思わず、言葉を切ってしまったローに、男は、もう一度、同じ質問を淡々と繰り返しました。
シャチ達には、男は生きているように見えます。少なくとも、幽霊だとは思いません。
だから、答えなんて分かりきったように思えたのです。
ですが、ローは、まるでその答えを持ち合わせていないかのように、唇を震わせるのです。
もしかすると、その答えを知っているけれど、口にするのが怖いのかもしれません。
ローの返事を少し待った男は、もう一度、訊ねました。

「もう一度聞く、お前は正直に答えろ。
　お前には、俺となまえが、生きているように見えるか？」

男が訊ねました。
なぜでしょうか。その瞬間に、シャチ達の心臓が、悲鳴を上げたのです。
答えないで———意味も分からず、心がローに懇願します。
たぶん、シャチ達も、分かってしまったのです。
なまえという女性に何が起こったのかは分からずとも、彼らが話している〝なまえ〟という女性が、自分達の知っている彼女のことだということが———。

「もし、なまえが生きてると思ってんなら、」

答えないローを待たず、男が口を開きます。
シャチ達は、緊張していました。
心臓の音が聞こえてきそうなほどに速くなる鼓動と共に、耐え難い恐怖が襲ってきます。
この先を聞いてしまったら、もう戻れなくなる———何かが自分達に警告をしている声がするのです。

『今すぐ船に戻りましょう！そしていつもみたいに仲間達と冒険に出かけよう！』

逃げてしまえば、またいつもの日常に戻れる——咄嗟にそう思ったシャチ達の喉からは、あと一歩で、こんなセリフが飛び出しそうでした。
ですが、恐怖に震えた喉は、声を出すどころか、ひゅーひゅーと空気を漏らすばかりでした。
そしてとうとう、男が、その先を口にしてしまいます。

「———アイツを捨てろ。今すぐに。」

男はまた、淡々と言います。
壊れかけて使い物にならなくなったガラクタを捨てろとでも言うように、なまえを捨てろ、と男はそう、ハッキリと告げたのです。
でもなぜでしょうか。驚かなかったのです。
誰も、驚けませんでした。
だって、本当は、眠り続けるなまえの寝顔を見る度に、心のどこかで、何かがおかしいことを気づいていたから———。

「なまえを殺したくねぇなら、捨てろ
　アイツに抱いちまったクソみてぇなその感情も一切合切まとめて、捨てるんだ。」

男が、ハッキリと言います。
それは、現実を受け入れきれない海賊達への、最終通告でした。