◇第二十四話◇お嬢様と墓石
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紫に染まる空の下に広がる墓地は、昼間に見るそれよりも嫌に大きく寂しく感じる。
リヴァイには、いつも向かう場所がある。墓地に入ってそのまま真っ直ぐに進み、途中で左に曲がって少し行くと辿り着く墓標には、リヴァイにとって家族のような存在だった友人達の名前が刻まれている。
騒がしかった彼らが静かに眠っているとは思えないそれには、定型文の『安らかに眠る』の文字が添えられている。
だからだろうか。
ワルガキの代名詞だったような彼らがここにいるとは、どうしても思えないのだ。
いや、そもそも彼らはこんなところにはいない。
あの日、無惨に散った彼らの遺体は巨人の巣郷に置き去りにしてきた。そして、壁の外を自由に動き回れるようになった今となっては、覚えていない場所に戻ることは出来ない。
彼らの亡骸にすら、もう二度と触れられないのだ。
リヴァイは、いつもの癖で友人の墓標へと向かおうとしていた足を意識的に止める。
なまえを探すために広い墓地に視線を這わせてみれば、整然と並ぶ墓標がどこまでも続いているばかりで人影すら見当たらない。
それでも、彼女が座り込んでいたのなら墓石に隠れて姿は見えないだろうし、万が一にでも倒れていたら問題だ。
(仕方ねぇな。)
面倒だと思いながらも、お嬢様の護衛という任務を放棄するわけにはいかない。
リヴァイは、何処までも続く墓標の列をひとつずつ確認していく。
比較的新しい墓標の列には、リヴァイの知る仲間達の名前が並んでいた。
もちろん、今のリヴァイには懐かしい仲間ひとりひとりとゆっくり語り合う時間はない。
素早く通り過ぎているはずなのに、脳裏には在りし日の彼らの記憶が絶え間なく蘇り続けるのだ。
厳しい訓練に負けそうになりながらもなんとか強くあろうとした者、もう辞めてしまいたいと弱音を零しながらも最期は勇敢に仲間を守りきった者、屈託のない笑顔を絶やさないムードメーカーだったのに今際の間際に恐怖に耐えきれず号泣していた者、結婚を約束した恋人がいた者、もうすぐ産まれてくる子供の為に一生懸命に名前を考えていた者————誰を想い浮かべても、身勝手に命を奪われてもいい人間なんてひとりもいない。
墓標に刻まれた名前がリヴァイの知らないものに変わりだしてしばらくした頃、なまえの姿を見つけた。
数えきれないほどの墓標が、夕日に照らされて真っ赤に染まっている。
その真ん中に、なまえはいた。
汚い土の上にお嬢様が座るわけがない———そんなことを言ってリヴァイの兵団服を地面に敷いていたはずの彼女は、土が剥き出しの固い地面に尻をつけ座り込んでいる。
折り曲げても邪魔そうなくらいに長い脚を自分の胸元に抱き寄せた格好で、目の前の墓標をぼんやりと眺めているようだった。
けれど、リヴァイは思わず血の気が引いたのだ。
たぶん、夕日に照らされるなまえが、真っ赤な血に染まっているように見えたせいだ。
なまえの横顔は、相も変わらず美しい。
まるで作りもののようだ。だからなのか、彼女の横顔が死んだ人間のそれに見えたのだ。
いや、それは、血汗を流して人間臭く死んでいった仲間達に失礼だ。
人間が死ぬときは、あんなに綺麗じゃない。美しくもない。
ただ無惨で、惨くて、残酷だ。
けれど、胸が潰されそうになる———この息苦しさは、仲間が死んでいったときと似ている気がする。
酷く焦って、思わず駆けだそうとしたリヴァイは、それが自分の勘違いだと気づいて足を止めた———そのはずだった。
けれど、気づいたときにはもう、リヴァイはなまえの元へ駆けつけていた。
駆け寄った勢いのまま強く肩を掴めば、彼女がビクッと身体を震わせて顔を上げる。
なまえは、ひどく驚いた表情を浮かべていた。
そして、自分の行動に驚いたリヴァイも、おそらく似たような表情をしていたはずだ。
見開いた瞳を重ね合わせて、2人の時間が数秒止まる。
先に口を開いたのは、なまえの方だった。
「なに?お説教でもしてきたの。」
重なっていた視線を煩わし気に逸らしたなまえは、ひどく面倒臭そうに言う。
そして、数秒前もそうしていたように、目の前の墓標をぼんやりと眺め始めた。
珍しく浮かんでいた人間らしい表情は消え、精巧な美しい人形のようになっている。
「説教されることでもしたのか。」
リヴァイの言葉に、なまえの片眉がピクリと反応する。
なまえがチラリとリヴァイを見る。けれど、またすぐに興味なさそうな表情に戻り、墓標に視線を向ける。
どうやら、まだここに居座る気らしい。
帰るように促したって、文句を言われて終わりだ。いや、無視をされるだけかもしれない。
「穴があくほど見たところで、墓石の下から死人が這い出てくることはねぇぞ。」
無理に宿舎へと連れて帰ることを諦めて、リヴァイはなまえの隣に腰をおろした。
夕陽が顔を出してしばらく経っているからなのか、土がひんやりと冷たい。
「知ってるわ、そんなこと。」
冗談のつもりだった。
どうせ無視されるのだろうと思っていたから、素っ気ないものだったものの返事があったのは意外だった。
「こんなとこで何してんだ。」
今度こそ、なまえから返事はなかった。
折り曲げた両膝を抱き寄せた格好で、何の罪のない墓石を睨みつけ続けている。
「————あなたは何も知らないでしょうから、教えてあげるわ。」
不意に、なまえが口を開いた。
沈黙が始まってから、どれくらい経っただろうか。
赤かった空は、紫を濃くしている。
確かに、話しかけるような言葉だったはずだけれど、彼女の視線は相変わらず墓石を睨みつけたままだ。リヴァイの方を向くつもりはないらしい。
「私はずっと、死にたいと思いながら生きてきた。」
唐突に始まった話は、始まりから不穏なものだった。
リヴァイには、いつも向かう場所がある。墓地に入ってそのまま真っ直ぐに進み、途中で左に曲がって少し行くと辿り着く墓標には、リヴァイにとって家族のような存在だった友人達の名前が刻まれている。
騒がしかった彼らが静かに眠っているとは思えないそれには、定型文の『安らかに眠る』の文字が添えられている。
だからだろうか。
ワルガキの代名詞だったような彼らがここにいるとは、どうしても思えないのだ。
いや、そもそも彼らはこんなところにはいない。
あの日、無惨に散った彼らの遺体は巨人の巣郷に置き去りにしてきた。そして、壁の外を自由に動き回れるようになった今となっては、覚えていない場所に戻ることは出来ない。
彼らの亡骸にすら、もう二度と触れられないのだ。
リヴァイは、いつもの癖で友人の墓標へと向かおうとしていた足を意識的に止める。
なまえを探すために広い墓地に視線を這わせてみれば、整然と並ぶ墓標がどこまでも続いているばかりで人影すら見当たらない。
それでも、彼女が座り込んでいたのなら墓石に隠れて姿は見えないだろうし、万が一にでも倒れていたら問題だ。
(仕方ねぇな。)
面倒だと思いながらも、お嬢様の護衛という任務を放棄するわけにはいかない。
リヴァイは、何処までも続く墓標の列をひとつずつ確認していく。
比較的新しい墓標の列には、リヴァイの知る仲間達の名前が並んでいた。
もちろん、今のリヴァイには懐かしい仲間ひとりひとりとゆっくり語り合う時間はない。
素早く通り過ぎているはずなのに、脳裏には在りし日の彼らの記憶が絶え間なく蘇り続けるのだ。
厳しい訓練に負けそうになりながらもなんとか強くあろうとした者、もう辞めてしまいたいと弱音を零しながらも最期は勇敢に仲間を守りきった者、屈託のない笑顔を絶やさないムードメーカーだったのに今際の間際に恐怖に耐えきれず号泣していた者、結婚を約束した恋人がいた者、もうすぐ産まれてくる子供の為に一生懸命に名前を考えていた者————誰を想い浮かべても、身勝手に命を奪われてもいい人間なんてひとりもいない。
墓標に刻まれた名前がリヴァイの知らないものに変わりだしてしばらくした頃、なまえの姿を見つけた。
数えきれないほどの墓標が、夕日に照らされて真っ赤に染まっている。
その真ん中に、なまえはいた。
汚い土の上にお嬢様が座るわけがない———そんなことを言ってリヴァイの兵団服を地面に敷いていたはずの彼女は、土が剥き出しの固い地面に尻をつけ座り込んでいる。
折り曲げても邪魔そうなくらいに長い脚を自分の胸元に抱き寄せた格好で、目の前の墓標をぼんやりと眺めているようだった。
けれど、リヴァイは思わず血の気が引いたのだ。
たぶん、夕日に照らされるなまえが、真っ赤な血に染まっているように見えたせいだ。
なまえの横顔は、相も変わらず美しい。
まるで作りもののようだ。だからなのか、彼女の横顔が死んだ人間のそれに見えたのだ。
いや、それは、血汗を流して人間臭く死んでいった仲間達に失礼だ。
人間が死ぬときは、あんなに綺麗じゃない。美しくもない。
ただ無惨で、惨くて、残酷だ。
けれど、胸が潰されそうになる———この息苦しさは、仲間が死んでいったときと似ている気がする。
酷く焦って、思わず駆けだそうとしたリヴァイは、それが自分の勘違いだと気づいて足を止めた———そのはずだった。
けれど、気づいたときにはもう、リヴァイはなまえの元へ駆けつけていた。
駆け寄った勢いのまま強く肩を掴めば、彼女がビクッと身体を震わせて顔を上げる。
なまえは、ひどく驚いた表情を浮かべていた。
そして、自分の行動に驚いたリヴァイも、おそらく似たような表情をしていたはずだ。
見開いた瞳を重ね合わせて、2人の時間が数秒止まる。
先に口を開いたのは、なまえの方だった。
「なに?お説教でもしてきたの。」
重なっていた視線を煩わし気に逸らしたなまえは、ひどく面倒臭そうに言う。
そして、数秒前もそうしていたように、目の前の墓標をぼんやりと眺め始めた。
珍しく浮かんでいた人間らしい表情は消え、精巧な美しい人形のようになっている。
「説教されることでもしたのか。」
リヴァイの言葉に、なまえの片眉がピクリと反応する。
なまえがチラリとリヴァイを見る。けれど、またすぐに興味なさそうな表情に戻り、墓標に視線を向ける。
どうやら、まだここに居座る気らしい。
帰るように促したって、文句を言われて終わりだ。いや、無視をされるだけかもしれない。
「穴があくほど見たところで、墓石の下から死人が這い出てくることはねぇぞ。」
無理に宿舎へと連れて帰ることを諦めて、リヴァイはなまえの隣に腰をおろした。
夕陽が顔を出してしばらく経っているからなのか、土がひんやりと冷たい。
「知ってるわ、そんなこと。」
冗談のつもりだった。
どうせ無視されるのだろうと思っていたから、素っ気ないものだったものの返事があったのは意外だった。
「こんなとこで何してんだ。」
今度こそ、なまえから返事はなかった。
折り曲げた両膝を抱き寄せた格好で、何の罪のない墓石を睨みつけ続けている。
「————あなたは何も知らないでしょうから、教えてあげるわ。」
不意に、なまえが口を開いた。
沈黙が始まってから、どれくらい経っただろうか。
赤かった空は、紫を濃くしている。
確かに、話しかけるような言葉だったはずだけれど、彼女の視線は相変わらず墓石を睨みつけたままだ。リヴァイの方を向くつもりはないらしい。
「私はずっと、死にたいと思いながら生きてきた。」
唐突に始まった話は、始まりから不穏なものだった。