◇No.82◇愛のぬくもりを知りました
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ハートの海賊団が避難したのは、エルヴィンがアンドロイド達と身を隠していた地下の基地でした。そこは、エルヴィンが生前の仲間達と共に巨人へと立ち向かっていた時に使用していた拠点だったそうです。
それが、百年の時を越えて、今は海賊達の命を守っているのですから、不思議です。
なぜなら、あの頃、この島に住む人達は、高い壁の中に閉じ込められ、世界には海が存在することすら知らなかったのですから———。
「キャプテン…!!なまえは…っ。」
地下に降りて来たローを見つけて、船員達が駆け寄ります。
彼の腕の中に、なまえはいました。
ハートの海賊団の船員達が、命をかけても守りたかった大切な仲間です。
ですから、身体中が真っ赤に染まった代わりに、血の気を失ったなまえの姿に、船員達は絶句しました。
間に合わなかったのか———諦めたわけではありませんが、傷だらけのなまえを前にして、彼らが必死に残していた希望が消えていくようでした。
「今すぐオペを始める。準備をしろ。」
「え、オペって…なまえは機械だから出来ないんじゃ…!?」
「バカか、シャチ。こんな血だらけの機械がいるかよ。」
パニックになっているシャチに対して、冷静に指摘をしたように見えたイッカクでしたが、目は血走り小刻みに震えています。
血だらけの身体、あるかどうかも分からない薄い呼吸と生気のない青い顔色。そのすべては、彼女が機械ではないことを物語っていました。なまえを見た瞬間に、残酷な事実から目を逸らすことは出来なくなっていたのです。
なまえが人間になる———あれほど、仲間みんなで思い焦がれていたはずなのに、恐怖と絶望が彼らを襲います。
だって、彼らが願っていたのは、なまえと共に〝生きる〟ことでしたから、命の灯を消そうとしている姿を喜べるはずがありません。
「ボーッとしてんじゃねぇ!!急げ!!」
「は…はい!!」
ローの怒気に、船員達はハッとしました。
彼らの船長は、まだ諦めてなどいません。なまえと共に生きる未来を信じているのです。
そして、船員達もまた、なまえと共に生きたいと願っていました。
それならば、することはひとつです。
幸運なことに、〝死の外科医〟などと不吉な異名を持つハートの海賊団の船長であるローは、〝天才外科医〟でもあります。そして、そんな彼が率いるハートの海賊団の船員達は、大小はあるもののそれぞれ医学の知識がありました。戦闘によって傷を負った仲間を、そうして守ってきたのです。
今回も、壮絶な戦闘になると見越し、この地下基地に医療器具一式を運び込んでいました。
全て、ローがこだわって集めた最新機器ばかりです。それと、ローの天才的な腕、仲間達の医学の知識と諦めない心があればどうにか————。
「ゴボッ…ッ。」
ベポが運んできた簡易ベッドに、ローがなまえを寝かせようとしたときでした。
それまでピクリとも動かなかったなまえが、大きく目を見開き、血を吐いたのです。
苦し気なその姿に、ロー達は焦りを大きくさせます。
「何やってる!!消毒はまだか!!
おい、イッカク!!麻酔の準備は終わってんのか!?」
ローが、仲間達に飛ばす指示も、焦りと共に語気が強まります。
誰もが、なまえを助けるために、必死でした。
共に生きる未来を諦めたくなくて、なまえがいない明日を想像することすら恐ろしければ、そんな余裕もなく、狭い地下基地を慌ただしく走り回ります。
そんな彼らを止めたのは、他の誰でもなく、なまえでした。
「嫌…で、す…。」
やっと喋ったなまえが口にしたのは、否定の言葉でした。
「すぐに助けてやるから、待ってろ。お前は何も心配しなくていい。」
なんとか優しい言葉をかけて、優しい表情を心掛けたローでしたが、彼は焦っていました。
額に落ちる汗は、背を向けたい未来への恐怖から零れるものでしたし、ペンギンからオペ着を受け取る手も震えていました。
父親、母親に妹、友人や先生。そうしてやっと出逢えた心から慕ったコラソンもまた、ローを守りその命を閉じました。
もう二度と、大切な人を失いたくなかったのです。
あんな苦しみは、もう懲り懲りでした。
彼は、焦っていました。
なぜなら、彼が、天才外科医だったからです。
「ま、すいは…いや、です…。」
「何言ってるんだよ、なまえ。なまえはね、今もう…、か、身体が…人間に、なってるんだ…。
願いが、叶ったんだよ…!でもさ、怪我してるから…、麻酔をしないと、手術中に痛みで死んじゃうんだよ。
だから、しっかり麻酔をしてキャプテンに治してもらおう、ね?」
ベポがなまえに声をかけます。
その瞳は、涙をこらえているのか真っ赤です。
「わ、たしは…、もう、たすか、りません…。」
「な…、何言ってんだよ!お前はバカかよ!!
今まで機械で怪我もしたことねぇから、俺らのキャプテンの凄さを知らねぇんだろ!!
キャプテンなら、これくらいの怪我っ、なんて…っ、か…っ、簡単にっ、治しちまうんだからな!!」
怒ったように言ったシャチでしたが、それでもやっぱり、彼の瞳もベポと同じように真っ赤でした。
医療器具を抱えて、ベッドの周りに集まっている仲間達も、シャチやベポと似たような顔をしています。
悔しそうに唇を噛んで、それでもなんとか消えかかった希望にしがみついていました。
「博士、が、いんぷ、っとした医学の、知識は…、のこった、まま、です。
じ、ぶんの身体が、どう、なっている、のかも、わかり、ます。」
「勝手に…!勝手に、分かった気になんなよ!!」
怒鳴ったのは、比較的冷静でいることの多いペンギンでした。
ハートの海賊団では、ローの右腕として働くことの多いペンギンも、なまえの身体の状態を嫌という程に理解していたでしょう。
助けられる命と、そうでない命を、彼は今までもローと共に心を殺して選別してきたのです。
今回もまた、そうしなければなりません。
ですが、心がそれを許してくれないのです。
「俺はお前が何と言おうと、お前を助ける。
イッカク、消毒はすませた。麻酔を打ってくれ。」
「で…でも…、キャプテン…。」
イッカクは、ローとなまえを交互に見やります。
彼女には、何が正しいのかが分かりませんでした。
ほんの一握りあるかどうかも分からない希望を、それでも信じるのならば、今すぐに麻酔を打って手術を始めるべきです。刻一刻となまえの命の灯が消えようとしている今、ほんの一瞬の時間のロスすら惜しいときです。
ですが、もしも、なまえの言う通り、すでにもう手遅れだったとしたら———。
彼女とこうして言葉を交わすのは、これが最後ということになります。
麻酔を打てば、彼女は眠りについてしまいます。そのまま目覚めないかもしれないのならば、今この貴重な時間を仲間達と大切に過ごすべきではないだろうかとも思うのです。
イッカクにも、他の仲間にもなまえに伝えたいことがたくさんあるでしょうし、きっと、なまえだってそうでしょう。
「キャプテン…ッ、アタシには…麻酔は打てねぇよ…ッ。」
仲間や、愛する人に、最後に届けたい言葉があるのかもしれない———そう思うと、イッカクは、彼女に残っている時間を自分の我儘で奪うことがどうしてもできませんでした。
仲間達の反応は、半々でした。
焦りや怒りに似た表情を見せた者もいれば、安堵したように息を吐いた者もいました。
もちろん、誰もなまえの命を諦めたわけではありません。
ただ、それぞれが、なまえを心から愛しているだけです。
「イ…ッカク…、ありが、とう。
さ、すが…、し、んゆう、です…。」
「っ、うるせー…!ほんと、バカ野郎だよ、お前は…っ。」
イッカクが、必死に涙をこらえて吐き出します。
これが最後だと覚悟をした、軽口でした。
それを分かっているのか、口の端に真っ赤な血を滲ませ、あんなに美しかった顔にも幾つもの青い痕を作っているなまえが、嬉しそうに微笑んだのです。
そして、なまえは、ローへと視線を移し、震える唇を開きます。
「ロー…、さわ…っても、いいで、すか…?」
「…っ、あぁ。」
ローが頷けば、なまえが右腕をゆっくりと持ち上げます。
いつものツナギとは違うワンピースは、その形もよく分からないほどに破れボロボロで、酸化して赤黒くなった血と土埃で元の色が分からないほどに汚れていました。
今までならば、傷ひとつ残ることがなかった白く細い腕は、青いあざと赤黒い血、抉れた皮膚から覗く肉のおかげで、思わず目を逸らしてしまいそうになるほどに痛々しい姿になっています。それは、腕だけに留まらず、全身においても言えました。
すべてが、なまえが、仲間を救うために戦った証でした。
機械だったはずのなまえに心が芽生え、そうして、まるで奇跡のように人間になった———今のなまえの姿が、それを証明しているのです。
それならば、なまえが生きる奇跡も起きればいいのに————生まれてすぐに消えていこうとしている儚い命の理不尽な運命に、船員達が持って生まれたかけがえのない心が、悲鳴を上げます。
「…っ。」
「…!」
ローの頬に触れようとしたなまえの手でしたが、その直前にひどい痛みを感じたのか、苦し気に表情を歪めるとそのまま落ちていきそうになりました。
それを、ローがすぐに受け止めます。
なまえの手を包むように握りしめたローは、そのまま彼女の手を自分の頬に触れさせました。
その瞬間に、なまえは、驚いたように目を見開きます。
彼女は、呼吸を止めたように見えました。
瞬きも忘れて、自分の手が触れるローの頬を見ていました。
その瞳は、次第に赤くなり、涙の膜が張り始めます。
「あったかい。」
そうして、漸くなまえがゆっくりと口を開いたとき、微笑んだ彼女が細めた瞳から、涙が一粒零れ落ちました。
心から、心から嬉しそうななまえの表情に、船員達はもう涙を堪えきれませんでした。
ついに、なまえの願いが叶ったことを、皆が知った瞬間だったのです。愛する人の頬の温度、たったそれだけのことが知りたかった———なまえの切なすぎる願いを。
「あぁ、あったけぇな。」
自分の頬に触れるなまえの手を、ローが強く握りしめます。
機械だったなまえの温度は、人間のそれよりもだいぶ高いものでした。
けれど今、ローに届くなまえの体温は、平熱よりも低く届きます。
なまえの身体に生まれたばかりの血が、身体からたくさん流れ出たせいです。
もちろん、なまえを戦場から連れ出した時点で、止血は済ませてあります。
けれど、認めたくはないけれど、なまえの言う通り、リヴァイとローが彼女を助け出した時点でもう、手遅れだったのです。
仕方がありません。
〝心を持つと人間となり死ぬ〟———そんな恐ろしくも悲しい呪いが、なまえにはかかっていたのですから。
「ロー…、知って、いま、すか…?」
「何をだ?」
「こ、心、は…仲間、でした…。」
「そうか。」
「ちゃん、と…見え、るんですよ…。
笑った、り…、泣い、たり…、怒ったり…、でも、いつ、もやさ、しい…。
だ、から…、たい、せつに、し、なくちゃ…いけま、せん…。」
船員達から咽び泣く声が響きます。
涙と鼻水で悲惨な状態になっているシャチは、手近のティッシュを乱暴に引き抜くと思いきり鼻をかみました。ですが、勢い余ってイッカクのツナギの裾に鼻水が飛んで、思いっきり頭を叩かれてしまいます。
本当に、こんなときまで相変わらずな船員達です。
「そうだな。俺達も、お前に教わった。」
答えたのは、意外にもローではなく、ペンギンでした。
クシャリと頭を撫でてやれば、なまえが嬉しそうに微笑みます。
随分と、なまえも表情が豊かになってきました。
これから、もっと、もっと、コロコロと表情を変えて、笑ったり泣いたりするなまえを見たいと思っていました。
自分達とそっくりな顔で笑って、泣いて、怒って、けれどとても優しい。そんななまえの心を、もっともっと見せて欲しかったのです。
慈しみ、大切に、大切に、互いに守っていくのだと信じていました。
「愛、は…、ロー…。」
なまえはそう言って、ローの頬に触れる指に力を込めます。
少しだけローの頬が押されて、なまえが生きていた証の赤い血が塗られます。
「ロー…。愛、は…、すご、くあ…ったかい…で、す…。
ずっと…、ずっと、知りた、かった…。うれ、しい…。
こ、んなに…や、さしい…おん、ど、な、んです、ね…。」
ローは、ただ黙って頷きました。
そして、唇を噛んで、頷いたまま、顔を上げません。
声を出したら、泣いてしまいそうでした。子供みたいに、死なないでと泣き喚いてしまいそうだったのです。
「こ、心、と、愛が、わ、たしをいつ、も包んで、ました。
わ、たしは…、し、あわせな…人間で、した…。
ありが、とう、ございま———————。」
最後まで言いきれず、なまえは、瞳を閉じました
それは、彼女の命の灯がついに消えてしまったことを意味していました。
この地下で、なまえの姿を見たそのときから、こうなることを、皆が予感していました。
天才外科医は、理解もしていました。
けれど、心が、追いつきません。心が、こんな現実はあんまりだと、悲鳴を上げるのです。
いつの間にか、船員達はなまえの身体に触れ懇願していました。
「いやだ…っ、やだよ…っ。なまえ…っ、逝かないで…っ。」
「おい、なまえ!俺はまだ、お前から受けた嫌がらせを許してねぇからな!!
仕返しさせろよ!やり逃げは…っ、ズリィ、だろ…っ。」
「勝手なことするなって、いつも言ってるだろうが!
たまには…!俺の言うことをちゃんと聞けよ!…っ、聞いて、くれよ…っ。」
「バカ野郎…っ、アタシには友達なんて、お前しかいないんだぞ…っ。
親友を、ひとりにするやつが、いるかよ…っ。」
船員達の泣き声が、地下に響きます。
ローは、なまえの手を握り直しては、自分の頬に擦り付けました。
なまえがくれた愛の温度を確かめるように、なまえに捧げた愛を伝えるように、何度も、何度も。
彼女が覚えた、心と、愛を残してしまったというのに、なまえはとても穏やかな笑みを浮かべていました。
それが、百年の時を越えて、今は海賊達の命を守っているのですから、不思議です。
なぜなら、あの頃、この島に住む人達は、高い壁の中に閉じ込められ、世界には海が存在することすら知らなかったのですから———。
「キャプテン…!!なまえは…っ。」
地下に降りて来たローを見つけて、船員達が駆け寄ります。
彼の腕の中に、なまえはいました。
ハートの海賊団の船員達が、命をかけても守りたかった大切な仲間です。
ですから、身体中が真っ赤に染まった代わりに、血の気を失ったなまえの姿に、船員達は絶句しました。
間に合わなかったのか———諦めたわけではありませんが、傷だらけのなまえを前にして、彼らが必死に残していた希望が消えていくようでした。
「今すぐオペを始める。準備をしろ。」
「え、オペって…なまえは機械だから出来ないんじゃ…!?」
「バカか、シャチ。こんな血だらけの機械がいるかよ。」
パニックになっているシャチに対して、冷静に指摘をしたように見えたイッカクでしたが、目は血走り小刻みに震えています。
血だらけの身体、あるかどうかも分からない薄い呼吸と生気のない青い顔色。そのすべては、彼女が機械ではないことを物語っていました。なまえを見た瞬間に、残酷な事実から目を逸らすことは出来なくなっていたのです。
なまえが人間になる———あれほど、仲間みんなで思い焦がれていたはずなのに、恐怖と絶望が彼らを襲います。
だって、彼らが願っていたのは、なまえと共に〝生きる〟ことでしたから、命の灯を消そうとしている姿を喜べるはずがありません。
「ボーッとしてんじゃねぇ!!急げ!!」
「は…はい!!」
ローの怒気に、船員達はハッとしました。
彼らの船長は、まだ諦めてなどいません。なまえと共に生きる未来を信じているのです。
そして、船員達もまた、なまえと共に生きたいと願っていました。
それならば、することはひとつです。
幸運なことに、〝死の外科医〟などと不吉な異名を持つハートの海賊団の船長であるローは、〝天才外科医〟でもあります。そして、そんな彼が率いるハートの海賊団の船員達は、大小はあるもののそれぞれ医学の知識がありました。戦闘によって傷を負った仲間を、そうして守ってきたのです。
今回も、壮絶な戦闘になると見越し、この地下基地に医療器具一式を運び込んでいました。
全て、ローがこだわって集めた最新機器ばかりです。それと、ローの天才的な腕、仲間達の医学の知識と諦めない心があればどうにか————。
「ゴボッ…ッ。」
ベポが運んできた簡易ベッドに、ローがなまえを寝かせようとしたときでした。
それまでピクリとも動かなかったなまえが、大きく目を見開き、血を吐いたのです。
苦し気なその姿に、ロー達は焦りを大きくさせます。
「何やってる!!消毒はまだか!!
おい、イッカク!!麻酔の準備は終わってんのか!?」
ローが、仲間達に飛ばす指示も、焦りと共に語気が強まります。
誰もが、なまえを助けるために、必死でした。
共に生きる未来を諦めたくなくて、なまえがいない明日を想像することすら恐ろしければ、そんな余裕もなく、狭い地下基地を慌ただしく走り回ります。
そんな彼らを止めたのは、他の誰でもなく、なまえでした。
「嫌…で、す…。」
やっと喋ったなまえが口にしたのは、否定の言葉でした。
「すぐに助けてやるから、待ってろ。お前は何も心配しなくていい。」
なんとか優しい言葉をかけて、優しい表情を心掛けたローでしたが、彼は焦っていました。
額に落ちる汗は、背を向けたい未来への恐怖から零れるものでしたし、ペンギンからオペ着を受け取る手も震えていました。
父親、母親に妹、友人や先生。そうしてやっと出逢えた心から慕ったコラソンもまた、ローを守りその命を閉じました。
もう二度と、大切な人を失いたくなかったのです。
あんな苦しみは、もう懲り懲りでした。
彼は、焦っていました。
なぜなら、彼が、天才外科医だったからです。
「ま、すいは…いや、です…。」
「何言ってるんだよ、なまえ。なまえはね、今もう…、か、身体が…人間に、なってるんだ…。
願いが、叶ったんだよ…!でもさ、怪我してるから…、麻酔をしないと、手術中に痛みで死んじゃうんだよ。
だから、しっかり麻酔をしてキャプテンに治してもらおう、ね?」
ベポがなまえに声をかけます。
その瞳は、涙をこらえているのか真っ赤です。
「わ、たしは…、もう、たすか、りません…。」
「な…、何言ってんだよ!お前はバカかよ!!
今まで機械で怪我もしたことねぇから、俺らのキャプテンの凄さを知らねぇんだろ!!
キャプテンなら、これくらいの怪我っ、なんて…っ、か…っ、簡単にっ、治しちまうんだからな!!」
怒ったように言ったシャチでしたが、それでもやっぱり、彼の瞳もベポと同じように真っ赤でした。
医療器具を抱えて、ベッドの周りに集まっている仲間達も、シャチやベポと似たような顔をしています。
悔しそうに唇を噛んで、それでもなんとか消えかかった希望にしがみついていました。
「博士、が、いんぷ、っとした医学の、知識は…、のこった、まま、です。
じ、ぶんの身体が、どう、なっている、のかも、わかり、ます。」
「勝手に…!勝手に、分かった気になんなよ!!」
怒鳴ったのは、比較的冷静でいることの多いペンギンでした。
ハートの海賊団では、ローの右腕として働くことの多いペンギンも、なまえの身体の状態を嫌という程に理解していたでしょう。
助けられる命と、そうでない命を、彼は今までもローと共に心を殺して選別してきたのです。
今回もまた、そうしなければなりません。
ですが、心がそれを許してくれないのです。
「俺はお前が何と言おうと、お前を助ける。
イッカク、消毒はすませた。麻酔を打ってくれ。」
「で…でも…、キャプテン…。」
イッカクは、ローとなまえを交互に見やります。
彼女には、何が正しいのかが分かりませんでした。
ほんの一握りあるかどうかも分からない希望を、それでも信じるのならば、今すぐに麻酔を打って手術を始めるべきです。刻一刻となまえの命の灯が消えようとしている今、ほんの一瞬の時間のロスすら惜しいときです。
ですが、もしも、なまえの言う通り、すでにもう手遅れだったとしたら———。
彼女とこうして言葉を交わすのは、これが最後ということになります。
麻酔を打てば、彼女は眠りについてしまいます。そのまま目覚めないかもしれないのならば、今この貴重な時間を仲間達と大切に過ごすべきではないだろうかとも思うのです。
イッカクにも、他の仲間にもなまえに伝えたいことがたくさんあるでしょうし、きっと、なまえだってそうでしょう。
「キャプテン…ッ、アタシには…麻酔は打てねぇよ…ッ。」
仲間や、愛する人に、最後に届けたい言葉があるのかもしれない———そう思うと、イッカクは、彼女に残っている時間を自分の我儘で奪うことがどうしてもできませんでした。
仲間達の反応は、半々でした。
焦りや怒りに似た表情を見せた者もいれば、安堵したように息を吐いた者もいました。
もちろん、誰もなまえの命を諦めたわけではありません。
ただ、それぞれが、なまえを心から愛しているだけです。
「イ…ッカク…、ありが、とう。
さ、すが…、し、んゆう、です…。」
「っ、うるせー…!ほんと、バカ野郎だよ、お前は…っ。」
イッカクが、必死に涙をこらえて吐き出します。
これが最後だと覚悟をした、軽口でした。
それを分かっているのか、口の端に真っ赤な血を滲ませ、あんなに美しかった顔にも幾つもの青い痕を作っているなまえが、嬉しそうに微笑んだのです。
そして、なまえは、ローへと視線を移し、震える唇を開きます。
「ロー…、さわ…っても、いいで、すか…?」
「…っ、あぁ。」
ローが頷けば、なまえが右腕をゆっくりと持ち上げます。
いつものツナギとは違うワンピースは、その形もよく分からないほどに破れボロボロで、酸化して赤黒くなった血と土埃で元の色が分からないほどに汚れていました。
今までならば、傷ひとつ残ることがなかった白く細い腕は、青いあざと赤黒い血、抉れた皮膚から覗く肉のおかげで、思わず目を逸らしてしまいそうになるほどに痛々しい姿になっています。それは、腕だけに留まらず、全身においても言えました。
すべてが、なまえが、仲間を救うために戦った証でした。
機械だったはずのなまえに心が芽生え、そうして、まるで奇跡のように人間になった———今のなまえの姿が、それを証明しているのです。
それならば、なまえが生きる奇跡も起きればいいのに————生まれてすぐに消えていこうとしている儚い命の理不尽な運命に、船員達が持って生まれたかけがえのない心が、悲鳴を上げます。
「…っ。」
「…!」
ローの頬に触れようとしたなまえの手でしたが、その直前にひどい痛みを感じたのか、苦し気に表情を歪めるとそのまま落ちていきそうになりました。
それを、ローがすぐに受け止めます。
なまえの手を包むように握りしめたローは、そのまま彼女の手を自分の頬に触れさせました。
その瞬間に、なまえは、驚いたように目を見開きます。
彼女は、呼吸を止めたように見えました。
瞬きも忘れて、自分の手が触れるローの頬を見ていました。
その瞳は、次第に赤くなり、涙の膜が張り始めます。
「あったかい。」
そうして、漸くなまえがゆっくりと口を開いたとき、微笑んだ彼女が細めた瞳から、涙が一粒零れ落ちました。
心から、心から嬉しそうななまえの表情に、船員達はもう涙を堪えきれませんでした。
ついに、なまえの願いが叶ったことを、皆が知った瞬間だったのです。愛する人の頬の温度、たったそれだけのことが知りたかった———なまえの切なすぎる願いを。
「あぁ、あったけぇな。」
自分の頬に触れるなまえの手を、ローが強く握りしめます。
機械だったなまえの温度は、人間のそれよりもだいぶ高いものでした。
けれど今、ローに届くなまえの体温は、平熱よりも低く届きます。
なまえの身体に生まれたばかりの血が、身体からたくさん流れ出たせいです。
もちろん、なまえを戦場から連れ出した時点で、止血は済ませてあります。
けれど、認めたくはないけれど、なまえの言う通り、リヴァイとローが彼女を助け出した時点でもう、手遅れだったのです。
仕方がありません。
〝心を持つと人間となり死ぬ〟———そんな恐ろしくも悲しい呪いが、なまえにはかかっていたのですから。
「ロー…、知って、いま、すか…?」
「何をだ?」
「こ、心、は…仲間、でした…。」
「そうか。」
「ちゃん、と…見え、るんですよ…。
笑った、り…、泣い、たり…、怒ったり…、でも、いつ、もやさ、しい…。
だ、から…、たい、せつに、し、なくちゃ…いけま、せん…。」
船員達から咽び泣く声が響きます。
涙と鼻水で悲惨な状態になっているシャチは、手近のティッシュを乱暴に引き抜くと思いきり鼻をかみました。ですが、勢い余ってイッカクのツナギの裾に鼻水が飛んで、思いっきり頭を叩かれてしまいます。
本当に、こんなときまで相変わらずな船員達です。
「そうだな。俺達も、お前に教わった。」
答えたのは、意外にもローではなく、ペンギンでした。
クシャリと頭を撫でてやれば、なまえが嬉しそうに微笑みます。
随分と、なまえも表情が豊かになってきました。
これから、もっと、もっと、コロコロと表情を変えて、笑ったり泣いたりするなまえを見たいと思っていました。
自分達とそっくりな顔で笑って、泣いて、怒って、けれどとても優しい。そんななまえの心を、もっともっと見せて欲しかったのです。
慈しみ、大切に、大切に、互いに守っていくのだと信じていました。
「愛、は…、ロー…。」
なまえはそう言って、ローの頬に触れる指に力を込めます。
少しだけローの頬が押されて、なまえが生きていた証の赤い血が塗られます。
「ロー…。愛、は…、すご、くあ…ったかい…で、す…。
ずっと…、ずっと、知りた、かった…。うれ、しい…。
こ、んなに…や、さしい…おん、ど、な、んです、ね…。」
ローは、ただ黙って頷きました。
そして、唇を噛んで、頷いたまま、顔を上げません。
声を出したら、泣いてしまいそうでした。子供みたいに、死なないでと泣き喚いてしまいそうだったのです。
「こ、心、と、愛が、わ、たしをいつ、も包んで、ました。
わ、たしは…、し、あわせな…人間で、した…。
ありが、とう、ございま———————。」
最後まで言いきれず、なまえは、瞳を閉じました
それは、彼女の命の灯がついに消えてしまったことを意味していました。
この地下で、なまえの姿を見たそのときから、こうなることを、皆が予感していました。
天才外科医は、理解もしていました。
けれど、心が、追いつきません。心が、こんな現実はあんまりだと、悲鳴を上げるのです。
いつの間にか、船員達はなまえの身体に触れ懇願していました。
「いやだ…っ、やだよ…っ。なまえ…っ、逝かないで…っ。」
「おい、なまえ!俺はまだ、お前から受けた嫌がらせを許してねぇからな!!
仕返しさせろよ!やり逃げは…っ、ズリィ、だろ…っ。」
「勝手なことするなって、いつも言ってるだろうが!
たまには…!俺の言うことをちゃんと聞けよ!…っ、聞いて、くれよ…っ。」
「バカ野郎…っ、アタシには友達なんて、お前しかいないんだぞ…っ。
親友を、ひとりにするやつが、いるかよ…っ。」
船員達の泣き声が、地下に響きます。
ローは、なまえの手を握り直しては、自分の頬に擦り付けました。
なまえがくれた愛の温度を確かめるように、なまえに捧げた愛を伝えるように、何度も、何度も。
彼女が覚えた、心と、愛を残してしまったというのに、なまえはとても穏やかな笑みを浮かべていました。