◇第二十五話◇お嬢様の過去
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「どういうことだ。お前の母親は、キヨミじゃねぇのか。」
不意に隣から質問が飛んできた。
そういえば、リヴァイがいるのだった——すっかり忘れていた。
「生みの親も最低だけど、あの女は傲慢で金にがめつい悪魔よ。
私に適当な男をあてがって、始祖の血を引く子供を産ませることしか頭にないんだから。」
キヨミ・アズマビトに初めて会ったのは、なまえが10歳のときだ。
母親が死んでからおよそ1年が過ぎた頃だった。まるで、孤独に蝕まれたなまえが衰弱していくのを今か今かと待ちかまえていたハイエナのような登場だったのを思い出す。
なんとか寒い夜を独りで堪え、昇り始めた太陽を恨めしく睨んでいた朝だ。
神様はまだ自分を死なせてはくれないのかと、まだ続く地獄に絶望していたところに、キヨミがボディーガードを引き連れて現れたのだ。
『あなたは今日から私の娘です。』
言っている意味が分からなかった。
ただ、キヨミが身につけている着物は、眩しいくらいにひどく綺麗で、良い香りがした。
死ぬのを待つだけの人間の掃き溜めになっている裏路地にはあまりにも不釣り合い過ぎて、この世のものではない何かを見ているのだと思ったくらいだ。
何も説明がないまま、なまえはキヨミのボディーガードに抱えられて車に詰め込まれた。
見たこともない大きな屋敷では侍女達が待ち構えていて、広い風呂で汚れ切った身体を洗われた。長年かけてなまえにこびりついた垢は、広い風呂を真っ黒にしたほどだった。
初めて会ったときは無表情だった侍女達は、臭いと汚さに吐き気を催して、順番ずつに風呂場を出て吐きに行っていたくらいだ。
そして、なまえが気づいたときには、あの美しい着物に包まれていた。
『いつかあなたは殿方と結婚して、その尊い血を繋げていかなければなりません。』
何処で聞きつけたのか、キヨミはなまえの母親が始祖ユミルの末裔だと知っていた。
だから、なまえの前に現れて、屋敷へと連れて行き、お嬢様として育てたのだ。
なまえは、キヨミが始祖ユミルの末裔の男との間に産んだ娘だということになっている。
真実を知っているのは、キヨミとアズマビト家の極僅かだけだ。
「言っておくけど、私は誰とも子を成す気なんてないわよ。」
墓石を睨みつけていたなまえの視線が、しばらくぶりにリヴァイに向いた。
リヴァイが、片眉を上げて不機嫌な表情を浮かべる。
言葉の意味を理解したのかは分からない。
なまえが、キヨミの本当の娘であることをリヴァイは知らなかったようだ。
ということは、〝ココ〟になまえがいる理由も分からず、ただただ面倒な子守を押し付けられているだけだと信じていたのかもしれない。
正直、どちらだっていい。
最低な真実がひとつある。それが、なまえにとってのすべてだ。
「あなたのところのボスは、あの悪魔の口車に乗せられてるのよ。
始祖ユミルの末裔の私をうまく口説き落として、子を産ませれたなら
調査兵団は、これから未来永劫、始祖の力を引く巨人を所持できるってね。」
リヴァイが、切れ長の瞳を僅かに見開いた。
どうやら、彼は本当に何も知らなかったようだ。
けれど、だから何だというのか。
なまえにとって、この世にいるのは敵だけだ。
味方なんて存在しない。
「金と地位に目が眩んだマーレの男達はみんな、
死体に沸く蛆虫のように私の周りに集まってきたわ。」
自分の容姿が恵まれていることをなまえが知ったのは、キヨミに『娘』と呼ばれるようになってから比較的すぐだった。
社交界の場に出れば、男は皆、なまえに見惚れ、女達は嫉妬に狂った。
いつだって、なまえは話題の中心だった。
息を潜めて生きてきたなまえのそばには、常に誰かがいるようになったのだ。
けれど、比例するように孤独感は増していくだけだった。
彼らが見ていたのは、なまえではなくその美しすぎる容姿。そして、アズマビト家当主の一人娘という肩書きと始祖ユミルの血だ。
優しく耳心地の良い言葉の奥に、なまえへの慈しみなんてほんの一欠けらもなかった。
「少し意地悪してやったら、私が放つ腐臭に耐えきれずに皆逃げて行ったわ。
今では、私と結婚したい男なんて、マーレにはひとりもいない。」
愚かなマーレの男達は、なまえは悪魔の化身なのかもしれないと本気で疑っていると
これで、悪魔の血もこれで絶えると安心していた。
そんなときに現れたのが、パラディ島という未知の島から調査兵達だ。
「あの女にとって、マーレの外にエルディアの血を引く人間が生存してたことは幸運だったでしょうね。」
調査兵団の兵士達を必死にもてなしていたキヨミを思い出すと、笑いと嫌悪感がこれでもかという程に腹の底から込み上げてくる。
自分の計画はまだ調整可能だと知ったあの女のギラついた瞳とは裏腹に、なまえの気持ちは沈んでいった。
けれど、そんななまえの気持ちを察して、優しい言葉をかけてくれる人間なんていない。
なまえはどこにいても、誰といても、孤独だ。
きっとこれからも、一生———。
「あの女は本当に馬鹿だわ。
誰が、悪魔と結婚したいと思う?誰が、悪魔を愛するというの。」
エルディア人は、悪魔の末裔と呼ばれている。
始祖ユミルは、諸悪の根源だ。そして、その血をなまえは受け継いでいる。
地位と名誉に加えて、世界を黙らせることのできる強大な力を手に入れられると信じて近づいてくる人間は多くいた。けれど、始祖ユミルの血を引くなまえを軽蔑し、酷い言葉を投げつけてくる人間も少なくはなかった。
幼心に、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか———と傷つき悩んだこともある。
けれど、今ではもうそういうものだと受け入れている。
『私は悪魔だ。』
そう思えば、生きるのが少しだけ楽になった。
アハハ————声を上げて笑った。
久しぶりに聞いた自分の笑い声は、渇いて寒くて、耳に届いた途端に反吐が出そうになった。
不意に隣から質問が飛んできた。
そういえば、リヴァイがいるのだった——すっかり忘れていた。
「生みの親も最低だけど、あの女は傲慢で金にがめつい悪魔よ。
私に適当な男をあてがって、始祖の血を引く子供を産ませることしか頭にないんだから。」
キヨミ・アズマビトに初めて会ったのは、なまえが10歳のときだ。
母親が死んでからおよそ1年が過ぎた頃だった。まるで、孤独に蝕まれたなまえが衰弱していくのを今か今かと待ちかまえていたハイエナのような登場だったのを思い出す。
なんとか寒い夜を独りで堪え、昇り始めた太陽を恨めしく睨んでいた朝だ。
神様はまだ自分を死なせてはくれないのかと、まだ続く地獄に絶望していたところに、キヨミがボディーガードを引き連れて現れたのだ。
『あなたは今日から私の娘です。』
言っている意味が分からなかった。
ただ、キヨミが身につけている着物は、眩しいくらいにひどく綺麗で、良い香りがした。
死ぬのを待つだけの人間の掃き溜めになっている裏路地にはあまりにも不釣り合い過ぎて、この世のものではない何かを見ているのだと思ったくらいだ。
何も説明がないまま、なまえはキヨミのボディーガードに抱えられて車に詰め込まれた。
見たこともない大きな屋敷では侍女達が待ち構えていて、広い風呂で汚れ切った身体を洗われた。長年かけてなまえにこびりついた垢は、広い風呂を真っ黒にしたほどだった。
初めて会ったときは無表情だった侍女達は、臭いと汚さに吐き気を催して、順番ずつに風呂場を出て吐きに行っていたくらいだ。
そして、なまえが気づいたときには、あの美しい着物に包まれていた。
『いつかあなたは殿方と結婚して、その尊い血を繋げていかなければなりません。』
何処で聞きつけたのか、キヨミはなまえの母親が始祖ユミルの末裔だと知っていた。
だから、なまえの前に現れて、屋敷へと連れて行き、お嬢様として育てたのだ。
なまえは、キヨミが始祖ユミルの末裔の男との間に産んだ娘だということになっている。
真実を知っているのは、キヨミとアズマビト家の極僅かだけだ。
「言っておくけど、私は誰とも子を成す気なんてないわよ。」
墓石を睨みつけていたなまえの視線が、しばらくぶりにリヴァイに向いた。
リヴァイが、片眉を上げて不機嫌な表情を浮かべる。
言葉の意味を理解したのかは分からない。
なまえが、キヨミの本当の娘であることをリヴァイは知らなかったようだ。
ということは、〝ココ〟になまえがいる理由も分からず、ただただ面倒な子守を押し付けられているだけだと信じていたのかもしれない。
正直、どちらだっていい。
最低な真実がひとつある。それが、なまえにとってのすべてだ。
「あなたのところのボスは、あの悪魔の口車に乗せられてるのよ。
始祖ユミルの末裔の私をうまく口説き落として、子を産ませれたなら
調査兵団は、これから未来永劫、始祖の力を引く巨人を所持できるってね。」
リヴァイが、切れ長の瞳を僅かに見開いた。
どうやら、彼は本当に何も知らなかったようだ。
けれど、だから何だというのか。
なまえにとって、この世にいるのは敵だけだ。
味方なんて存在しない。
「金と地位に目が眩んだマーレの男達はみんな、
死体に沸く蛆虫のように私の周りに集まってきたわ。」
自分の容姿が恵まれていることをなまえが知ったのは、キヨミに『娘』と呼ばれるようになってから比較的すぐだった。
社交界の場に出れば、男は皆、なまえに見惚れ、女達は嫉妬に狂った。
いつだって、なまえは話題の中心だった。
息を潜めて生きてきたなまえのそばには、常に誰かがいるようになったのだ。
けれど、比例するように孤独感は増していくだけだった。
彼らが見ていたのは、なまえではなくその美しすぎる容姿。そして、アズマビト家当主の一人娘という肩書きと始祖ユミルの血だ。
優しく耳心地の良い言葉の奥に、なまえへの慈しみなんてほんの一欠けらもなかった。
「少し意地悪してやったら、私が放つ腐臭に耐えきれずに皆逃げて行ったわ。
今では、私と結婚したい男なんて、マーレにはひとりもいない。」
愚かなマーレの男達は、なまえは悪魔の化身なのかもしれないと本気で疑っていると
これで、悪魔の血もこれで絶えると安心していた。
そんなときに現れたのが、パラディ島という未知の島から調査兵達だ。
「あの女にとって、マーレの外にエルディアの血を引く人間が生存してたことは幸運だったでしょうね。」
調査兵団の兵士達を必死にもてなしていたキヨミを思い出すと、笑いと嫌悪感がこれでもかという程に腹の底から込み上げてくる。
自分の計画はまだ調整可能だと知ったあの女のギラついた瞳とは裏腹に、なまえの気持ちは沈んでいった。
けれど、そんななまえの気持ちを察して、優しい言葉をかけてくれる人間なんていない。
なまえはどこにいても、誰といても、孤独だ。
きっとこれからも、一生———。
「あの女は本当に馬鹿だわ。
誰が、悪魔と結婚したいと思う?誰が、悪魔を愛するというの。」
エルディア人は、悪魔の末裔と呼ばれている。
始祖ユミルは、諸悪の根源だ。そして、その血をなまえは受け継いでいる。
地位と名誉に加えて、世界を黙らせることのできる強大な力を手に入れられると信じて近づいてくる人間は多くいた。けれど、始祖ユミルの血を引くなまえを軽蔑し、酷い言葉を投げつけてくる人間も少なくはなかった。
幼心に、なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか———と傷つき悩んだこともある。
けれど、今ではもうそういうものだと受け入れている。
『私は悪魔だ。』
そう思えば、生きるのが少しだけ楽になった。
アハハ————声を上げて笑った。
久しぶりに聞いた自分の笑い声は、渇いて寒くて、耳に届いた途端に反吐が出そうになった。