◇No.49◇『愛して…』
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海水浴場のどこにも見つからず、ローは、とうとうその先にある遊泳禁止のエリアにまで走って来ていました。
険しい森を抜けた先にあるせいか、観光客が押し寄せる海水浴場とは違って、人の気配が全くないそこは、むしろ、観光エリアよりも美しい場所でした。
真っ白い砂浜がどこまでも続き、透き通るようなエメラルドグリーンの海は、その名の通り、宝石のようです。
その海の中に、なまえの姿を見つけました。
胸のあたりまで浸かった状態で、胸を押さえています。
何をしているのかは分かりませんでしたが、止めなければならないことは確かでした。
確かに、彼女を〝機械〟というフィルター越しに見るのはやめると、改めて決意したローですが、さすがに、泳ぐことは許してやれません。
差別と区別は違うのです。
悪魔の実の能力者が海に嫌われてしまっているのと同じです。
機械の彼女は、海水を浴びると、死んでしまうのです。
それこそ、手遅れになってしまいます———。
「なまえ!!」
悪魔の実の能力者であるローは、彼女の名前を叫んで走ると、自らが濡れることを厭いもせず、自分を嫌う海へと足を踏み入れました。
なまえは、ひたすら胸を叩いていて、ローが来たことに気づいていないようでした。
靴に海水が入り込み重たくなる足をなんとか持ち上げて、身体の力を奪う海水をかき分けるようにして、彼女の元へ急ぎました。
そうして、やっと彼女のそばに辿り着いたときには、ローも腰のあたりまで海水に浸かっていました。
そして、漸く、彼女が何をしているのかを知り、目を疑うのと同時に、血の気が引きました。
なまえは、割れた貝殻の破片で、自分の胸元を切りつけていたのです。
何度も何度も、それを繰り返していたのでしょう。
白いつなぎは胸元が破れ、白い胸が露になっていました。
さらには、ローが描いた歪なハートは、原型を留めてはいませんでしたし、切り裂かれた皮膚からは、電子回路が覗いていて、小さな煙を上げていたのです。
「何やってんだ!?」
ローは怒鳴って、なまえの細い手首を掴み、止めました。
そこで漸く、彼女は、ローの存在に気づいたようでした。
またあの、驚くような表情で、目を見開いてローを見ました。
そして、まるで怯えているみたいに、ピタリ、と動きを止めました。
「とりあえず、話は後だ。海から出るぞ。」
ローは、なまえの細い手首を引っ張りました。
でも、全く動かないどころか、強引に抵抗されました。
そして———。
「ダメです。」
「あ?」
ローは、なまえを睨みました。
怒りがおさえられなかったのです。
なまえが、逆らったことにではありません。
彼女が自分を傷つけていることや、もしかしたら、こんなことを彼女にさせたのが自分かもしれないことが、許せなかったのです。
「放してください。」
「放すわけねぇだろ。ほら、船に戻るぞ。」
「放してください!!」
なまえが叫ぶように拒絶をするので、ローは驚きました。
大声を出すところなんて、見たことがありませんでした。
なまえは、自分を掴むローの手から必死に逃れようと藻掻きます。
その度に、海水に手があたって、水飛沫が上がりました。
そうすると、飛び散った海水が、皮膚が破れて露わになった電子部品にかかります。
それは、ローを焦らせました。
「やめろと言ってんだろおが!!」
「やめません!!」
暴れるなまえの両手を、ローが掴みます。
それでも、彼女が全身で暴れるせいで、水飛沫は大きくなるばかりでした。
大きく上がった水飛沫は、彼女の胸元だけではなく、髪や顔も濡らします。
「放して!!」
なまえが声を荒げながら、必死に抵抗をしました。
彼女が、敬語を忘れたせいかもしれません。
ローには、彼女がひどく傷ついて、泣き喚いているように聞こえたのです。
いいえ、実際に、彼女の頬は海水でびっしょり濡れていて、まるで、泣いているようでした。
だから、ローはひどく驚き、戸惑いました。
それは、彼女を岸へ連れて行くために、強引に引っ張ろうとしていた彼の手が止まってしまうほどでした。
「カルラの言った通りでした…!」
なまえは、それでも尚、ローの手から逃れようとしながら、叫ぶように言いました。
「私に、ハートが、生まれまてしまいました…っ。」
突然のなまえの突拍子もない告白に、ローの片眉が僅かに上がりました。
「胸が、焦げます…っ、ずっとずっと焦げ続けます…っ。
イッカクが、それは、ハートがあるからだと言いましたっ。
だから…!」
なまえは、何かに怯えているように、必死に暴れまわり、水飛沫を浴びながら、苦しみを叫び続けました。
胸に感じた焦げ付く違和感を覚え、それが、〝心〟が感じさせるものだとイッカクに教えて貰った彼女は、ローの描いたハートを消せば、胸に覚えた違和感とともに心は消えてくれるものだと考えたそうです。
だから、胸元を爪で掻きむしり、それでも皮膚に傷をつける程度しか出来ず、目に入った貝殻を割って、皮膚を切り裂きました。
それでも、焦げ付くような胸の違和感は、ジリジリと自分を襲うばかりで、とうとう、海水に入って電子回路諸共、破壊しようとしたのです。
彼女が今、何を考え、そして、何をしようとしていたのかを知ったローは、驚愕しました。
そして、それと同時に、胸の痛みも覚えました。
自分が彼女の気持ちからも、彼女からも目を反らし続けていた時、彼女は1人で、初めて感じる焦げ付くような胸の痛みを抱えて、悩んでいたと知ったからです。
でも———。
「ハートはあっていい。壊さなくていい。」
ローは、電子回路をむき出しにしたなまえの胸元に触れました。
彼女が〝恋〟を覚えたのが真実なら、彼女が言う〝ハートが生まれた〟というのもあながち間違いではないのでしょう。
でも、それは悪いことではないはずです。
むしろ、喜ぶべきことだと、ローは考えたのです。
ですが、なまえが肩をビクッと震わせると、胸に触れたローの手を振り払いました。
「ダメです。」
「どうして。」
ローが訊ねると、しばらく黙った後、なまえは、まるで観念したように、顔を伏せました。
そして、こう言います。
「私は、ローに優しさをかけてもらったとき、
ローの幸せを守るためなら、何でもすると決めました。
少し前まで、私は、ローの為なら、何でも出来ました。」
「今は出来ねぇみたいな言い方だな。」
「出来ません。」
「そんなに、俺が憎いか。
冷たくしたから…、嫌いになったか…?」
苦し気に眉を顰めたローは、なまえの手首を握りしめている手に、無意識に力が入りました。
胸が、痛いと悲鳴を上げていました。
彼女の心の行方を、今ほど分からないと思ったことはありません。
分かりたいと思えば思うほど、分からないものだからです。
どうせ、機械に心なんてあるわけがないと突き放すのがどれほど楽なことだったのか、思い知りました。
それでも、ローはもうそんなことは望みません。
彼女を知りたいのです。
出来れば、イッカクやベポ、シャチ達よりも———。
「私は、ローが好きです。世界で一番、大好きです。」
なまえは顔を伏せたままでしたが、その声色は、何度も何度もローが聞いたものと同じでした。
それが、ローの胸を苦しくさせます。
嬉しかったのか、ホッとしたのか、それとも、自分の『好き』とは違うと感じてショックだったのか、自分でも分かりません。
「なら——。」
「でも、ローの愛する人は、好きじゃありません。」
目を伏せたなまえが、聞こえるか、聞こえないか分からないような小さな声で言いました。
ですが、そんな弱々しい声とは対照的に、手首を掴まれていない方の彼女の手が何かを探すように宙を彷徨いだします。
そして、おずおずと、怯えるようにしながらも、辿り着いたのは、ローの胸でした。
シャツ越しにローの胸にそっと優しく触れた手は、海水に浸かり過ぎていたせいなのか、ひどく冷えていました。
「ハートが、ローの愛する人を私に傷つけさせようとします。
愛する人が傷ついたら、ローが悲しみます。それはダメです。
ハートが生まれてしまった私は、ローの幸せを守れません。」
なまえがそう言うと、ローの胸元に触れていた小さな手が、彼のシャツを握りしめました。
それはまるで、助けを求めているようでした。
彼女は本当は、生まれたばかりのハートを壊すことなんて、望んでいないのかもしれません。
ただひたすらに、ローの幸せを願い、その為に自分にできることを探しているだけなのでしょう。
そうして見つけた答えがきっと、ハートを壊すなんて、悲しい行為だったのです。
ローが、自分のシャツの胸元を握りしめるなまえの手を、大きな手で包むように握りしめました。
すると、なまえが、ゆっくりと顔を上げました。
そして、真っすぐにローを見つめます。
その瞳は、確かに、いつも通りの心のない機械の目だったかもしれません。
でも、ローには、助けを求めて泣いているように見えたのです。
「私は、ローが好きです。世界で一番、大好きです。
それなのにどうして…。
どうして…、私は、ローの幸せを愛せませんか…?」
濡れた髪から零れた海水の雫が、なまえの頬を流れて落ちました。
このとき、彼女は、涙が出ない身体で、それでも確かに、泣いていました。
険しい森を抜けた先にあるせいか、観光客が押し寄せる海水浴場とは違って、人の気配が全くないそこは、むしろ、観光エリアよりも美しい場所でした。
真っ白い砂浜がどこまでも続き、透き通るようなエメラルドグリーンの海は、その名の通り、宝石のようです。
その海の中に、なまえの姿を見つけました。
胸のあたりまで浸かった状態で、胸を押さえています。
何をしているのかは分かりませんでしたが、止めなければならないことは確かでした。
確かに、彼女を〝機械〟というフィルター越しに見るのはやめると、改めて決意したローですが、さすがに、泳ぐことは許してやれません。
差別と区別は違うのです。
悪魔の実の能力者が海に嫌われてしまっているのと同じです。
機械の彼女は、海水を浴びると、死んでしまうのです。
それこそ、手遅れになってしまいます———。
「なまえ!!」
悪魔の実の能力者であるローは、彼女の名前を叫んで走ると、自らが濡れることを厭いもせず、自分を嫌う海へと足を踏み入れました。
なまえは、ひたすら胸を叩いていて、ローが来たことに気づいていないようでした。
靴に海水が入り込み重たくなる足をなんとか持ち上げて、身体の力を奪う海水をかき分けるようにして、彼女の元へ急ぎました。
そうして、やっと彼女のそばに辿り着いたときには、ローも腰のあたりまで海水に浸かっていました。
そして、漸く、彼女が何をしているのかを知り、目を疑うのと同時に、血の気が引きました。
なまえは、割れた貝殻の破片で、自分の胸元を切りつけていたのです。
何度も何度も、それを繰り返していたのでしょう。
白いつなぎは胸元が破れ、白い胸が露になっていました。
さらには、ローが描いた歪なハートは、原型を留めてはいませんでしたし、切り裂かれた皮膚からは、電子回路が覗いていて、小さな煙を上げていたのです。
「何やってんだ!?」
ローは怒鳴って、なまえの細い手首を掴み、止めました。
そこで漸く、彼女は、ローの存在に気づいたようでした。
またあの、驚くような表情で、目を見開いてローを見ました。
そして、まるで怯えているみたいに、ピタリ、と動きを止めました。
「とりあえず、話は後だ。海から出るぞ。」
ローは、なまえの細い手首を引っ張りました。
でも、全く動かないどころか、強引に抵抗されました。
そして———。
「ダメです。」
「あ?」
ローは、なまえを睨みました。
怒りがおさえられなかったのです。
なまえが、逆らったことにではありません。
彼女が自分を傷つけていることや、もしかしたら、こんなことを彼女にさせたのが自分かもしれないことが、許せなかったのです。
「放してください。」
「放すわけねぇだろ。ほら、船に戻るぞ。」
「放してください!!」
なまえが叫ぶように拒絶をするので、ローは驚きました。
大声を出すところなんて、見たことがありませんでした。
なまえは、自分を掴むローの手から必死に逃れようと藻掻きます。
その度に、海水に手があたって、水飛沫が上がりました。
そうすると、飛び散った海水が、皮膚が破れて露わになった電子部品にかかります。
それは、ローを焦らせました。
「やめろと言ってんだろおが!!」
「やめません!!」
暴れるなまえの両手を、ローが掴みます。
それでも、彼女が全身で暴れるせいで、水飛沫は大きくなるばかりでした。
大きく上がった水飛沫は、彼女の胸元だけではなく、髪や顔も濡らします。
「放して!!」
なまえが声を荒げながら、必死に抵抗をしました。
彼女が、敬語を忘れたせいかもしれません。
ローには、彼女がひどく傷ついて、泣き喚いているように聞こえたのです。
いいえ、実際に、彼女の頬は海水でびっしょり濡れていて、まるで、泣いているようでした。
だから、ローはひどく驚き、戸惑いました。
それは、彼女を岸へ連れて行くために、強引に引っ張ろうとしていた彼の手が止まってしまうほどでした。
「カルラの言った通りでした…!」
なまえは、それでも尚、ローの手から逃れようとしながら、叫ぶように言いました。
「私に、ハートが、生まれまてしまいました…っ。」
突然のなまえの突拍子もない告白に、ローの片眉が僅かに上がりました。
「胸が、焦げます…っ、ずっとずっと焦げ続けます…っ。
イッカクが、それは、ハートがあるからだと言いましたっ。
だから…!」
なまえは、何かに怯えているように、必死に暴れまわり、水飛沫を浴びながら、苦しみを叫び続けました。
胸に感じた焦げ付く違和感を覚え、それが、〝心〟が感じさせるものだとイッカクに教えて貰った彼女は、ローの描いたハートを消せば、胸に覚えた違和感とともに心は消えてくれるものだと考えたそうです。
だから、胸元を爪で掻きむしり、それでも皮膚に傷をつける程度しか出来ず、目に入った貝殻を割って、皮膚を切り裂きました。
それでも、焦げ付くような胸の違和感は、ジリジリと自分を襲うばかりで、とうとう、海水に入って電子回路諸共、破壊しようとしたのです。
彼女が今、何を考え、そして、何をしようとしていたのかを知ったローは、驚愕しました。
そして、それと同時に、胸の痛みも覚えました。
自分が彼女の気持ちからも、彼女からも目を反らし続けていた時、彼女は1人で、初めて感じる焦げ付くような胸の痛みを抱えて、悩んでいたと知ったからです。
でも———。
「ハートはあっていい。壊さなくていい。」
ローは、電子回路をむき出しにしたなまえの胸元に触れました。
彼女が〝恋〟を覚えたのが真実なら、彼女が言う〝ハートが生まれた〟というのもあながち間違いではないのでしょう。
でも、それは悪いことではないはずです。
むしろ、喜ぶべきことだと、ローは考えたのです。
ですが、なまえが肩をビクッと震わせると、胸に触れたローの手を振り払いました。
「ダメです。」
「どうして。」
ローが訊ねると、しばらく黙った後、なまえは、まるで観念したように、顔を伏せました。
そして、こう言います。
「私は、ローに優しさをかけてもらったとき、
ローの幸せを守るためなら、何でもすると決めました。
少し前まで、私は、ローの為なら、何でも出来ました。」
「今は出来ねぇみたいな言い方だな。」
「出来ません。」
「そんなに、俺が憎いか。
冷たくしたから…、嫌いになったか…?」
苦し気に眉を顰めたローは、なまえの手首を握りしめている手に、無意識に力が入りました。
胸が、痛いと悲鳴を上げていました。
彼女の心の行方を、今ほど分からないと思ったことはありません。
分かりたいと思えば思うほど、分からないものだからです。
どうせ、機械に心なんてあるわけがないと突き放すのがどれほど楽なことだったのか、思い知りました。
それでも、ローはもうそんなことは望みません。
彼女を知りたいのです。
出来れば、イッカクやベポ、シャチ達よりも———。
「私は、ローが好きです。世界で一番、大好きです。」
なまえは顔を伏せたままでしたが、その声色は、何度も何度もローが聞いたものと同じでした。
それが、ローの胸を苦しくさせます。
嬉しかったのか、ホッとしたのか、それとも、自分の『好き』とは違うと感じてショックだったのか、自分でも分かりません。
「なら——。」
「でも、ローの愛する人は、好きじゃありません。」
目を伏せたなまえが、聞こえるか、聞こえないか分からないような小さな声で言いました。
ですが、そんな弱々しい声とは対照的に、手首を掴まれていない方の彼女の手が何かを探すように宙を彷徨いだします。
そして、おずおずと、怯えるようにしながらも、辿り着いたのは、ローの胸でした。
シャツ越しにローの胸にそっと優しく触れた手は、海水に浸かり過ぎていたせいなのか、ひどく冷えていました。
「ハートが、ローの愛する人を私に傷つけさせようとします。
愛する人が傷ついたら、ローが悲しみます。それはダメです。
ハートが生まれてしまった私は、ローの幸せを守れません。」
なまえがそう言うと、ローの胸元に触れていた小さな手が、彼のシャツを握りしめました。
それはまるで、助けを求めているようでした。
彼女は本当は、生まれたばかりのハートを壊すことなんて、望んでいないのかもしれません。
ただひたすらに、ローの幸せを願い、その為に自分にできることを探しているだけなのでしょう。
そうして見つけた答えがきっと、ハートを壊すなんて、悲しい行為だったのです。
ローが、自分のシャツの胸元を握りしめるなまえの手を、大きな手で包むように握りしめました。
すると、なまえが、ゆっくりと顔を上げました。
そして、真っすぐにローを見つめます。
その瞳は、確かに、いつも通りの心のない機械の目だったかもしれません。
でも、ローには、助けを求めて泣いているように見えたのです。
「私は、ローが好きです。世界で一番、大好きです。
それなのにどうして…。
どうして…、私は、ローの幸せを愛せませんか…?」
濡れた髪から零れた海水の雫が、なまえの頬を流れて落ちました。
このとき、彼女は、涙が出ない身体で、それでも確かに、泣いていました。