16.精一杯の初デート
Name change
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「なぁ、明日さぁ。」 風呂上り、俺がすることは決まってる。 スマホ片手に、肩にかけたタオルで髪に残った水気を拭きながらの名前との長電話だ。 ベッドの上で意味もなく寝返りをうちながらの名前の声を聞く。 それは俺にとって、名前が恋人なのだと実感できる数少ない時間のひとつでもある。 今まで、学校にいても、家に帰ってきても、俺はひとりだった。 独りだと、思っていた。 見えるものがすべて敵で、優しい声は全部、哀れみに聞こえた。 でも、今はもう違う。 世界はキラキラと輝いていて、優しい声も素直に受け入れられるようになった。その中心にいるのが、名前だ。 この世で、俺を大切に想ってくれている誰かがいる————そう思えるだけで、居心地の悪かった家での時間さえも満たされていく。 欲を言えば、名前の声を聞くだけではなくて、そばにいられたらいいのだけれど、それは自分が生徒である限り、叶わない夢なのだと理解もしている。 「デートしようぜ。」 ≪デート?出来ないよ、そんなの。誰かに見られたらどうするの。≫ 想像通りの反応だった。 そう言われると分かっていたとは言え、頭ごなしに否定されると腹が立った。 「そんなことは、分かってる。俺もちゃんと考えがあって言ってんだよ。」 すぐにムキになってしまうところが、まだ子供ということなんだろう。 分かってはいるのだけれど、認めたくはない。 ≪考え?≫ 「明日、10時にスカイピア駅で待ち合わせな。」 待ち合わせ場所は、名前の家の最寄り駅を指定した。 その辺りには、高校の生徒はあまり住んでいないし、そもそも小さな駅だから人も少ない。 誰かに見られる可能性も低いはずだ。 ≪ダメだってば。どこで誰に見られるか分からないのに。≫ 「喋らなきゃいいだろ。」 ≪喋らないって?≫ 「少し離れた場所でお互い見つけたら、スマホでメッセージ送り合って話そうぜ。」 ≪え~…、それデートって言うの?≫ 「俺がデートって言えば、デートなの!」 ≪なにそれ~。≫ 名前が可笑しそうに笑う。 彼女を笑わせられた———それだけで、俺まで嬉しくなるから不思議だ。 誰かが喜んだら自分も幸せになれる、そんな感情が俺にあるだなんて、想像もしていなかった。 「電車でも車両をひとつズラして乗ってれば、誰にも怪しまれないだろ?」 ≪なんかすごく寂しいけどね。≫ 「あ~。じゃあ、俺がずっと向こう側から変顔しといてやるよ。」 ≪アハハ、約束だよ~。≫ 名前が楽しそうに冗談に乗る声を聞くだけで、俺まで笑ってしまう。 そして、渾身の変顔をして電車の中で大爆笑させてやろうなんて、悪戯心が刺激される。 「で、電車に乗ってどっか遠くに行こうぜ。 俺達のことを知ってるやつが誰もいない場所。」 それが、俺が必死に考えた、生徒と教師の恋人達がデートを楽しむための苦肉の策だった。 遠出となるとお金もかかるし、だからと言って本当に誰にも見られないなんて保証はない———そう言って、ほんの少し、名前は渋っていた。 それでも一生懸命に説得すれば、最終的に名前も頷く。 声色や言葉の端々から察するに、たぶん本当は彼女もデートに行きたいのだと思う。 たまに、名前の家で一緒にテレビを見ているときにカップルが映ると、いつも少しだけ押し黙ることに気づいていた。 「じゃあ、明日、10時な。」 ≪うん、分かった。エースの隣に並んでも違和感ないように頑張って若作りしていく。≫ 「問題ねぇよ。名前は、見た目も中身もガキだから。」 ≪…そこはさ、若いからって言うんじゃないかな。≫ 頬を膨らませている名前を想像して、声を出して笑った。 明日は、誰よりも近くで名前の怒ったり、笑ったりする顔を見られるのだと思うと、ウキウキしてくる。 まるで、遠足前の子供のようだな、と自分でも思う。 デートの予定が立つと、後はいつも通りのとりとめのない話が続いた。 スマホの向こうでは、スピーカーにして喋っている名前が歯磨きをしたり、顔を洗ったりしていたり、冷蔵庫を開けるような生活音も聞こえてくる。 同じ空間の中にいるような気になれるその音が、俺は好きだった。 ≪また明日ね。≫ 「おう、遅刻すんなよ。」 ≪エースこそ。≫ 「まぁ、努力するわ。じゃ、おやすみ。」 ≪うん、おやすみなさい。≫ 名前の声を聞いて、目を閉じる。 毎日、一日の終わりが名前の声だ。 でも本当は、同じベッドに入って、柔らかい温もりを抱きしめて、目を見て、おやすみと言ってみたい。 寝惚けた名前の起き抜けの顔にキスをして目が覚めて、眠たそうな名前にキスをして眠りにつく。 そんな生活が出来たらどんなにいいだろう———。 緩やかになっていく意識の中で、俺はいつも、いつかきっと来るはずの未来の夢を見ていた。 |