◇No.26◇海賊達は火の海を泳ぎます
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助けてくれ、とにかく来て——。
必死の形相でそればかりを繰り返し、なまえの手首を掴んで走ったアルミンに連れられて、ハートの海賊団の船員や町の男達は、火の海と化した町の奥へとやって来ました。
そこは、エレンの家の前でした。
小さな町で唯一の診療所と兼ねて建てられた立派な大きな家は、オレンジ色の炎に包まれ、これでもかというほどに高い火柱を上げていました。
逃げ遅れた住人を助けるために、炎の中に飛び込んだ海賊達ではありましたが、これほどまでに大きな炎に包まれた家は、目の前のエレンの実家だけです。
エレンが海賊を煽ったことで、ガソリンを撒かれたとアルミンも言っていたので、この家が火の海の始まりだったのかもしれませ
ん。
「エレン…!!エレンーーーッ!!」
「危ぇよ、カルラ!!」
炎の熱気で、誰も近づくことすら出来ない状況の中、カルラだけが泣き喚きながら、炎に包まれた家に今にも駆けだそうとしていました。
そんな彼女を、数名の男達が羽交い絞めにして必死に止めています。
そのすぐそばでは、ミカサが雪の上に膝をついて、呆然とした顔で炎に包まれた家を見上げていました。
「エレンが…!助けに行かせて…っ!」
「無茶言うな、お前まで死んじまう!!」
「だって、エレンが…ッ!」
「諦めろ…!!この炎だ…っ、もう…っ、アンタの息子は…。」
「いや…っ、いやぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
カルラの悲痛な叫びが、炎が燃え上がる火の海に響き渡りました。
アルミンに助けてくれと懇願されて町へやって来て、最初に火の海と化した町を見たときに、これ以上の地獄はないと思うほどの惨状に言葉をなくした海賊達でしたが、今目の前に繰り広げられている悲劇は、ないと思っていたはずのそれ以上の地獄でした。
「なまえさんなら、どんな灼熱地獄でも耐えられるんでしょう!?
お願いだ…!!エレンを助けてよ…!!」
アルミンが、なまえの手首を掴んだままで、懇願するように叫んだ。
そういうことか——。
火の海の向こうから走って来てすぐに、アルミンが他の誰でもなくなまえの手を掴んだ理由を、船員達は全員理解しました。
アルミンの叫びを聞いた町の住人達が、それはどういうことだと近寄ってきます。
「なまえさんはロボットなんでしょう!?
海軍大将のサカズキさんのマグマにだって、耐えられたって
昨日、話してるのを聞いた…!それなら…!この炎くらい、大丈夫でしょう!?」
だから…!!——。
アルミンが、なまえに懇願しました。
その話を聞いた町の住人達も、ロボットということは半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで「それなら助けてくれ。」となまえを急かします。
その向こうでは、相変わらず、カルラがエレンの名を叫び泣き喚いていて、ミカサが呆然とした様子で火柱を見上げています。
地獄の中で、なまえを唯一の希望だと思ったアルミンの気持ちを、ハートの海賊団の船員達も理解はしています。
でも、アルミンに助けてくれと懇願され、当然のように助けてくれるだろうと思っている町の住人達の顔を見ている彼ら達の心は、すぐそこで燃え盛る炎とは正反対に、まるで氷のようにスーッと冷めていきました。
「お前さ、自分が何言ってんのか、分かってんの?」
アルミンを見下ろし、冷たく訊ねたのは、シャチでした。
「わ…っ、分かってます…!」
「いいや、分かってねぇよ。なまえは、昨日、てめぇの大切な友人に
頭から冷水ぶっかけられたんだ。運が悪けりゃ壊れてた。」
ペンギンが答えます。
「それも…っ、分かってます…!悪かったと、思ってます…っ!」
アルミンが言います。
その間も、家を包む炎は、バチバチと大きな音を立てていました。
早く助けなければ、本当に手遅れになってしまう——。
アルミンも、町の住人も焦っていました。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早く助けてくれよ!!
そこの姉ちゃんなら、この火の中に入って行けるんだろう!?
ほら!早く行って、助けてやってくれ!!」
町の住人の男が、なまえの腕を掴みました。
なまえの隣に立っていたローが、これでもかというほどに眉間に皴を刻みました。
そして、男の手首を掴んで、捻り上げました。
男が、痛みに顔を歪めます。
「…ッ。」
「マグマに耐えられるから、この地獄の中でも大丈夫だって言ったか?
炎で倒れた柱が落ちてきたらどうする?コイツの身体が壊れたら、お前は直してやれるのか?」
「それは…っ、でも、エレンが…!アイツの親には恩があるんだ…!
どうにか助けてやりてぇんだよ…!」
「恩があってもお前は助けに行けねぇのに、海賊ってだけで恨まれて恩の欠片もねぇコイツに
地獄に飛び込んで、クソガキのために死んで来いと言ってんのが、てめぇは分からねぇのか。」
長身のローにギロリと睨み見下ろされ、痛みに顔を歪めていた男から血の気が引いていきます。
男が弱々しく謝ると、ローは、チッと舌打ちをして投げ捨てるように手を離しました。
尻もちをつくようにして倒れた男は、雪の上で頭を抱えました。
彼にとってもエレンは、ずっと可愛がっていた我が子のような存在だったのです。
エレンの親であるグリシャとカルラとも親交があります。
どうにか、助けてやりたかっただけなのです。
どうにかして、助けてやりたいけれど、自分は炎の中に飛び込む勇気は、ないのです。
それが悔しくて、男は唸るような悲鳴を上げました。
「おい、ガキ。」
ペンギンがアルミンに声をかけました。
ビクッと肩を震わせたアルミンが、ペンギンをはじめとして、自分を冷めた目で見ているハートの海賊団の船員達に、怯えながら視線を向けます。
「エレンってのは、この世の海賊を駆逐するんだったよな?」
「そ…、それは…。」
「俺達のことを散々邪険にして、死ねと言っておいて、
自分が死にそうだったら、その海賊に助けてもらうのか?
都合が良すぎるとは思わねぇのか?」
「ご…、ごめんなさい…っ!でも、エレンだって悪気があったわけじゃ…!」
「悪気がなかったら、会ったこともねぇ俺達を
海賊だからって凍死させようとしたっていいのか?」
「ち…っ、違うけど…!」
「この地獄もエレンってガキが余計なことしたせいなんだろ。自業自得じゃねぇか。
他の奴が死ななかっただけマシだと思え。
それに、俺達は、やれることはやった。その炎じゃどっちみちもう無理だ。」
友達のことは諦めろ——。
ペンギンが冷たく突き放しました。
でも、アルミンは諦めません。
絶対に、諦めません。
ハートの海賊団の船員達は知りませんが、それが、喧嘩も気も弱いアルミンの強さなのです。
「エレンは…!確かに無鉄砲なところがあるけど…!でも、誰よりも正義感が強いだけなんだ!!
今だって!!ミカサの両親の写真を取りに戻ったんだよ…!
ミカサの…!!唯一の両親に会えるたったひとつの宝物だったから…!!」
アルミンは、目にいっぱいの涙を浮かべて、叫びました。
絶対に、絶対に、涙を零さないようにと必死に耐えて、友達の為に恐ろしい海賊達と戦います。
だって、彼の大切な友人は今、炎の中で生きるか死ぬかの戦いをしているのです。
アルミンも、こんなところで海賊に負けてはいられません。
エレンが、炎の中に飛び込んだ理由を知った海賊達は、無鉄砲な少年のことを不憫には思いました。
でも、だからと言って、助けに行くかと言われたらそれとこれとは話が別です。
船長であるローが言った通り、幾らなまえがマグマに耐えられる身体を持っているのだとしても、炎に包まれた柱に押しつぶされたり、身体が壊れて晒された部品や電子回路に火が燃え移ってしまえば、さすがに修復は出来ません。
それは、機械であるなまえこそが、自分の身体の弱点として熟知していました。
純粋に高温に耐えうる身体と、屈強な身体、というのは別物なのです。
「ごめん、助けられないよ。俺達だってなまえを失いたくない。」
ベポが言いました。
アルミンは、唇を噛んで拳を握りました。
今回ばかりは、町を救うために走ってくれた彼らならきっと助けてくれるだろう、と甘い考えがあったのも確かでした。
そんな自分の浅はかさと、結局、一番大切な友人を助けられなかったという悔しさで、アルミンは押し潰されてしまいそうでした。
瞬きをしたら涙が零れて落ちてしまいそうだったので、痛いくらい見開いた目で、意味もなく真っ白な雪を凝視します。
すると、涙で滲む真っ白な視界で、柘榴色のスカートが揺れたのが見えました。
ハッとして振り返れば、炎に包まれた家に向かって歩いていく華奢な後ろ姿がありました。
「なまえ!!待て!!」
ローが、片手を前に伸ばし、なまえを呼び留めました。
素直な彼女は、いつものように振り返ります。
「行かなくていい。お前まで生きて帰って来れなくなる。
無理なものは無理だ。」
「やってみなければわかりません。」
「無理だよ!!それにあのガキは、なまえのこと殺そうとしたんだよ!!
そんなやつをどうして助けるの!?」
「助けない理由が、ないからです。」
なまえが、ベポに言います。
あまりにも真っすぐな答えに、海賊達は言い返す言葉を失いました。
「この世に誕生した命はすべて、奇跡です。とても尊いものです。」
「そうかも…、しれないけど、でも…!」
「海賊を憎んでいようが、私の大好きなローを殺したいと思っていようが、
それが、エレンが死んでもいい理由にはなりません。
彼には、生きなければならない理由しか、ありません。」
なまえはそう言いながら、泣き喚くカルラと、まるで死んだような目で呆然としているミカサに視線を這わせました。
確かになまえの言う通りでした。
彼女達の為にも、エレンは絶対に死んではいけません。
生きなければならない——、そんなことはロー達だって分からないわけではありません。
でも、そのためになまえが命を投げ打つ理由はないと、そう言っているのです。
なぜなら、カルラやミカサ、アルミン達が、エレンに生きていてほしいと願うように、ハートの海賊団の船員達も、なまえに危険なことをして欲しくないのです。
非情にも誰かを切り捨て、誰かを助けるのなら、彼らは迷わず、仲間の命をとります。
そうやって、幾多の死線を越えてきたのです。
それでも、なまえがもう決めてしまっていることは、その表情から、仲間達はもう悟っていました。
不安そうなアルミンには分からなくても、仲間達には、無表情にしか見えないそれに、なまえの覚悟が見えてしまっていたのです。
「ありったけの水をかき集めて来い!!そこでくたばってる野郎共もだ!!
なまえがクソガキを助けに行ってる間に、俺達は、外から鎮火させるぞ!!」
ローの指示が飛びました。
それは、もう無理だ、と諦めている町の男達にも向けられていました。
全員でやらなければ、地獄の砦のようなこの炎を消すことなんて、出来るわけがないからです。
「あ~ぁ…、結局はこうなるって分かってたよ。
キャプテン、なんだかなんだなまえに甘ぇんだ、最近さ。」
シャチがため息交じりに言いながら、両手を組んで指の関節を鳴らしました。
他の船員達も、同じようにため息を吐いたり、苦笑を漏らしたり、文句を言ったりしていましたが、気持ちは同じでした。
ローの指示なら動きますし、なまえがエレンを助けたいと思う気持ちだって、分からないわけではありません。
それに、せっかく、この火の海から重傷者すら出さずに救出することが出来たのです。
最後の最後に、子供が1人死んでしまうなんて、後味が悪すぎます。
諦めかけていた町の男達も、まだやれることがあるのなら、となんとか奇跡を信じて動き出しました。
そのそばをなまえが、エレンを助けるために炎に包まれた家へ向かって走って行きます。
男達に指示を出しながら、ローは、華奢な背中が、燃え盛る地獄のような炎の向こうに消えていくまでずっと見送っていました。
必死の形相でそればかりを繰り返し、なまえの手首を掴んで走ったアルミンに連れられて、ハートの海賊団の船員や町の男達は、火の海と化した町の奥へとやって来ました。
そこは、エレンの家の前でした。
小さな町で唯一の診療所と兼ねて建てられた立派な大きな家は、オレンジ色の炎に包まれ、これでもかというほどに高い火柱を上げていました。
逃げ遅れた住人を助けるために、炎の中に飛び込んだ海賊達ではありましたが、これほどまでに大きな炎に包まれた家は、目の前のエレンの実家だけです。
エレンが海賊を煽ったことで、ガソリンを撒かれたとアルミンも言っていたので、この家が火の海の始まりだったのかもしれませ
ん。
「エレン…!!エレンーーーッ!!」
「危ぇよ、カルラ!!」
炎の熱気で、誰も近づくことすら出来ない状況の中、カルラだけが泣き喚きながら、炎に包まれた家に今にも駆けだそうとしていました。
そんな彼女を、数名の男達が羽交い絞めにして必死に止めています。
そのすぐそばでは、ミカサが雪の上に膝をついて、呆然とした顔で炎に包まれた家を見上げていました。
「エレンが…!助けに行かせて…っ!」
「無茶言うな、お前まで死んじまう!!」
「だって、エレンが…ッ!」
「諦めろ…!!この炎だ…っ、もう…っ、アンタの息子は…。」
「いや…っ、いやぁぁぁぁぁあああああああッ!!」
カルラの悲痛な叫びが、炎が燃え上がる火の海に響き渡りました。
アルミンに助けてくれと懇願されて町へやって来て、最初に火の海と化した町を見たときに、これ以上の地獄はないと思うほどの惨状に言葉をなくした海賊達でしたが、今目の前に繰り広げられている悲劇は、ないと思っていたはずのそれ以上の地獄でした。
「なまえさんなら、どんな灼熱地獄でも耐えられるんでしょう!?
お願いだ…!!エレンを助けてよ…!!」
アルミンが、なまえの手首を掴んだままで、懇願するように叫んだ。
そういうことか——。
火の海の向こうから走って来てすぐに、アルミンが他の誰でもなくなまえの手を掴んだ理由を、船員達は全員理解しました。
アルミンの叫びを聞いた町の住人達が、それはどういうことだと近寄ってきます。
「なまえさんはロボットなんでしょう!?
海軍大将のサカズキさんのマグマにだって、耐えられたって
昨日、話してるのを聞いた…!それなら…!この炎くらい、大丈夫でしょう!?」
だから…!!——。
アルミンが、なまえに懇願しました。
その話を聞いた町の住人達も、ロボットということは半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで「それなら助けてくれ。」となまえを急かします。
その向こうでは、相変わらず、カルラがエレンの名を叫び泣き喚いていて、ミカサが呆然とした様子で火柱を見上げています。
地獄の中で、なまえを唯一の希望だと思ったアルミンの気持ちを、ハートの海賊団の船員達も理解はしています。
でも、アルミンに助けてくれと懇願され、当然のように助けてくれるだろうと思っている町の住人達の顔を見ている彼ら達の心は、すぐそこで燃え盛る炎とは正反対に、まるで氷のようにスーッと冷めていきました。
「お前さ、自分が何言ってんのか、分かってんの?」
アルミンを見下ろし、冷たく訊ねたのは、シャチでした。
「わ…っ、分かってます…!」
「いいや、分かってねぇよ。なまえは、昨日、てめぇの大切な友人に
頭から冷水ぶっかけられたんだ。運が悪けりゃ壊れてた。」
ペンギンが答えます。
「それも…っ、分かってます…!悪かったと、思ってます…っ!」
アルミンが言います。
その間も、家を包む炎は、バチバチと大きな音を立てていました。
早く助けなければ、本当に手遅れになってしまう——。
アルミンも、町の住人も焦っていました。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早く助けてくれよ!!
そこの姉ちゃんなら、この火の中に入って行けるんだろう!?
ほら!早く行って、助けてやってくれ!!」
町の住人の男が、なまえの腕を掴みました。
なまえの隣に立っていたローが、これでもかというほどに眉間に皴を刻みました。
そして、男の手首を掴んで、捻り上げました。
男が、痛みに顔を歪めます。
「…ッ。」
「マグマに耐えられるから、この地獄の中でも大丈夫だって言ったか?
炎で倒れた柱が落ちてきたらどうする?コイツの身体が壊れたら、お前は直してやれるのか?」
「それは…っ、でも、エレンが…!アイツの親には恩があるんだ…!
どうにか助けてやりてぇんだよ…!」
「恩があってもお前は助けに行けねぇのに、海賊ってだけで恨まれて恩の欠片もねぇコイツに
地獄に飛び込んで、クソガキのために死んで来いと言ってんのが、てめぇは分からねぇのか。」
長身のローにギロリと睨み見下ろされ、痛みに顔を歪めていた男から血の気が引いていきます。
男が弱々しく謝ると、ローは、チッと舌打ちをして投げ捨てるように手を離しました。
尻もちをつくようにして倒れた男は、雪の上で頭を抱えました。
彼にとってもエレンは、ずっと可愛がっていた我が子のような存在だったのです。
エレンの親であるグリシャとカルラとも親交があります。
どうにか、助けてやりたかっただけなのです。
どうにかして、助けてやりたいけれど、自分は炎の中に飛び込む勇気は、ないのです。
それが悔しくて、男は唸るような悲鳴を上げました。
「おい、ガキ。」
ペンギンがアルミンに声をかけました。
ビクッと肩を震わせたアルミンが、ペンギンをはじめとして、自分を冷めた目で見ているハートの海賊団の船員達に、怯えながら視線を向けます。
「エレンってのは、この世の海賊を駆逐するんだったよな?」
「そ…、それは…。」
「俺達のことを散々邪険にして、死ねと言っておいて、
自分が死にそうだったら、その海賊に助けてもらうのか?
都合が良すぎるとは思わねぇのか?」
「ご…、ごめんなさい…っ!でも、エレンだって悪気があったわけじゃ…!」
「悪気がなかったら、会ったこともねぇ俺達を
海賊だからって凍死させようとしたっていいのか?」
「ち…っ、違うけど…!」
「この地獄もエレンってガキが余計なことしたせいなんだろ。自業自得じゃねぇか。
他の奴が死ななかっただけマシだと思え。
それに、俺達は、やれることはやった。その炎じゃどっちみちもう無理だ。」
友達のことは諦めろ——。
ペンギンが冷たく突き放しました。
でも、アルミンは諦めません。
絶対に、諦めません。
ハートの海賊団の船員達は知りませんが、それが、喧嘩も気も弱いアルミンの強さなのです。
「エレンは…!確かに無鉄砲なところがあるけど…!でも、誰よりも正義感が強いだけなんだ!!
今だって!!ミカサの両親の写真を取りに戻ったんだよ…!
ミカサの…!!唯一の両親に会えるたったひとつの宝物だったから…!!」
アルミンは、目にいっぱいの涙を浮かべて、叫びました。
絶対に、絶対に、涙を零さないようにと必死に耐えて、友達の為に恐ろしい海賊達と戦います。
だって、彼の大切な友人は今、炎の中で生きるか死ぬかの戦いをしているのです。
アルミンも、こんなところで海賊に負けてはいられません。
エレンが、炎の中に飛び込んだ理由を知った海賊達は、無鉄砲な少年のことを不憫には思いました。
でも、だからと言って、助けに行くかと言われたらそれとこれとは話が別です。
船長であるローが言った通り、幾らなまえがマグマに耐えられる身体を持っているのだとしても、炎に包まれた柱に押しつぶされたり、身体が壊れて晒された部品や電子回路に火が燃え移ってしまえば、さすがに修復は出来ません。
それは、機械であるなまえこそが、自分の身体の弱点として熟知していました。
純粋に高温に耐えうる身体と、屈強な身体、というのは別物なのです。
「ごめん、助けられないよ。俺達だってなまえを失いたくない。」
ベポが言いました。
アルミンは、唇を噛んで拳を握りました。
今回ばかりは、町を救うために走ってくれた彼らならきっと助けてくれるだろう、と甘い考えがあったのも確かでした。
そんな自分の浅はかさと、結局、一番大切な友人を助けられなかったという悔しさで、アルミンは押し潰されてしまいそうでした。
瞬きをしたら涙が零れて落ちてしまいそうだったので、痛いくらい見開いた目で、意味もなく真っ白な雪を凝視します。
すると、涙で滲む真っ白な視界で、柘榴色のスカートが揺れたのが見えました。
ハッとして振り返れば、炎に包まれた家に向かって歩いていく華奢な後ろ姿がありました。
「なまえ!!待て!!」
ローが、片手を前に伸ばし、なまえを呼び留めました。
素直な彼女は、いつものように振り返ります。
「行かなくていい。お前まで生きて帰って来れなくなる。
無理なものは無理だ。」
「やってみなければわかりません。」
「無理だよ!!それにあのガキは、なまえのこと殺そうとしたんだよ!!
そんなやつをどうして助けるの!?」
「助けない理由が、ないからです。」
なまえが、ベポに言います。
あまりにも真っすぐな答えに、海賊達は言い返す言葉を失いました。
「この世に誕生した命はすべて、奇跡です。とても尊いものです。」
「そうかも…、しれないけど、でも…!」
「海賊を憎んでいようが、私の大好きなローを殺したいと思っていようが、
それが、エレンが死んでもいい理由にはなりません。
彼には、生きなければならない理由しか、ありません。」
なまえはそう言いながら、泣き喚くカルラと、まるで死んだような目で呆然としているミカサに視線を這わせました。
確かになまえの言う通りでした。
彼女達の為にも、エレンは絶対に死んではいけません。
生きなければならない——、そんなことはロー達だって分からないわけではありません。
でも、そのためになまえが命を投げ打つ理由はないと、そう言っているのです。
なぜなら、カルラやミカサ、アルミン達が、エレンに生きていてほしいと願うように、ハートの海賊団の船員達も、なまえに危険なことをして欲しくないのです。
非情にも誰かを切り捨て、誰かを助けるのなら、彼らは迷わず、仲間の命をとります。
そうやって、幾多の死線を越えてきたのです。
それでも、なまえがもう決めてしまっていることは、その表情から、仲間達はもう悟っていました。
不安そうなアルミンには分からなくても、仲間達には、無表情にしか見えないそれに、なまえの覚悟が見えてしまっていたのです。
「ありったけの水をかき集めて来い!!そこでくたばってる野郎共もだ!!
なまえがクソガキを助けに行ってる間に、俺達は、外から鎮火させるぞ!!」
ローの指示が飛びました。
それは、もう無理だ、と諦めている町の男達にも向けられていました。
全員でやらなければ、地獄の砦のようなこの炎を消すことなんて、出来るわけがないからです。
「あ~ぁ…、結局はこうなるって分かってたよ。
キャプテン、なんだかなんだなまえに甘ぇんだ、最近さ。」
シャチがため息交じりに言いながら、両手を組んで指の関節を鳴らしました。
他の船員達も、同じようにため息を吐いたり、苦笑を漏らしたり、文句を言ったりしていましたが、気持ちは同じでした。
ローの指示なら動きますし、なまえがエレンを助けたいと思う気持ちだって、分からないわけではありません。
それに、せっかく、この火の海から重傷者すら出さずに救出することが出来たのです。
最後の最後に、子供が1人死んでしまうなんて、後味が悪すぎます。
諦めかけていた町の男達も、まだやれることがあるのなら、となんとか奇跡を信じて動き出しました。
そのそばをなまえが、エレンを助けるために炎に包まれた家へ向かって走って行きます。
男達に指示を出しながら、ローは、華奢な背中が、燃え盛る地獄のような炎の向こうに消えていくまでずっと見送っていました。