22.熱を出した日
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「浮かない顔してどうしたんだよい。」 朝のSHRを終えて職員室に戻ってきたマルコさんは、私の顔を見るなり、隣の自分のデスクにつきながら訊ねてきた。 浮かない顔なんてしているつもりはなかった。けれど、否定も出来ない。 パソコンを開いて担当しているクラスの住所録を確認していた私は、顔を上げると大きくため息を吐いたのだ。 「それが…、エースが今日は来ていなくて…。」 「エースが?最近は、嫌そうな顔しながらも嬉しそうに来てたのになァ。」 「そうなんです。何かあったのかなと思って、スマホに電話してみたんですけど出てくれなくて…。」 「スマホに?」 「あ…っ、いえ…! とにかく、心配なので、ご家族に電話をしてエースの様子を伺おうと…!」 「…へぇ。」 私の顔をジロジロと見ながら、無精ひげをなぞるように顎を撫でたマルコさんは、深く追求しないことに決めたのか「俺もその方がいいと思うよい。」とだけ言うと、そのまま自分のデスクに向き、1限目の授業の準備をし始めた。 勘の鋭いマルコさんに尋問をされて、うまく誤魔化せる自信はない。 ホッと息を吐いて、私はまたパソコン画面と睨めっこをする。 そして、見つけたエースの連絡欄にある保護者の電話番号を確認する。最近では、保護者の欄には、父親か母親の携帯番号が書かれていることが多い。けれど、エースの保護者の電話番号欄に載っているのは、市外局番から始まっている。自宅の電話番号のようだ。 緊急連絡先には、携帯番号が書かれているが、エースとの続柄は祖父となっている。 今は、従弟であるサボの実家で生活している彼は、高校に入学するまでは、祖父のところで暮らしていたと聞いている。そういう関係から、何かあった場合の保護者は、祖父としているのだろうか。 あまり深く考えることはせず、外線用の電話の受話器をとった私は、保護者の電話番号欄に載っている自宅の番号を押した。 ダイヤルしてすぐに、呼び出し音が鳴り始める。 あまり待たずに、電話の向こうから応答があった。 『はい。アウトルックでございます。』 電話の向こうから聞こえてきたのは、凛とした女性の声だった。 「白髭高等学校、2年A組の担任をしております名字と申します。」 『2年A組?間違いではございませんか。私の息子は2年B組ですが。』 訝し気な様子が声色から伝わってくる。 おそらく、電話の向こうにいるのはサボの母親なのだろう。 「本日は、エースくんのことでお電話をさせていただきました。」 『あぁ…。あれがまた何か問題を起こしましたか。』 凛とした綺麗な声が、途端に面倒そうなため息声に変わる。 「いえ!最近のエースくんは、しっかりと学校にも来てくれて お友達とも楽しそうに笑っている姿も見られるようになりました。 この前は、仲の良いドーマくんと———」 『そうですか。では、今日は何の御用で?』 「今日は、エースくんのご様子を伺いたくてお電話させていただきました。」 『あれの様子をですか?』 「今日は欠席のようでしたので。体調を崩されたのでしょうか。」 『欠席?またあれは学校を休んでいるんですか。 最近は学校に行ってるようだとサボから聞いていたのに…。 まったく、あれはどうしていつも私達に迷惑ばかりを———』 「え?エースくんはそちらでお休みしているんじゃないんですか?」 『知りませんよ。私達はあれに最低限の生活をさせればいいと言われているだけです。 学校に通わせたいのなら、どうぞそちらでしっかりと指導なさってください。 そして、もう二度と私達家族に迷惑をかけないように見張っておいていただきたいわ。』 「え、あ…あの…っ、じゃあ、エースくんは今どこに———」 『では、私も忙しいので。これで失礼致します。』 「あ…!あの…っ!!」 必死の引き留めも虚しく、私の言葉を待つこともせずに返ってきたのは、無情にも電話が切れた無機質な音だけだった。 いつの間にか思わず立ち上がっていたらしく、左右隣のマルコさんとサッチさんが私の方を心配したように見上げている。 「すみません…。お騒がせしました…。」 受話器を下ろしながら、私自身も椅子に腰をおろす。 無意識に、長いため息も漏れていた。 「なになに、エース、今日休みなの?」 「風邪かよい?」 訊ねて来たサッチさんとマルコさんに、私は力なく首を横に振る。 「エースが欠席してることすら、サボ君のご両親は知らないみたいでした…。」 「だろうねい。」 「いつものことだな。」 落ち込む私に、サッチさんとマルコさんは、首を竦める。 こんな保護者の対応が〝いつものこと〟だなんて———。 せっかく、最近のエースは、嫌そうな表情を浮かべながらも朝から登校してきてくれていたのだ。 《アンタが毎日スマホ鳴らしまくってうるせぇから。》 仕方なくだ————そんな表情で悪態を吐きながらも、少しずつだけれど、友達といることも増えて、明るい笑顔を見せてくれるようになっていたのに、一体、どうしてまた無断欠席をしたのだろう。 その日、1日、私はエースのことが気になって仕方がなかった。 |