17.無邪気なフリ
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「サイッコーだったな!」
アトラクションの出口から出てすぐに、エースが興奮気味に喋り始める。
キラキラとした瞳は、本当に〝最高〟だと思っているようだった。
「ビショビショだよ、最悪だよ~。」
今、私達が降りたばかりのアトラクションは、絶叫系のひとつで、船を模した乗り物に乗って高いところから急降下していくウォータースライダーのようなものだった。
直前に、レインウェアも売っていたけれど『どうせなら濡れる方が楽しいじゃん』というエースに乗せられて、着の身着のままで乗った結果、勢いよく海面に叩きつけられた乗り物が水しぶきを上げて、私達を上から下までびしょ濡れにした。
「ダッセ!名前、びしょ濡れ!!」
「エースもひとのこと言えないからね!!」
「俺は、水も滴るいい男だろ?」
「じゃあ、私だってそう!!」
「貞子!」
「キーーー!エースがレインウェアを買わせてくれなかったから!!」
本気で怒る私を見て、エースが腹を抱えて笑う。
お揃いのカチューシャを揺らす私達は、テーマパークのアトラクションを120%楽しんでいた。
エースに名前を呼ばれるのも、3年ぶりだ。
数時間前の緊張した空気も、昨日までの気まずさも、私達が別れてしまっていることも、まるで嘘みたいに、私は笑っていた。
今、私は本気で理解した。夢の国は、本当に夢の国だったのだ。
「でも寒ぃな、さすがに。なんか服買って着替えよう。」
「それがいい。」
言うが早いか、私達はすぐに園内マップをチェックして、服を売っているショップへ向かった。
すぐに見つかったショップは、外装も内装もテーマパークのキャラクター達に彩られていてとても可愛らしい。
商品棚には、可愛い雑貨が沢山並んでいて、是非どれかひとつは購入したいけれど、悠長に厳選している暇はない。
「どれが一番安いのかな?」
私は、真っ先に向かったウェアコーナーで、一番最初に目に入ったパーカーを手に取って値札を確認する。
思った通りだ。驚くのがばかばかしいくらいに、想像通り高い。
「うわ、出た。ケチ名前。」
「倹約家って言ってくれる?」
「まぁ、俺も急にここに連れてこられて金ねぇしな。
———コレだな。コレが一番安い。」
エースがそう言って、私に見せたのは、最初に値札を確認したパーカーだった。
夢の国のメインキャラクターが中央に大きくプリントされたそのパーカーには、腹の部分に左右から手を入れられるポケットもついている。
———レインウェアをケチった結果、だいぶ高い買い物をする羽目になってしまったが、仕方ない。
パーカーとタオルも一人ずつ購入した私達は、店員さんが気を利かせて値札を切ってくれたパーカーに早速着替える。
試着室が多めに用意されているのは、私達のようにびしょ濡れで来店する客も多いからなんだろう。
「まぁまぁ似合うじゃん。」
先に着替え終わっていたエースは、試着室から出て来た私を見て意地悪く口の端を上げた。
あの頃と同じ口調と表情のせいで、まるで、あの日の別れなんてなかったことになって、私達が〝恋人〟のまま続いた未来がやって来たのかと疑いそうになってしまう。
もし、本当にそんな未来が来ていたら、周りの目なんて気にしないで、こんな風に20歳のエースと普通のデートを楽しめたのだろうか。
「褒めてやったのに泣きそうな顔するってどういうことだよ。」
ムッとしたようにエースに言われて、現実に引き戻される。
「おばさんが無理してるようにしか見えないって、顔が喋ってたんだよ。
乙女は傷つきやすいのに。」
自分勝手な妄想を誤魔化すみたいに、いーっ、と歯を剥き出しにして威嚇する。
そして、エースが言い返してくれたら、それでいい。
それが今だけの夢だって、冗談を言っては笑い合えたら、私は幸せだ。
でも、エースは———。
「おばさんなんて思ったことねぇし。」
ボソッと何かを呟いた。
でも、それを聞き返すよりも先に、エースに乱暴に手を掴まれてしまう。
「次、行くぞ!」
エースに手を引かれて、強引にショップから連れ出された。
淡い照明に照らされていた店内とは違い、真っ白い太陽の光が射す眩しさに思わず目を細める。
そんな私を、太陽より眩しい笑顔のエースが、楽しそうに引っ張って突き進んでいく。
どうやら彼は、このテーマパークのアトラクションやショップの位置をほとんどすべて把握しているようだ。
高校3年までのエースは、家族と遊びに行ったことなんてないと言っていた。もちろん、あの頃、私とデートで人の多い遊園地に行くなんてありえなかった。
でもきっと、学生のデートスポットとして、このテーマパークはトップ3に入っているだろう。
大学に入ってから、何度も彼女とデートに来たり、友人達と遊びに来たりしたのかもしれない。
寂しい気もしたけれど、それは、エースが学生生活を満喫していた証拠でもある。
喜ぶべきことだ。
「おいって、ボーッとすんなよ。
次、何乗りてぇかさっきから聞いてんだけど。」
「あ…っ、ごめん。考え事してた。」
エースがいきなり立ち止まったことで、私の思考が漸く止まる。
素直に謝れば、呆れたようにため息を吐かれてしまった。
「何考えてたんだよ。夢の国では、夢の世界にどっぷりハマって楽しむもんだろ。」
エースが、真剣に私を叱る。
あぁ、そういうことか———エースが、昨日までの態度からは考えられないくらいに親し気に笑ってくれている理由を理解した気がした。
そして、エースの言う通りだとも思ったのだ。
別れてからのエースのことを考えて、勝手に傷ついたり寂しく思ったりする暇があったら、私は〝今〟を満喫するべきだ。
きっともう二度と、こんな時間はやってこないのだから———。
「さっき、お店から出る前にエースが何か言ったでしょ?
何て言ったのかな~と思って。」
「さっき・・・?あ~、あれか。
マジでどうでもいいこと考えてるじゃねぇか。」
「いいでしょ。ねぇ、なんて言ったの?」
「んー、仕方ねぇな。
教えてやるから。耳、貸して。」
「耳?」
「そう。」
「別にいいけど…。」
確かに、あのときエースは小さな声で呟いていたけれど、コッソリ言わなければいけないことなのだろうか。
不思議に思いながらも、私はエースの方に耳を向ける。
エースも少しだけ身体を屈めて、私の耳に口元を近づけた。
一体、どんな下品なことを言ったのか———悪い言葉遣いだったら、元担任教師として叱るべきかどうか悩みながら耳を澄ませる。
そのときだった。
右耳が生暖かさに包まれる。
一瞬、何が起こったか分からなかった私は、歯を立てられた感触を覚えて理解する。
耳を噛まれた———しかも思いっきり。
「ひぁあッ!?」
なぜ、どうして、ちょっと痛い、すごくくすぐったい———いろんな感情が駆け巡ったけれど、結局、私から出たのはそんな間抜けな擬音だった。
要するに、私はすごく、耳が弱いのだ。
すぐに、右耳を包んでいた生暖かさも立てられた歯の感触も消えた。
その代わり、目の前で、エースが腹を抱えて笑う。
「腹が…っ、よじれそう…っ!」
エースは、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ヒーヒーと笑う。
私が、耳が弱いことを覚えていて、悪戯を思いついたのだろう。
本当に、なんて奴だ。
あの頃から、何も変わってない———それが、すごく嬉しくて、でも、とてつもなく切ないことなんて、無邪気に笑うエースは知らないのだ。
きっとずっと、知らなくてもいいことだということすらも、彼は知らない。
「騙したね!エース!」
「違ぇって。本当に教えてやりたかったんだけど、
何言ったか忘れちまってたし。」
「最初から教える気がなかったってことじゃん!」
「何か言おうと思って耳見てたら、腹減ったなぁって。
気づいたら食ってた。」
「なんで?!」
「あー、笑ったら、もっと腹減った!
何か食いに行こうぜ。俺、バーガーがいい!」
よし、決定!と、勝手に行き先を決めて、エースが私の手を引いて歩きだす。
いつもそうだったな———。
無邪気に私を振り回しながら、それでもいつだって私を最優先にしてくれたエースの優しさや、少年なりの男らしさが、大好きだった。10代の少女に戻ったみたいに、私はいつもエースにドキドキしていた。
無邪気な姿を前にしたら、どうしてもあの頃を思い出してしまう。
あの頃と今を比べてしまう。
(ダメだな…。)
繋がった手を見つめながら、泣きそうになる。
私を引っ張る為に握りしめられたエースの大きな手は、もう何の意味も持たない。
大人になりすぎた私は、夢の世界ですら、心の底から無邪気ではいられなかった。
アトラクションの出口から出てすぐに、エースが興奮気味に喋り始める。
キラキラとした瞳は、本当に〝最高〟だと思っているようだった。
「ビショビショだよ、最悪だよ~。」
今、私達が降りたばかりのアトラクションは、絶叫系のひとつで、船を模した乗り物に乗って高いところから急降下していくウォータースライダーのようなものだった。
直前に、レインウェアも売っていたけれど『どうせなら濡れる方が楽しいじゃん』というエースに乗せられて、着の身着のままで乗った結果、勢いよく海面に叩きつけられた乗り物が水しぶきを上げて、私達を上から下までびしょ濡れにした。
「ダッセ!名前、びしょ濡れ!!」
「エースもひとのこと言えないからね!!」
「俺は、水も滴るいい男だろ?」
「じゃあ、私だってそう!!」
「貞子!」
「キーーー!エースがレインウェアを買わせてくれなかったから!!」
本気で怒る私を見て、エースが腹を抱えて笑う。
お揃いのカチューシャを揺らす私達は、テーマパークのアトラクションを120%楽しんでいた。
エースに名前を呼ばれるのも、3年ぶりだ。
数時間前の緊張した空気も、昨日までの気まずさも、私達が別れてしまっていることも、まるで嘘みたいに、私は笑っていた。
今、私は本気で理解した。夢の国は、本当に夢の国だったのだ。
「でも寒ぃな、さすがに。なんか服買って着替えよう。」
「それがいい。」
言うが早いか、私達はすぐに園内マップをチェックして、服を売っているショップへ向かった。
すぐに見つかったショップは、外装も内装もテーマパークのキャラクター達に彩られていてとても可愛らしい。
商品棚には、可愛い雑貨が沢山並んでいて、是非どれかひとつは購入したいけれど、悠長に厳選している暇はない。
「どれが一番安いのかな?」
私は、真っ先に向かったウェアコーナーで、一番最初に目に入ったパーカーを手に取って値札を確認する。
思った通りだ。驚くのがばかばかしいくらいに、想像通り高い。
「うわ、出た。ケチ名前。」
「倹約家って言ってくれる?」
「まぁ、俺も急にここに連れてこられて金ねぇしな。
———コレだな。コレが一番安い。」
エースがそう言って、私に見せたのは、最初に値札を確認したパーカーだった。
夢の国のメインキャラクターが中央に大きくプリントされたそのパーカーには、腹の部分に左右から手を入れられるポケットもついている。
———レインウェアをケチった結果、だいぶ高い買い物をする羽目になってしまったが、仕方ない。
パーカーとタオルも一人ずつ購入した私達は、店員さんが気を利かせて値札を切ってくれたパーカーに早速着替える。
試着室が多めに用意されているのは、私達のようにびしょ濡れで来店する客も多いからなんだろう。
「まぁまぁ似合うじゃん。」
先に着替え終わっていたエースは、試着室から出て来た私を見て意地悪く口の端を上げた。
あの頃と同じ口調と表情のせいで、まるで、あの日の別れなんてなかったことになって、私達が〝恋人〟のまま続いた未来がやって来たのかと疑いそうになってしまう。
もし、本当にそんな未来が来ていたら、周りの目なんて気にしないで、こんな風に20歳のエースと普通のデートを楽しめたのだろうか。
「褒めてやったのに泣きそうな顔するってどういうことだよ。」
ムッとしたようにエースに言われて、現実に引き戻される。
「おばさんが無理してるようにしか見えないって、顔が喋ってたんだよ。
乙女は傷つきやすいのに。」
自分勝手な妄想を誤魔化すみたいに、いーっ、と歯を剥き出しにして威嚇する。
そして、エースが言い返してくれたら、それでいい。
それが今だけの夢だって、冗談を言っては笑い合えたら、私は幸せだ。
でも、エースは———。
「おばさんなんて思ったことねぇし。」
ボソッと何かを呟いた。
でも、それを聞き返すよりも先に、エースに乱暴に手を掴まれてしまう。
「次、行くぞ!」
エースに手を引かれて、強引にショップから連れ出された。
淡い照明に照らされていた店内とは違い、真っ白い太陽の光が射す眩しさに思わず目を細める。
そんな私を、太陽より眩しい笑顔のエースが、楽しそうに引っ張って突き進んでいく。
どうやら彼は、このテーマパークのアトラクションやショップの位置をほとんどすべて把握しているようだ。
高校3年までのエースは、家族と遊びに行ったことなんてないと言っていた。もちろん、あの頃、私とデートで人の多い遊園地に行くなんてありえなかった。
でもきっと、学生のデートスポットとして、このテーマパークはトップ3に入っているだろう。
大学に入ってから、何度も彼女とデートに来たり、友人達と遊びに来たりしたのかもしれない。
寂しい気もしたけれど、それは、エースが学生生活を満喫していた証拠でもある。
喜ぶべきことだ。
「おいって、ボーッとすんなよ。
次、何乗りてぇかさっきから聞いてんだけど。」
「あ…っ、ごめん。考え事してた。」
エースがいきなり立ち止まったことで、私の思考が漸く止まる。
素直に謝れば、呆れたようにため息を吐かれてしまった。
「何考えてたんだよ。夢の国では、夢の世界にどっぷりハマって楽しむもんだろ。」
エースが、真剣に私を叱る。
あぁ、そういうことか———エースが、昨日までの態度からは考えられないくらいに親し気に笑ってくれている理由を理解した気がした。
そして、エースの言う通りだとも思ったのだ。
別れてからのエースのことを考えて、勝手に傷ついたり寂しく思ったりする暇があったら、私は〝今〟を満喫するべきだ。
きっともう二度と、こんな時間はやってこないのだから———。
「さっき、お店から出る前にエースが何か言ったでしょ?
何て言ったのかな~と思って。」
「さっき・・・?あ~、あれか。
マジでどうでもいいこと考えてるじゃねぇか。」
「いいでしょ。ねぇ、なんて言ったの?」
「んー、仕方ねぇな。
教えてやるから。耳、貸して。」
「耳?」
「そう。」
「別にいいけど…。」
確かに、あのときエースは小さな声で呟いていたけれど、コッソリ言わなければいけないことなのだろうか。
不思議に思いながらも、私はエースの方に耳を向ける。
エースも少しだけ身体を屈めて、私の耳に口元を近づけた。
一体、どんな下品なことを言ったのか———悪い言葉遣いだったら、元担任教師として叱るべきかどうか悩みながら耳を澄ませる。
そのときだった。
右耳が生暖かさに包まれる。
一瞬、何が起こったか分からなかった私は、歯を立てられた感触を覚えて理解する。
耳を噛まれた———しかも思いっきり。
「ひぁあッ!?」
なぜ、どうして、ちょっと痛い、すごくくすぐったい———いろんな感情が駆け巡ったけれど、結局、私から出たのはそんな間抜けな擬音だった。
要するに、私はすごく、耳が弱いのだ。
すぐに、右耳を包んでいた生暖かさも立てられた歯の感触も消えた。
その代わり、目の前で、エースが腹を抱えて笑う。
「腹が…っ、よじれそう…っ!」
エースは、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、ヒーヒーと笑う。
私が、耳が弱いことを覚えていて、悪戯を思いついたのだろう。
本当に、なんて奴だ。
あの頃から、何も変わってない———それが、すごく嬉しくて、でも、とてつもなく切ないことなんて、無邪気に笑うエースは知らないのだ。
きっとずっと、知らなくてもいいことだということすらも、彼は知らない。
「騙したね!エース!」
「違ぇって。本当に教えてやりたかったんだけど、
何言ったか忘れちまってたし。」
「最初から教える気がなかったってことじゃん!」
「何か言おうと思って耳見てたら、腹減ったなぁって。
気づいたら食ってた。」
「なんで?!」
「あー、笑ったら、もっと腹減った!
何か食いに行こうぜ。俺、バーガーがいい!」
よし、決定!と、勝手に行き先を決めて、エースが私の手を引いて歩きだす。
いつもそうだったな———。
無邪気に私を振り回しながら、それでもいつだって私を最優先にしてくれたエースの優しさや、少年なりの男らしさが、大好きだった。10代の少女に戻ったみたいに、私はいつもエースにドキドキしていた。
無邪気な姿を前にしたら、どうしてもあの頃を思い出してしまう。
あの頃と今を比べてしまう。
(ダメだな…。)
繋がった手を見つめながら、泣きそうになる。
私を引っ張る為に握りしめられたエースの大きな手は、もう何の意味も持たない。
大人になりすぎた私は、夢の世界ですら、心の底から無邪気ではいられなかった。