◇No.83◇最終話:自由な航海を生きましょう
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リヴァイ達を見送ったローは、航海士であるベポに進路の指示を出しました。
シャチは釣りへ、ペンギンは他の船員に用があると甲板へと向かいます。
おそらく、ローに気を遣ったのでしょう。
仲間達の優しさに甘え、ローはひとり医務室へとやってきました。
ツンとした薬品の匂いも、医者である彼にとっては空気のようなものです。
早速、ローは窓際のベッド横にある椅子に腰かけました。
昨晩、読み途中のまま眠ってしまった本が、ベッドの上に置いたままになっています。
「見送りは行かなくてよかったのか。」
読みかけの本をサイドテーブルの上に移動した後、ローが話しかけたのは、なまえでした。
彼女は、真っ白いベッドの上で、王子様のキスを待ち焦がれている白雪姫のように、ずっと眠り続けています。
あの日、なまえは確かに、人間として生まれたばかりの心臓の鼓動を止めました。
ですが、その後すぐにハートの海賊団の船員達が力を合わせ、決死の手術を行い、なんとか一命はとりとめていたのです。
けれど、アンドロイドから人間になったばかりのなまえの身体は、ロー達が考えていたよりもずっと脆く、とても危険な状態であることに変わりはありませんでした。
そこに手を差し伸べたのが、エルヴィンでした。
彼は、自分の悪魔の実の能力を用いて、なまえにかけていた呪いを解くと共に、彼女を本当に〝人間〟にしたのです。
あれから2週間、エルヴィン達もポーラータング号に残り、なまえが目を覚ます日を待っていてくれたのですが、結局いまだに、ほんの少しの反応もありません。
彼女の心臓が動いていることを示す機械の音だけが、虚しく響くばかりです。
今日もまた、ただ静かに眠り続けるなまえの頭をそっと撫でたローは、片手でなまえの手を握り、読みかけの本を開きました。
けれど、内容なんて頭に入っては来ません。
『人間にすることは出来る。だが、私もそんなことをするのは初めてだ。
彼女がどうなるのか…、私にも分からない。』
『分からねぇってのはどういうことだ。』
『また苦痛を与えられるかもしれねぇってことか!?』
『私が作ったのはアンドロイドだ。それを、途中で人間に書き換えた———。
それによる不具合が、どう出るのか分からないということだ。』
『例えば、どういう不具合が考えられる?』
『一番は、記憶障害だろう。
いや、障害というよりも喪失という方が正しい状態かもしれない。』
『プログラムを書き換えたことで、
アンドロイドとして記憶した情報が消去されてるかもしれねぇってことか。』
『一時的に失くしただけの記憶が徐々に戻ってくる可能性もあるので、一概にも言い切れないが。
最悪、君達の知っているなまえではないかもしれないことだけは覚悟しておいた方がいい。』
『分かった。』
『それから、もし、記憶が残っていた場合にも問題がある。』
『どんな問題なんだ?』
『なまえが、アンドロイドとして生活をしてしまうことだ。』
『どういう意味?』
『彼女は、アンドロイドとして無敵だった。
熱いものも平気で触って、極寒の地で凍えることもなかった。
人間になったと言われても、彼女の感覚は変わらず、
無意識に危険な行動をとってしまうこともあるかもしれない。』
『…それは厄介だな。』
『あぁ、だからこそ、君達にはしっかりとなまえを見ていてやって欲しい。』
なまえを人間にと戻してくれた後、エルヴィンと話した内容がいつまでもローの頭の中で巡り続けていました。
目を覚ましたとき、彼女は、記憶を失っているのでしょうか。
ポーラータング号の船内で共に過ごし、少しずつ心を通わし、触れあって、すれ違って、互いに苦しい思いをして、けれども漸く想いが通じ合った時に感じたあの心を焦がすような胸の高鳴りを。喜びを。
彼女は、忘れているのでしょうか。
それとも、人間だというのに、アンドロイドだった頃の行動をとっては、ローやペンギン達を驚かせ、困らせ、心配させるのでしょうか。
どちらの方がいいのかなんて、ローは考えてはいませんでした。
幸せな人間だった————心からそう思って瞳を閉じたなまえを、自分達の我儘で生き永らえさせたことによる後悔だってありません。
なまえが知った〝幸せ〟以上の幸せを、彼女に与え続けるつもりなのです。
ローはただ、なまえが生きている未来に心を躍らせているのです。
エルヴィンの言う通り、心配なんて数えだせばきりのないほどにあります。
けれど、やっとなまえの夢が叶うときに、ローの願いが叶うときに、そこにあるのなんて〝喜び〟以外に何があるというのでしょうか。
船員の中には、なまえが本当に目を覚ますのか心配に思っている者もいるようです。
けれど、ローは信じていました。
いつかきっと、また、なまえと心を通わせられる日がくることを————。
そしてその日は、突然にやってきました。
それは、入ってこない本の内容を無視して、ローがなまえとの未来を考えていたときでした。
握っていたなまえの手が、ピクリと動いたのです。
ローは、読みかけの本をサイドテーブルに置くと、なまえの顔を覗き込みました。
相変わらず、人形と見まがう程に美しい寝顔です。
勘違いだったのか———そう思いながらも、ローは握っていた手に少し力を込めてみました。
するとどうでしょう。なまえが、弱弱しくも握り返してきたではありませんか。
「なまえ、聞こえるか?」
ローは、なまえの手を強く握りしめると、その頬に手を添えて声をかけました。
そうしながら、小型の電伝虫で船内にいる仲間達を医務室へと呼びます。
なまえが目を覚ましたとき、彼女を独り占めしたい気持ちはあります。
けれど、ハートの海賊団の仲間達が大好きだったなまえのことを思えば、答えはひとつです。
目が覚めたなまえのそばに、みんなでいてあげたい。
そうすればきっと、なまえの記憶があっても、なくても、彼女は笑ってくれると信じていました。
ローから、なまえが目を覚ますかもしれないという連絡を受けた船員達が続々と医務室に集まり、彼女に声をかけていきます。
待ちに待った日です。不安と期待が入り混じる胸をなんとか落ち着かせ、けれどやっぱり、何をしていてもなまえのことばかりを考えてしまう———そんな日々を過ごしてきました。
今日からは、共に言葉を交わし、泣いたり笑ったり、喧嘩をしたりして、生きていける。
目を覚ましたなまえが、自分達の知っている彼女なのかそうではないのか、ハートの海賊団の船員達には大きな問題ではありませんでした。
なまえが生きていること、それだけが大切だったからです。
「なまえ!!」
なまえが僅かに眉を顰めたのが分かり、ローが彼女の手を強く握り名前を呼びました。
すると、また彼女の手には力が入り、僅かに瞼が動きます。
あぁ、いよいよのようです。
まるで、赤ん坊の誕生を待つ家族のような気分でした。
アンドロイドとして出逢ったなまえが今、人間として目を覚まそうとしている————それは、命の誕生を意味するのです。
ゆっくりと、ゆっくりと、なまえの瞼が開かれていくと、ベッドの周りに集まっていた船員達が、身体を前のめりにして彼女の顔を覗き込みました。
ついにやって来た瞬間に、ロー達は息を呑みます。
そして、眠り続けていたなまえの瞳に、窓から射し込む光が反射します。
それは、とても神秘的で、美しい瞬間でした。
なまえは、瞳だけを上下左右に動かして、集まっている仲間達ひとりひとりに視線を向けました。
そうして、全員を確認した後に、なまえはベッドに肘をついて起き上がろうとしました。
うまく力が入らない様子のなまえの肩に、ローがそっと手を添えて介助してやります。
そうして、ベッドのヘッドボードに背中を預けて座る格好で起き上がったなまえは、改めて、仲間達の顔を見つめました。
「なまえ、俺達のこと分かるか?」
何も言わないなまえに、ついにシャチが痺れを切らしました。
ベッドに両手をつき、前のめりになってなまえに訊ねます。
シャチに視線を向けたなまえは、もう一度、仲間達を見渡した後に自分の胸に触れました。
なにやら、考えている様子です。
しばらく待つと、なまえが、ゆっくりと口を開きました。
最初の言葉は何なのか———ハートの海賊団の船員達は緊張し過ぎて、息が止まりそうでした。
「呼んでいる声が、していました。」
「え?」
「呼んでる声?」
「それは、あなた達ですか?」
慎重に言葉を選ぶように訊ねるなまえに、ローは、彼女が記憶を失っていることを理解します。
けれどそれはまだ、一時的なものなのか、永久に失ってしまったのかは分かりません。
それは、これからなまえと生きていく中で、理解していくことになるのでしょう。
「俺達はハートの海賊団。そして———。」
なまえの疑問に答えたのは、ペンギンでした。
ペンギンの方を向いてしっかりと耳を傾けようとした様子だったなまえでしたが、ふ、と何かに気づいたような顔をして視線を下に向けました。
それは、ローに握りしめられている自分の手でした。
「あったかい。」
呟くように言った、その瞬間に、どこか緊張した様子だったなまえの表情が和らいだことに気付かなかったものはいません。
そして、なまえは、もう片方の手でローの手を包むように握りしめました。
「なまえ。」
ローが名前を呼ぶと、握りしめる手をじっと見つめていたなまえが顔を上げました。
おそらく、名前を認識していないらしい様子のなまえは、ただ反射的に顔を上げただけだったのでしょう。
少し不思議そうに首を傾げたなまえに、ローがさらに続けます。
「これから、お前は自由だ。自由に生きろ。」
「自由、ですか?」
「あぁ。なんでも俺達に言えばいい。今度は、お前が知りたいことは、俺達がなんだって教えてやる。
行きたいところにも、何処へだって連れて行ってやる。
お前には、いつだって俺達がついてる。」
なまえは、ローをまっすぐに見つめて、話をじっと聞いていました。
彼女が理解できたかは分かりません。
けれど、視線を落として黙り込んだ彼女は、戸惑っているようには見えません。
どちらかといえば、自分なりにローの言葉を咀嚼して飲み込もうとしているようでした。
「なまえ。」
ローが名前を呼べば、とても自然に、なまえが顔を上げます。
「おかえり。」
ローが、なまえの頭をそっと優しく撫でます。
なまえは、視線だけを上に向けて、今の行為について理解しようとしているようでした。
そんな彼女に、仲間達が次々に「おかえり。」と声をかけます。
柔らかい風に波が揺れる穏やかな日、ポーラータング号の船内は涙と笑いで溢れ、漸く光が帰ってました。
これからずっと。
ずっと、ずっと。
彼らの自由な航海は続いていきます。
傷ついては、苦しんで、いつ失うのか分からない恐怖に溺れそうになりながらも、この世で最も美しく尊い心と命を、大切に大切に守りながら—————。
「ただいま。」
なまえが、至極幸せそうに微笑みました。
シャチは釣りへ、ペンギンは他の船員に用があると甲板へと向かいます。
おそらく、ローに気を遣ったのでしょう。
仲間達の優しさに甘え、ローはひとり医務室へとやってきました。
ツンとした薬品の匂いも、医者である彼にとっては空気のようなものです。
早速、ローは窓際のベッド横にある椅子に腰かけました。
昨晩、読み途中のまま眠ってしまった本が、ベッドの上に置いたままになっています。
「見送りは行かなくてよかったのか。」
読みかけの本をサイドテーブルの上に移動した後、ローが話しかけたのは、なまえでした。
彼女は、真っ白いベッドの上で、王子様のキスを待ち焦がれている白雪姫のように、ずっと眠り続けています。
あの日、なまえは確かに、人間として生まれたばかりの心臓の鼓動を止めました。
ですが、その後すぐにハートの海賊団の船員達が力を合わせ、決死の手術を行い、なんとか一命はとりとめていたのです。
けれど、アンドロイドから人間になったばかりのなまえの身体は、ロー達が考えていたよりもずっと脆く、とても危険な状態であることに変わりはありませんでした。
そこに手を差し伸べたのが、エルヴィンでした。
彼は、自分の悪魔の実の能力を用いて、なまえにかけていた呪いを解くと共に、彼女を本当に〝人間〟にしたのです。
あれから2週間、エルヴィン達もポーラータング号に残り、なまえが目を覚ます日を待っていてくれたのですが、結局いまだに、ほんの少しの反応もありません。
彼女の心臓が動いていることを示す機械の音だけが、虚しく響くばかりです。
今日もまた、ただ静かに眠り続けるなまえの頭をそっと撫でたローは、片手でなまえの手を握り、読みかけの本を開きました。
けれど、内容なんて頭に入っては来ません。
『人間にすることは出来る。だが、私もそんなことをするのは初めてだ。
彼女がどうなるのか…、私にも分からない。』
『分からねぇってのはどういうことだ。』
『また苦痛を与えられるかもしれねぇってことか!?』
『私が作ったのはアンドロイドだ。それを、途中で人間に書き換えた———。
それによる不具合が、どう出るのか分からないということだ。』
『例えば、どういう不具合が考えられる?』
『一番は、記憶障害だろう。
いや、障害というよりも喪失という方が正しい状態かもしれない。』
『プログラムを書き換えたことで、
アンドロイドとして記憶した情報が消去されてるかもしれねぇってことか。』
『一時的に失くしただけの記憶が徐々に戻ってくる可能性もあるので、一概にも言い切れないが。
最悪、君達の知っているなまえではないかもしれないことだけは覚悟しておいた方がいい。』
『分かった。』
『それから、もし、記憶が残っていた場合にも問題がある。』
『どんな問題なんだ?』
『なまえが、アンドロイドとして生活をしてしまうことだ。』
『どういう意味?』
『彼女は、アンドロイドとして無敵だった。
熱いものも平気で触って、極寒の地で凍えることもなかった。
人間になったと言われても、彼女の感覚は変わらず、
無意識に危険な行動をとってしまうこともあるかもしれない。』
『…それは厄介だな。』
『あぁ、だからこそ、君達にはしっかりとなまえを見ていてやって欲しい。』
なまえを人間にと戻してくれた後、エルヴィンと話した内容がいつまでもローの頭の中で巡り続けていました。
目を覚ましたとき、彼女は、記憶を失っているのでしょうか。
ポーラータング号の船内で共に過ごし、少しずつ心を通わし、触れあって、すれ違って、互いに苦しい思いをして、けれども漸く想いが通じ合った時に感じたあの心を焦がすような胸の高鳴りを。喜びを。
彼女は、忘れているのでしょうか。
それとも、人間だというのに、アンドロイドだった頃の行動をとっては、ローやペンギン達を驚かせ、困らせ、心配させるのでしょうか。
どちらの方がいいのかなんて、ローは考えてはいませんでした。
幸せな人間だった————心からそう思って瞳を閉じたなまえを、自分達の我儘で生き永らえさせたことによる後悔だってありません。
なまえが知った〝幸せ〟以上の幸せを、彼女に与え続けるつもりなのです。
ローはただ、なまえが生きている未来に心を躍らせているのです。
エルヴィンの言う通り、心配なんて数えだせばきりのないほどにあります。
けれど、やっとなまえの夢が叶うときに、ローの願いが叶うときに、そこにあるのなんて〝喜び〟以外に何があるというのでしょうか。
船員の中には、なまえが本当に目を覚ますのか心配に思っている者もいるようです。
けれど、ローは信じていました。
いつかきっと、また、なまえと心を通わせられる日がくることを————。
そしてその日は、突然にやってきました。
それは、入ってこない本の内容を無視して、ローがなまえとの未来を考えていたときでした。
握っていたなまえの手が、ピクリと動いたのです。
ローは、読みかけの本をサイドテーブルに置くと、なまえの顔を覗き込みました。
相変わらず、人形と見まがう程に美しい寝顔です。
勘違いだったのか———そう思いながらも、ローは握っていた手に少し力を込めてみました。
するとどうでしょう。なまえが、弱弱しくも握り返してきたではありませんか。
「なまえ、聞こえるか?」
ローは、なまえの手を強く握りしめると、その頬に手を添えて声をかけました。
そうしながら、小型の電伝虫で船内にいる仲間達を医務室へと呼びます。
なまえが目を覚ましたとき、彼女を独り占めしたい気持ちはあります。
けれど、ハートの海賊団の仲間達が大好きだったなまえのことを思えば、答えはひとつです。
目が覚めたなまえのそばに、みんなでいてあげたい。
そうすればきっと、なまえの記憶があっても、なくても、彼女は笑ってくれると信じていました。
ローから、なまえが目を覚ますかもしれないという連絡を受けた船員達が続々と医務室に集まり、彼女に声をかけていきます。
待ちに待った日です。不安と期待が入り混じる胸をなんとか落ち着かせ、けれどやっぱり、何をしていてもなまえのことばかりを考えてしまう———そんな日々を過ごしてきました。
今日からは、共に言葉を交わし、泣いたり笑ったり、喧嘩をしたりして、生きていける。
目を覚ましたなまえが、自分達の知っている彼女なのかそうではないのか、ハートの海賊団の船員達には大きな問題ではありませんでした。
なまえが生きていること、それだけが大切だったからです。
「なまえ!!」
なまえが僅かに眉を顰めたのが分かり、ローが彼女の手を強く握り名前を呼びました。
すると、また彼女の手には力が入り、僅かに瞼が動きます。
あぁ、いよいよのようです。
まるで、赤ん坊の誕生を待つ家族のような気分でした。
アンドロイドとして出逢ったなまえが今、人間として目を覚まそうとしている————それは、命の誕生を意味するのです。
ゆっくりと、ゆっくりと、なまえの瞼が開かれていくと、ベッドの周りに集まっていた船員達が、身体を前のめりにして彼女の顔を覗き込みました。
ついにやって来た瞬間に、ロー達は息を呑みます。
そして、眠り続けていたなまえの瞳に、窓から射し込む光が反射します。
それは、とても神秘的で、美しい瞬間でした。
なまえは、瞳だけを上下左右に動かして、集まっている仲間達ひとりひとりに視線を向けました。
そうして、全員を確認した後に、なまえはベッドに肘をついて起き上がろうとしました。
うまく力が入らない様子のなまえの肩に、ローがそっと手を添えて介助してやります。
そうして、ベッドのヘッドボードに背中を預けて座る格好で起き上がったなまえは、改めて、仲間達の顔を見つめました。
「なまえ、俺達のこと分かるか?」
何も言わないなまえに、ついにシャチが痺れを切らしました。
ベッドに両手をつき、前のめりになってなまえに訊ねます。
シャチに視線を向けたなまえは、もう一度、仲間達を見渡した後に自分の胸に触れました。
なにやら、考えている様子です。
しばらく待つと、なまえが、ゆっくりと口を開きました。
最初の言葉は何なのか———ハートの海賊団の船員達は緊張し過ぎて、息が止まりそうでした。
「呼んでいる声が、していました。」
「え?」
「呼んでる声?」
「それは、あなた達ですか?」
慎重に言葉を選ぶように訊ねるなまえに、ローは、彼女が記憶を失っていることを理解します。
けれどそれはまだ、一時的なものなのか、永久に失ってしまったのかは分かりません。
それは、これからなまえと生きていく中で、理解していくことになるのでしょう。
「俺達はハートの海賊団。そして———。」
なまえの疑問に答えたのは、ペンギンでした。
ペンギンの方を向いてしっかりと耳を傾けようとした様子だったなまえでしたが、ふ、と何かに気づいたような顔をして視線を下に向けました。
それは、ローに握りしめられている自分の手でした。
「あったかい。」
呟くように言った、その瞬間に、どこか緊張した様子だったなまえの表情が和らいだことに気付かなかったものはいません。
そして、なまえは、もう片方の手でローの手を包むように握りしめました。
「なまえ。」
ローが名前を呼ぶと、握りしめる手をじっと見つめていたなまえが顔を上げました。
おそらく、名前を認識していないらしい様子のなまえは、ただ反射的に顔を上げただけだったのでしょう。
少し不思議そうに首を傾げたなまえに、ローがさらに続けます。
「これから、お前は自由だ。自由に生きろ。」
「自由、ですか?」
「あぁ。なんでも俺達に言えばいい。今度は、お前が知りたいことは、俺達がなんだって教えてやる。
行きたいところにも、何処へだって連れて行ってやる。
お前には、いつだって俺達がついてる。」
なまえは、ローをまっすぐに見つめて、話をじっと聞いていました。
彼女が理解できたかは分かりません。
けれど、視線を落として黙り込んだ彼女は、戸惑っているようには見えません。
どちらかといえば、自分なりにローの言葉を咀嚼して飲み込もうとしているようでした。
「なまえ。」
ローが名前を呼べば、とても自然に、なまえが顔を上げます。
「おかえり。」
ローが、なまえの頭をそっと優しく撫でます。
なまえは、視線だけを上に向けて、今の行為について理解しようとしているようでした。
そんな彼女に、仲間達が次々に「おかえり。」と声をかけます。
柔らかい風に波が揺れる穏やかな日、ポーラータング号の船内は涙と笑いで溢れ、漸く光が帰ってました。
これからずっと。
ずっと、ずっと。
彼らの自由な航海は続いていきます。
傷ついては、苦しんで、いつ失うのか分からない恐怖に溺れそうになりながらも、この世で最も美しく尊い心と命を、大切に大切に守りながら—————。
「ただいま。」
なまえが、至極幸せそうに微笑みました。