8. 先生と生徒
Name change
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街中にある公園は、広くはなかった。
ブランコと滑り台、砂場があるだけの小さな公園だ。
そこで、縦横無尽に走り回る子供達と名前は、小さな公園を思う存分に楽しんでいたけれど、エースは手持ち無沙汰だった。
元々、それぞれ何かしらの問題を抱えて不登校になっていた子供達は、公園で開放的になったからといって、エースに対する警戒心を解いてはくれなかったのだ。
彼らの心に無理やり土足で入っていってもいいのか分からずに立ち尽くすしかなかったエースは、とりあえず、1人の男の子の様子を見ていた。
チョッパーという小学一年生の小柄な男の子だ。
他の子供達は、名前と一緒に鬼ごっこを楽しんでいるというのに、彼だけは、さっきからずっと、公園の植木や雑草を観察しては何かをブツブツ言っている。
正直、気持ちが悪い。
それでも時々、何をしているのかとか、何か見つけたのかとか、声をかけてみたりはしているのだ。
でも、真剣過ぎて周りの声は何も聞こえていないようだった。
「ねぇ、先生。」
ふ、と彼が後ろを振り向いた。
目が合ったのは、確かにエースだったのだけれど、彼が呼んだ〝先生〟と自分のことが繋がらなかった。
だから、キョロキョロと辺りを見渡して、いつの間にかかくれんぼを始めていた名前の姿を探してしまったのだ。
そんなエースに、チョッパーがまた「先生。」と呼ぶ。
そこでようやく、彼が呼んでいる〝先生〟が自分だと気が付いた。
「あ、俺か。なんだ?」
少し、声が飛び跳ねていたかもしれない。
初めて〝先生〟と呼ばれたことが、くすぐったくて、素直に嬉しかったのだ。
「この葉っぱの名前は何て言うんだ?」
「葉っぱ?」
エースは、チョッパーが指さしている葉を覗き込んだ。
ギザギザの葉っぱで、先だけが黄色に染まっている。見たことのない葉っぱだった。
「待ってくれ、今から調べる。」
エースはそう言いながら、スマホでギザギザの葉っぱの写真を撮ると、それをインターネットで検索した。
答えはすぐに出てきた。
それからも、チョッパーは幾つかの葉っぱや地面を這う虫の名前を聞いてきた。
その度にエースは、その葉っぱや虫の名前、特徴の知っていることや、スマホで調べた情報を彼に教えてやった。
でも、知りたいというからわざわざ教えてあげているのに、彼はどこか他人事のような顔で、聞いているのかいないのかもわからない。
それが妙に不気味だった。
「チョッパー、今日は良さそうな薬草は見つかった~?」
他の子供達に休憩を言い渡して、名前がチョッパーのもとへと駆け寄る。
彼は、幾つかの葉っぱや虫について、エースに調べてもらったことを伝えた後、今度は、名前に花の名前を訊ねた。
シロツメクサだった。
よく見るそれよりもだいぶ小さく、足元の地面からなんとか這い出て、先に白い花を咲かせている。
「うーーーん、なんだろう?わかんないな。」
名前は、白い花を覗き込むと、不思議そうにしきりに首を傾げた。
こんなのも知らないのかよ———呆れたのと、自分だけがこの花の名前を知っている優越感がエースの心によぎった。
そして、その名前を彼らに教えてやろうとしたときだった。
「チョッパーは、この花の名前を知ってる?」
「知ってるよ、シロツメクサだよ。」
チョッパーが、自慢気に答えた。
「あぁ!!これが、シロツメクサって言うんだ!!」
は?————エースからは、小さな声が漏れたけれど、名前は大袈裟なくらいに目を大きく見開いて、感嘆の声を上げた。
そうすれば、チョッパーの口の端は、さっきよりも余計に自慢気に上がっていった。
「そうだよ。でも、これは本当は春に咲く花なんだ。」
「そうなの?でも、今は冬だよ。」
「うん、だからこれは、奇跡のシロツメクサだと思う。」
「奇跡のシロツメクサ!!!」
名前が驚いた声を上げる中、チョッパーは、自分が導き出した答えに満足した様子で頷く。
そして、シロツメクサという花の特徴や花を咲かせる通常の時期について、分かりやすく名前に説明していった。
それを聞きながら、エースは気づく。
エースに葉っぱや虫の名前を聞く前に、彼がブツブツと繰り返していたそれが、今、名前に説明しているそれとほとんど完璧に重なったのだ。
(あぁ、そうかコイツ…。)
エースは、漸く分かった。
チョッパーが何をしたかったのか、名前が何をしてやりたかったのか。
彼は、きっと、今日の日のために、一生懸命に覚えてきたのだろう。
そしてそれを、何度も何度も復唱して確認した後、勇気を出してエースに声をかけたのだ。
でも、エースは、何も考えずに、スマホで簡単に調べて彼に教えることで満足していた。
どうして気づいてやれなかったのか————途端に、自分のことが恥ずかしくなった。
名前にその気持ちを吐露してしまえば、彼に初めて出会ったばかりなのだから分からなくてもおかしなことじゃないし、気にする必要はない———と言うのだろう。
でも、そうではない。
だって、名前は、彼と何度の出会いで、彼の気持ちに気づいたのだろうと考えたら、答えなんて笑えるくらいにすぐに出てしまったのだ。
自分が、彼の気持ちに気づかなかった理由も、悔しいくらいに分かりきっていた。
ブツブツと喋っている姿が気味悪い———と、彼の心の声に耳を傾けなかったから気づけなかった。
ただ、それだけだ。
「なら、これは奇跡の薬になるね!!」
「先生もそう思うか!?」
「思う!!思うよ!!絶対にそうだよ!!」
「俺もそう思う!!」
瞳を一段とキラキラと輝かせたチョッパーは、嬉しそうにしながら、シロツメクサを根元から優しく抜いた。
その様子を、チョッパーよりも嬉しそうに名前が見守っている。
さっきまで、エースが〝気味が悪い〟と思っていた子供が、〝とても可愛らしい子〟に見えた。
きっとそれは、彼がさっきまではなかった笑顔を見せているからで、名前が『彼はすごく可愛い男の子だ』と思いながら、彼を見つめているからなのだろう。
名前の気持ちが、周りにいるみんなに伝染していくのだ。
人間というのは、悲しいくらいに単純なもので、誰か影響力の大きな人が『アイツはダメな人間だ。』と断言してしまえば、周りもそれに同調して、アイツのことを知りもしないで、ダメな人間だと信じ込んでしまう。
でも、そうやって何度も何度も傷つけられたエースを助けてくれたのも、こういう同調意識だったように思う。
名前が『エースは愉快で楽しくて、明るい普通の男子高生だ』と信じて接していくうちに、エースを怖がっていた同級生たちに『そうなのかもしれない』と思わせたのだ。
そして、エースという人間に触れた同級生達は、自分たちなりにエースという男を覚えていった。
だから今、エースには〝親友〟と呼べる友人が何人もいるのだ。
たったひとつの、なんでもない光景にしか見えないこの出来事は、エースの悔しさを煽るのに、十分すぎた。
ブランコと滑り台、砂場があるだけの小さな公園だ。
そこで、縦横無尽に走り回る子供達と名前は、小さな公園を思う存分に楽しんでいたけれど、エースは手持ち無沙汰だった。
元々、それぞれ何かしらの問題を抱えて不登校になっていた子供達は、公園で開放的になったからといって、エースに対する警戒心を解いてはくれなかったのだ。
彼らの心に無理やり土足で入っていってもいいのか分からずに立ち尽くすしかなかったエースは、とりあえず、1人の男の子の様子を見ていた。
チョッパーという小学一年生の小柄な男の子だ。
他の子供達は、名前と一緒に鬼ごっこを楽しんでいるというのに、彼だけは、さっきからずっと、公園の植木や雑草を観察しては何かをブツブツ言っている。
正直、気持ちが悪い。
それでも時々、何をしているのかとか、何か見つけたのかとか、声をかけてみたりはしているのだ。
でも、真剣過ぎて周りの声は何も聞こえていないようだった。
「ねぇ、先生。」
ふ、と彼が後ろを振り向いた。
目が合ったのは、確かにエースだったのだけれど、彼が呼んだ〝先生〟と自分のことが繋がらなかった。
だから、キョロキョロと辺りを見渡して、いつの間にかかくれんぼを始めていた名前の姿を探してしまったのだ。
そんなエースに、チョッパーがまた「先生。」と呼ぶ。
そこでようやく、彼が呼んでいる〝先生〟が自分だと気が付いた。
「あ、俺か。なんだ?」
少し、声が飛び跳ねていたかもしれない。
初めて〝先生〟と呼ばれたことが、くすぐったくて、素直に嬉しかったのだ。
「この葉っぱの名前は何て言うんだ?」
「葉っぱ?」
エースは、チョッパーが指さしている葉を覗き込んだ。
ギザギザの葉っぱで、先だけが黄色に染まっている。見たことのない葉っぱだった。
「待ってくれ、今から調べる。」
エースはそう言いながら、スマホでギザギザの葉っぱの写真を撮ると、それをインターネットで検索した。
答えはすぐに出てきた。
それからも、チョッパーは幾つかの葉っぱや地面を這う虫の名前を聞いてきた。
その度にエースは、その葉っぱや虫の名前、特徴の知っていることや、スマホで調べた情報を彼に教えてやった。
でも、知りたいというからわざわざ教えてあげているのに、彼はどこか他人事のような顔で、聞いているのかいないのかもわからない。
それが妙に不気味だった。
「チョッパー、今日は良さそうな薬草は見つかった~?」
他の子供達に休憩を言い渡して、名前がチョッパーのもとへと駆け寄る。
彼は、幾つかの葉っぱや虫について、エースに調べてもらったことを伝えた後、今度は、名前に花の名前を訊ねた。
シロツメクサだった。
よく見るそれよりもだいぶ小さく、足元の地面からなんとか這い出て、先に白い花を咲かせている。
「うーーーん、なんだろう?わかんないな。」
名前は、白い花を覗き込むと、不思議そうにしきりに首を傾げた。
こんなのも知らないのかよ———呆れたのと、自分だけがこの花の名前を知っている優越感がエースの心によぎった。
そして、その名前を彼らに教えてやろうとしたときだった。
「チョッパーは、この花の名前を知ってる?」
「知ってるよ、シロツメクサだよ。」
チョッパーが、自慢気に答えた。
「あぁ!!これが、シロツメクサって言うんだ!!」
は?————エースからは、小さな声が漏れたけれど、名前は大袈裟なくらいに目を大きく見開いて、感嘆の声を上げた。
そうすれば、チョッパーの口の端は、さっきよりも余計に自慢気に上がっていった。
「そうだよ。でも、これは本当は春に咲く花なんだ。」
「そうなの?でも、今は冬だよ。」
「うん、だからこれは、奇跡のシロツメクサだと思う。」
「奇跡のシロツメクサ!!!」
名前が驚いた声を上げる中、チョッパーは、自分が導き出した答えに満足した様子で頷く。
そして、シロツメクサという花の特徴や花を咲かせる通常の時期について、分かりやすく名前に説明していった。
それを聞きながら、エースは気づく。
エースに葉っぱや虫の名前を聞く前に、彼がブツブツと繰り返していたそれが、今、名前に説明しているそれとほとんど完璧に重なったのだ。
(あぁ、そうかコイツ…。)
エースは、漸く分かった。
チョッパーが何をしたかったのか、名前が何をしてやりたかったのか。
彼は、きっと、今日の日のために、一生懸命に覚えてきたのだろう。
そしてそれを、何度も何度も復唱して確認した後、勇気を出してエースに声をかけたのだ。
でも、エースは、何も考えずに、スマホで簡単に調べて彼に教えることで満足していた。
どうして気づいてやれなかったのか————途端に、自分のことが恥ずかしくなった。
名前にその気持ちを吐露してしまえば、彼に初めて出会ったばかりなのだから分からなくてもおかしなことじゃないし、気にする必要はない———と言うのだろう。
でも、そうではない。
だって、名前は、彼と何度の出会いで、彼の気持ちに気づいたのだろうと考えたら、答えなんて笑えるくらいにすぐに出てしまったのだ。
自分が、彼の気持ちに気づかなかった理由も、悔しいくらいに分かりきっていた。
ブツブツと喋っている姿が気味悪い———と、彼の心の声に耳を傾けなかったから気づけなかった。
ただ、それだけだ。
「なら、これは奇跡の薬になるね!!」
「先生もそう思うか!?」
「思う!!思うよ!!絶対にそうだよ!!」
「俺もそう思う!!」
瞳を一段とキラキラと輝かせたチョッパーは、嬉しそうにしながら、シロツメクサを根元から優しく抜いた。
その様子を、チョッパーよりも嬉しそうに名前が見守っている。
さっきまで、エースが〝気味が悪い〟と思っていた子供が、〝とても可愛らしい子〟に見えた。
きっとそれは、彼がさっきまではなかった笑顔を見せているからで、名前が『彼はすごく可愛い男の子だ』と思いながら、彼を見つめているからなのだろう。
名前の気持ちが、周りにいるみんなに伝染していくのだ。
人間というのは、悲しいくらいに単純なもので、誰か影響力の大きな人が『アイツはダメな人間だ。』と断言してしまえば、周りもそれに同調して、アイツのことを知りもしないで、ダメな人間だと信じ込んでしまう。
でも、そうやって何度も何度も傷つけられたエースを助けてくれたのも、こういう同調意識だったように思う。
名前が『エースは愉快で楽しくて、明るい普通の男子高生だ』と信じて接していくうちに、エースを怖がっていた同級生たちに『そうなのかもしれない』と思わせたのだ。
そして、エースという人間に触れた同級生達は、自分たちなりにエースという男を覚えていった。
だから今、エースには〝親友〟と呼べる友人が何人もいるのだ。
たったひとつの、なんでもない光景にしか見えないこの出来事は、エースの悔しさを煽るのに、十分すぎた。