21.高熱は判断を鈍らせる
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好きな人に会えなくても、死にはしない。
好きな人に振り向いてもらえなくても、死にはしない。
でも、人は食べないと、死んでしまう。
失恋をしても、死ぬことはない。
大失恋をして食欲がわかないことはあったけれど、少しくらいなら食べることは出来た。
けれど、人は食べないと、死んでしまうのだ。
だから、私が今からすることはひとつ。そう————。
「なにか…食べなきゃ…。」
掠れた声は、自分の耳にも届かないほどに小さくか細い。
ぼんやりと見上げている天井は、さっきからユラユラと揺れて見えていた。
今朝、計った体温は38度6分。異常かと思われるほどの身体の震えと悪寒から思うに、さらに熱が上がっているだろう。
日曜診療をしている病院を調べる気力もないが、このままソファで横になっていたら、二度と起き上がれなくなる気がする。
生きるために必要なことをしなくちゃ————強い覚悟をして、ソファに横になってぼーっと天井を見ていた身体をのっそりと起こした。
(やっぱり…、食べるのはやめようかな。動いたら死ぬ気がする。)
ひどい悪寒と頭痛に、強い覚悟は呆気なく折れそうになる。
身体が重いとか、熱いとか、そういう事態はとっくに通り過ぎて、この身体を捨てて他の身体と取り替えたいと切実に願ってしまうほどにツラいのだ。
けれど、私はこれから一生、この身体で生きていくしかないのも分かっている。
(少し、休憩しよう。)
立ち上がるのはいったん諦めて、私は起こした背中をソファの背もたれに預けた。
食欲があるわけではない。ただ、食べないと死ぬような気がするから、キッチンに行きたいだけだ。
焦る必要はないはずだ。
それに、確か、リビングの棚に置いてある薬箱に市販の風邪薬と解熱剤のロキソニンがあった気がする。食事をとったら、薬を飲んで寝よう。
(寝れば治る。明日はしっかり治して、仕事に行かなくちゃ。)
今も必死に、受験勉強を頑張っている生徒達がいるのだ。
教師ではなくなっても、塾講師として、私は彼らが想い描く未来を守ってあげなくてはならない。
彼らの夢を叶える手伝いをしたいのだ。
それなのに、デートで浮かれて、びしょ濡れになって、挙句の果てに熱を出して欠勤だなんて、責任ある大人のする行動ではない。
「エー、ス…。」
何してるかな————なんて、思ってしまった心の声が漏れて、気づいたらエースの名前を呟いていた。
歪んでぼんやりとした視界の向こうに、まだ鮮やかな昨日の記憶が蘇る。
まるで、時間が戻ったみたいに無邪気に笑うエースと、彼のことを傷つけたことを忘れたみたいにデートを満喫する私がいた。
でも、あれは、思いがけず重なった偶然が奇跡を起こしただけの1日で、とっくに魔法は解けている。
明日、私のデスクの隣には、今ではもう見慣れてしまった不機嫌そうになエースがいるのだろう。
(じゃあ、あれは何だったんだろう…。)
唐突に重なった唇と、それから————。
『コイツが、俺の本命。』
エースのセリフは覚えてる。でも、あの時、エースはどんな顔をしていただろう。
全く思い出せないし、そもそも私は、彼の顔を見ていないのかもしれない。
だって、突然のキスに驚いて、それどころではなかったのだ。
どういう意味なのか知りたい。そこにはきっと、愚かにも私が期待してしまっているような感情は、きっと欠片だってないのだろう。
彼なりのジョークだったのかもしれない。
でも、私には、それをエースに訊ねる時間はなかった。
突然、降り出した土砂降りの雨で、ベイ達と合流した後に現地解散になってしまった。
ベイの車に乗せてもらって、びしょ濡れで帰った後は、夢見がちな心を落ち着かせようと熱いシャワーを浴びた。お風呂にも入って身体を温めて、しっかり寝た。
そのはずなのに、どうやら風邪を引いてしまったらしく、熱が出た。
(歳…なのかな…。さすがに、身体が衰えるのが早すぎないか…?)
自分の情けなさに、ため息が出た。
きっと、エースは今日も元気なのだろう。鼻水ひとつ出ていないのだろう。
ふと、どんどん鬱になっていている自分に気が付いた。
(よし、食べよう!)
食事は、その日の活力にもなる。
ソファでぼんやりとしていれば、気分も身体も落ち込むだけだ。
もう一度、自分に喝を入れて、私は今度こそソファから立ち上がった。
好きな人に振り向いてもらえなくても、死にはしない。
でも、人は食べないと、死んでしまう。
失恋をしても、死ぬことはない。
大失恋をして食欲がわかないことはあったけれど、少しくらいなら食べることは出来た。
けれど、人は食べないと、死んでしまうのだ。
だから、私が今からすることはひとつ。そう————。
「なにか…食べなきゃ…。」
掠れた声は、自分の耳にも届かないほどに小さくか細い。
ぼんやりと見上げている天井は、さっきからユラユラと揺れて見えていた。
今朝、計った体温は38度6分。異常かと思われるほどの身体の震えと悪寒から思うに、さらに熱が上がっているだろう。
日曜診療をしている病院を調べる気力もないが、このままソファで横になっていたら、二度と起き上がれなくなる気がする。
生きるために必要なことをしなくちゃ————強い覚悟をして、ソファに横になってぼーっと天井を見ていた身体をのっそりと起こした。
(やっぱり…、食べるのはやめようかな。動いたら死ぬ気がする。)
ひどい悪寒と頭痛に、強い覚悟は呆気なく折れそうになる。
身体が重いとか、熱いとか、そういう事態はとっくに通り過ぎて、この身体を捨てて他の身体と取り替えたいと切実に願ってしまうほどにツラいのだ。
けれど、私はこれから一生、この身体で生きていくしかないのも分かっている。
(少し、休憩しよう。)
立ち上がるのはいったん諦めて、私は起こした背中をソファの背もたれに預けた。
食欲があるわけではない。ただ、食べないと死ぬような気がするから、キッチンに行きたいだけだ。
焦る必要はないはずだ。
それに、確か、リビングの棚に置いてある薬箱に市販の風邪薬と解熱剤のロキソニンがあった気がする。食事をとったら、薬を飲んで寝よう。
(寝れば治る。明日はしっかり治して、仕事に行かなくちゃ。)
今も必死に、受験勉強を頑張っている生徒達がいるのだ。
教師ではなくなっても、塾講師として、私は彼らが想い描く未来を守ってあげなくてはならない。
彼らの夢を叶える手伝いをしたいのだ。
それなのに、デートで浮かれて、びしょ濡れになって、挙句の果てに熱を出して欠勤だなんて、責任ある大人のする行動ではない。
「エー、ス…。」
何してるかな————なんて、思ってしまった心の声が漏れて、気づいたらエースの名前を呟いていた。
歪んでぼんやりとした視界の向こうに、まだ鮮やかな昨日の記憶が蘇る。
まるで、時間が戻ったみたいに無邪気に笑うエースと、彼のことを傷つけたことを忘れたみたいにデートを満喫する私がいた。
でも、あれは、思いがけず重なった偶然が奇跡を起こしただけの1日で、とっくに魔法は解けている。
明日、私のデスクの隣には、今ではもう見慣れてしまった不機嫌そうになエースがいるのだろう。
(じゃあ、あれは何だったんだろう…。)
唐突に重なった唇と、それから————。
『コイツが、俺の本命。』
エースのセリフは覚えてる。でも、あの時、エースはどんな顔をしていただろう。
全く思い出せないし、そもそも私は、彼の顔を見ていないのかもしれない。
だって、突然のキスに驚いて、それどころではなかったのだ。
どういう意味なのか知りたい。そこにはきっと、愚かにも私が期待してしまっているような感情は、きっと欠片だってないのだろう。
彼なりのジョークだったのかもしれない。
でも、私には、それをエースに訊ねる時間はなかった。
突然、降り出した土砂降りの雨で、ベイ達と合流した後に現地解散になってしまった。
ベイの車に乗せてもらって、びしょ濡れで帰った後は、夢見がちな心を落ち着かせようと熱いシャワーを浴びた。お風呂にも入って身体を温めて、しっかり寝た。
そのはずなのに、どうやら風邪を引いてしまったらしく、熱が出た。
(歳…なのかな…。さすがに、身体が衰えるのが早すぎないか…?)
自分の情けなさに、ため息が出た。
きっと、エースは今日も元気なのだろう。鼻水ひとつ出ていないのだろう。
ふと、どんどん鬱になっていている自分に気が付いた。
(よし、食べよう!)
食事は、その日の活力にもなる。
ソファでぼんやりとしていれば、気分も身体も落ち込むだけだ。
もう一度、自分に喝を入れて、私は今度こそソファから立ち上がった。