12.ファミレス
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「送る。家、どっち。」
ファミレスを出ると、エースは、当然のように言った。
結局、会計も、奢ると言ったのにエースに支払わせてしまっていた。
金欠でバイト先を探しているところで、知り合いのシャンクスが塾講師の助手を募集していることを知ったのが、エースが塾で働きだした理由だということは、ベンから聞いている。
大学に通いながらも自分の生活の為に一生懸命働いているエースに、これ以上迷惑をかけるわけにいかない。
「いいよ。ひとりで帰れるから。
今日は本当にありがとうね。」
「送る。」
「大丈夫だから、エースは早く家に帰って休んでよ。」
「・・・こっちな。」
成り立たない会話の後、エースが歩き始める。
でも、残念ながらそれは、私の家とは反対方向だ。
慌てて、エースを追いかける。
「そっちじゃないからっ。」
「へぇ。こっちなんだ。」
すぐ後ろまで走って声をかければ、エースがクルッと振り返ってしたり顔を見せる。
まんまとエースの術中にはまって、負けてしまった。
結局、頑固なところのあるエースが折れてくれるはずもなく、家まで送ってもらうことになった。
私の住んでいるアパートは、駅から15分ほどで、なんとか駅近だとは呼べるはずだ。だが、駅の前の大通りから一本奥に入った立地のせいで、なかなか覚えづらい。
一応、外灯はあるのだけれど、人通りも少ないので、気持ちの良い帰り道ではないのは確かだ。
正直、エースが送ってくれるのは、有難かった。
ファミレスのある大通りを、アパートの方面へと歩き出した私達に、真冬の夜の凍てつく風が吹く。
隣を歩くエースは、「さむっ。」と小さく零して、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「なんで、」
「ひゃぁ…ッ。」
エースが喋りだすから、思いがけないそれに、驚いて、変な声が出てしまった。
すぐに、エースから変なものでも見るような視線を向けられてしまう。
「ごめん…。」
目を伏せて謝る。
さっきのファミレスでも、ただひたすらに料理を平らげていくエースを眺めているだけで、会話が弾むことはなかった。
だから、帰り道も、事務所にいるときと同じように、気まずい時間が流れていくだけだと思っていたのだ。
まさか、エースから話題を振ってくるとは、夢にも思わなかった。
「なんで、教師辞めちまったんだよ。」
あぁ———、疑問に思っても不思議ではないことだった。
だから、それらしい答えを探さなくちゃ、そう思えば思うほどに、どうすれば良いか分からなくて、無言になってしまう。
そんな私に、エースは、急かすように続けた。
「結婚して辞めたなら分かるし、ドーマ達に、アンタが教師辞めたって聞いて
俺も、そういうことなんだと思ってた。」
「最初は、そうだったんだよ。」
「じゃあ、なんで働いてんの?別に結婚したからって仕事辞める必要はねぇけど、
その為に辞めたなら、もっと違う仕事あったんじゃねぇの。
塾講師なんて、朝はそれなりに早ぇくせに帰りは日付跨ぐことも多いし、大変だろ。」
旦那の仕事が夜なら尚更、なぜ塾講師を選んだのかが分からない———エースはそう続けた。
きっと、純粋な疑問なのだろう。
でも私は、エースにだけは、正解は伝えられない。
ただ、言えるのは———。
「塾講師も、楽しいよ。いろんな年代の子達に会えるし、
勉強を教えながら、私も学ぶことがたくさんあるから。」
「でも、アンタは教師が———。」
「家、ここなの。送ってくれて、ありがとうね。」
立ち止まった私は、遮るように言った。
エースが、何を言おうとしていたのか、なんとなくは分かっていた。
だから、ちょうどよかった。
「へぇ。新婚のアパートって感じ。」
エースは、私が指さしたアパートを見上げた。
実際は、私が1人で暮らしているのだけれど、確かにそう見えなくもない。
外観は、三角屋根の洋館風の可愛らしい建物だ。それなりに築年数は経っているものの、古いアパートをリノベーションしたデザイナーズ物件の為、相場に比べて賃料が多少高い。
見つけてきたのはイゾウだ。
可愛い物件なら何でもいいだろう、と言っていたけれど、本心はきっと、自分の職場に近い場所に住まわせて、私を監視しようということだったのだろう。
そして、あの時の私には、賃料が高いと文句を言う権利どころか、選ぶ時間すらなかった。
「本当に、ありがとうね。帰り道、暗いから本当は少し怖かったんだ。」
「あぁ…!」
エースは、通ってきた道を振り向きながら、納得したように小さく声を漏らした。
「エースは帰り、大丈夫?あ、タクシー呼ぼうか?」
「俺が送ったの無意味にする気か?」
「あ…、そういうつもりじゃ…、なかったんだ、けど…。」
しどろもどろに言い訳をすれば、エースは、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
そして、「アンタさ、」と続ける。
「俺のこと、幾つだと思ってんの?もう大人だから。
夜遅くにアンタを家まで送ってから帰ることも出来るし、
ファミレスで自分が食った分を支払うくらいの金も持ってる。」
いつまでもガキ扱いすんなよ——と、エースがひどく不機嫌そうに眉を顰める。
そういうつもりではなかった、と言えば、嘘になるのかもしれない。
私はきっと、エースにいつまでも、子供でいて欲しかったのだ。
だって、彼が大人になったのだと認めてしまったら、私は———。
「じゃあ、気を付けてね。」
「分かってる。」
不機嫌そうに言って、エースは、早く私に家に入るように促す。
それでも、見送りくらいさせてくれとお願いをして、エースの背中に手を振った。
(そっか…。)
エースはもう、子供じゃない。
でも、だからといって、私達の歳の差が縮まったわけでもなければ、エースが許してくれたわけでもない。
ただ、思ってしまうのだ。どうしても、考えてしまう。
3年、エースが大人と呼ばれる歳になるまで待っていたのなら、私は、彼の隣に立っていられたのだろか。
「バイ、バイ…。」
小さくなっていく背中に、手を振り続ける。
あの頃のようには、エースはもう、振り返ってはくれない。
エースはきっと、二度と振り向かない。
ファミレスを出ると、エースは、当然のように言った。
結局、会計も、奢ると言ったのにエースに支払わせてしまっていた。
金欠でバイト先を探しているところで、知り合いのシャンクスが塾講師の助手を募集していることを知ったのが、エースが塾で働きだした理由だということは、ベンから聞いている。
大学に通いながらも自分の生活の為に一生懸命働いているエースに、これ以上迷惑をかけるわけにいかない。
「いいよ。ひとりで帰れるから。
今日は本当にありがとうね。」
「送る。」
「大丈夫だから、エースは早く家に帰って休んでよ。」
「・・・こっちな。」
成り立たない会話の後、エースが歩き始める。
でも、残念ながらそれは、私の家とは反対方向だ。
慌てて、エースを追いかける。
「そっちじゃないからっ。」
「へぇ。こっちなんだ。」
すぐ後ろまで走って声をかければ、エースがクルッと振り返ってしたり顔を見せる。
まんまとエースの術中にはまって、負けてしまった。
結局、頑固なところのあるエースが折れてくれるはずもなく、家まで送ってもらうことになった。
私の住んでいるアパートは、駅から15分ほどで、なんとか駅近だとは呼べるはずだ。だが、駅の前の大通りから一本奥に入った立地のせいで、なかなか覚えづらい。
一応、外灯はあるのだけれど、人通りも少ないので、気持ちの良い帰り道ではないのは確かだ。
正直、エースが送ってくれるのは、有難かった。
ファミレスのある大通りを、アパートの方面へと歩き出した私達に、真冬の夜の凍てつく風が吹く。
隣を歩くエースは、「さむっ。」と小さく零して、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
「なんで、」
「ひゃぁ…ッ。」
エースが喋りだすから、思いがけないそれに、驚いて、変な声が出てしまった。
すぐに、エースから変なものでも見るような視線を向けられてしまう。
「ごめん…。」
目を伏せて謝る。
さっきのファミレスでも、ただひたすらに料理を平らげていくエースを眺めているだけで、会話が弾むことはなかった。
だから、帰り道も、事務所にいるときと同じように、気まずい時間が流れていくだけだと思っていたのだ。
まさか、エースから話題を振ってくるとは、夢にも思わなかった。
「なんで、教師辞めちまったんだよ。」
あぁ———、疑問に思っても不思議ではないことだった。
だから、それらしい答えを探さなくちゃ、そう思えば思うほどに、どうすれば良いか分からなくて、無言になってしまう。
そんな私に、エースは、急かすように続けた。
「結婚して辞めたなら分かるし、ドーマ達に、アンタが教師辞めたって聞いて
俺も、そういうことなんだと思ってた。」
「最初は、そうだったんだよ。」
「じゃあ、なんで働いてんの?別に結婚したからって仕事辞める必要はねぇけど、
その為に辞めたなら、もっと違う仕事あったんじゃねぇの。
塾講師なんて、朝はそれなりに早ぇくせに帰りは日付跨ぐことも多いし、大変だろ。」
旦那の仕事が夜なら尚更、なぜ塾講師を選んだのかが分からない———エースはそう続けた。
きっと、純粋な疑問なのだろう。
でも私は、エースにだけは、正解は伝えられない。
ただ、言えるのは———。
「塾講師も、楽しいよ。いろんな年代の子達に会えるし、
勉強を教えながら、私も学ぶことがたくさんあるから。」
「でも、アンタは教師が———。」
「家、ここなの。送ってくれて、ありがとうね。」
立ち止まった私は、遮るように言った。
エースが、何を言おうとしていたのか、なんとなくは分かっていた。
だから、ちょうどよかった。
「へぇ。新婚のアパートって感じ。」
エースは、私が指さしたアパートを見上げた。
実際は、私が1人で暮らしているのだけれど、確かにそう見えなくもない。
外観は、三角屋根の洋館風の可愛らしい建物だ。それなりに築年数は経っているものの、古いアパートをリノベーションしたデザイナーズ物件の為、相場に比べて賃料が多少高い。
見つけてきたのはイゾウだ。
可愛い物件なら何でもいいだろう、と言っていたけれど、本心はきっと、自分の職場に近い場所に住まわせて、私を監視しようということだったのだろう。
そして、あの時の私には、賃料が高いと文句を言う権利どころか、選ぶ時間すらなかった。
「本当に、ありがとうね。帰り道、暗いから本当は少し怖かったんだ。」
「あぁ…!」
エースは、通ってきた道を振り向きながら、納得したように小さく声を漏らした。
「エースは帰り、大丈夫?あ、タクシー呼ぼうか?」
「俺が送ったの無意味にする気か?」
「あ…、そういうつもりじゃ…、なかったんだ、けど…。」
しどろもどろに言い訳をすれば、エースは、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
そして、「アンタさ、」と続ける。
「俺のこと、幾つだと思ってんの?もう大人だから。
夜遅くにアンタを家まで送ってから帰ることも出来るし、
ファミレスで自分が食った分を支払うくらいの金も持ってる。」
いつまでもガキ扱いすんなよ——と、エースがひどく不機嫌そうに眉を顰める。
そういうつもりではなかった、と言えば、嘘になるのかもしれない。
私はきっと、エースにいつまでも、子供でいて欲しかったのだ。
だって、彼が大人になったのだと認めてしまったら、私は———。
「じゃあ、気を付けてね。」
「分かってる。」
不機嫌そうに言って、エースは、早く私に家に入るように促す。
それでも、見送りくらいさせてくれとお願いをして、エースの背中に手を振った。
(そっか…。)
エースはもう、子供じゃない。
でも、だからといって、私達の歳の差が縮まったわけでもなければ、エースが許してくれたわけでもない。
ただ、思ってしまうのだ。どうしても、考えてしまう。
3年、エースが大人と呼ばれる歳になるまで待っていたのなら、私は、彼の隣に立っていられたのだろか。
「バイ、バイ…。」
小さくなっていく背中に、手を振り続ける。
あの頃のようには、エースはもう、振り返ってはくれない。
エースはきっと、二度と振り向かない。