◇No.8◇夜は明けますか?
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不寝番の船員達から不審な動きをする船のようなものをレーダーに見つけたと聞いたローが、彼らと一緒にその動きを確認してから船長室に戻ってきたのは1時間後でした。
ローは、真夜中に歩き回るのも平気ですし、幽霊というのを信じる信じないは別として、怖いと思ったこともありません。
ですが、淡い明かりだけが照らす廊下に置かれたケージの中で、折り曲げた膝を抱きしめて座りジッとこちらを向く白いワンピース姿の女と目が合ったときには、流石に悲鳴を上げそうになりました。
喉のすぐそこまで出かかった悲鳴をなんとか堪えたものの、目を見開き固まります。
なぜかはわかりませんが、船長室の前にベポが置きっぱなしにしていたケージの中に彼女がいました。
ラパーンの子供にはそれなりに広い小屋になりましたが、人間サイズが入るには狭いケージなので、両膝を抱えて座っています。
「…何やってんだ。」
ケージの前に立って、ローは彼女を見下ろします。
「部屋に戻りました。」
彼女は、ローを見上げて答えました。
「は?」
「ここは私の部屋です。」
「いや、違ぇ。」
ローの言っている意味が理解出来なかったのか、彼女が首を傾げました。
ですが、意味不明なのはローの方でした。
だって、彼女の部屋はここではありませんし、そもそもそれは本来は獣を閉じ込めるためのケージであって部屋ではありません。
ですが、悲しいことに、彼女にとってはこのケージは、部屋だったのです。
「違いますか?研究施設の私の部屋はコレと同じでした。」
彼女の返事を聞いて、ローも漸く、どうしてケージの中に入っていたのかを理解しました。
それと同時に、彼女が研究施設でどのような扱いを受けていたのかもなんとなく予想がつきました。
天竜人が人間を奴隷にすることを当然のように認めている世界政府が、機械に部屋を与えるという考えを持っているわけがないのです。
自分のことではないけれど、元々、天竜人や世界政府に嫌悪感を抱いているローは、胸糞が悪い気持ちでした。
確かに、彼女は機械ですから、部屋を与えるというのはおかしいのかもしれません。
でも、今ここでこうしてケージの中で両膝を抱えてジッと座っている彼女の姿は、どう見ても人間の女性なのです。
これを見てもなんとも思わない世界政府の関係者や、海軍、天才博士というのは、機械と同じようにきっと心がないのでしょう。
「少なくともここでは、ペンギンが用意したのがお前の部屋だ。
そんな胸糞悪ィ場所じゃねぇ。」
ローは膝を曲げて腰を降ろすと、ケージの扉を開きながら言いました。
ですが、彼女はその意味を理解出来ないらしく、両膝を抱えたままじっと座っていて動こうとしません。
仕方なく引きずり出そうとして、彼女の手首を握ったローは驚きました。
温度のない彼女の手首は、想像以上に細かったのです。
この細い手首が、銃に変わったり、マシンガンになったりするのかー。
機械のためにローが心を痛めることはありませんが、それでも思うことはあります。
なぜ、世界政府はわざわざ殺人兵器を女性そっくりにしたのでしょうか。
答えはたぶん、簡単です。
馬鹿な海賊の男達を油断させようとしたのでしょう。
うまく誘惑でも出来ればという考えもあったのかもしれません。
人間の女性にはさせられなくても、それが機械であれば倫理的に問題ないとでも思ったのでしょうか。
やはり、ローは胸糞が悪い気持ちになります。
ケージの中から彼女を強引に引きずり出し立たせたあと、ローは彼女に言いました。
「お前の名前はH0(エイチゼロ)じゃねぇ。
なまえだ。自由に生きてぇなら忘れるな。」
「はい、分かりました。」
彼女は素直に答えます。
だから余計に、彼女がどれくらいきちんと理解したのかはわかりません。
自分の部屋に戻って行く彼女の背中に、ローは試しに声をかけてみることにしました。
「H0(エイチゼロ)。」
意地悪で製造番号で呼んでみましたが、彼女は振り返りません。
静かな廊下です。ローの声が聞こえないわけはありません。
では、自分の名前が変わったことを理解したのでしょうか。
「なまえ。」
今度は、ローは、彼女が望んだ名前で呼び止めてみました。
大切な仲間たちに囲まれ、愛する人に心から愛された優しい女性の名前です。
彼女が立ち止まり、振り返ります。
「はい、何でしょうか?」
「ちゃんと自分の部屋に戻れ。もう二度とケージには戻るなよ。」
「分かりました。」
ローの指示に従って、彼女はペンギンが用意した部屋のある方へと向かいます。
それを確認して、ローは船長室に戻りました。
それからすぐに、彼女も、今度こそちゃんと、ペンギンが用意した部屋の扉を開きました。
ベッドの上では、世話係として彼女の見張りを命じられていたベポが寝息を立てて気持ちよさそうに眠っています。
ですが、彼女が困ることはありません。
だって、ベッドは睡眠をとるためにあるということは知っていましたが、それを自分がするという考えは彼女にはないのです。
部屋の隅で両膝を抱えて座った彼女は、天井を見上げました。
こうやっていつも、ひとりきりで、夜が過ぎていくのを待つのです。
これが、対海賊用の殺人兵器として生まれた日から今日までの彼女の夜の過ごし方でした。
でも今夜は、鉄のケージがないおかげで、見上げた天井がよく見えます。
対海賊用の殺人兵器として生まれた彼女が、なんの因果かハートの海賊団の船に乗ることになったのは、恐らくただの偶然だったのでしょう。
それでも彼女にとって、ケージには戻ってはいけないという初めての命令は、自由に生きていくために必要な大きな一歩だったに違いありません。
これから、彼女にはどんな自由が、もしくはどんな不自由が待ち受けているのでしょうか。
ベポの寝息だけが聞こえる静かで穏やかな部屋の中で、彼女は夜が過ぎるのを待ちます。
夜明けがやってくるのを、ただひたすらに待ち続けていたのです。
ローは、真夜中に歩き回るのも平気ですし、幽霊というのを信じる信じないは別として、怖いと思ったこともありません。
ですが、淡い明かりだけが照らす廊下に置かれたケージの中で、折り曲げた膝を抱きしめて座りジッとこちらを向く白いワンピース姿の女と目が合ったときには、流石に悲鳴を上げそうになりました。
喉のすぐそこまで出かかった悲鳴をなんとか堪えたものの、目を見開き固まります。
なぜかはわかりませんが、船長室の前にベポが置きっぱなしにしていたケージの中に彼女がいました。
ラパーンの子供にはそれなりに広い小屋になりましたが、人間サイズが入るには狭いケージなので、両膝を抱えて座っています。
「…何やってんだ。」
ケージの前に立って、ローは彼女を見下ろします。
「部屋に戻りました。」
彼女は、ローを見上げて答えました。
「は?」
「ここは私の部屋です。」
「いや、違ぇ。」
ローの言っている意味が理解出来なかったのか、彼女が首を傾げました。
ですが、意味不明なのはローの方でした。
だって、彼女の部屋はここではありませんし、そもそもそれは本来は獣を閉じ込めるためのケージであって部屋ではありません。
ですが、悲しいことに、彼女にとってはこのケージは、部屋だったのです。
「違いますか?研究施設の私の部屋はコレと同じでした。」
彼女の返事を聞いて、ローも漸く、どうしてケージの中に入っていたのかを理解しました。
それと同時に、彼女が研究施設でどのような扱いを受けていたのかもなんとなく予想がつきました。
天竜人が人間を奴隷にすることを当然のように認めている世界政府が、機械に部屋を与えるという考えを持っているわけがないのです。
自分のことではないけれど、元々、天竜人や世界政府に嫌悪感を抱いているローは、胸糞が悪い気持ちでした。
確かに、彼女は機械ですから、部屋を与えるというのはおかしいのかもしれません。
でも、今ここでこうしてケージの中で両膝を抱えてジッと座っている彼女の姿は、どう見ても人間の女性なのです。
これを見てもなんとも思わない世界政府の関係者や、海軍、天才博士というのは、機械と同じようにきっと心がないのでしょう。
「少なくともここでは、ペンギンが用意したのがお前の部屋だ。
そんな胸糞悪ィ場所じゃねぇ。」
ローは膝を曲げて腰を降ろすと、ケージの扉を開きながら言いました。
ですが、彼女はその意味を理解出来ないらしく、両膝を抱えたままじっと座っていて動こうとしません。
仕方なく引きずり出そうとして、彼女の手首を握ったローは驚きました。
温度のない彼女の手首は、想像以上に細かったのです。
この細い手首が、銃に変わったり、マシンガンになったりするのかー。
機械のためにローが心を痛めることはありませんが、それでも思うことはあります。
なぜ、世界政府はわざわざ殺人兵器を女性そっくりにしたのでしょうか。
答えはたぶん、簡単です。
馬鹿な海賊の男達を油断させようとしたのでしょう。
うまく誘惑でも出来ればという考えもあったのかもしれません。
人間の女性にはさせられなくても、それが機械であれば倫理的に問題ないとでも思ったのでしょうか。
やはり、ローは胸糞が悪い気持ちになります。
ケージの中から彼女を強引に引きずり出し立たせたあと、ローは彼女に言いました。
「お前の名前はH0(エイチゼロ)じゃねぇ。
なまえだ。自由に生きてぇなら忘れるな。」
「はい、分かりました。」
彼女は素直に答えます。
だから余計に、彼女がどれくらいきちんと理解したのかはわかりません。
自分の部屋に戻って行く彼女の背中に、ローは試しに声をかけてみることにしました。
「H0(エイチゼロ)。」
意地悪で製造番号で呼んでみましたが、彼女は振り返りません。
静かな廊下です。ローの声が聞こえないわけはありません。
では、自分の名前が変わったことを理解したのでしょうか。
「なまえ。」
今度は、ローは、彼女が望んだ名前で呼び止めてみました。
大切な仲間たちに囲まれ、愛する人に心から愛された優しい女性の名前です。
彼女が立ち止まり、振り返ります。
「はい、何でしょうか?」
「ちゃんと自分の部屋に戻れ。もう二度とケージには戻るなよ。」
「分かりました。」
ローの指示に従って、彼女はペンギンが用意した部屋のある方へと向かいます。
それを確認して、ローは船長室に戻りました。
それからすぐに、彼女も、今度こそちゃんと、ペンギンが用意した部屋の扉を開きました。
ベッドの上では、世話係として彼女の見張りを命じられていたベポが寝息を立てて気持ちよさそうに眠っています。
ですが、彼女が困ることはありません。
だって、ベッドは睡眠をとるためにあるということは知っていましたが、それを自分がするという考えは彼女にはないのです。
部屋の隅で両膝を抱えて座った彼女は、天井を見上げました。
こうやっていつも、ひとりきりで、夜が過ぎていくのを待つのです。
これが、対海賊用の殺人兵器として生まれた日から今日までの彼女の夜の過ごし方でした。
でも今夜は、鉄のケージがないおかげで、見上げた天井がよく見えます。
対海賊用の殺人兵器として生まれた彼女が、なんの因果かハートの海賊団の船に乗ることになったのは、恐らくただの偶然だったのでしょう。
それでも彼女にとって、ケージには戻ってはいけないという初めての命令は、自由に生きていくために必要な大きな一歩だったに違いありません。
これから、彼女にはどんな自由が、もしくはどんな不自由が待ち受けているのでしょうか。
ベポの寝息だけが聞こえる静かで穏やかな部屋の中で、彼女は夜が過ぎるのを待ちます。
夜明けがやってくるのを、ただひたすらに待ち続けていたのです。