10. ライバル
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それで?あのときのクソガキが、お前の助手になったんだろ。」
食器の片づけを終わらせてリビングに戻ると、ソファの中央を陣取るイゾウが、コントローラー片手に話しかけてきた。
似たようなセリフを少し前に聞いた気がする。まるでデジャブのような感覚だ。
数か月前に奮発して買った46インチのテレビ画面には、ゴム人間になった少年が仲間達と繰り広げる冒険アドベンチャーの戦闘画面が大迫力で映っている。
彼らの世界観に飛び込むというのがコンセプトのゲームで、自分を投影したキャラクターが、仲間を集め、力を手に入れて、一緒に冒険をするというストーリーが話題となり、発売日には一瞬で完売になった程の人気作だ。
やりたいやりたいと思いながら、結局忙しくて、去年買った時に1度やったっきり、全く出来ていなかったのに、イゾウが勝手に遊んでいる。
「ベイのやつ、すぐに喋るんだから。」
今日を、完全にこの家で寛ぐつもりの姿にため息をついて、私は彼の隣に腰を降ろす。
そのタイミングで、テレビ画面に『CLEAR』の大きな文字が映し出された。
前回のシリーズのときも、気づいたらイゾウがすべてクリアしていたから、今回こそはこっそり終わらせておこうと思っていたのに、夢で終わりそうだ。
「昨日、仕事帰りに飲みに来たんだよ。」
イゾウが、テーブルの上にコントローラーを転がすように置いた。
ひと休憩を入れようと思ったのか。それとも、話に集中しようとしたのか。
どちらにしろ、私はその話を彼と真面目にするつもりはない。
「忙しいって言って私の相手はしてくれないくせに、
イゾウのバーに行く暇はあるんだ。」
今度は私がやろう———とコントローラーを手に取った。
でもそれを、すぐにイゾウに取り上げられる。
「お前が俺にちゃんと報告しねぇからだろ。」
いきなり奪われたコントローラーを追いかけて見上げた視線の先には、イゾウの怒った顔があった。
話さなかっただけで、怒られる理由はない。
私達にはもう、お互いのことを逐一話さなければならない関係ではないのだ。
だから、私も、イゾウが私の家にやってきた本当の理由が、無料の食事や寝床が目的なのではなく、遊んだだけのつもりだった女から逃げて来たのだということを知っていても、敢えて何も言わないのだ。
最低な所業のイゾウを、女の敵だと咎めることもしない。
私達はもう、昔の関係ではないのだ。
こうして、あの頃と何も変わらないような態度で、軽口をたたきあっていたって、身体が触れることは決してない。
私達は、自分達が終わっていることを理解してる。
「わざわざイゾウに報告するようなことでもないでしょ。」
イゾウからコントローラーを取り返しながら言う。
「はぁ?俺様にしなくてもいい報告なんてこの世に存在しねぇんだよ。」
イゾウがまた私からコントローラーを奪い取る。
それに、言っていることがめちゃくちゃで、やっぱり俺様だ。
いつも通り自分勝手で、我儘で、自己中心的。そして———。
「もうこれ以上、イゾウに迷惑なんて、かけられないじゃない…。」
今度こそイゾウからコントローラーを取り返す。
でも私はそれを、テーブルの上に置いた。
そして、何もなくなった両手は、膝の上で拳を作り、小さく震えだす。
「あのときも…、イゾウには面倒なことを押し付けて、
引っ越しの手続きまで、代わりにしてもらった。
もうこれ以上、迷惑、かけて、嫌われたくないから…。」
だから言ってなかったのに、ベイのやつ————小さく最後に呟いた言葉は、きっとイゾウの耳にも届いたはずだ。
次のステージまで待ちきれなかったゲームの画面は、スリープモードになってしまったせいで、すごく静かだ。
私の心の声まで、聞こえてしまいそうで、怖い。
でも、聞こえてきたのは、特大のため息だった。
「バカか。」
ソファに背中から倒れ込むように寄りかかったイゾウは、柔らかい背もたれに頭を乗せて、天井を見上げる。
「今までどんだけお前のせいで迷惑被ってきたと思ってんだ。
今更、くだらねぇこと気にしてんじゃねぇ。」
「…ごめん。」
「そんなこと気にする暇があるなら、俺様に奉仕しやがれ。」
「それは嫌だ。」
「チッ。」
わざとらしい舌打ちのおかげで、少しだけ心が軽くなった気がした———私も相当、イゾウに洗脳されているのかもしれない。
ふ、とそんなことを思って怖くなった。
それはつまり、ほんの一瞬で、彼は私に、心の余裕を持たせてくれたということだ。
「結婚してねぇことがバレたらどうすんだよ。」
イゾウが、天井を見上げながら言う。
自分には関係のない他人事だと全身で訴えるような、やる気のない口ぶりだ。
確かに、間違っていないから、腹も立たない。
「どうにか誤魔化すか…、離婚でもしたことにするとか?」
ハハ、結婚もしたことないのにバツイチだ————下手くそな作り笑いをはりつけて、冗談で誤魔化せば、イゾウが天井を見上げたままで、また特大のため息を吐いた。
私の顔を見てもいないくせに、きっと彼の頭には、まるで鏡で見たかのような、不細工な笑顔が映っているのだろう。
「なら、本当に結婚するか。」
イゾウが天井を見上げたまま言う。
思いも寄らない提案に「へ?」と間抜けな声が出れば、イゾウは少しだけ勢いをつけて、背もたれに寄りかかっていた上半身を起こした。
「結婚してねぇのがバレるのが困るなら、
本当に俺と結婚しちまえばいいだろ。」
イゾウは、私をまっすぐに見て言った。
良い提案だと思っているような口ぶりだ。
とても、真剣に見える。
本当に、結婚すればいいと思っているように見える。
でも、そんなのありえない。
私達はもう、とっくの昔に終わってる。
終わったのだ。
別れを告げた私と、引き留めもしなかったイゾウが、2人で〝ふたり〟の幕を下ろした。
そして今、やっと取り戻した〝悪友〟という関係を、私は終わらせたくない。
それがたとえ、ひどく勝手なことでも———。
「それなら一生、奴隷付きのホテルで、三食と寝床を手に入れられるとか思ってるんでしょ。」
冗談にした私は、嘘っぽい目で、イゾウを意地悪く睨んだ。
一瞬、ほんの僅かに綺麗な眉を歪ませた彼だったけれど、すぐに、フッと口元を涼しく笑わせた。
「バレちまったか。」
「バレバレだよ。あ~、本当によかったよ。イゾウと結婚なんてしなくて。」
「それはこっちのセリフだ。」
イゾウが言って、テーブルの上からコントローラーを手に取る。
慣れた操作で、次のステージを開けば、戦闘が始まるまでのショートムービーが流れだした。
アニメを元にしたストーリーだけれど、多少のオリジナルが入ってるそれを、私もソファの背もたれに寄りかかって眺める。
「きっと、イゾウと結婚してたら、大変だったね。」
「まだ言ってんのか、お前。」
「だって、今、思ったんだもん。私は昼間の仕事をしてて、イゾウは夜にバーで働いて。
一緒に過ごす時間なんてないじゃん。
たまにはこんな風にできても、ほとんど毎日一緒に食事もとれないよ。
あの頃は、結婚してからの生活なんて、何にも考えてなかったけどね。」
手近にあったクッションを手に取った私は、両腕で抱えるように抱きしめて、クスリと笑った。
テレビ画面の向こうで、主人公の男の子が、仲間達と一緒に、お宝を目指す冒険の夢を無邪気に語っている。
私も、彼らと同じだった。
ただ〝好き〟というだけでそばにいて、そんな日々がずっと続くとほんの少しの疑いもなく信じていた。
〝好き〟という気持ちが、どんな強力な武器よりも強い魔力でも持っているかのように振りかざし、世界とだって戦っていけるような気がしていたのだ。
誰かを好きになり、一緒に生きていくということがどういうことなのか、深く考えることもしないで———。
「俺は、考えてた。」
「え?」
ふ、と呟くように言ったそれが意外で、私は思わずイゾウの方を見た。
イゾウは、コントローラーを両手に持って、少し猫背気味にテレビ画面を食い入るように見ていた。
聞き間違いか———そう思う暇もなく、イゾウが続ける。
「昼間はお前が教師の仕事してるから、その間、俺は、家事洗濯をして、
夜は夕飯を作ってから、生活費を稼ぐためにバーで稼ぐ。まぁ、それでもいいが、
どうせ、寂しがりなお前が黙ってはねぇだろうから、バーの仕事はやめるつもりだった。」
イゾウは、コントローラーを持ち、視線はゲーム画面に釘つけになったままで、過去に考えていた未来予想図を淡々と語る。
テレビの向こうでは、未来への希望に胸を膨らませ、少年たちが楽しそうに夢を語っている。
だから、その未来予想図を本気で考えていた頃のまだ若いイゾウが、少年たちと重なって心に浮かんでしまったのだ。
「昼間の定食屋もいいが、どうせなら面倒くさがりのお前の為に、出来る限りの家事洗濯もしてやりてぇ。
そう思って、家で出来る仕事がよくてパソコンで事業始めて、
今はお前が聞いたら吐いちまうほど稼いでる。」
「え、パソコンで事業やってるの?」
「未来の旦那になるはずだった俺に、いくら貯金があるか聞いとくか?」
「…吐くからやめとく。」
「新婚生活は邪魔されたくねぇから、お前がそれでいいというなら、ガキは3年以上経ってからがいい。
お前にそっくりなガキなら、何人いてもいいが、
俺に似てる生意気なクソガキだったら、根性叩きなおしてやらねぇといけねぇな。
————とか、考えてた。あとはまぁ、いろいろだ。」
ショートムービーが流れていた画面が、戦闘画面に切り替わり、イゾウは、唐突に話を切り上げる。
数えきれないくらいの敵が襲ってくると、イゾウは、目にもとまらぬ早業で倒していった。
イゾウはいつも、二丁拳銃を選ぶ。
威力もあり、至近距離も遠距離も使えるから、とても優れた武器だが、それ故にかなり扱いづらいので、私は苦手で、あまり好まない。
そう言ったら、イゾウは、扱いづらいから楽しいんじゃないか、と答えた。それに、威力もあるから好きなのだそうだ。
「とりあえず、月曜からは、仕事終わりに迎えに行ってやるから。
勝手に帰んじゃねぇぞ。」
「え!?いいよ、そんなの!その時間は、イゾウも仕事でしょっ。」
「少し抜けるくらいなら社員残せば問題ねぇ。
それより、また昔みたいになったら面倒だろ。
俺が協力すりゃ、結婚してねぇことがバレても、繋がってることで誤魔化せる。」
イゾウは少し早口で言う。
きっと、私がどんなに「ノー」と言ったところで、彼は頷かない。
頑固で、勝手で、そして、優しい彼は、もう勝手に決めてしまっているのだ。
「ありがとう。」
「あぁ。
———クソッ、コイツはいつも邪魔しやがるッ。面倒くせぇ…っ。」
コントローラーを扱うイゾウの操作に熱が入ってきた。
悔し気に眉を顰め、唇を噛む彼の視線の向こうでは、火を扱う能力を持ったキャラクターが、彼にそっくりな操作キャラクターの行く手を阻む。
アニメでは、味方のキャラクターで、明るくて優しいけれど、頼りになる彼が、私も大好きなのだけれど、ゲーム内では、操作キャラクターの力を高める為のライバルとして登場する。
前作ではなんとか勝てたイゾウだけれど、今作では、火の威力がさらに強くなっているらしくて、かなり苦戦している。
「絶対ぇ、負けねぇ…!」
大人げなく、イゾウが本気で怒鳴る。
ゲームの向こうでは、熱い炎に包まれた彼が、勝気な笑みを浮かべていた。
食器の片づけを終わらせてリビングに戻ると、ソファの中央を陣取るイゾウが、コントローラー片手に話しかけてきた。
似たようなセリフを少し前に聞いた気がする。まるでデジャブのような感覚だ。
数か月前に奮発して買った46インチのテレビ画面には、ゴム人間になった少年が仲間達と繰り広げる冒険アドベンチャーの戦闘画面が大迫力で映っている。
彼らの世界観に飛び込むというのがコンセプトのゲームで、自分を投影したキャラクターが、仲間を集め、力を手に入れて、一緒に冒険をするというストーリーが話題となり、発売日には一瞬で完売になった程の人気作だ。
やりたいやりたいと思いながら、結局忙しくて、去年買った時に1度やったっきり、全く出来ていなかったのに、イゾウが勝手に遊んでいる。
「ベイのやつ、すぐに喋るんだから。」
今日を、完全にこの家で寛ぐつもりの姿にため息をついて、私は彼の隣に腰を降ろす。
そのタイミングで、テレビ画面に『CLEAR』の大きな文字が映し出された。
前回のシリーズのときも、気づいたらイゾウがすべてクリアしていたから、今回こそはこっそり終わらせておこうと思っていたのに、夢で終わりそうだ。
「昨日、仕事帰りに飲みに来たんだよ。」
イゾウが、テーブルの上にコントローラーを転がすように置いた。
ひと休憩を入れようと思ったのか。それとも、話に集中しようとしたのか。
どちらにしろ、私はその話を彼と真面目にするつもりはない。
「忙しいって言って私の相手はしてくれないくせに、
イゾウのバーに行く暇はあるんだ。」
今度は私がやろう———とコントローラーを手に取った。
でもそれを、すぐにイゾウに取り上げられる。
「お前が俺にちゃんと報告しねぇからだろ。」
いきなり奪われたコントローラーを追いかけて見上げた視線の先には、イゾウの怒った顔があった。
話さなかっただけで、怒られる理由はない。
私達にはもう、お互いのことを逐一話さなければならない関係ではないのだ。
だから、私も、イゾウが私の家にやってきた本当の理由が、無料の食事や寝床が目的なのではなく、遊んだだけのつもりだった女から逃げて来たのだということを知っていても、敢えて何も言わないのだ。
最低な所業のイゾウを、女の敵だと咎めることもしない。
私達はもう、昔の関係ではないのだ。
こうして、あの頃と何も変わらないような態度で、軽口をたたきあっていたって、身体が触れることは決してない。
私達は、自分達が終わっていることを理解してる。
「わざわざイゾウに報告するようなことでもないでしょ。」
イゾウからコントローラーを取り返しながら言う。
「はぁ?俺様にしなくてもいい報告なんてこの世に存在しねぇんだよ。」
イゾウがまた私からコントローラーを奪い取る。
それに、言っていることがめちゃくちゃで、やっぱり俺様だ。
いつも通り自分勝手で、我儘で、自己中心的。そして———。
「もうこれ以上、イゾウに迷惑なんて、かけられないじゃない…。」
今度こそイゾウからコントローラーを取り返す。
でも私はそれを、テーブルの上に置いた。
そして、何もなくなった両手は、膝の上で拳を作り、小さく震えだす。
「あのときも…、イゾウには面倒なことを押し付けて、
引っ越しの手続きまで、代わりにしてもらった。
もうこれ以上、迷惑、かけて、嫌われたくないから…。」
だから言ってなかったのに、ベイのやつ————小さく最後に呟いた言葉は、きっとイゾウの耳にも届いたはずだ。
次のステージまで待ちきれなかったゲームの画面は、スリープモードになってしまったせいで、すごく静かだ。
私の心の声まで、聞こえてしまいそうで、怖い。
でも、聞こえてきたのは、特大のため息だった。
「バカか。」
ソファに背中から倒れ込むように寄りかかったイゾウは、柔らかい背もたれに頭を乗せて、天井を見上げる。
「今までどんだけお前のせいで迷惑被ってきたと思ってんだ。
今更、くだらねぇこと気にしてんじゃねぇ。」
「…ごめん。」
「そんなこと気にする暇があるなら、俺様に奉仕しやがれ。」
「それは嫌だ。」
「チッ。」
わざとらしい舌打ちのおかげで、少しだけ心が軽くなった気がした———私も相当、イゾウに洗脳されているのかもしれない。
ふ、とそんなことを思って怖くなった。
それはつまり、ほんの一瞬で、彼は私に、心の余裕を持たせてくれたということだ。
「結婚してねぇことがバレたらどうすんだよ。」
イゾウが、天井を見上げながら言う。
自分には関係のない他人事だと全身で訴えるような、やる気のない口ぶりだ。
確かに、間違っていないから、腹も立たない。
「どうにか誤魔化すか…、離婚でもしたことにするとか?」
ハハ、結婚もしたことないのにバツイチだ————下手くそな作り笑いをはりつけて、冗談で誤魔化せば、イゾウが天井を見上げたままで、また特大のため息を吐いた。
私の顔を見てもいないくせに、きっと彼の頭には、まるで鏡で見たかのような、不細工な笑顔が映っているのだろう。
「なら、本当に結婚するか。」
イゾウが天井を見上げたまま言う。
思いも寄らない提案に「へ?」と間抜けな声が出れば、イゾウは少しだけ勢いをつけて、背もたれに寄りかかっていた上半身を起こした。
「結婚してねぇのがバレるのが困るなら、
本当に俺と結婚しちまえばいいだろ。」
イゾウは、私をまっすぐに見て言った。
良い提案だと思っているような口ぶりだ。
とても、真剣に見える。
本当に、結婚すればいいと思っているように見える。
でも、そんなのありえない。
私達はもう、とっくの昔に終わってる。
終わったのだ。
別れを告げた私と、引き留めもしなかったイゾウが、2人で〝ふたり〟の幕を下ろした。
そして今、やっと取り戻した〝悪友〟という関係を、私は終わらせたくない。
それがたとえ、ひどく勝手なことでも———。
「それなら一生、奴隷付きのホテルで、三食と寝床を手に入れられるとか思ってるんでしょ。」
冗談にした私は、嘘っぽい目で、イゾウを意地悪く睨んだ。
一瞬、ほんの僅かに綺麗な眉を歪ませた彼だったけれど、すぐに、フッと口元を涼しく笑わせた。
「バレちまったか。」
「バレバレだよ。あ~、本当によかったよ。イゾウと結婚なんてしなくて。」
「それはこっちのセリフだ。」
イゾウが言って、テーブルの上からコントローラーを手に取る。
慣れた操作で、次のステージを開けば、戦闘が始まるまでのショートムービーが流れだした。
アニメを元にしたストーリーだけれど、多少のオリジナルが入ってるそれを、私もソファの背もたれに寄りかかって眺める。
「きっと、イゾウと結婚してたら、大変だったね。」
「まだ言ってんのか、お前。」
「だって、今、思ったんだもん。私は昼間の仕事をしてて、イゾウは夜にバーで働いて。
一緒に過ごす時間なんてないじゃん。
たまにはこんな風にできても、ほとんど毎日一緒に食事もとれないよ。
あの頃は、結婚してからの生活なんて、何にも考えてなかったけどね。」
手近にあったクッションを手に取った私は、両腕で抱えるように抱きしめて、クスリと笑った。
テレビ画面の向こうで、主人公の男の子が、仲間達と一緒に、お宝を目指す冒険の夢を無邪気に語っている。
私も、彼らと同じだった。
ただ〝好き〟というだけでそばにいて、そんな日々がずっと続くとほんの少しの疑いもなく信じていた。
〝好き〟という気持ちが、どんな強力な武器よりも強い魔力でも持っているかのように振りかざし、世界とだって戦っていけるような気がしていたのだ。
誰かを好きになり、一緒に生きていくということがどういうことなのか、深く考えることもしないで———。
「俺は、考えてた。」
「え?」
ふ、と呟くように言ったそれが意外で、私は思わずイゾウの方を見た。
イゾウは、コントローラーを両手に持って、少し猫背気味にテレビ画面を食い入るように見ていた。
聞き間違いか———そう思う暇もなく、イゾウが続ける。
「昼間はお前が教師の仕事してるから、その間、俺は、家事洗濯をして、
夜は夕飯を作ってから、生活費を稼ぐためにバーで稼ぐ。まぁ、それでもいいが、
どうせ、寂しがりなお前が黙ってはねぇだろうから、バーの仕事はやめるつもりだった。」
イゾウは、コントローラーを持ち、視線はゲーム画面に釘つけになったままで、過去に考えていた未来予想図を淡々と語る。
テレビの向こうでは、未来への希望に胸を膨らませ、少年たちが楽しそうに夢を語っている。
だから、その未来予想図を本気で考えていた頃のまだ若いイゾウが、少年たちと重なって心に浮かんでしまったのだ。
「昼間の定食屋もいいが、どうせなら面倒くさがりのお前の為に、出来る限りの家事洗濯もしてやりてぇ。
そう思って、家で出来る仕事がよくてパソコンで事業始めて、
今はお前が聞いたら吐いちまうほど稼いでる。」
「え、パソコンで事業やってるの?」
「未来の旦那になるはずだった俺に、いくら貯金があるか聞いとくか?」
「…吐くからやめとく。」
「新婚生活は邪魔されたくねぇから、お前がそれでいいというなら、ガキは3年以上経ってからがいい。
お前にそっくりなガキなら、何人いてもいいが、
俺に似てる生意気なクソガキだったら、根性叩きなおしてやらねぇといけねぇな。
————とか、考えてた。あとはまぁ、いろいろだ。」
ショートムービーが流れていた画面が、戦闘画面に切り替わり、イゾウは、唐突に話を切り上げる。
数えきれないくらいの敵が襲ってくると、イゾウは、目にもとまらぬ早業で倒していった。
イゾウはいつも、二丁拳銃を選ぶ。
威力もあり、至近距離も遠距離も使えるから、とても優れた武器だが、それ故にかなり扱いづらいので、私は苦手で、あまり好まない。
そう言ったら、イゾウは、扱いづらいから楽しいんじゃないか、と答えた。それに、威力もあるから好きなのだそうだ。
「とりあえず、月曜からは、仕事終わりに迎えに行ってやるから。
勝手に帰んじゃねぇぞ。」
「え!?いいよ、そんなの!その時間は、イゾウも仕事でしょっ。」
「少し抜けるくらいなら社員残せば問題ねぇ。
それより、また昔みたいになったら面倒だろ。
俺が協力すりゃ、結婚してねぇことがバレても、繋がってることで誤魔化せる。」
イゾウは少し早口で言う。
きっと、私がどんなに「ノー」と言ったところで、彼は頷かない。
頑固で、勝手で、そして、優しい彼は、もう勝手に決めてしまっているのだ。
「ありがとう。」
「あぁ。
———クソッ、コイツはいつも邪魔しやがるッ。面倒くせぇ…っ。」
コントローラーを扱うイゾウの操作に熱が入ってきた。
悔し気に眉を顰め、唇を噛む彼の視線の向こうでは、火を扱う能力を持ったキャラクターが、彼にそっくりな操作キャラクターの行く手を阻む。
アニメでは、味方のキャラクターで、明るくて優しいけれど、頼りになる彼が、私も大好きなのだけれど、ゲーム内では、操作キャラクターの力を高める為のライバルとして登場する。
前作ではなんとか勝てたイゾウだけれど、今作では、火の威力がさらに強くなっているらしくて、かなり苦戦している。
「絶対ぇ、負けねぇ…!」
大人げなく、イゾウが本気で怒鳴る。
ゲームの向こうでは、熱い炎に包まれた彼が、勝気な笑みを浮かべていた。