16.精一杯の初デート
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
待ち合わせ時間よりも早く行き過ぎると、すごく楽しみにしていたのがバレバレでなんだか恥ずかしい。 でも、遅刻して名前を待たせたくない。 いろいろと考えた結果、待ち合わせ時間の5分前に駅に到着した。 こじんまりとした教会のようなカタチをしている西洋っぽい雰囲気の駅舎を気に入って、マンションの最寄り駅に選んだのだと聞いたことがある。 小さな駅だけあって人は多くはないけれど、いないわけでもない。 改札で切符を買っているサラリーマン風の男性がひとりと、高齢の女性に何かを訊ねられたらしい駅員が一生懸命に説明をしている。 慣れた足取りで改札を抜けたエースは、一旦駅舎を出て、待ち合わせにしていた時計台のもとへ向かう。 名前は、もうそこにいた。 ひざ丈のワンピースはいつものカジュアルな恰好とは違っていて、デートを意識してくれていることが分かって、嬉しく思うと同時に、なんだかドキドキして、急に緊張してしまう。 なぜか、名前は、駅舎にある小窓を真剣そうに覗き込んでいた。 何をしているのだろう———そう思いながら、少し離れたところから名前に「着いた。」とメッセージを送ろうとして、名前が何をしているのか分かった。 前髪を何度も弄っては戻しては繰り返している真剣な表情が、小窓にハッキリと映っている。 「ふっ。」 思わず、笑いが出た。 自分の為に、可愛くありたいと思ってくれているのだろうか———そう思うと、名前がいつも以上に愛おしくて仕方がなかった。 【前髪、キマった?】 意地悪だと分かっていて、メッセージを打つエースの頬は面白そうにニヤけてしまう。 送信ボタンを押して、名前を観察する。 メッセージの受信に気づいたのか、小窓を覗き込んでいた名前が、バッグの中を漁りだした。そして、取り出したスマホを見てすぐに、バッと音が聞こえてきそうな勢いで顔を上げた。 目が合った名前は、顔が真っ赤だ。 可笑しくて、可愛くて、腹を抱えて笑えば、すぐに俺のスマホにメッセージが届く。 【笑うな。】 たった一言のメッセージに、名前の気持ちが詰まっているようで、やっぱり俺は腹を抱えて笑った。 すぐ隣でからかえたら、きっともっと楽しいのだろう。 でもやっぱり、俺達は恋人でいていい2人ではないから、メッセージで喋りながら時間差でホームへ向かわなければいけない。 【電車、人少ねぇといいな。】 ホームの壁に寄りかかってぼんやりしながら、白線の内側にしっかり立っている名前の後姿にメッセージを送る。 敢えて、行き先は決めなかった。 決めているのは、一番最初にやって来た電車に乗ることと、2人が気に入った景色の駅で降りることだけだ。 なんだか、冒険に出かけるみたいでワクワクする。 【そうだね。座って景色眺めたいな。】 【だな。】 【どこ行が来るかな。】 【沖縄。】 【飛行機乗ってるじゃん、それ。】 【乗る?】 【ばか。】 メッセージを受信し続けるスマホを見ながら、小さな笑いが止まらない。 人の多い駅だったら、気味の悪い男に思われただろうか。 怪訝な表情を自分に向けている誰かを想像して、また笑えた。 少し前までは、それが好意で悪意があっても、向けられる視線は煩わしくて仕方がなかった。それなら気にしなければいいのに、気になるから苦しかった。 でも今は、気になるのは名前の視線だけだ。 他の誰にどう思われようが構わない。けれど、だからって関わりたくないとも思わなくなった。 自分の変化に戸惑ってもいる。でも、世界中が敵ばかりだと思っていた日々よりもずっと、毎日が楽しい。 メッセージのやり取りをしながら待っていれば、すぐに電車が到着した。 サウスブルー行の電車だ。 名前とひとつ違いの車両に乗った俺は、なんとなく中を見渡す。 多くもなく少なくもない乗車率だ。 座ろうとすれば座れそうだったけれど、敢えて窓際の吊り革を掴んで立つことを選ぶ。 ここからなら窓の向こうの景色がよく見えそうだ。 綺麗な海を見つけたら、写真を撮って名前に送ろう。名前も気に入ってくれたらそこで降りて、一緒に砂浜を歩くのもいい。カフェがあれば、そこで美味しいものを食べるのもいい。名前は甘いものが好きだから、デザートの種類が豊富なカフェだったらもっといい。 そんなことを考えながら、ひとつ向こうの車両へと目をやる。 名前は、俺が向いている方とは反対側の座席に座っていた。 車内アナウンスが聞こえてきて、電車が走り出す。 そのタイミングで、名前がこっちを向いた。 目が合うだけで嬉しくなる。 同じ空間にいるのに、そばにいられないもどかしさを感じないわけではない。 でも、今はそれ以上に、2人でデートに出かけるのだという喜びが勝っていた。 |