◇No.67.◇全ての物事には理由があります
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ゆっくりと壁を抜けた先にあったのは、普通の人達が生活をするための普通の街並みが広がる、何の変哲もない世界でした。
野菜や果物を売っている店に、精肉店、薬屋もあります。
普段、ハートの海賊団が上陸をして、食料や在庫の調達を行う島と何ら変わりません。
想像もつかない恐ろしい世界が待っているような気がしていたシャチ達は、肩透かしにあったような気分でした。
馬車から降りたロー達は、数人に食材等の買い出しを頼むと、まずはこの島を偵察することになりました。
「さっきの馭者の話、本当っすかね?」
人通りの多い歩道をさっさと歩きだしたローを駆け足で追いかけたシャチは、隣に並ぶと、早速、疑い深そうな表情で彼の顔を見上げました。
信じていない———というわけではありません。
ただ、あんなに恐ろしい話が事実だなんて信じたくなかったのです。
「…残念ながら、な。」
チラリとシャチを見た後、ローはまた前を向き歩きながら、答えます。
そういえば、最初に〝巨人〟という物騒な話をしたのは、ローでした。
それはつまり、少なくとも彼は、この島に来る前から、この島の歴史を知っていたということです。
「残念ってどういうこと?」
それは確かに、巨人に襲われちゃうなんて良いことではないけど———ベポが、僅かに眉尻を下げました。
運悪く巨人に襲われることになってしまった、100年も昔の島民達のことを哀れんでいるのかもしれません。
「お前ら、本当に、何の前触れもなく突然、知性のない巨人が現れたと信じてるのか。」
口ぶりこそ、考えの足りない仲間に呆れているようでしたが、ローの眉間には皴が刻まれ、苦々し気に表情を歪めていました。
「突然じゃなかったら、何なの?」
素直に、そう訊ねたのは、ベポでした。
同じ疑問は、シャチ達の脳裏にもすぐに浮かびました。
でも、それを口にしようとしなかったのは、その先を知ってはいけない———なぜかそう感じたからです。無意識に、心がストップをかけたような感覚でした。
なぜなら、ローの表情を見ていれば、あまり良い答えが返ってこないことは明らかだったのです。
「それを調査しようとしてた奴らがいる。」
「調査?巨人が現れた理由を?」
「何かが起こったとき、そこには必ず、それなりの理由が存在する。」
ローはそう言うと、羽織っていたコートのポケットから切り抜かれた新聞記事を取り出しました。
受け取ったベポの手元を、シャチやイッカク達も覗き込みます。
それは、この島で語り継がれる巨人襲来についてをまとめた記事でした。
ベポ達は、ポーラータング号が広い海を漂流しているとき、ローがひたすらに新聞を読み漁っていたのを思い出しました。
どうやら、この記事は、その時に見つけ、船を降りる前に切り抜いて持ってきたようです。
今から上陸するというときに、ローだけが船長室に戻り、一番最後に船を降りた理由も、この1枚の新聞の切り抜きで漸く繋がりました。
そこまでしてわざわざローが持ってきた記事の前半には、馭者から聞いた話が、まるで恐ろしい御伽噺のように語られていました。
そして、それは、最終的にこうまとめられています。
≪調査の結果、この島に現れたという巨人の存在は、ただの架空の想像であることが証明されました。≫
この文言の前には、なにやら難しい理論が長々と書かれていましたが、それを理解することは出来ませんでした。
ただ分かるのは、馭者が、とても誇らしげに語っていた〝英雄〟達は、存在しない架空の人物だったと証明されてしまったということです。
「なんだ、やっぱり巨人なんかいなかったんじゃねーか。」
シャチが、後頭部に両手を当てて、つまらなそうに言います。
恐ろしい巨人が、本当は存在していなかったと知ってホッとしたのか。それとも、誇らしげに語っていた馭者の気持ちを思うと、なんとも言えない気持ちになったのか。
彼にもよくわかりませんでした。
「俺は、いたと思う。」
ベポがポツリ、と呟きました。
それは、大きな声ではありませんでしたが、とても力強く聞こえたのです。
ローが立ち止まります。
「なぜそう思う?」
ローは、隣に立つベポを見て、訊ねました。
でも、そう聞かれると、ベポ自身も分かりません。
ただ、そう思った——だけなのです。
それから、馭者の男もそうだったように、この島民達が、自分達の祖先である英雄達を誇りに思い、語り継いできたことを思うと、それが真実であってほしいと思ったのです。
でもそれは同時に、100年前の島民達が、巨人の脅威に怯えて暮らしていてほしいと望むことに繋がってしまいました。
だからやっぱり、ベポには、何が真実で、何が嘘であることが良いことなのか、分かりません。
「こんな大きな壁、そんな理由がないと誰も作らないと思うから。」
結局、ベポから出てきたのは、もっともらしいけれど、証拠としてはあまりにも弱い理由でした。
それでも、ローは彼の意見を馬鹿にはせずに、新しく別の質問を投げかけました。
「なら、巨人はどうして現れたと思う?」
「突然、現れたんでしょう?」
「言っただろ。物事にはすべて起こるべくして起こってる。
必ず理由があるはずだ。」
「んー…。なんだろう…。」
質問を投げかけられたベポだけではなく、シャチやイッカク達も、思考を巡らせました。
普段、彼らは、頭を使うことをあまり好みません。
そういうことは、ローやペンギンに任せっきりなところがあるのですが、今はどうしても答えを探したくなったのです。
なぜなのかは、分かりません。
気づけば、辺りはシンと静まり返っていました。
いつの間にか、賑やかな商店街を抜けて、雪に覆われた広い公園にやってきていたようです。
もしかしたら、このシンとした冷たく寂しい空気が、彼らに似合わないことをさせていたのかもしれません。
「ヒントは?」
呆気なく降参をしたのは、シャチでした。
それでも、ローは、呆れたりせずに、口を開きました。
「すべてのことに理由はある。でもそのすべてが、正当な理由とは限らねぇ。」
「それって、エレン達の村が燃やされた時、
グロス達にとっては、それが必要な犠牲になる理由があったけど、
俺達にとっては到底納得のいく理由じゃなかった。それと同じってこと?」
ベポの言葉で、シャチ達は少し前に出逢った少年たちの住む村を思い出しました。
凄惨な事件でした。
あまりにも身勝手な理由で、彼らは一生癒えなくてもおかしくない程の苦しみと仕打ちを受けていたのです。
いえ、たとえどんな理由があったとしても、それを正当化して理路整然と説明されたとしても、彼らと友人になったシャチ達は、彼らが身をよじる程の苦しみを与えられても仕方がないとは、決して思えないでしょう。
大切な人達が傷つくとき、そこに、到底納得のいく理由を用意することなどできないのです。
それでも、物事が起こるとき、そこには必ず理由があるのです。
一枚の葉が揺れる———それにすら、理由があるように。
「そうだ。」
小さく頷くと、ローはまた歩き始めました。
一歩一歩、歩みを進める度に、彼らのブーツが雪を踏み込むザクザクという音が響きます。
とても、静かな公園です。
だだっ広い敷地に、幾つかの木が植えられているだけです。その木すらも、葉は全て落ちて、心許なげな細い枝が残されているだけなので、辺り一面が白い雪に覆われた、ひどく寂しい場所に思えました。
いえ、よく見ると、木の外に、何かが整然と並んでいるようです。
でもそれは、雪に埋もれて隠れてしまっていて、何かは分かりません。
「それが、どんなにクソみてぇな理由で、
知らなかった方がよかったと後悔するようなことでも、
どんなことでも、必ずそれが起こる前に、何かが起こってる。」
真っ白い銀世界を歩きながら、ローが言います。
ベポ達は、今から100年前に、巨人が現れた理由を考えました。
突如現れた巨人に、平穏な生活を奪われ、理不尽に命を奪われ、家族を失い、悲しみと恐怖の中で島民達が生きなければならなかった理由———そんなもの、いくら考えても思いつきません。
思いつくわけが、ないのです。
だって、彼らには、大切な人達と穏やかに生きていく権利が、あったはずなのです。
苦しみと恐怖の中で死んでもいい人なんて、1人もいなかった———それだけは、確かに分かるからこそ、ベポ達には答えを出せませんでした。
「…調査をしたその人たちは、後悔したの?」
「さぁ。本人に聞いてみればいい。」
ローが立ち止まります。
真っ直ぐに前を向き、どこかを睨みつける彼の瞳は、冷たく燃えていました。
憎しみや怒りに似た感情に見えたその視線の先を、ベポ達の目が追いかけます。
数メートル先に、小高い丘がありました。
そこに、碑が建っています。ポーネグリフのような大きな石で出来ている置物です。
その碑の前に、ひとりの若い男が立っていました。
商店街ですれ違った兵士達と似たような兵団服を着ていましたが、何かが違う気がします。
でも、何がどう違うのかは分かりません。
ただなんとなく、そう感じたのです。
屈強でガタイのいい男達の多い海賊達と比べなくても、その男は小柄でした。
身体は細身で、身長も高くはありません。
ですが、なぜか、数メートル先に立つ男に恐怖を覚えたのです。
それは、男の背負うオーラに圧倒されたということなのか、それとも、野生の勘が圧倒的な力の差に気づいてしまったのか———シャチ達には分かりません。
ただ、その男がこちらを見る三白眼は鋭く、それだけで、まるでナイフで切られているかのように身体に痛みを感じるのです。
今すぐに逃げ出さなければ殺される————頭で考えるよりも先に、心が警告するアラームがうるさいくらいに鳴り響きます。
「遅かったじゃねぇか。」
男の口が開き、唇が動きました。
ですが、今、喋ったのは誰だったのでしょうか。
シャチ達は、混乱していました。
確かにその声を認識したのに、その出所が分からないなんて、とても気持ちの悪い感覚です。
だって、男の唇が動いているそのとき、彼らの耳に聞こえてきたのは、船長であるローの声だったのです————。
ベポの隣で、真っ直ぐに男を睨みつけていたローが、苦々し気に唇を噛みました。
野菜や果物を売っている店に、精肉店、薬屋もあります。
普段、ハートの海賊団が上陸をして、食料や在庫の調達を行う島と何ら変わりません。
想像もつかない恐ろしい世界が待っているような気がしていたシャチ達は、肩透かしにあったような気分でした。
馬車から降りたロー達は、数人に食材等の買い出しを頼むと、まずはこの島を偵察することになりました。
「さっきの馭者の話、本当っすかね?」
人通りの多い歩道をさっさと歩きだしたローを駆け足で追いかけたシャチは、隣に並ぶと、早速、疑い深そうな表情で彼の顔を見上げました。
信じていない———というわけではありません。
ただ、あんなに恐ろしい話が事実だなんて信じたくなかったのです。
「…残念ながら、な。」
チラリとシャチを見た後、ローはまた前を向き歩きながら、答えます。
そういえば、最初に〝巨人〟という物騒な話をしたのは、ローでした。
それはつまり、少なくとも彼は、この島に来る前から、この島の歴史を知っていたということです。
「残念ってどういうこと?」
それは確かに、巨人に襲われちゃうなんて良いことではないけど———ベポが、僅かに眉尻を下げました。
運悪く巨人に襲われることになってしまった、100年も昔の島民達のことを哀れんでいるのかもしれません。
「お前ら、本当に、何の前触れもなく突然、知性のない巨人が現れたと信じてるのか。」
口ぶりこそ、考えの足りない仲間に呆れているようでしたが、ローの眉間には皴が刻まれ、苦々し気に表情を歪めていました。
「突然じゃなかったら、何なの?」
素直に、そう訊ねたのは、ベポでした。
同じ疑問は、シャチ達の脳裏にもすぐに浮かびました。
でも、それを口にしようとしなかったのは、その先を知ってはいけない———なぜかそう感じたからです。無意識に、心がストップをかけたような感覚でした。
なぜなら、ローの表情を見ていれば、あまり良い答えが返ってこないことは明らかだったのです。
「それを調査しようとしてた奴らがいる。」
「調査?巨人が現れた理由を?」
「何かが起こったとき、そこには必ず、それなりの理由が存在する。」
ローはそう言うと、羽織っていたコートのポケットから切り抜かれた新聞記事を取り出しました。
受け取ったベポの手元を、シャチやイッカク達も覗き込みます。
それは、この島で語り継がれる巨人襲来についてをまとめた記事でした。
ベポ達は、ポーラータング号が広い海を漂流しているとき、ローがひたすらに新聞を読み漁っていたのを思い出しました。
どうやら、この記事は、その時に見つけ、船を降りる前に切り抜いて持ってきたようです。
今から上陸するというときに、ローだけが船長室に戻り、一番最後に船を降りた理由も、この1枚の新聞の切り抜きで漸く繋がりました。
そこまでしてわざわざローが持ってきた記事の前半には、馭者から聞いた話が、まるで恐ろしい御伽噺のように語られていました。
そして、それは、最終的にこうまとめられています。
≪調査の結果、この島に現れたという巨人の存在は、ただの架空の想像であることが証明されました。≫
この文言の前には、なにやら難しい理論が長々と書かれていましたが、それを理解することは出来ませんでした。
ただ分かるのは、馭者が、とても誇らしげに語っていた〝英雄〟達は、存在しない架空の人物だったと証明されてしまったということです。
「なんだ、やっぱり巨人なんかいなかったんじゃねーか。」
シャチが、後頭部に両手を当てて、つまらなそうに言います。
恐ろしい巨人が、本当は存在していなかったと知ってホッとしたのか。それとも、誇らしげに語っていた馭者の気持ちを思うと、なんとも言えない気持ちになったのか。
彼にもよくわかりませんでした。
「俺は、いたと思う。」
ベポがポツリ、と呟きました。
それは、大きな声ではありませんでしたが、とても力強く聞こえたのです。
ローが立ち止まります。
「なぜそう思う?」
ローは、隣に立つベポを見て、訊ねました。
でも、そう聞かれると、ベポ自身も分かりません。
ただ、そう思った——だけなのです。
それから、馭者の男もそうだったように、この島民達が、自分達の祖先である英雄達を誇りに思い、語り継いできたことを思うと、それが真実であってほしいと思ったのです。
でもそれは同時に、100年前の島民達が、巨人の脅威に怯えて暮らしていてほしいと望むことに繋がってしまいました。
だからやっぱり、ベポには、何が真実で、何が嘘であることが良いことなのか、分かりません。
「こんな大きな壁、そんな理由がないと誰も作らないと思うから。」
結局、ベポから出てきたのは、もっともらしいけれど、証拠としてはあまりにも弱い理由でした。
それでも、ローは彼の意見を馬鹿にはせずに、新しく別の質問を投げかけました。
「なら、巨人はどうして現れたと思う?」
「突然、現れたんでしょう?」
「言っただろ。物事にはすべて起こるべくして起こってる。
必ず理由があるはずだ。」
「んー…。なんだろう…。」
質問を投げかけられたベポだけではなく、シャチやイッカク達も、思考を巡らせました。
普段、彼らは、頭を使うことをあまり好みません。
そういうことは、ローやペンギンに任せっきりなところがあるのですが、今はどうしても答えを探したくなったのです。
なぜなのかは、分かりません。
気づけば、辺りはシンと静まり返っていました。
いつの間にか、賑やかな商店街を抜けて、雪に覆われた広い公園にやってきていたようです。
もしかしたら、このシンとした冷たく寂しい空気が、彼らに似合わないことをさせていたのかもしれません。
「ヒントは?」
呆気なく降参をしたのは、シャチでした。
それでも、ローは、呆れたりせずに、口を開きました。
「すべてのことに理由はある。でもそのすべてが、正当な理由とは限らねぇ。」
「それって、エレン達の村が燃やされた時、
グロス達にとっては、それが必要な犠牲になる理由があったけど、
俺達にとっては到底納得のいく理由じゃなかった。それと同じってこと?」
ベポの言葉で、シャチ達は少し前に出逢った少年たちの住む村を思い出しました。
凄惨な事件でした。
あまりにも身勝手な理由で、彼らは一生癒えなくてもおかしくない程の苦しみと仕打ちを受けていたのです。
いえ、たとえどんな理由があったとしても、それを正当化して理路整然と説明されたとしても、彼らと友人になったシャチ達は、彼らが身をよじる程の苦しみを与えられても仕方がないとは、決して思えないでしょう。
大切な人達が傷つくとき、そこに、到底納得のいく理由を用意することなどできないのです。
それでも、物事が起こるとき、そこには必ず理由があるのです。
一枚の葉が揺れる———それにすら、理由があるように。
「そうだ。」
小さく頷くと、ローはまた歩き始めました。
一歩一歩、歩みを進める度に、彼らのブーツが雪を踏み込むザクザクという音が響きます。
とても、静かな公園です。
だだっ広い敷地に、幾つかの木が植えられているだけです。その木すらも、葉は全て落ちて、心許なげな細い枝が残されているだけなので、辺り一面が白い雪に覆われた、ひどく寂しい場所に思えました。
いえ、よく見ると、木の外に、何かが整然と並んでいるようです。
でもそれは、雪に埋もれて隠れてしまっていて、何かは分かりません。
「それが、どんなにクソみてぇな理由で、
知らなかった方がよかったと後悔するようなことでも、
どんなことでも、必ずそれが起こる前に、何かが起こってる。」
真っ白い銀世界を歩きながら、ローが言います。
ベポ達は、今から100年前に、巨人が現れた理由を考えました。
突如現れた巨人に、平穏な生活を奪われ、理不尽に命を奪われ、家族を失い、悲しみと恐怖の中で島民達が生きなければならなかった理由———そんなもの、いくら考えても思いつきません。
思いつくわけが、ないのです。
だって、彼らには、大切な人達と穏やかに生きていく権利が、あったはずなのです。
苦しみと恐怖の中で死んでもいい人なんて、1人もいなかった———それだけは、確かに分かるからこそ、ベポ達には答えを出せませんでした。
「…調査をしたその人たちは、後悔したの?」
「さぁ。本人に聞いてみればいい。」
ローが立ち止まります。
真っ直ぐに前を向き、どこかを睨みつける彼の瞳は、冷たく燃えていました。
憎しみや怒りに似た感情に見えたその視線の先を、ベポ達の目が追いかけます。
数メートル先に、小高い丘がありました。
そこに、碑が建っています。ポーネグリフのような大きな石で出来ている置物です。
その碑の前に、ひとりの若い男が立っていました。
商店街ですれ違った兵士達と似たような兵団服を着ていましたが、何かが違う気がします。
でも、何がどう違うのかは分かりません。
ただなんとなく、そう感じたのです。
屈強でガタイのいい男達の多い海賊達と比べなくても、その男は小柄でした。
身体は細身で、身長も高くはありません。
ですが、なぜか、数メートル先に立つ男に恐怖を覚えたのです。
それは、男の背負うオーラに圧倒されたということなのか、それとも、野生の勘が圧倒的な力の差に気づいてしまったのか———シャチ達には分かりません。
ただ、その男がこちらを見る三白眼は鋭く、それだけで、まるでナイフで切られているかのように身体に痛みを感じるのです。
今すぐに逃げ出さなければ殺される————頭で考えるよりも先に、心が警告するアラームがうるさいくらいに鳴り響きます。
「遅かったじゃねぇか。」
男の口が開き、唇が動きました。
ですが、今、喋ったのは誰だったのでしょうか。
シャチ達は、混乱していました。
確かにその声を認識したのに、その出所が分からないなんて、とても気持ちの悪い感覚です。
だって、男の唇が動いているそのとき、彼らの耳に聞こえてきたのは、船長であるローの声だったのです————。
ベポの隣で、真っ直ぐに男を睨みつけていたローが、苦々し気に唇を噛みました。