◇No.64◇独りきり残して死にません
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静かな夜でした。
ベッドサイドに置かれたランプが、医療書を読みふけるローの手元を柔らかく照らします。
彼の腰元では、なまえが気持ちよさそうに眠っていました。
今日も、昼頃に目を覚ましたなまえは、仲の良いベポ達と釣りやカードゲームをしたりして遊んだ後、夕方からはローと一緒に過ごしました。
何か、特別なことをしたわけではありません。
ソファに並んで座り、書庫から見つけてきた小説を2人で一緒に読んでみたり、次に上陸する予定の島でのデートの計画も立てただけです。
でも、それは、幼いころから試練を幾つも乗り越えてきたローが、海賊となり、機嫌が変わりやすい海の上をただ進み続ける毎日の中で漸く見つけた、穏やかな時間だったのです。
たとえ、敵がなんだとしても、彼女だけは絶対に手放すわけにはいきません。
「ん…。」
小さな声に気づいたローは、ページをめくろうとしていた手を止めました。
腰元を見れば、なまえが眉間に皴を寄せて苦し気にしています。
普段、眠っているときにはまるで命のない人形のようにピクリとも動かないので、とても意外なことでした。
悪夢でも見ているのか———機械が夢を見るのかどうかは分かりませんが、そもそも機械は寝ることもないので、なまえの場合は分かりません。
ローが、医療書を静かに閉じると、パタン、と紙の渇いた音が小さく響きました。
医療書をサイドテーブルに置いた後、ローはなまえの眉間のあたりにそっと触れました。
皴の寄っている眉間を、長い指で優しく撫でます。
蒸し暑い夏島の気候の中、ポーラータング号で暮らす船員達はローも含め、汗だくです。
でも、なまえの額は、ほんの少しのオイル漏れもなく、さらさらと指に気持ちいいくらいに滑ります。
あぁ、機械なんだ、とほんの小さなところで、ローは思い知るのです。
それでもいい。それでもいい、と思ってみたり、どうにか人間になってくれないかと願っては、方法を模索してみたり。
そんなことをしているうちに、なまえは、まるで人間のように眠るようになりました。
これは、良い方へと向かっているということなのでしょうか。
それとも———。
「なまえ、俺がお前を守ってやる。」
ローは、息苦しそうに眉間に皴を寄せてうなされているなまえの髪をそっとかきあげると、頬を優しく撫でました。
それは、不安と希望に押し潰されそうになっているローの、彼なりの覚悟と決意でした。
その時でした。
「—————!!」
なまえが、叫びながら勢いよく起き上がったのです。
息も絶え絶えに、肩を激しく上下させて、見開いた目で遠くの壁を映すなまえは、ひどく恐ろしい夢でも見ていたのか、顔色は真っ青で、機械に対しておかしいですが、血の気が引いていました。
でも、一番驚いたのは、なまえが瞳から、大粒の雫を幾つも流していたことです。
それは、〝涙〟に見えました。
まだ事態を飲み込めていなさそうななまえは、息を整える余裕もないまま、浅い息を繰り返しながら壁ばかりを見つめて、雫を流し続けています。
ローは、そっと、ゆっくりと、彼女へ手を伸ばしました。
触れたのは、彼女の目尻です。そっと指で拭って、雫をすくいあげると、そのまま自分の唇に運びました。
指に乗った雫を舌で舐めると、機械にさすオイルとは違う、塩っぽい味がしました。
(涙———?)
ローは、訝し気に眉を顰めました。
機械のなまえが、大きな瞳から涙のような雫を流したことは今までもありました。
でも今回は、オイル漏れとは呼べません。
だからといって、涙だと断言していいのでしょうか。
なぜなら、彼女は機械なのです。
「・・・ロ、ぉー…?」
目尻に触れた指に気づいて、なまえがローの方を向くと、小さく弱弱しい声で、名前を呼びました。
助けを求めるとも違う、心細そうな声でした。
「大丈夫。俺がいる。俺が、守ってやる。」
ローは、なまえを抱きしめました。
自分がここにいることを証明するように、強く強く抱きしめます。
すると、縋るようにゆるゆると、彼の大きな背中を細く小さな腕が這いあがっていきます。
「さっきも、そう言っていました。」
「さっき?」
「はい。みんなが、死んでしまったときです。」
「———そうか。」
悲しそうな声が告げたのは、実際には起きていない悲劇でした。
もしかしたら、なまえは本当に、恐ろしい夢を見ていたのかもしれません。
大切な人達が死んでしまう、悪夢です。
「そこに、俺もいたのか?」
「分かりません。でも、声がしました。
地獄の中で、その声だけが、私を守ってくれました。
ローの声でした。」
「あぁ、俺はどんな地獄にいても、なまえを守るよ。」
「ロー…、みんな、死んでしまいましたか…?」
弱弱しい小さな手が、ローの背中に爪を立てました。
微かに震えた指の振動が、背中越しに、ローの心臓へと伝わります。
「悪い夢だ。」
「ゆ、め…?」
「誰も死んでねぇ。お前の仲間は、俺達の仲間は、死んだりしねぇ。
俺達は、なまえだけがひとりになることなんて、
絶対にさせねぇから。」
ローは、強く抱きしめると、安心させるように言いました。
腕の中で不安そうに震えていたなまえは、しばらくすると、コクリと小さく頷きました。
ローは、嘘を吐いたわけではありません。なまえは、それが真実ではないことを知っていました。
ただ、彼らは、希望を信じたのです。
ほんの一縷の望みを、信じる覚悟を心にしたのです。
「私も、死にません。
もう二度と、あなたを残して死んだりしない…っ。」
「———あぁ、そうしてくれ。」
悲痛に叫ぶように誓うなまえを、ローは強く抱きしめました。
強く、強く、まるで、彼女を誰にも渡さないと、そう叫ぶように。
なぜなら、彼女の叫びが、ローの耳にこびりついて離れなかったのです。
大粒の涙を流しながら、男の名前を呼んだ、彼女の悲痛な叫びが———。
ベッドサイドに置かれたランプが、医療書を読みふけるローの手元を柔らかく照らします。
彼の腰元では、なまえが気持ちよさそうに眠っていました。
今日も、昼頃に目を覚ましたなまえは、仲の良いベポ達と釣りやカードゲームをしたりして遊んだ後、夕方からはローと一緒に過ごしました。
何か、特別なことをしたわけではありません。
ソファに並んで座り、書庫から見つけてきた小説を2人で一緒に読んでみたり、次に上陸する予定の島でのデートの計画も立てただけです。
でも、それは、幼いころから試練を幾つも乗り越えてきたローが、海賊となり、機嫌が変わりやすい海の上をただ進み続ける毎日の中で漸く見つけた、穏やかな時間だったのです。
たとえ、敵がなんだとしても、彼女だけは絶対に手放すわけにはいきません。
「ん…。」
小さな声に気づいたローは、ページをめくろうとしていた手を止めました。
腰元を見れば、なまえが眉間に皴を寄せて苦し気にしています。
普段、眠っているときにはまるで命のない人形のようにピクリとも動かないので、とても意外なことでした。
悪夢でも見ているのか———機械が夢を見るのかどうかは分かりませんが、そもそも機械は寝ることもないので、なまえの場合は分かりません。
ローが、医療書を静かに閉じると、パタン、と紙の渇いた音が小さく響きました。
医療書をサイドテーブルに置いた後、ローはなまえの眉間のあたりにそっと触れました。
皴の寄っている眉間を、長い指で優しく撫でます。
蒸し暑い夏島の気候の中、ポーラータング号で暮らす船員達はローも含め、汗だくです。
でも、なまえの額は、ほんの少しのオイル漏れもなく、さらさらと指に気持ちいいくらいに滑ります。
あぁ、機械なんだ、とほんの小さなところで、ローは思い知るのです。
それでもいい。それでもいい、と思ってみたり、どうにか人間になってくれないかと願っては、方法を模索してみたり。
そんなことをしているうちに、なまえは、まるで人間のように眠るようになりました。
これは、良い方へと向かっているということなのでしょうか。
それとも———。
「なまえ、俺がお前を守ってやる。」
ローは、息苦しそうに眉間に皴を寄せてうなされているなまえの髪をそっとかきあげると、頬を優しく撫でました。
それは、不安と希望に押し潰されそうになっているローの、彼なりの覚悟と決意でした。
その時でした。
「—————!!」
なまえが、叫びながら勢いよく起き上がったのです。
息も絶え絶えに、肩を激しく上下させて、見開いた目で遠くの壁を映すなまえは、ひどく恐ろしい夢でも見ていたのか、顔色は真っ青で、機械に対しておかしいですが、血の気が引いていました。
でも、一番驚いたのは、なまえが瞳から、大粒の雫を幾つも流していたことです。
それは、〝涙〟に見えました。
まだ事態を飲み込めていなさそうななまえは、息を整える余裕もないまま、浅い息を繰り返しながら壁ばかりを見つめて、雫を流し続けています。
ローは、そっと、ゆっくりと、彼女へ手を伸ばしました。
触れたのは、彼女の目尻です。そっと指で拭って、雫をすくいあげると、そのまま自分の唇に運びました。
指に乗った雫を舌で舐めると、機械にさすオイルとは違う、塩っぽい味がしました。
(涙———?)
ローは、訝し気に眉を顰めました。
機械のなまえが、大きな瞳から涙のような雫を流したことは今までもありました。
でも今回は、オイル漏れとは呼べません。
だからといって、涙だと断言していいのでしょうか。
なぜなら、彼女は機械なのです。
「・・・ロ、ぉー…?」
目尻に触れた指に気づいて、なまえがローの方を向くと、小さく弱弱しい声で、名前を呼びました。
助けを求めるとも違う、心細そうな声でした。
「大丈夫。俺がいる。俺が、守ってやる。」
ローは、なまえを抱きしめました。
自分がここにいることを証明するように、強く強く抱きしめます。
すると、縋るようにゆるゆると、彼の大きな背中を細く小さな腕が這いあがっていきます。
「さっきも、そう言っていました。」
「さっき?」
「はい。みんなが、死んでしまったときです。」
「———そうか。」
悲しそうな声が告げたのは、実際には起きていない悲劇でした。
もしかしたら、なまえは本当に、恐ろしい夢を見ていたのかもしれません。
大切な人達が死んでしまう、悪夢です。
「そこに、俺もいたのか?」
「分かりません。でも、声がしました。
地獄の中で、その声だけが、私を守ってくれました。
ローの声でした。」
「あぁ、俺はどんな地獄にいても、なまえを守るよ。」
「ロー…、みんな、死んでしまいましたか…?」
弱弱しい小さな手が、ローの背中に爪を立てました。
微かに震えた指の振動が、背中越しに、ローの心臓へと伝わります。
「悪い夢だ。」
「ゆ、め…?」
「誰も死んでねぇ。お前の仲間は、俺達の仲間は、死んだりしねぇ。
俺達は、なまえだけがひとりになることなんて、
絶対にさせねぇから。」
ローは、強く抱きしめると、安心させるように言いました。
腕の中で不安そうに震えていたなまえは、しばらくすると、コクリと小さく頷きました。
ローは、嘘を吐いたわけではありません。なまえは、それが真実ではないことを知っていました。
ただ、彼らは、希望を信じたのです。
ほんの一縷の望みを、信じる覚悟を心にしたのです。
「私も、死にません。
もう二度と、あなたを残して死んだりしない…っ。」
「———あぁ、そうしてくれ。」
悲痛に叫ぶように誓うなまえを、ローは強く抱きしめました。
強く、強く、まるで、彼女を誰にも渡さないと、そう叫ぶように。
なぜなら、彼女の叫びが、ローの耳にこびりついて離れなかったのです。
大粒の涙を流しながら、男の名前を呼んだ、彼女の悲痛な叫びが———。