段の修復を頼まないのだろうか。いや、そもそもこのアパートの大家、もしくは管理会社は、定期的なメンテナンスをしているのだろうか。管理体制が心配になってくるレベルだ。 思わぬところで、リアルサバイバルのようなハラハラドキドキを味わいながらも、なんとか階段を上り終えた私は、2階の狭い廊下に足を踏み入れると、大きく息を吐いた。 怪我もなく、無事にここに存在できていることをこんなにも有難く思ったことはない。 けれど、2階の廊下もまた、新たなサバイバルの場だった。 2階には4部屋あるらしく、その前に幅の狭い木造の廊下が続いている。端には、一応という言葉がしっくりくる程度の柵がついているけれど、赤黒く錆びた細いそれは、触れるだけで粉々に壊れて落ちてしまいそうだ。 大きく深呼吸をした私は、狭い廊下の真ん中を慎重に歩き、一番奥の201号室を目指す。 (どうして、201号室が一番奥なの。普通、一番手前なんじゃないの?) エースが置かれている現状が思っていたよりもずっと厳しかったことに加えて、緊張の連続も重なって、私は苛立っていた。 201号室の扉の前に辿り着いた頃にはもう、息も絶え絶えだったが、ここがゴールではない。 ここからがスタートなのだ。 錆びて赤いのか、元から赤いのかも分からないほどに汚れた扉の中央に『201』というかすれた文字があった。扉の横には、昔のアパートでよく見かけたようなクリーム色の古びたチャイムがついている。 嫌な予感がしながらも、私はそのチャイムを押す。 やってきたのは、シーンという聞こえない効果音だ。 (やっぱり、チャイム壊れてる…。) 期待はしていなかったから、落胆もしなかった。 思った通りのクオリティだ。 「白髭高等学校2年A組担任の名字です。 エースくん、いますか?」 古びた扉に大きめな音が出るようにノックをして、私は部屋の向こうにいるはずのエースに声をかけた。 返事がなかったらどうしようか———他に行きそうなところは、ゲームセンターとかだろうかなんて考えていたら、比較的すぐに部屋の向こうから物音が聞こえた。 期待したエースからの返事ではなかったけれど、少なくともこの部屋の向こうに〝誰か〟は存在しているのは確かなようだ。 けれど、待てど暮らせど、なかなか返事もなければ、誰かが玄関にやってくるような気配もない。 もう一度、声をかけた方が良いだろうかと扉にノックをしようとしたときだった。 ガチャという音と共に、ゆっくりと扉が開いた。 「な゛に゛…。」 扉を開いたというよりも、今にも壊れそうな扉に寄りかかるような格好で立つエースの声は、表札にも負けず劣らずにガラガラに掠れていた。 |