◇No.48◇知らなければいけないことがあります
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イッカクが掻きむしりたくなるほどの胸の痛みに悶えたのは、昨夜のことです。
それを、ローは知るべきでした。
昨夜、甲板を明るく照らしているのは、寂し気に夜空に漂う下弦の月ではなく、酒に酔っぱらった船員達の笑い声でした。
下品な話題で盛り上がる彼らに、時々、口を挟みながら、イッカクは、なまえの腰を抱いたままで、比較的静かに酒を飲んでいました。
なまえは、元々、よく喋る方ではありません。
ですから、無表情にしか見えなかった頃は、何を考えているか分からず気味が悪かったほどです。
ですが、今では、彼女は、言葉ではなく、その表情の僅かな変化で気持ちを漏らします。
だから、イッカクには、なまえの心を蝕んでいるモノの正体に気づいていました。
でも、女友達がいたことのないイッカクは、彼女のためにどんな言葉をかければいいのか、何をしてやればいいのかが分からなかったのです。
だから、せめて———、そんな気持ちで、彼女の腰を抱きよせていました。
機械の彼女に体温は伝わらないのだとしても、自分がそばにいるのだと分かってほしかったのです。
でも、そばにいてやることしか出来ない自分が一番悔しいのは、イッカクでした。
だって、なまえは、ただひたすらに、下弦の月を見上げ、夜が過ぎるのを孤独と戦いながら待っているのです。
酒に酔った仲間達の下品な笑い声が包む甲板で、彼女だけが別の時間の中にいるみたいでした。
今夜はきっと、彼女にとって、今までで一番長い夜になるのでしょう。
もしかしたら、もう二度と朝は来ないのかもしれないんじゃないかと錯覚してしまうほどの恐怖が、彼女を襲っているのかもしれない———。
過去に、そんな経験がないわけではないイッカクは、彼女を思うと、どうにかして救ってやりたくて仕方ありませんでした。
「イッカクは、ローが好きですか?」
不意に、なまえが口を開きました。
彼女は、寂しそうに下弦の月を見上げたままでしたし、それは思いもよらない問いでした。
それでも、イッカクにとっては、彼女が喋る気になってくれたことが嬉しかったのです。
「あぁ!好きだ!!私達の自慢のキャプテンだからな!!」
出来る限り明るく振舞って、イッカクは、ニッと笑いました。
精一杯のイッカクの笑みも、寂し気に下弦の月を見上げるなまえの視界には入っていないでしょう。
それでも構いませんでした。
少しでもいいから、彼女の心が晴れるような何かに自分がなれる可能性があるのなら、全てを試したかったのです。
「私もローが好きです。世界で一番、大好きです。」
なまえは、飽きもせずに、下弦の月を———。
いいえ、もしかしたら、彼女は夜空を見上げながら、何かを探しているのかもしれません。
でも、見つからないのでしょう。
だからきっと、ずっとずっと、飽きもせずに、寂しい夜空を見上げ続けているのです。
「あぁ、そうだな。」
イッカクは、なまえの髪をクシャリと撫でました。
なまえは、それに気づいてもいないような顔で、夜空を見上げながら続けます。
「ローは、今夜はずっと、美しい人と部屋にいると言っていました。」
「そっか。」
「私は、はい、わかりましたと言わなければいけません。」
「そんなことねーよ。
相手が船長でも、嫌なことがあれば嫌って言っていいんだぜ?」
「いけません。私は、人間の命令に従わなければいけません。
そう、プログラムされています。ローは、私の持ち主です。断ってはいけません。」
「そうかもしれねぇけどさ…!!キャプテンは、なまえの持ち主じゃなくて
キャプテンだし、アタシ達は、仲間だろ…!?
だから———。」
「でも、言えませんでした。」
この期に及んで、まだロボットとしてローに従おうとしているなまえが見ていられず、イッカクは、必死に彼女を説得しようとしたのです。
今はもう海軍の駒ではなく、自らの意思で海賊になったのだから、自由に生きてもいいのだと、そう伝えたかったのです。
でも、それを伝えるよりも前に、なまえは単調な声で言ったのです。
その言葉の意味を、イッカクは初めは理解出来ませんでした。
それを、なまえが理解していたとは思いません。
ただ、自分の今の状況を言葉にして、整理しようとしていただけなのかもしれません。
なまえは、説明をするように、続けたのです。
「ローが、行かない、と言いました。
私は、分かりました、の代わりに、ダメです、と言おうとしました。」
「言おうとしたってことは、言わなかったのか?」
「私よりも先に、美しい人が、一緒にバーに行きたいと言いました。」
「あぁ…、そっか。」
「彼女は、自分も行ってもいいかを私に聞きました。
私は、彼女にも、いいです、と言わなければいけませんでした。」
「でも、言えなかった?」
「ダメですと言おうとしました。でも、私よりも先に、ローがダメだと言いました。
だから、彼女は、ローと今夜、ずっと一緒にいることになりました。
私は、一緒にいてはいけないので、出ていくように言われました。」
「そ、…っか。」
今夜、なまえとローの間に、そんなやりとりがあったことを知ったイッカクは、切なさで胸が苦しくて仕方ありませんでした。
「今夜、ローはお楽しみです。」
「それは…。」
そうだ、とも、違う、とも言えず、イッカクの返事は濁るだけでした。
「私は、ローが好きです。ローは、楽しいのがいいです。」
そこまで言って、なまえが、イッカクの方を見ました。
イッカクは、自分の目を疑いました。
月を見上げ続けていたなまえの瞳には、夜空の色が移ってしまったのではないかと錯覚してしまったのです。
透き通るほどに美しい夜の色に、寂しそうな月が光っている—————そのせいで、彼女の瞳が潤んで見えたほどです。
まるで、泣いているようで————。
「イッカク、私はもうすぐ壊れます。」
「…え?」
「人間の命令に従えません。逆らおうとしてしまいます。」
「だから、そんなことはもうしなくていいんだって!!」
「それに、私はローの楽しいが嫌いです。
好きな人の楽しいが、楽しくありません。」
「あのな、それはな——。」
「ずっと、胸の辺りが焦げ続けているので、そのせいです。
私はきっと、もうすぐ壊れて、廃棄処分になります。」
瞳の中で、下弦の月をユラユラと揺らしながら、なまえが言います。
どうして———。
堪らず、イッカクは、なまえを抱きしめました。
彼女がロボットで、心の痛みというのをもしも感じていないのだとするのなら、自分が変わりにそれを感じてあげたいと、心から願いました。
だって、彼女は、痛みの理由どころか、痛みすらも分からないまま、自分は壊れ、廃棄になるのだと信じているなんて、そんなに悲しいことはないでしょう。
「壊れねぇ…!アンタは壊れねぇし、壊れることもねぇ…!
アンタは、ただ———。」
そう、ただ———。
それを、ローは知るべきでした。
昨夜、甲板を明るく照らしているのは、寂し気に夜空に漂う下弦の月ではなく、酒に酔っぱらった船員達の笑い声でした。
下品な話題で盛り上がる彼らに、時々、口を挟みながら、イッカクは、なまえの腰を抱いたままで、比較的静かに酒を飲んでいました。
なまえは、元々、よく喋る方ではありません。
ですから、無表情にしか見えなかった頃は、何を考えているか分からず気味が悪かったほどです。
ですが、今では、彼女は、言葉ではなく、その表情の僅かな変化で気持ちを漏らします。
だから、イッカクには、なまえの心を蝕んでいるモノの正体に気づいていました。
でも、女友達がいたことのないイッカクは、彼女のためにどんな言葉をかければいいのか、何をしてやればいいのかが分からなかったのです。
だから、せめて———、そんな気持ちで、彼女の腰を抱きよせていました。
機械の彼女に体温は伝わらないのだとしても、自分がそばにいるのだと分かってほしかったのです。
でも、そばにいてやることしか出来ない自分が一番悔しいのは、イッカクでした。
だって、なまえは、ただひたすらに、下弦の月を見上げ、夜が過ぎるのを孤独と戦いながら待っているのです。
酒に酔った仲間達の下品な笑い声が包む甲板で、彼女だけが別の時間の中にいるみたいでした。
今夜はきっと、彼女にとって、今までで一番長い夜になるのでしょう。
もしかしたら、もう二度と朝は来ないのかもしれないんじゃないかと錯覚してしまうほどの恐怖が、彼女を襲っているのかもしれない———。
過去に、そんな経験がないわけではないイッカクは、彼女を思うと、どうにかして救ってやりたくて仕方ありませんでした。
「イッカクは、ローが好きですか?」
不意に、なまえが口を開きました。
彼女は、寂しそうに下弦の月を見上げたままでしたし、それは思いもよらない問いでした。
それでも、イッカクにとっては、彼女が喋る気になってくれたことが嬉しかったのです。
「あぁ!好きだ!!私達の自慢のキャプテンだからな!!」
出来る限り明るく振舞って、イッカクは、ニッと笑いました。
精一杯のイッカクの笑みも、寂し気に下弦の月を見上げるなまえの視界には入っていないでしょう。
それでも構いませんでした。
少しでもいいから、彼女の心が晴れるような何かに自分がなれる可能性があるのなら、全てを試したかったのです。
「私もローが好きです。世界で一番、大好きです。」
なまえは、飽きもせずに、下弦の月を———。
いいえ、もしかしたら、彼女は夜空を見上げながら、何かを探しているのかもしれません。
でも、見つからないのでしょう。
だからきっと、ずっとずっと、飽きもせずに、寂しい夜空を見上げ続けているのです。
「あぁ、そうだな。」
イッカクは、なまえの髪をクシャリと撫でました。
なまえは、それに気づいてもいないような顔で、夜空を見上げながら続けます。
「ローは、今夜はずっと、美しい人と部屋にいると言っていました。」
「そっか。」
「私は、はい、わかりましたと言わなければいけません。」
「そんなことねーよ。
相手が船長でも、嫌なことがあれば嫌って言っていいんだぜ?」
「いけません。私は、人間の命令に従わなければいけません。
そう、プログラムされています。ローは、私の持ち主です。断ってはいけません。」
「そうかもしれねぇけどさ…!!キャプテンは、なまえの持ち主じゃなくて
キャプテンだし、アタシ達は、仲間だろ…!?
だから———。」
「でも、言えませんでした。」
この期に及んで、まだロボットとしてローに従おうとしているなまえが見ていられず、イッカクは、必死に彼女を説得しようとしたのです。
今はもう海軍の駒ではなく、自らの意思で海賊になったのだから、自由に生きてもいいのだと、そう伝えたかったのです。
でも、それを伝えるよりも前に、なまえは単調な声で言ったのです。
その言葉の意味を、イッカクは初めは理解出来ませんでした。
それを、なまえが理解していたとは思いません。
ただ、自分の今の状況を言葉にして、整理しようとしていただけなのかもしれません。
なまえは、説明をするように、続けたのです。
「ローが、行かない、と言いました。
私は、分かりました、の代わりに、ダメです、と言おうとしました。」
「言おうとしたってことは、言わなかったのか?」
「私よりも先に、美しい人が、一緒にバーに行きたいと言いました。」
「あぁ…、そっか。」
「彼女は、自分も行ってもいいかを私に聞きました。
私は、彼女にも、いいです、と言わなければいけませんでした。」
「でも、言えなかった?」
「ダメですと言おうとしました。でも、私よりも先に、ローがダメだと言いました。
だから、彼女は、ローと今夜、ずっと一緒にいることになりました。
私は、一緒にいてはいけないので、出ていくように言われました。」
「そ、…っか。」
今夜、なまえとローの間に、そんなやりとりがあったことを知ったイッカクは、切なさで胸が苦しくて仕方ありませんでした。
「今夜、ローはお楽しみです。」
「それは…。」
そうだ、とも、違う、とも言えず、イッカクの返事は濁るだけでした。
「私は、ローが好きです。ローは、楽しいのがいいです。」
そこまで言って、なまえが、イッカクの方を見ました。
イッカクは、自分の目を疑いました。
月を見上げ続けていたなまえの瞳には、夜空の色が移ってしまったのではないかと錯覚してしまったのです。
透き通るほどに美しい夜の色に、寂しそうな月が光っている—————そのせいで、彼女の瞳が潤んで見えたほどです。
まるで、泣いているようで————。
「イッカク、私はもうすぐ壊れます。」
「…え?」
「人間の命令に従えません。逆らおうとしてしまいます。」
「だから、そんなことはもうしなくていいんだって!!」
「それに、私はローの楽しいが嫌いです。
好きな人の楽しいが、楽しくありません。」
「あのな、それはな——。」
「ずっと、胸の辺りが焦げ続けているので、そのせいです。
私はきっと、もうすぐ壊れて、廃棄処分になります。」
瞳の中で、下弦の月をユラユラと揺らしながら、なまえが言います。
どうして———。
堪らず、イッカクは、なまえを抱きしめました。
彼女がロボットで、心の痛みというのをもしも感じていないのだとするのなら、自分が変わりにそれを感じてあげたいと、心から願いました。
だって、彼女は、痛みの理由どころか、痛みすらも分からないまま、自分は壊れ、廃棄になるのだと信じているなんて、そんなに悲しいことはないでしょう。
「壊れねぇ…!アンタは壊れねぇし、壊れることもねぇ…!
アンタは、ただ———。」
そう、ただ———。