◇No.12◇優しくしてくれました
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水槽を抱えて歩くなまえは、ベポ達と一緒にこの島を出ることになりました。
娼館の館長からなまえを取り戻せて安心したベポは、この島に連れてきてしまったことをしきりに謝っていましたが、彼女はなぜ自分が謝られているのか分かっていない様子でした。
むしろ——。
「ありがとうございます。魚が海に帰れます。
彼らも自由です。」
なまえがベポに礼を言います。
あの娼館でどんな働きをさせられることになるのかをなまえが理解していたのかは分かりません。
でも、自分でケージから脱出することが出来たなまえは、自分が助けられたという感覚はないのかもしれません。
ベポ達は、水槽の中にいる熱帯魚を海に帰したいなまえを連れて、裏の港に繋がる海岸沿いを歩くことになりました。
そして、海岸の砂浜を少し歩いたところで、戦闘機と海兵を見つけます。
いえ、見つけたのは海兵達の方だったのでしょう。
ここで待ち伏せをしていたようでした。
中央にある大きな戦闘機を挟んで、多数の海兵達が並んで立っています。
戦闘機の上には、海軍コートを靡かせる海軍中将までいました。
恐らく、ポーラータング号がどの港に停泊しているのかも分かっているのでしょう。
ここから先、裏の港までは行かせないという無言の圧力を感じます。
数も多い上、海軍中将までいます。
いくらハートの海賊団の船長と幹部が集まっているといっても、数の力で負けています。
まともに戦ったら、無傷では済まないでしょう。
痛み分けならいい方です。
なまえを差し出してさっさと逃げるか——。
ローが、隣に立つなまえを見てそんなことを考えていれば、海軍中将が叫びました。
「ハートの海賊団!!今すぐ我々にH0(エイチゼロ)を引き渡せ!!
そうすれば、今回はお前達を見逃してやる!!」
「絶対に返さないよ!!」
「そっちに戻しても、コイツをまた海賊専用の殺人兵器にするんだろ!!!」
ベポとシャチが大声で言い返しました。
何度か似たようなやりとりをした後、このままでは平行線だと悟った海軍中将が、今度はなまえに向かって叫びました。
「H0(エイチゼロ)!!今すぐに我々の元へ戻れ!!」
「戻りません。」
なまえはとても冷静に答えました。
真っすぐに海軍中将を見据えて答えるその横顔からは、強い意志が放たれているようでした。
ですが、当然、海軍がそれに納得するわけもなければ、彼女の意思を汲み取ってやろうという気持ちは欠片もありません。
「そうか…。お前は故障リストに入れられた。このままそんな生意気な態度をとり続ければ、
捕獲後、スクラップ工場行きだ。それでいいのだな!!」
「なまえはお前らなんかに捕まらないし、壊れてなんかない!!」
ベポが怒りに任せて叫びました。
なまえという名前に首を傾げた海兵達に、彼女の新しい名前だとベポが教えてやれば、彼らは「ロボットに名前をつけてペットにでもするつもりか。」と腹を抱えて笑い出します。
なまえが傷ついてしまう——。
そう思ったベポですが、なまえは無表情で彼らを見ているだけでした。
そしてー。
「魚を海に帰します。ここは通れません。向こうがいいです。」
なまえは水槽を抱えたままで、海兵達に背を向けました。
自分のことを笑われたことに対して何かを思うどころか、自分を追ってきた彼らのことをただの通行の邪魔くらいにしか感じていないようでした。
それも当然でしょう。
だって、彼女には心がないのです。
どんなにひどいことを言われても傷つくことはないのだと、そう改めて考え直したベポでしたが、ホッとするというよりも、寂しい気持ちになりました。
「待って!!アイツ等に背を向けたら危ないよ!!」
ベポが振り返り、なまえを呼んだ、そのときでした。
戦闘機が大砲を撃ち、ドーン!と大きな音が響きました。
それは、その場から逃げようとしたなまえへの威嚇だったのでしょう。
ですが、ベポのすぐ隣を大砲の弾が通り抜けて爆風が吹きました。
驚いたベポの悲鳴とほぼ同時に、なまえが振り向きます。
「なぜ、大砲を撃ちましたか。」
「お前が逃げるからだろう!!お前を逃がしたコイツ等もただじゃ済まんぞ!!
今すぐに捕まえて、二度と海に出られないようにしてやる!!」
海軍中将が怒鳴るように叫びました。
相変わらず、なまえは無表情でしたが、戦闘機の上に立って威張ったように背中を反らす海軍中将を見る瞳が、冷たく感じました。
彼女に心はありません。
怒るという感情もないはずですが、ベポには彼女が怒っているように見えたのです。
「それが嫌なら、トラファルガー・ローを捕えろ!!」
海軍中将が叫びました。
ローの片眉がピクリと動きます。
「トラファルガーは懸賞金5億の大悪党海賊だ!!ソイツを捕まえて本部に戻れば、
逃亡した罪とスクラップ行きをなかったことにしてやる!!
どうだ!悪い話ではないだろう!!お前は元々海賊専用の殺人兵器として生まれたんだ!!」
隣に立つローをなまえが見上げます。
そして、抱えていた水槽をベポに無理やり渡しました。
なまえは、決意したようです。
助けてやったのにー。
恩を仇で返されそうになっているのですから、どうしてもベポ達はそう思ってしまいます。
でも、「やっぱり。」という気持ちもありました。
だって、なまえはロボットですし、そもそも海賊専用の殺人兵器として開発されているのです。
元々の持ち主である海軍の命令に従うことの方が自然なのです。
「さぁ!!やれ!!」
海軍中将が叫びました。
なまえがローの前に立ち彼を見上げれば、ペンギンとシャチは、なまえを睨みつけて、いつでも戦えるように構えました。
その様子を見ている海軍中将の口の端は、ニヤリと機嫌よく持ちあがりました。
そんな中、ベポだけは、水槽を抱えたままで、オロオロとしていました。
「なまえ、キャプテンは強いんだよ!キャプテンを捕まえようなんてしたら
危ないのはなまえの方——。」
どうにかしてベポがなまえを止めようとしたときです。
なまえがベポの肩を思いっきり突き飛ばしたのと同時に、大きな爆発音が響きました。
水槽を落とさないように必死に抱えるベポは、そのまま勢いよく飛ばされて砂浜に落ちて尻餅をつきました。
そして見えたのは、なまえとローのいた場所が、たくさんの砂埃と白い煙に包まれている光景でした。
砂埃の向こうがどうなっているのか、ローやなまえの姿を確認することも出来ません。
「キャプテン!!」
焦ったようなベポの声は、ペンギンやシャチとも重なりました。
本当にやりやがった—。
ギリリと歯を鳴らす彼らの前に、徐々に薄くなっていく砂埃と煙の向こうが見え始めます。
「え…。」
小さく声を漏らしたのが誰だったのかは分かりません。
でも、ベポも、ペンギンも、シャチも、目の前の光景を見ても、何が起こったのかを理解出来ませんでした。
それくらい、驚いたのです。
だって、漸くハッキリ見えて来た視界の中で、ローは無傷でした。
さっきと同じ佇まいでそこにいました。
その代わり、ローの前に立ち、無表情で海軍中将を真っすぐに見据えているなまえは、ボロボロでした。
顔を隠すように持ってきた右腕は、黒く焦げているし、白いワンピースはところどころ破れて、黒い煤がついています。
「H0(エイチゼロ)!!!せっかくお前の手助けをしてやろうとしたのに、
なぜその男を庇う!?」
海軍中将が怖い顔で怒鳴ります。
それで漸く、ベポ達も今、何が起きたのかを理解しました。
海軍が撃った大砲から、なまえがローを庇ったということのようです。
確かに、頭はそれを理解していたかもしれませんが、状況は呑み込めませんでした。
だって、なまえはローを捕えるように海軍から指示を受け、その任務を全うしようとしていたはずです。
少なくとも、そう、思っていました。
違っていたのでしょうか。
だって、これは、船員同士の喧嘩に巻き込まれそうになったローを守るのとはわけが違います。
それでも、なまえはあの時と同じようにローを守ったというのでしょうか。
でも、どうして——。
「どうして俺を守った?」
ローがなまえに訊ねます。
すると、なまえが振り返り、ローを見上げました。
「彼らは私が止めます。その間にポーラータング号に戻ってください。」
なまえの返事は、ローの質問の答えではありませんでした。
でも、もう一度、彼らを驚かせるものではありました。
ただ、今、身体を張ってローを守ったことを考えれば、そんなことを言い出しても不思議ではない気もします。
それでも—。
「なんで!?なまえも俺達と一緒に逃げよう!!
なまえが止めたって、アイツ等は海賊の俺達を追いかけてくる!!」
ベポがなまえの腕を掴んで引き留めます。
「彼らは、私が戻ればハートの海賊団には手を出さないと言いました。
今、このときを凌ぐくらいは出来ます。」
なまえはベポの手を自分の腕から引き剥がしながら言いました。
そして、魚を海に帰すようにお願いをしてから、ベポ達に背をむけます。
本当に、1人で海軍を相手にするつもりのようです。
それに、さっきの言葉は、海軍の元に戻ると決意しているようでした。
ただ、ハートの海賊団を海に逃がすために—。
「俺の質問に答えろ。どうして守った。
お前は、海賊専用の殺人兵器だろ。」
背を向けて歩き出そうとしているなまえに、ローがもう一度訊ねます。
どうしても、理解出来なかったのです。
それに、海賊専用の殺人兵器が自分達を守るなんてどうしても信じられません。
何か考えがあるに決まっている——、そう考えたというのもあります。
トラファルガーを捕えろと海軍中将が叫んでいましたが、なまえはそれに従うことはせずに、ロー達に背を向けたままで答えます。
「コートをかけてくれました。」
「コート?」
思い当たるのは、全裸で食堂にやってきて船員達を興奮させているなまえに、面倒だと思ってコートをかけたあのときのことだけです。
「はい。どこにいても、みんな、見ているだけでした。
ローだけが、コートをかけてくれました。
だから私は、ローの優しさに相応のお返しをしなければなりません。」
ドキリとしたのは、ペンギンとシャチです。
見ているだけだったのは、彼らもだったからです。
女の姿をしているなまえが、どんな目で船員達に見られているのか分かっていて、何もしませんでした。
でも、それをなまえが恩だと感じているのならば、それは間違いです。
だって、あのとき、ローは、船員達の興奮が煩わしくて、諸悪の根源をコートで隠しただけに過ぎないのです。
それでも、なまえは言うのです。
「私の知る世界で、ローは一番優しいです。お返しの為の医療関連の書籍も全て書き出せませんでした。
それ以外のお返しが見つからなかったのでちょうどよかったです。
これでは全然足りませんが、私にはもうこれしか出来ません。」
なまえはそれだけ言うと、今度こそ、ロー達に背を向けて歩き始めます。
彼らは、自分達の元に歩いてくるなまえに怯えているようでした。
世界政府ご自慢の殺人兵器の威力を良く知っているからでしょう。
海軍中将は、大砲を撃ちました。
海兵達も一斉にマシンガンや銃を撃ってきます。
それに対し、なまえは両手を前に突き出して、ビームで応戦していましたが、倒そうという気持ちはないように見えました。
恐らく、あれは海軍へのただの威嚇と、大砲や銃弾がロー達に当たってしまわないように守っているのです。
「行くぞ。CP0まで来たら厄介だ。すぐに船を出す。」
ローがなまえに背をむけ、歩き出しました。
それにペンギンが続きます。
シャチはグッと拳を握ると、悔しそうに歯を鳴らしてから、ローの背中を追いかけました。
「待って!!行かないでよ!!
なまえを助けて!!なまえは海軍に戻ったらもう自由にはなれないんだ!!
本当にスクラップにされちゃうかもしれない!!お願いだよ…!!」
キャプテン!!!!
ベポは声の限りに叫んで懇願しました。
ローが振り返ります。
彼の視線の先では、なまえがたったひとりで、海軍達が放つ銃弾を受け止めていました。
どんなに強くても、ベポ達を興奮させるビームが出せても、彼らを本気で殺す気のない彼女は、どう見ても劣勢でした。
なまえは本当に、ただ今、このとき、時間稼ぎをするつもりだけなのでしょう。
自分の身を犠牲にしてまで、どうにかロー達を守ろうとしている意思が、砲弾を浴びせられている華奢な背中から確かに伝わってきます。
でも、やっぱり、理解出来ません。
娼館の控室を爆発させて破壊してしまうくらいに、なまえは自由に生きようとしていたのです。
ケージにはもう二度と戻らないと言っていたはずです。
海軍の元へ戻れば、また不自由な生活が待っているだけです。もしくは、本当に故障とみなされてスクラップ行きかもしれません。
さすがに、それをなまえが理解していないとは思えません。
それなのに、あのたった1度のコートだけで彼女は自分の命すらも投げ打とうとしているのです。
それすらも、彼女は恩返しには足りないと——。
あのとき、ローがなまえにコートをかけたのは、船員達がうるさかったからなのです。
それ以外に理由はありませんでした。
だって、ローはなまえを女として見ていたわけではありませんし、ただの機械だとしか思っていませんでしたから。
それなのに、そんなことの恩返しのために、なまえは、悪意の塊のような数々の砲弾と銃弾をたった1人で受け止めます。
そうして辿り着く先にいるのは、トラファルガーを捕えろと怒鳴り続け、自分を不自由にするだけの人間達です。
黒い煙が上がる中で、砲弾を受け止め続ける華奢な背中を眩しい太陽が白く光らせます。
汚れて破れ、ボロボロになった白いワンピースが、潮風に揺れてふわりと舞いました。
なまえにとってあのコートは、ただのコートではありませんでした。
初めてかけられた『優しさ』だったのです。
それがどれほど、なまえにとって特別な出来事だったのか、きっと誰も一生分からないのでしょう。
でも、特別だったのです。
自分の身を犠牲にしても足りないくらいの、それは確かに、誰が何と言おうとも、なまえにとって『優しさ』に違いなかったのです。
娼館の館長からなまえを取り戻せて安心したベポは、この島に連れてきてしまったことをしきりに謝っていましたが、彼女はなぜ自分が謝られているのか分かっていない様子でした。
むしろ——。
「ありがとうございます。魚が海に帰れます。
彼らも自由です。」
なまえがベポに礼を言います。
あの娼館でどんな働きをさせられることになるのかをなまえが理解していたのかは分かりません。
でも、自分でケージから脱出することが出来たなまえは、自分が助けられたという感覚はないのかもしれません。
ベポ達は、水槽の中にいる熱帯魚を海に帰したいなまえを連れて、裏の港に繋がる海岸沿いを歩くことになりました。
そして、海岸の砂浜を少し歩いたところで、戦闘機と海兵を見つけます。
いえ、見つけたのは海兵達の方だったのでしょう。
ここで待ち伏せをしていたようでした。
中央にある大きな戦闘機を挟んで、多数の海兵達が並んで立っています。
戦闘機の上には、海軍コートを靡かせる海軍中将までいました。
恐らく、ポーラータング号がどの港に停泊しているのかも分かっているのでしょう。
ここから先、裏の港までは行かせないという無言の圧力を感じます。
数も多い上、海軍中将までいます。
いくらハートの海賊団の船長と幹部が集まっているといっても、数の力で負けています。
まともに戦ったら、無傷では済まないでしょう。
痛み分けならいい方です。
なまえを差し出してさっさと逃げるか——。
ローが、隣に立つなまえを見てそんなことを考えていれば、海軍中将が叫びました。
「ハートの海賊団!!今すぐ我々にH0(エイチゼロ)を引き渡せ!!
そうすれば、今回はお前達を見逃してやる!!」
「絶対に返さないよ!!」
「そっちに戻しても、コイツをまた海賊専用の殺人兵器にするんだろ!!!」
ベポとシャチが大声で言い返しました。
何度か似たようなやりとりをした後、このままでは平行線だと悟った海軍中将が、今度はなまえに向かって叫びました。
「H0(エイチゼロ)!!今すぐに我々の元へ戻れ!!」
「戻りません。」
なまえはとても冷静に答えました。
真っすぐに海軍中将を見据えて答えるその横顔からは、強い意志が放たれているようでした。
ですが、当然、海軍がそれに納得するわけもなければ、彼女の意思を汲み取ってやろうという気持ちは欠片もありません。
「そうか…。お前は故障リストに入れられた。このままそんな生意気な態度をとり続ければ、
捕獲後、スクラップ工場行きだ。それでいいのだな!!」
「なまえはお前らなんかに捕まらないし、壊れてなんかない!!」
ベポが怒りに任せて叫びました。
なまえという名前に首を傾げた海兵達に、彼女の新しい名前だとベポが教えてやれば、彼らは「ロボットに名前をつけてペットにでもするつもりか。」と腹を抱えて笑い出します。
なまえが傷ついてしまう——。
そう思ったベポですが、なまえは無表情で彼らを見ているだけでした。
そしてー。
「魚を海に帰します。ここは通れません。向こうがいいです。」
なまえは水槽を抱えたままで、海兵達に背を向けました。
自分のことを笑われたことに対して何かを思うどころか、自分を追ってきた彼らのことをただの通行の邪魔くらいにしか感じていないようでした。
それも当然でしょう。
だって、彼女には心がないのです。
どんなにひどいことを言われても傷つくことはないのだと、そう改めて考え直したベポでしたが、ホッとするというよりも、寂しい気持ちになりました。
「待って!!アイツ等に背を向けたら危ないよ!!」
ベポが振り返り、なまえを呼んだ、そのときでした。
戦闘機が大砲を撃ち、ドーン!と大きな音が響きました。
それは、その場から逃げようとしたなまえへの威嚇だったのでしょう。
ですが、ベポのすぐ隣を大砲の弾が通り抜けて爆風が吹きました。
驚いたベポの悲鳴とほぼ同時に、なまえが振り向きます。
「なぜ、大砲を撃ちましたか。」
「お前が逃げるからだろう!!お前を逃がしたコイツ等もただじゃ済まんぞ!!
今すぐに捕まえて、二度と海に出られないようにしてやる!!」
海軍中将が怒鳴るように叫びました。
相変わらず、なまえは無表情でしたが、戦闘機の上に立って威張ったように背中を反らす海軍中将を見る瞳が、冷たく感じました。
彼女に心はありません。
怒るという感情もないはずですが、ベポには彼女が怒っているように見えたのです。
「それが嫌なら、トラファルガー・ローを捕えろ!!」
海軍中将が叫びました。
ローの片眉がピクリと動きます。
「トラファルガーは懸賞金5億の大悪党海賊だ!!ソイツを捕まえて本部に戻れば、
逃亡した罪とスクラップ行きをなかったことにしてやる!!
どうだ!悪い話ではないだろう!!お前は元々海賊専用の殺人兵器として生まれたんだ!!」
隣に立つローをなまえが見上げます。
そして、抱えていた水槽をベポに無理やり渡しました。
なまえは、決意したようです。
助けてやったのにー。
恩を仇で返されそうになっているのですから、どうしてもベポ達はそう思ってしまいます。
でも、「やっぱり。」という気持ちもありました。
だって、なまえはロボットですし、そもそも海賊専用の殺人兵器として開発されているのです。
元々の持ち主である海軍の命令に従うことの方が自然なのです。
「さぁ!!やれ!!」
海軍中将が叫びました。
なまえがローの前に立ち彼を見上げれば、ペンギンとシャチは、なまえを睨みつけて、いつでも戦えるように構えました。
その様子を見ている海軍中将の口の端は、ニヤリと機嫌よく持ちあがりました。
そんな中、ベポだけは、水槽を抱えたままで、オロオロとしていました。
「なまえ、キャプテンは強いんだよ!キャプテンを捕まえようなんてしたら
危ないのはなまえの方——。」
どうにかしてベポがなまえを止めようとしたときです。
なまえがベポの肩を思いっきり突き飛ばしたのと同時に、大きな爆発音が響きました。
水槽を落とさないように必死に抱えるベポは、そのまま勢いよく飛ばされて砂浜に落ちて尻餅をつきました。
そして見えたのは、なまえとローのいた場所が、たくさんの砂埃と白い煙に包まれている光景でした。
砂埃の向こうがどうなっているのか、ローやなまえの姿を確認することも出来ません。
「キャプテン!!」
焦ったようなベポの声は、ペンギンやシャチとも重なりました。
本当にやりやがった—。
ギリリと歯を鳴らす彼らの前に、徐々に薄くなっていく砂埃と煙の向こうが見え始めます。
「え…。」
小さく声を漏らしたのが誰だったのかは分かりません。
でも、ベポも、ペンギンも、シャチも、目の前の光景を見ても、何が起こったのかを理解出来ませんでした。
それくらい、驚いたのです。
だって、漸くハッキリ見えて来た視界の中で、ローは無傷でした。
さっきと同じ佇まいでそこにいました。
その代わり、ローの前に立ち、無表情で海軍中将を真っすぐに見据えているなまえは、ボロボロでした。
顔を隠すように持ってきた右腕は、黒く焦げているし、白いワンピースはところどころ破れて、黒い煤がついています。
「H0(エイチゼロ)!!!せっかくお前の手助けをしてやろうとしたのに、
なぜその男を庇う!?」
海軍中将が怖い顔で怒鳴ります。
それで漸く、ベポ達も今、何が起きたのかを理解しました。
海軍が撃った大砲から、なまえがローを庇ったということのようです。
確かに、頭はそれを理解していたかもしれませんが、状況は呑み込めませんでした。
だって、なまえはローを捕えるように海軍から指示を受け、その任務を全うしようとしていたはずです。
少なくとも、そう、思っていました。
違っていたのでしょうか。
だって、これは、船員同士の喧嘩に巻き込まれそうになったローを守るのとはわけが違います。
それでも、なまえはあの時と同じようにローを守ったというのでしょうか。
でも、どうして——。
「どうして俺を守った?」
ローがなまえに訊ねます。
すると、なまえが振り返り、ローを見上げました。
「彼らは私が止めます。その間にポーラータング号に戻ってください。」
なまえの返事は、ローの質問の答えではありませんでした。
でも、もう一度、彼らを驚かせるものではありました。
ただ、今、身体を張ってローを守ったことを考えれば、そんなことを言い出しても不思議ではない気もします。
それでも—。
「なんで!?なまえも俺達と一緒に逃げよう!!
なまえが止めたって、アイツ等は海賊の俺達を追いかけてくる!!」
ベポがなまえの腕を掴んで引き留めます。
「彼らは、私が戻ればハートの海賊団には手を出さないと言いました。
今、このときを凌ぐくらいは出来ます。」
なまえはベポの手を自分の腕から引き剥がしながら言いました。
そして、魚を海に帰すようにお願いをしてから、ベポ達に背をむけます。
本当に、1人で海軍を相手にするつもりのようです。
それに、さっきの言葉は、海軍の元に戻ると決意しているようでした。
ただ、ハートの海賊団を海に逃がすために—。
「俺の質問に答えろ。どうして守った。
お前は、海賊専用の殺人兵器だろ。」
背を向けて歩き出そうとしているなまえに、ローがもう一度訊ねます。
どうしても、理解出来なかったのです。
それに、海賊専用の殺人兵器が自分達を守るなんてどうしても信じられません。
何か考えがあるに決まっている——、そう考えたというのもあります。
トラファルガーを捕えろと海軍中将が叫んでいましたが、なまえはそれに従うことはせずに、ロー達に背を向けたままで答えます。
「コートをかけてくれました。」
「コート?」
思い当たるのは、全裸で食堂にやってきて船員達を興奮させているなまえに、面倒だと思ってコートをかけたあのときのことだけです。
「はい。どこにいても、みんな、見ているだけでした。
ローだけが、コートをかけてくれました。
だから私は、ローの優しさに相応のお返しをしなければなりません。」
ドキリとしたのは、ペンギンとシャチです。
見ているだけだったのは、彼らもだったからです。
女の姿をしているなまえが、どんな目で船員達に見られているのか分かっていて、何もしませんでした。
でも、それをなまえが恩だと感じているのならば、それは間違いです。
だって、あのとき、ローは、船員達の興奮が煩わしくて、諸悪の根源をコートで隠しただけに過ぎないのです。
それでも、なまえは言うのです。
「私の知る世界で、ローは一番優しいです。お返しの為の医療関連の書籍も全て書き出せませんでした。
それ以外のお返しが見つからなかったのでちょうどよかったです。
これでは全然足りませんが、私にはもうこれしか出来ません。」
なまえはそれだけ言うと、今度こそ、ロー達に背を向けて歩き始めます。
彼らは、自分達の元に歩いてくるなまえに怯えているようでした。
世界政府ご自慢の殺人兵器の威力を良く知っているからでしょう。
海軍中将は、大砲を撃ちました。
海兵達も一斉にマシンガンや銃を撃ってきます。
それに対し、なまえは両手を前に突き出して、ビームで応戦していましたが、倒そうという気持ちはないように見えました。
恐らく、あれは海軍へのただの威嚇と、大砲や銃弾がロー達に当たってしまわないように守っているのです。
「行くぞ。CP0まで来たら厄介だ。すぐに船を出す。」
ローがなまえに背をむけ、歩き出しました。
それにペンギンが続きます。
シャチはグッと拳を握ると、悔しそうに歯を鳴らしてから、ローの背中を追いかけました。
「待って!!行かないでよ!!
なまえを助けて!!なまえは海軍に戻ったらもう自由にはなれないんだ!!
本当にスクラップにされちゃうかもしれない!!お願いだよ…!!」
キャプテン!!!!
ベポは声の限りに叫んで懇願しました。
ローが振り返ります。
彼の視線の先では、なまえがたったひとりで、海軍達が放つ銃弾を受け止めていました。
どんなに強くても、ベポ達を興奮させるビームが出せても、彼らを本気で殺す気のない彼女は、どう見ても劣勢でした。
なまえは本当に、ただ今、このとき、時間稼ぎをするつもりだけなのでしょう。
自分の身を犠牲にしてまで、どうにかロー達を守ろうとしている意思が、砲弾を浴びせられている華奢な背中から確かに伝わってきます。
でも、やっぱり、理解出来ません。
娼館の控室を爆発させて破壊してしまうくらいに、なまえは自由に生きようとしていたのです。
ケージにはもう二度と戻らないと言っていたはずです。
海軍の元へ戻れば、また不自由な生活が待っているだけです。もしくは、本当に故障とみなされてスクラップ行きかもしれません。
さすがに、それをなまえが理解していないとは思えません。
それなのに、あのたった1度のコートだけで彼女は自分の命すらも投げ打とうとしているのです。
それすらも、彼女は恩返しには足りないと——。
あのとき、ローがなまえにコートをかけたのは、船員達がうるさかったからなのです。
それ以外に理由はありませんでした。
だって、ローはなまえを女として見ていたわけではありませんし、ただの機械だとしか思っていませんでしたから。
それなのに、そんなことの恩返しのために、なまえは、悪意の塊のような数々の砲弾と銃弾をたった1人で受け止めます。
そうして辿り着く先にいるのは、トラファルガーを捕えろと怒鳴り続け、自分を不自由にするだけの人間達です。
黒い煙が上がる中で、砲弾を受け止め続ける華奢な背中を眩しい太陽が白く光らせます。
汚れて破れ、ボロボロになった白いワンピースが、潮風に揺れてふわりと舞いました。
なまえにとってあのコートは、ただのコートではありませんでした。
初めてかけられた『優しさ』だったのです。
それがどれほど、なまえにとって特別な出来事だったのか、きっと誰も一生分からないのでしょう。
でも、特別だったのです。
自分の身を犠牲にしても足りないくらいの、それは確かに、誰が何と言おうとも、なまえにとって『優しさ』に違いなかったのです。