12.ファミレス
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「…あんなに、頼んで大丈夫?」 ウェイトレスが立ち去った後、私は、心配になってエースに訊ねた。 だって、ステーキにハンバーグ、パスタにグラタン。ポテトや唐揚げ、ウィンナーなんかの軽食もいろいろ注文していた。 全て食べ終えられるのか、心配で仕方がない。 「なんでも食えって、名前が言ったんじゃねーか。」 メニュー表を見ていたエースが、顔を上げる。 不服そうに口を尖らせる彼に「それは言ったけど…。」と、私は弱腰で答えた。 平日ど真ん中の水曜日、22時を過ぎた夜遅くに、私が受け持ちのクラスの男子生徒と一緒にファミレスにいるなんて、普通ではないし、自分でも不思議で仕方がない。 でも、ただ、彼と食事をしたかったわけではない。ただ、彼に笑って欲しかったのだ。 今から1時間程前、なんとかテストの採点が終わり、やっと帰れる———そう思ったところで、学校に警察から電話が入った。 電話をとったのはマルコさんで、夜の街をうろついていたエースが補導された為、担任の私が今すぐに迎えに行くように指示を受けたのだ。 慌てて交番に駆け付ければ、エースは、不満気に眉を顰めて椅子に座っていた。 彼のそばにいたのは、若めの警察官だった。 『ご家族にも連絡を入れたのですが、それが…。』 『アイツら、家族で外食中で忙しいから俺のことなんか構ってられねぇんだよ。』 『えっと…、まぁ…、なんだかお忙しいみたいで。』 困ったような顔をしている警察官と不機嫌なエースの話を聞いて、漸く、私も理解した。 エースの家庭環境は、複雑だ。 幼くして生みの親を亡くした彼は今、従弟の家族と一緒に暮らしている。 所謂、居候というやつだ。 従弟であるサボは、エースとも同級生で、同じ学校に通っている。成績も優秀で、2年生になってからは次期生徒会長として生徒達と教師の架け橋になっていて、誰から見ても優等生だ。 エースとは正反対のタイプだけれど、どこか抜けた天然なところのあるサボとは気が合うらしく、仲良くしているようだった。 だが、サボの弟でまだ中学生のステリーとは、私は会ったことはないけれど、エースの話を聞く限り、あまり相性が良くないようだ。 今日、偶々、生徒会の話で顔を合わせたサボから、その弟が先日の夏季模試で優秀な成績をおさめたのだと聞いた。それを祝って、今夜は家族での食事を予定していると言っていたことを思いだした私は、エースが、夜の街を1人きりで彷徨っていた理由が、なんとなく分かったような気がしたのだ。 何か悪さをしていたわけでもなく、ただうろついていただけなのだけれど、時間も時間なのでそのまま帰すわけにも行かなくて———そう言って、困ったように眉尻を下げた警察に頭を下げ、私はエースと共に交番を出た。 不機嫌に眉を顰め、怒っていると精一杯に表現しようとしているエースの、トボトボと音が聞こえそうな足取りが、あまりにも寂しそうで、胸が苦しかった。 『さぁ、せっかくだからさ!何か美味しいものを食べて帰ろうよ!』 気づいたら、私は、なんとか明るい笑顔を装って、そんな提案をしていた。 驚いた顔をしたエースは、最初は、面倒くさいと断ったけれど、美味しいものを食べる場所がファミレスだと知ると「ケチくせぇ。」と面白そうに笑ってくれた。 私は、嬉しかった。 寂しさを、怒りに変換して、なんとか誤魔化そうとしていたエースが、笑ってくれたことが、嬉しかったのだ。 でも———。 「だって、本当にそんなに食べられるの? あ、食べられなかったのって、お持ち帰りできるのかな?」 「・・・・マジでケチくせぇっ。」 真剣な私を見て、吹き出したエースが、腹を抱えて笑った。 少し待っていると、私とエースで挟むテーブルには、続々と料理が運び込まれてきた。 そして、ものの10分ほどで、4人用ののテーブルは、エースが頼んだ料理で埋め尽くされていた。 それを、美味しそうに食べているエースを眺めながら、彼が大量に注文したのは、ケチな私への嫌がらせでもなく、ただ本当にお腹が空いていたのだと理解する。 それと同時に、一緒に暮らしている従弟家族が息子の誕生日の為に外食をして美味しいものを食べているとき、1人きりで腹を空かせながら夜の街を彷徨っていたエースに、胸が締め付けられるようだった。 いろんな家族があるし、それぞれに事情もあるのだろう。 それでも、たった17歳の少年が、独りぼっちで寂しさを抱えていても仕方のない理由なんて、この世のどこにも存在しないと思うのだ。 幼い彼を残してこの世を去らなければならなかったご両親のことを思うと、さらに、胸は引き裂かれそうなほどに苦しくなった。 「名前は食わねぇの?」 食べるのに夢中になっていたエースが、ふ、と顔を上げて訊ねた。 一応、私もパスタを頼んだのだけれど、夕飯にするにしても時間も遅いし、エースの食べっぷりを見ていたら、お腹いっぱいになってしまった。 だからそう言えば、エースは嬉しそうに、私の分まで食べ始めた。 そして、食べながら寝た。 |