頭にターバンを巻いた海賊の男が乱暴に手を離すと、後ろ手をロープで結ばれたミカサが床に投げ落とされました。
ここは、アッカーマン夫妻の営む喫茶店から少し離れた場所にある家のリビングでした。
1か月ほど前に住んでいた家族が町を出たので、今は空き家になっています。
たった1か月前まではここは家族団欒の場所だったはずなのに、今では古びた床に埃が積もり、残されたテーブルやソファからは虚しさだけが漂っていました。
ミカサの見張りを任されたのは、下っ端の2人でした。
スキンヘッドの海賊がソファに座ると、ぶわっと埃が舞いました。
彼に向って、頭にターバンを巻いた海賊が、頭を掻きながら訊ねます。

「オイ、本当に売れるんだろうな、コイツは…。
　わざわざ親殺してまで連れ去ってよ…。」
「知らねぇよ。でも、船長が言ってただろ。
　鎖国のワノ国の女は高く売れるってな。」
「まぁ、そうだけどよ。」

ターバンを頭に巻いた海賊が、ミカサの前髪を鷲掴みにして顔を上げさせました。
まだ10歳の少女ですが、母親に似て綺麗な顔立ちをしています。
もう数年経てば、とても美しい女性になることは容易に想像出来ました。
ワノ国の血を引いているので、顔立ちも他の国の女性とは違います。
雰囲気もある美人です。
ですが——。

「コイツの親父はワノ国の男には見えなかったぞ？
　コイツは純血じゃねぇよ。」

ターバンを頭に巻いた海賊が言いました。
すると、スキンヘッドの男が、激昂して立ち上がりました。

「そうだよ！本当に価値があったのは母親だ！
　てめぇが殺しちまうから！！」
「し、仕方ねぇだろ！！逃げちまわねぇようにしねぇとって
　思っちまったんだよ！！」
「クソッ！！」

スキンヘッドの海賊は、埃が積もったテーブルを思いっきり蹴り上げました。
大きな音を立て、テーブルがひっくり返ると、砂埃が上がりました。
ハラハラと、まるで雪のように埃が舞うその様を、ぼんやりとした思考の中で、ミカサはただじっと、じっと、眺めていました。

『逃げて！！ミカサ、逃げて…ッ！！』

頭の奥の方で響き続ける母親の最後の叫びを聞きながら、ミカサはどこにもいない母親に問い続けています。

(お母さん、私は…、どこに逃げればよかったの…？
お母さんもお父さんもいない所は…、私には寒くて生きていけない。)

少女の心の声は、とうとう喧嘩を始めた海賊達には聞こえません。
誰か、声にならない悲鳴に、耳を傾けてくれないのでしょうか。
少女の心が、壊れてしまう前に——。

「ごめんください。」

開いた玄関から聞き慣れた少年の声が聞こえたのは、少女の心が壊れてしまう寸前でした。