イッカクは、イラついていました。
それは、ローに対してで、女の気持ちが全く分からない馬鹿な男という生き物すべてに対してでした。
なまえが笑ったとなったとき、彼らはまずは彼女のその可愛らしい笑顔に見惚れました。
ローはどうだったかは知りませんが、仲間の男達が、それはもう、呆れてしまうほどの間抜けな顔をしていたのを、イッカクはハッキリと見ました。
でも、それがイッカクをイラつかせているわけではありません。
その後に、彼らがした行動に、腹が立っているのです。
ペンギン達は、なまえが笑ったことをローに認めさせるために、無理やり彼女を笑わせようとしました。
ローは、なまえを人間にするために船長室に籠って文献を読み漁っています。そしてそれを、仲間の男達は黙って見守っています。
なまえの心を無視しておいて、自分達のしている行動は彼女の為だと信じている馬鹿な男達に、イッカクは、腹が立って仕方がありません。
ローがなまえが笑ったのを見たと言って船長室に籠ったあの日から、彼女が一度も笑っていないどころか、寂しそうに床ばかりを見ていることに、どうして誰も気づいてやれないのでしょう。
未来を夢見るのはとても素敵なことだと、イッカクも思っています。
そうでなければ、海賊なんて夢とロマンを追いかける生業に身を置いたりしません。
でも、何よりも大切なのは、彼女と彼女と共に生きている〝今〟のはずです。
今の彼女を見てやれていない男達に、彼女と共に生きる未来なんて見つけられるわけがないのに———。

「出来ました。これでいいですか？」

振り返ったなまえの美しさに、イッカクは一瞬、言葉を失いました。
なまえが着ている淡いイエローのドレスは、前回の島で彼女が買ってきたものです。
キラキラと輝く髪飾りも、イッカクがメイクをしてやった化粧品も、すべて彼女が、ローに愛されたくて、店員にどれを買えばいいか尋ねながら手に入れてきたものです。
大好きな人を一生懸命に愛している彼女は、こんなにも美しいのに、どうして馬鹿な男達は、未来ばかりを見て、今の美しさに気づけないのでしょうか。

「すごく綺麗だよ。絶対にキャプテンも惚れ直す。」

イッカクは、ニッと笑って見せました。
数秒黙り込んだ後、なまえはスッと目を反らすようにして丸窓の向こうに視線を向けました。
天気の良い今日は、青い空と地平線が美しく広がっています。

「はい。私はいつも、ローに惚れています。」

綺麗な青を寂しそうに見ているなまえは、泣いているようでした。
笑えた彼女は、泣くことも出来るのでしょうか。
それとも、以前にイッカクが見たあの雫は、もしかしたら本当に涙だったのかもしれません。
あぁ、でも、どうか———。
彼女が、涙を覚えることがありませんように————。
イッカクは、親友の幸せばかりを願っていました。