14.的確な指摘
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バーの入っているビルを出た私とベイに冷たい夜風が吹き抜けていく。
私は、コートの襟を持ち上げて、首筋を撫でる風から身を守った。隣を見れば、ベイも似たようなことをしている。違うのは、彼女の首元には一目でブランド物だと分かる肌触りの良さそうなマフラーが巻かれていることだ。
「蒸し返したいわけじゃないけどさ、
どうしてイゾウと付き合ってるって言わなかったわけ?」
駅へ向かって歩き出してすぐに、ベイが早速蒸し返す。
イゾウとの喧嘩が尾を引いているのか、いつもはサッパリしているはずのベイの機嫌は、いまだにあまり良くない。
もしかしたら、本人は本当に、ただ疑問に思っているだけなのかもしれないけれど、どこか責められているような気分になる。
そのせいで、何か言い訳をしなければいけないような気がして、言い淀んでしまった。
すると、私の答えを待たずに、ベイが続ける。
「期待したんじゃないの?」
「期待?」
「イゾウと結婚もしてない。付き合ってるわけでもない。
そう分かったら、年下の彼がもう一度自分と恋人になってくれるかもって。」
ドキリとした。
コートとセーターのその下に、保温性の高いインナーを2枚重ね着しているはずの背中に、触れるはずのない冷たい風が触れたみたいに、ひんやりとした。
要するに、私は図星をつかれたのだ。
そして、ベイに指摘されて、私は初めて自分がそんな愚かな期待をしていたことに気が付いた。
「ち……がう、よ。」
それでも私は、否定した。
認めるわけにはいかなかったのだ。
でも、季節外れの蚊の鳴くような、情けない声では、信ぴょう性なんて欠片もない。
長い付き合いのベイを納得させることどころか、コンビニのゴミ箱横で眠りこけている酔っぱらいすら騙せないだろう。
ベイは、私をチラリと見ると、大きくため息を吐いた。
「別に私は、なまえを責めてるわけじゃないのよ。」
「うん、知ってる。」
「ただ、好きなら好きって素直になれない友達を見てるとイライラするだけ。」
「…やっぱり、怒ってた。」
「怒るわよ。何年、私をイラつかせれば気が済むのか、馬鹿共は。」
「…馬鹿共って…。エースは、私に騙されただけで悪くないよ。
嫌いになるのが普通だし、今も一緒に働いてくれてるだけで有難いっていうかなんていうか……。」
「はぁ…、そっちじゃないわよ。」
「じゃあ、どっち?
———あ、あっちに美味しいプリン屋さんが出来てるんだよ!イラつかせたお詫びにおごります!!」
この前、バーの帰りにイゾウが教えてくれたのは、夜中でも営業している珍しいスタイルのプリン専門店だった。
どうやら、この辺りは夜のお店が多いこともあって、昼間に営業するよりも売り上げがいいらしい。
それからすぐ、プリン専門店にベイと共に向かった私は、全種類のプリンをひとつずつ買わされて想像の斜め上を行く出費となってしまったが、エースと別れてから数年分のベイのイライラへのお詫びだとすれば、安いものかもしれない。
どちらにしろ、私はそう自分に言い聞かせるしかない立場だ。
とにかく、ベイの機嫌をなおすという私の作戦は成功して、隣を歩くベイは、美味しそうなプリンの入った紙袋を2袋抱えて、頬を緩めている。
帰ったら早速、ひとつ開けるらしい。
「今度こそ本当に、蒸し返したいわけじゃないんだけどさ。」
「今度こそ、ね…。」
やっぱりさっきは、蒸し返す気満々だったようだ。
私の気持ちを言い当てたベイは、さすが長年の親友だとも思ったが、言葉の端々が刺々しかったのは思い違いでもなんでもなかったらしい。
「年下の彼とも、イゾウともよりを戻す気がないなら
明日、私と一緒にダブルデートしない?」
「ダブルデート?」
「そう、ダブルデート。」
「ダブルデートって、恋人同士プラス恋人同士で、アッハンウッフンキャハハと楽しむあの?」
「そんな馬鹿みたいなことは私はしたくないわね。」
「そもそも、私に相手がいないし、ベイ、いつのまに彼氏が出来たの?」
「相手はこっちで用意しておくから心配しないで。」
「用意?そんなすき焼きのお肉みたいに相手って用意できるものなの?
私はすき焼きのお肉すら、豚か牛かで真剣に悩むのに。」
そして、豚を選ぶのだ。
惨めすぎるから、言わないけれど。
だが、言わせてもらえるのであれば、豚だって美味しい。豚のすき焼きをお勧めしたいくらい美味しい。
まぁ、牛肉を用意してくれると言われれば、両手を上げて万々歳するが。
「じゃあ、決定ね。」
「え、じゃあ、ってなに?じゃあ、ってどこから———。」
「10時に待ち合わせだから、9時頃に迎えに行くわ。」
「え、あ、ちょ…っ。」
戸惑う私をよそに、ベイはドラマのワンシーンかのように片手を上げてカッコよく止めたタクシーに乗り込んでしまう。
ほんの些細な仕草すら様になるなんて、我ながらすごい親友を持ったものだと感心してしまう。
いや、今は感心している場合ではない。
「じゃあね。」
ベイが、タクシーの窓を下げて小さく手を振る。
まるで、天皇家の妃様のような振る舞いだ。
いや、今はそんなことはどうでもよくて———。
「ねぇ、ダブルデートってなんなの?勝手に決められても——。」
「運転手さん、行ってください。」
「ちょ、ちょっと、ま…っ。
待ってーーーーーーーーーーーー!!」
私の叫びも虚しく、黄色いド派手なタクシーは、それ以上にド派手なネオンでキラキラと輝く夜の街に消えていった。
「……タクシー、私も乗せてよ…。」
プリンのせいでお金はないけど————。
ポツリ、と呟いた私の情けない声を夜の風が攫った。
私は、コートの襟を持ち上げて、首筋を撫でる風から身を守った。隣を見れば、ベイも似たようなことをしている。違うのは、彼女の首元には一目でブランド物だと分かる肌触りの良さそうなマフラーが巻かれていることだ。
「蒸し返したいわけじゃないけどさ、
どうしてイゾウと付き合ってるって言わなかったわけ?」
駅へ向かって歩き出してすぐに、ベイが早速蒸し返す。
イゾウとの喧嘩が尾を引いているのか、いつもはサッパリしているはずのベイの機嫌は、いまだにあまり良くない。
もしかしたら、本人は本当に、ただ疑問に思っているだけなのかもしれないけれど、どこか責められているような気分になる。
そのせいで、何か言い訳をしなければいけないような気がして、言い淀んでしまった。
すると、私の答えを待たずに、ベイが続ける。
「期待したんじゃないの?」
「期待?」
「イゾウと結婚もしてない。付き合ってるわけでもない。
そう分かったら、年下の彼がもう一度自分と恋人になってくれるかもって。」
ドキリとした。
コートとセーターのその下に、保温性の高いインナーを2枚重ね着しているはずの背中に、触れるはずのない冷たい風が触れたみたいに、ひんやりとした。
要するに、私は図星をつかれたのだ。
そして、ベイに指摘されて、私は初めて自分がそんな愚かな期待をしていたことに気が付いた。
「ち……がう、よ。」
それでも私は、否定した。
認めるわけにはいかなかったのだ。
でも、季節外れの蚊の鳴くような、情けない声では、信ぴょう性なんて欠片もない。
長い付き合いのベイを納得させることどころか、コンビニのゴミ箱横で眠りこけている酔っぱらいすら騙せないだろう。
ベイは、私をチラリと見ると、大きくため息を吐いた。
「別に私は、なまえを責めてるわけじゃないのよ。」
「うん、知ってる。」
「ただ、好きなら好きって素直になれない友達を見てるとイライラするだけ。」
「…やっぱり、怒ってた。」
「怒るわよ。何年、私をイラつかせれば気が済むのか、馬鹿共は。」
「…馬鹿共って…。エースは、私に騙されただけで悪くないよ。
嫌いになるのが普通だし、今も一緒に働いてくれてるだけで有難いっていうかなんていうか……。」
「はぁ…、そっちじゃないわよ。」
「じゃあ、どっち?
———あ、あっちに美味しいプリン屋さんが出来てるんだよ!イラつかせたお詫びにおごります!!」
この前、バーの帰りにイゾウが教えてくれたのは、夜中でも営業している珍しいスタイルのプリン専門店だった。
どうやら、この辺りは夜のお店が多いこともあって、昼間に営業するよりも売り上げがいいらしい。
それからすぐ、プリン専門店にベイと共に向かった私は、全種類のプリンをひとつずつ買わされて想像の斜め上を行く出費となってしまったが、エースと別れてから数年分のベイのイライラへのお詫びだとすれば、安いものかもしれない。
どちらにしろ、私はそう自分に言い聞かせるしかない立場だ。
とにかく、ベイの機嫌をなおすという私の作戦は成功して、隣を歩くベイは、美味しそうなプリンの入った紙袋を2袋抱えて、頬を緩めている。
帰ったら早速、ひとつ開けるらしい。
「今度こそ本当に、蒸し返したいわけじゃないんだけどさ。」
「今度こそ、ね…。」
やっぱりさっきは、蒸し返す気満々だったようだ。
私の気持ちを言い当てたベイは、さすが長年の親友だとも思ったが、言葉の端々が刺々しかったのは思い違いでもなんでもなかったらしい。
「年下の彼とも、イゾウともよりを戻す気がないなら
明日、私と一緒にダブルデートしない?」
「ダブルデート?」
「そう、ダブルデート。」
「ダブルデートって、恋人同士プラス恋人同士で、アッハンウッフンキャハハと楽しむあの?」
「そんな馬鹿みたいなことは私はしたくないわね。」
「そもそも、私に相手がいないし、ベイ、いつのまに彼氏が出来たの?」
「相手はこっちで用意しておくから心配しないで。」
「用意?そんなすき焼きのお肉みたいに相手って用意できるものなの?
私はすき焼きのお肉すら、豚か牛かで真剣に悩むのに。」
そして、豚を選ぶのだ。
惨めすぎるから、言わないけれど。
だが、言わせてもらえるのであれば、豚だって美味しい。豚のすき焼きをお勧めしたいくらい美味しい。
まぁ、牛肉を用意してくれると言われれば、両手を上げて万々歳するが。
「じゃあ、決定ね。」
「え、じゃあ、ってなに?じゃあ、ってどこから———。」
「10時に待ち合わせだから、9時頃に迎えに行くわ。」
「え、あ、ちょ…っ。」
戸惑う私をよそに、ベイはドラマのワンシーンかのように片手を上げてカッコよく止めたタクシーに乗り込んでしまう。
ほんの些細な仕草すら様になるなんて、我ながらすごい親友を持ったものだと感心してしまう。
いや、今は感心している場合ではない。
「じゃあね。」
ベイが、タクシーの窓を下げて小さく手を振る。
まるで、天皇家の妃様のような振る舞いだ。
いや、今はそんなことはどうでもよくて———。
「ねぇ、ダブルデートってなんなの?勝手に決められても——。」
「運転手さん、行ってください。」
「ちょ、ちょっと、ま…っ。
待ってーーーーーーーーーーーー!!」
私の叫びも虚しく、黄色いド派手なタクシーは、それ以上にド派手なネオンでキラキラと輝く夜の街に消えていった。
「……タクシー、私も乗せてよ…。」
プリンのせいでお金はないけど————。
ポツリ、と呟いた私の情けない声を夜の風が攫った。